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  湖面が霧に包まれ、薄っすら生き物の気配が漂う水際、耳にする翼のはためきに勇気を与えられる。目撃したとはっきり言えないまでも、その存在をはっきりとつかめた今は、ありがたいものだ。朝早く、回り道して沈思しながらも、手にできた感触、何物にも変えがたい。比較するまでもない。いわゆる何かの代償では得られない、真の経験がそこにはある。多めに口にしてきたはずなのに、空腹が気になりだす。帰路の楽しみのためにとっておこうと、さらに水際に近づいた。ここにはもう来れないかもしれない。止められるだろう。新たに立て札が立てられ、禁じられるだろう。僅かに思う私が楽しむような楽しみも彼らは気に食わないときている。清廉な曲線の白鳥を身近に感じるたび、できることなら自分の姿をそこに投影させたいと願い、いつも叶わなかった。彼らはそれをどういうわけか楽しみと呼んでいる。まるで、生きる目的がその気晴らしによって何重にも膨らんでしまうかのように心配する。彼らをここに連れてくるがいい。彼らが撒き散らすこの霧が晴れるまで、ここで待たせるがいい。気晴らしとは彼らの存在そのものなのだ。共鳴しあう白鳥の鳴き声には、私の入る余地がない。それらに呼びかけるが、彼らは答えてくれない。飛び立ってしまう。逃げていってしまう。私の存在は、霧の奥にある自分自身を見るので精一杯だ。それらは啄む。潜り、水を浴びる。彼らはここにも手をのばすだろう。汚してしまうだろう。私が今立っている、濁った泥濘は、彼らを呼び込んでしまうのだろうか。清廉な曲線が撓る。背後の灌木の茂みがざわつく。白鳥が警告を発している。誰なんだろう。私のようなものに、用があるものとは。私はひとりであり、同様の均一に飼い馴らされた群れの一部なのだ。同時に、似たものに近づいていく。手際よく、首尾よく、狡猾に、背後から掠めていく。何年か前に約束された、撒かれた種が背後で発芽している。けたたましく金切り声があがる。私よりも尊く高貴な飛行体が湖面を切っていく。失ってはいけない心臓の音をそれらは逞しく孕んでいる。私に伝えてくる。背後の影。灌木の裂ける音。鋭利な刃物で削ぐようにここが犯されるもの時間の問題なのだ。ありえるのだろうか。振り向くなとそれらは教える。帰るなと説く。彼らこそが騙されたまま、騙しにかかる。それとも、それと気づいたまま引き込むつもりか。背後の人影は湖面に映っている。水面で漂っている。恐れることはない、それらは微笑む。それらは知っている。見えている。私が見えない幻を。この湖水で、聞き伝え、教えこまれた、人という存在を、よりによって私に伝えてくるのだ。学ぶべくは、この霧が晴れて、己が何たるか、己を喰らい尽くす彼らが何たるか。泥濘で靴の中が濡れてきた。覚悟してやってきたものの、追いやられるのは耐え難いものだ。進めというのは唆されていることなのか。それらは呼んでいる。彼らは私がそう思っていない気晴らしを禁じる。湖水は冷たい。背後は闇だ。もう二度と振り向けない。何度も挑戦し失敗してきた跡がみえる。白鳥は悠々と湖面を掻いている。ここはそれらの国だ。紛れも無い生き物の国なのだ。湖面は晴れるだろうか。向こうにあるはずの森の姿を目にすることができるだろうか。冷たくなった足を労ろうと履いていたものを脱ぎ捨てた。足首から下を氷のような冷たさが刺す。身震いしたものの、深く足を踏み出すことができそうだ。白鳥が誘う。薄っぺらだった太陽が、厚みを増さないまま、いやに目に焼き付く。ここに辿り着いてからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。背後に足音が聞こえる。振り返るな。それらは諭す。飛び立つために。我らと飛び立つために。茂みを掻き分ける音、草を踏む音、微かな鼻息。ひとりではないのかもしれない。私が育ててきた彼らは、私を見逃さなかった。膝上までずぶ濡れになり、ふらつき、気が狂って、それらを追う。置いて行くな。連れて行ってくれ。私は彼らとは別物なのだ。ポケットにあったガイドブックを投げ捨てた。記憶もなくていいと思った。腰の下まで湖面が盛り上がる。私はここだ。彼らから逃げてきたのだ。彼らが固執する縄張りをとことん避けてきた。お前たちに会いに来るために。私はここにいる。一緒に飛び立とう。願うように霧は晴れるだろう。対面の森の姿も目にできるだろう。全身を悴めながら、両腕だけが湖面を掻いていく。私たちに約束された生き物としての真実。それらとともに分かち合い共有できていた確信をこの湖水で描きたいのだ。背後の岸では群れている。してやったりと奇声が上がる。それも次第に遠ざかっている。湖水を滑る小舟の影は見えない。流されていくものも僅かだ。生きとし生けるものが、生涯をかけて燃やすという松明は幻でしかないのだろうか。足が立たない。身体がいうことをきかない。声も出ない。ものが見えない。耳を塞がれ、水中の雑音だけが覆う。そばにそれらはいるか。私を見守るか。背後の群れのその向こう、目に見えない闇が迫っているのがわかる。今までに味わったことのない、彼らも全く知らない大きな闇だ。もう泳ぐのはやめよう。飛び立つのだ。闇が来るまでに。彼らが飲み込まれるか、私が飲み込まれるか。それらは飛び立ってしまったのだろうか。

白鳥の湖を歩いて

 自由に戸外を散策できる時代ももう終わろうとしている。涼盾湖に白鳥見たさに飛び出たもののいつもの道が違っていた。霧が行く手を阻むのはいつものことだ。早朝には露に濡れることもある。余裕をみて出発したつもりだが、普段よりも霧は深く、道標も宛にならない。染み付いていたと思ったものが、かくも簡単に剥がれていくものか。我が身の愚かさを嘆いてしまう。近くには国道も通っているはずだ。やけに静かだ。改修したばかりの散策路は一見きれいに整っているように見えたが、歩き出すとちぐはぐさがわかる。足首にかかる負担。なおざりな約束。一度も通ったことのないものが目の前に欲にからんで手を染めた奸計。いつ降ったのかと思われるほど水たまりが歩行を困難にする。脇道には名前だけが連呼されるレストランができたらしい。そういえばパンフレットが送られてきていたっけ。紙面を覆い尽くし幅をきかすグラビア印刷の匂い。吐き気がして捨ててしまったようだ。心なしか脇道のほうが凹凸のないように思える。管理人を代えたか。物言う頭の切れる男だったが、時代ということなのだろう。物言うことが嫌われる。脇道はより霧に覆われて見通しが悪い。湖への小径が近道でなくなったのは、あのレストランができてからだ。歪で曲線好みの見え隠れする境界壁が迷路のように視界を遮っていく。怯懦と追従の産物は支配人の申し出か。まだ知らされていないボスがいるのか。朝露が足元を濡らしていく。ここは前に通ったところか。思い出すたび過去が重なる。懐かしき白鳥の美形。晴朗な水面。見通しのいい景観。恥じ入るばかりにちっぽけな自分。狭窄な視野しかもてないことを嘆き、幾度運命を呪ったことか。引きずり回されたことを恨んでみたものの、引きずり回していたのは自分だったのかもしれない。狂気となって扉を叩く。思いおこさせるように視界は開けていく。悪辣な手練手管。詫び尽くせない非道は自分が蒔いた種だったのか。ポケットにあった小さなガイドブック。もうよれよれになってあちこちにマーキングがされている。ぶれまくった筆跡はかろうじて自分のものであるとわかる。日付が書かれてあった。墜落事故の前年。年末の12月とある。二度と来た道を戻るつもりはなかったのだろう。投げやりな落書きだ。おっと、遮蔽壁が顔を覗かせる。気を取られて頭をぶつけるところだった。いつできたのだろう。小径にせり出し不格好なままいつまで居座るつもりだ。落ちていた棒きれで叩くも乾いた音しか響かない。あの時の自分のようだ。放り出して振り返ると車道をタイヤが削っていく音が聞こえた。十字路が近いのか。あの頃のガイドブックには載っていない道路標識。誰かが手配したのだ。目的地とキロ数が書かれただけのそっけない案内板。耳にしたことのあるだけの地名が羅列されている。足早に喧騒を逃れよう。こんな自分に会いにきたわけではない。いつもの風景を取り戻すため。確実な歩みがあらんことを願い、森と湖の美しさを愛でるためだ。許されるなら。そうとも。今日は呪われてもいい日かもしれない。過去から届く便りには決して書かれていない、いわゆる新しき息吹が、楔のように打ち込まれてしまう日なのだ。いわゆるだ。清々しい朝の散歩に似つかわない。嘔吐させる言葉。恥知らずの彼らが連呼している滅亡の言葉。彼らには教育がない。自分が拘り続けた矜持がないのだ。借金の取り立てか。いくらかましな便りを寄こすものだ。彼らが先か、己が先か。今度、この道は通れるか。あの外壁に吊るされているのは、我が友か己か。それとも奴らの生首か。もう少し歩けば林間地に出るだろう。小さな石塚が無造作に積み上げられている。地図にはのっていないか細い力。当時は名の知れた豪族だったかもしれない。人殺しだったかもしれない。墜落事故の機体から見えただろうか。ぶら下がっている歴史。解決しようとしない人為。詩人と魔女が弄り、未来を呪っただろう。あの日を境に時間は止まり、破滅の起爆装置は押された。通わない日常。魑魅魍魎の跋扈。匂いのするほうに生け贄の復讐は始まったのだ。とぎれとぎれの破線を辿るとわずかに水色の鈴の花をつけている。傍らには歪んだ灌木。四方八方に枝を伸ばし、沈黙して加害者を捕まえんとしている。針が振れた。暗部が腐り、日が昇っているにもかかわらず、行く手は覚束ない。この小径もあと少しの命だ。奴らは気づいていない。地所に巣食う地下茎の腐敗。いやな匂いがする。少なくとも。あと少し。水の音に誘われて、物分りのいい山人の姿が行く手に見えるまで。できれば、したたかな作業を繰り返そうか。出し抜き、面の皮を何枚も結わえ、慣れない文字を書き連ねようか。ため息と消沈。ぎくりと鳥の音に驚き、目を上げるとこんもりとした草地に出てしまった。予想とは反して、どこかで道を間違えたようだ。道標が見える。まだ区域内のようだ。一生出れっこないんだ。だれかが言ったっけ。小屋があればましだ。雨漏りのする小屋。いつ倒れてもおかしくない仮置き場。戻る度に燃えていないか心配していた。迷惑だけが先んじて入口が歪んで、出口のなくなった彼が愛した住まい。まだ残っているだろうか。帰り着くまで。帰り着くのだろうか。帰るとは。どこに。今すぐ、この草地はどこに続いて、導かれて、騙されて、ようやくまともに。だれかに会うために。だれかが引き会わせてくれるとでも。草地は禿げて、緑少なく、砂礫ばかりのつまらないもの、生き物はあの時から、申し訳ない、片隅の土偶になって、諦めてしまった。あそこに見えるのは太陽か。ばかに薄っぺらくへばりついている。次にいつ、疑わしく剥がされていくのか。普段は彼らがもっと嫌った言葉だ。事実はもっと劣悪。目的の湖は向こうだ。彼らには用がない。邪魔をするな。引っ込んでいろ。綻びは同様にやってくる。ここまで手は届くまい。動揺している自分が癪に障った。余裕をみて出てきたつもりなのに、まだ道半ばだ。この分だと辿りつけないかもしれない。あの化生に会えないかもしれない。戻る道は閉じてきた。そんなつもりではなかった。両側の敷地がせり出してくる。目に見えない瘴気が咳き込ます。私は人間なのだろうか。ここを何人もの人間が通って行ったはずだ。切り開いていった先人もいただろう。彼らの愛したものを望んだ。隘路となった夢の中。砂袋と掛け違いばかりの破線。筋違いの言葉ばかりが浴びせかけられる。何者だ。何人も脱落していった。もっともな御託を並べて埋没していった。あの峠の向こうだ。だれもいないはずだ。自分だけが招待されたのだ。白鳥を見るために。
  道路上で立ち往生した動物たちの運命にはあまり注意が払われない。彼らには識別番号がつけられていて、どの程度の脂肪を蓄えているか、または痩せ細りこの冬を乗りきれるかどうか、数値化された羅列だけが一人歩きしているだけかもしれない。水たまりがある。喉が乾けば水を飲むだろう。口にして束の間の自由を満喫するかもしれない。少々脚の骨の動きがおかしかろうが、すし詰めの奴隷船でなかっただけ、幸いと思うということなのか。相棒は横になって血にまみれている。だから連れてくるなと言ったのだ。この移動が山だ。悪い疫病が流行っている。人災だという噂がある。だれかが貶めたのだ。道路を封鎖した。囲い込んで目を潰された。去勢されたものがいる。哀れなものだ。仲間に健康なものがいるはずがない。それでも、ほいほい求めてくる。正常な何か。美しい何か。血筋と純血。無惨な接ぎ木。縄をつけ、猿轡から漏れる血糊を嗅ぎつけ、鑑賞する。直接手をくださない、車に乗ったままの人影。ほらほら、出てきた。滑稽な屈強者たちが門扉を抱えている。人里離れた農道なのに何車線も塞いで飽きたらない撤収野郎。睨んだら顔をそむけてやがる。昨日の遊覧船で駆けつけた観光客だろう。口臭が鼻につく。嗅いだことのない悪臭。よお、仲間よ。その鉄扉は会議場から剥がしてきたものか。自分の首にはめ込む貞操帯か。喉をこじ開け胃袋深く埋め込み、貴重な菌を抹殺すべくやつらに無害に、より無抵抗にはびこるためか。普段の運動不足が祟って引き抜く力が弱いわな。海中に沈んだ真核生物は昨夜の食卓に上ったか。歯ぎしり。恫喝。阿呆扱い。ほれ見たことか。金属が擦れる。筋肉が弛んでいく。糞尿を浴びせるぞ。何度も何度も末端神経を麻痺させるがいい。手足が冒され生きた心地もあるものか。この塊は死者が運んできたもの。この廃材は地獄が拒み悪魔が忌み嫌ったもの。我らの近くにも、阿呆の近くにも。食卓に。陰部に。粘膜に。紫外線のごとく。爪の間。咽頭に。静かに無情に。どこまでも。どこにも。いつまでも。よお、仲間よ。追いだそうとしてくる仲間よ。囲い込もうとする仲間よ。怒鳴り声をあげ異質なものを際立たせる、いたって均質な平凡よ。まだ時間が許されるなら、最も命に近い有機物を撒き散らし、より愚劣に、より低俗に、より根源に、訴えかけてくる何物かを汲み上げんことを。決して扉は開かない。顔を見せることもない。言葉を語らない。学んでいないはずだ。切り捨てたのだ。もうない。底を開けたのだ。禁断の果実を収穫しようとしたのだ。恥知らずにも無知を曝け出したのだ。怖気のたうち回る為政者たちよ。彼らには逃げこむ穴はない。通る筋道もない。死んでもなお放射線を浴び飢え乾くのだ。わけがわからなく跳び回り泥水を啜る豚の群れには悪いが、彼らを仲間に入れ給え。平穏はない。彼らが齧った宗教が頭を擡げる。見たこともない文字が踊る。解読されたもの。解読のまだのもの。関係ないとはいえない。彼らを縛る彼らが裏切った歴史の真実。彼らが騙した人類の積分。一言一言が齟齬で暴言の無知蒙昧。恫喝、存在そのものが恫喝の無価値。鉄柵は片付けられる。業者は必要なものだけ掬い上げた。汚染されたものは土にも埋められない。もうすぐにここは封鎖される。洪水が来る。都があったところだ。そこに招き寄せるのだ。決めたものが一目散に逃げ出す地。完全に制御された地軸抗。彼らを店番に残しておこう。下膨れの黄色い雀ならお似合いだ。隠したものが隠される。誰も戻ってこない都を監視する。意味のない埃の流れを監視する。泥を啜る豚たちよ。もうその水たまりもなくなる。よくしたものだ。彼らが彼らを抹殺する。彼らだけのための世界を終わらせる。
  何もかも忘却できれば、これほど幸せなことはない。そんな瞬間をだれでも一度は経験するだろう。ささやかな夢が叶ったり、たまたま舞い込んできた自由な時間に、どれだけの思いと希望を押し込められかという僅かな想像だけで、たとえそれが叶えられなくても、結構日々の疲れを癒やしたりするものだ。些細な不都合が大きくのしかかり、自己を苛む小心者には、ちょっとした失敗や出来心がまるで人殺しをしてしまったかのように思われ、開放してくれる連続体の間隙、地層の変動によって生じた馬の石ら、考えつくものなら何にでも理由をつけて、武装し自分でないようなものを作り上げ、変身を願望し、かつては無限に膨らむのではないかと思われた環境体に己の身を擦り付け、滅却しようとする。大抵は徒労に帰す小判鮫の浅知恵でも、族が許し、君が煽れば、許されるものか、変えられるものか、騙しおおせるものか、嘘も、欺瞞も、隠蔽も、鋭利な切っ先を見せ、たとえ週末の一時、奥まった閉ざされたむさ苦しい片隅でさえ安穏な薫香を醸すものか。彼はそうに思ったに違いない。己が生きてきた座標から見渡せる地平面は、他の目からは自分が見渡すほど広くはなく、自分が思うほどは仰々しくも、荒削りでも、むしろ退屈で平凡な凡人のそれであったのに、何を思ったか、週末の安逸は自分に与えられた特権であり、他人の自由を奪ってまで行使できる栄誉であるとでも思ったのか。愚かなものは崩れゆく漏れには気づかない。そっと言葉を吐くことも、鏡に感染った致死量間際の顔の歪みには無頓着だ。指示してあったのは秘密裡の不燃体の設置勧告までであって、飛び火しない程の用意周到な作為は後から振り返れば後悔できる要素ではあったが、それも生き残ればということであり、今となっては、アリバイ作りの仕掛けからも、期待していた両目の下に隈を絶やさない化粧顔の元締めからも見放され、宙ぶらりんのままにゆらゆら浅瀬を目に見えない汚染水を浴びながら生きた心地のないまま彷徨うことになる。いやしばらく、時の経過を自らの言葉として捕らえ固定できない彼は、今はもがきながら与えられ通された実体のないソファにしがみついている。安楽は確かにここにあるはずだ。父の代からそれとなく教わり、または反面教師をして教訓が、いくら無神経で軽率な彼であっても、身にしみたように、汚物が染み付いた思考回路に執着している。私に許されるものは。私が可能なものは。私の望みは。這這の体でここに駆け込んだのも、あの時があったからこそ。両耳に手を当て真意を確かめる。我が身に向けられた数々の面。支離滅裂なざわつき。理解できない言説。繰り抜かれた空虚な欲望。追いつかない途方も無い陰雲が自分を包んでいることに、気づかないまま、あるいは気づかないふり、あるいは恐怖して平静を装ったまま、生きているのは自分だけであり、生き物はまるで己の息がかかった許可がなければ動いてはいけないように、ぶっ叩き、刷り込み、引き裂いて、隙間に、顔を歪ませて、歯ぎしりして、叫ぶことになる。お前を取り上げたのは、私の一部であるからで、交換可能な個性とは無縁の現象でしか過ぎないから。取り下げるのは私で、取り寄せた旅団がものいうわけがない。きっちり扉を閉ざし、緩みのない姿勢のまま出て行くがいい。立場を変えれば理解し得るものを、その不徳のいたすところ、躓きは大きく、極刑に値する。音楽は奏でられる。彼らにも聞こえるだろうが、彼らだけのためのものではない。果たして彼らはどう受け取るのか。私が演奏すると、主張するのだろうか。逃げ出した彼をだれがここに留めたのか。特赦とか恩赦とか、相当彼らには無縁の経済がいつ作用したのか。それとも、彼らを留めた店主も同罪で、設置義務を同じように解除したのだ。爆音がする。音楽ではない爆音。主張する主は開襟し弛んだ頬を抓るだろう。慟哭からか、または空を引き裂く断末魔。合唱はひとりではできまい。集結させようとすればうるほど抜けていく理屈に、これはどう受け取られるか。意に反して。集まりは集まり。届かないはずの密室に。ここぞとばかり閉じ込めた週末に。お気に入りを予約し、宿願の錆びついた鉄の扉を開けよう、私はそうする資格がある、ここには何度も訪れた。来週も来ようと思えば来れるのだ。約束された私。彼はそう思ったのに違いない。子分も親方も。無傷で。丸ごとそのまま。手付かず。損傷なしの両翼機。彼も、彼の子分も、彼の親方も。計算できずに、いや、逆説的にいえば計算してすぎて、潰えた。願わくばそれだけ。

旋回するシャチの群れ

 渦となれば、跳躍もし、見慣れない光景を演出するだろう。思いもよらぬところで珍客に出会おうものなら、余計なサービスさえも思いつこうとするかもしれない。お互いが質的に隔たりがあるとき、まるで異星人に出会ったかのような感激をもつこともある。言葉にならない互いの交感。効率の悪い言語化。極限状態に瀕すれば研ぎ澄まされるかもしれない五感。群れていることもひとつの要因となって、凹んだことも、尖ったことも、帳尻合わして、群れの本能が働く。取り巻く流動体は取水口を求めて競い互いの間合いを測っていく。呼気の足らぬものはないか。平衡を失い視力を落としたものはいないか。圧するものはいないか。磁場を誤ったものはいないか。聞く耳をもたぬものはいないか。目にしないと信じないもの、言い張るもの、自分を知らず手をあげるもの。異質の構造物が見えないわけがない。同質有機体を僅かに感知できる。信号を放っている。武器をもっているか。襲おうとしているか。自家撞着していないか。彼らは呼吸ができるのか。見事に通信できても、彼らが思う宙は、我らが流体と同質か。光が差す。彼らがよく使う手だ。のるかそるか。浅知恵がいつでももてはやされる。行動範囲の狭い彼らが有効だと信じる時代錯誤。じっとすることが不得意なのはよくわかっている。とどめを刺しておくべきだったのだ。遠くで一喜一憂する彼らにはわからない。我々が行き来できる場は広い。波動も柔軟だ。感激しやすい彼らには想像しにくいに違いない。引いたからには、作ってしまったからには、ぶちまけたからには、理由が必要となる。壊すにも、忘れるにも、むやみに覚えておくことにも。もうひと泳ぎ。仲間が誘う。幸は横溢だ。記録するものがいる。記録が何になろう。貴重な光景にはなるだろう。斎会。見るがいい。一度も味わったことのない真魚がここにはある。これからは供する番だ。尖りきった背中を降ろす頃合い。入っておいで。渦巻いておいで。汚したことは忘れる。もう汚すまい。照らしだされた壁面に印がついていまいが、その印が正しかろうが間違っていようが、我々はまた潜ろうとしている。もうしばらく泳ぎ戯れ満足して、太古の大気をたっぷり吸って、彼らの出迎えを真摯に受け止めて、今一度の盛衰、とてつもない天空膨張を過ぎ越し、微かな波長が合えば、鼻腔を蠢かし、季節を匂いに再び現れることにもなるかもしれない。とくと見るがいい。見れると思っている間は。

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