那珂・吉備津彦神社鎮座地 筑前國那珂郡那珂 福岡市博多区東光寺 社格 御祭神 吉備津彦命 御祭礼 元旦祭 1月1日 春祭 4月15日 夏祭 8月7日 秋祭 11月1日 末社 〜 由緒 〜 第10代崇神天皇のとき、彦五十狭芹彦命(ヒコイサゼリヒコノミコト)は四道将軍の1人西道将軍となり、弟稚武彦命とともに吉備の国に住む豪族温羅(うら)の反乱を平定して後、吉備の国造となり、吉備の国に住んだところから吉備津彦命と言ったといいます。 吉備津神社は備前の国に本社があります。九州には筑前東光寺に吉備津宮があるだけです。 福岡県神社誌によりますと、寛文元年(1661)黒田3代藩主、光之の家臣、宮内政盛が勧請したとあります。宮内政盛は侍のうち100石以上の地行取りで、たまたま東光寺を領有し、郷里備前の産土神吉備津神社を勧請したと考えられます。 吉備津彦命と温羅の合戦は、桃太郎の猿蟹合戦物語の原型と伝えられています。 子孫は代々吉備臣を称し、その末裔には大宰大弐となり怡土城を築き、後右大臣まで進んだ吉備眞備があり、また鎌倉時代の初頭、博多聖福寺を開いた禅僧の榮西があります。 東光寺の地名の由来ははっきりしませんが吉備津宮の神宮寺であったであろう来光寺からの地名であるかもわかりません。 因みに拝殿前部の扇額裏書に、天明丙年(天明6年、1786)6月、加藤虞山一純の銘があります。 《大字東光寺産土神由来記・社頭解説板》 @ 拝殿天井は絵馬でびっしり @ 社頭の大楠 御 本 殿火雷天神みくじ・ 下に現われる、八つの神処をさす語をクリックすれば、その後24時間の吉相へ飛びます尚、クリックは24時間中、一人一度に限られます 二度行なえば天神さまの 随神・怒雷神の懲を受けることになるのでご用心 |

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