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猿投神社(ご祭神の謎)
所在地 愛知県豊田市猿投町
平成21年(2009年)6月26日に訪問。
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 愛知県豊田市の北方を猿投(さなげ)グリーンロードという有料道路が東西に通っている。その猿投インターチェンジを降りると猿投山の麓に出る。そこに営まれている古社が猿投神社である。同社の御祭神は珍しい人物だ。大碓命(おおうすのみこと)といって、有名な英雄「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の双子の兄弟である。日本武尊の名は小碓命といい、大碓命は兄ということになっている。『古事記』には、弟に殺されたと記されているが、『日本書紀』では美濃に逃れたと記されている。すなわち、大碓命は非常に影の薄い存在で、その名を知っている人は非常に少なかろう。むろん、大碓命を御祭神としている神社など聞いたことがない。あったとしても極めて少ないに相違ない。猿投神社はその大碓命をなぜ主祭神としているのか私には謎である。たとえわずかなりとその手がかりが得られるかも知れない。これが私の神社訪問の目的だった。
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神社の前に到着すると、黄色い色の鳥居が建っている。神社の鳥居は木や石で造られ、その地肌のままか、朱塗りになっている。黄色い鳥居は初めてである。祭神が風変わりだからそれに合わせて、というわけではもちろんないだろうが、非常に珍しかった。
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 鳥居の右手後方に見えるのが南門(総門)の屋根。近づいてみると、全体的に新しい印象である。後で調べてみると、明治33年というから肯首できた。境内の大部分の建物が嘉永6年(1853年)の大火によって喪失したというから、みなそれ以降の建造ということになる。
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 総門をくぐると参道がまっすぐのびている。300メーターくらいあると思った。
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境内には本殿を始め、四方殿、拝殿、太鼓殿など色々な建造物が建っている。
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これはオープンを飾っている写真で、私はここで参拝を行った。その時は本殿と思ったが、本殿は奥にあるかも知れず、これは拝殿かもしれない。
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 境内に神社の由来が記された説明板が掲げられている。それによると、創建は仲哀天皇元年(『日本書紀』の紀年だと192年)。三河国神名帳には「正一位猿投大明神」と記されている大社だったという。
 が、不思議なことに、なぜ主祭神が大碓命なのかは一言も言及されていない。仲哀期という極端に古い由来を強調する意図があるとも思えない。それなら全く無名の大碓命を
結びつける意味が分からない。
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猿投山(629m)の東の峰には東宮、西の峰には西宮が祀られていて、両宮とも、猿投神社を本社とする末社だという。
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 私は猿投神社の東側から細い山道を東宮に向かった。道は舗装されている上に非常に急峻というほどでもないので、歩きやすく、絶好のハイキングコースと思った。「東海自然歩道」という看板も立っている。私のようにゆっくり歩いていっても、2時間ほどで東宮の鳥居前に到着する。
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 そこから40分ほど登っていくと、東宮に到着する。写真のような小社である。むろん宮司も管理人らしき人もいない。ところが、道すがらは風もあって、空気も美味しく、気持ちがよかった。そのせいか、登山者(といっても軽装)も来ていて、時々すれ違い、挨拶を交わした。
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私がよく分からなかったのは、宮の前に造られている、写真のような四角い広場である。ここは祭祀場なんだろうか。それとも神々が寄ってくるための集会場だろうか。訪ねる人もいないため、わからずじまいである。
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参拝を済ませた私は、その足で西宮に向かった。西宮は東宮よりさらにこぢんまりした宮だった。この宮の前にも四角い広場が造られていた。

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閉じる コメント(6)

行って来られたばかりのようですね。みんな
迫力あります。どのくらいの時間掛けられたのかな。
でもかなり歩かれたのかな。つかれそうです。

2009/6/30(火) 午後 3:09 NOB 返信する

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ゆっくりゆっくりマイペースですし、総キロ数も6キロほどですから、ウオーキングさんとは桁がちがいます。

2009/6/30(火) 午後 3:18 [ 加藤勝美 ] 返信する

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今日は猿投神社は神社名もそうですが、愛知県民にとって気になる所で、小生も書庫に有ります低山めぐりNo3で訪れレポしていますが、貴兄のブログ、猿投神社西宮北方に宮内庁の案内板があり「大唯命墓」とした玉垣に囲まれた「つちだんご」が有りました。大唯命は俗説では父、景行天皇の愛人を横取りし父の怒りを買い、双子の弟小唯命に追われ美濃の現在の柿野に隠れたようで、地名の柿野は隠れ住むため「垣根」をめぐらしたことから由来があると、ものの本で読んだ事があります、またその付近には小唯命と同じく「白鳥神社」も有るようです、猿投神社には大唯命が左ききの由来があり、左鎌を奉納する慣わしがあり、景行天皇の愛猿が悪戯が過ぎ海に投げ込まれ、逃げて着た山がこの山名の由来など、小生は猿投を訪れ興味深く勉強になった事が多々ありました。

2009/6/30(火) 午後 3:39 [ エリア行く ] 返信する

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いつも貴重な情報ありがとうございます。景行天皇の愛猿云々も聞いたことがありますが、それならなぜ主祭神を景行天皇としないか不思議ですよね。もう少し考えてみます。

2009/6/30(火) 午後 9:54 [ 加藤勝美 ] 返信する

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社殿の写真を拝見しまして千木が内削ぎなのが気になりました。普通男神祀の場合外削ですよね?神社ほどそれ自体形成されている法則に不可思議なことが多く興味がありますが、延喜式でもなんとも説明が出来ないことが多いですね、天皇家の祖を神話の世界に求めいざなうという無理を調整しているんですかね。

2011/5/14(土) 午後 1:14 [ wendey12r ] 返信する

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どうもコメありがとうございます。私には千木の知識がありませんので、「神社のことがよくわかる本」(外山晴彦。東京書籍)の解説を紹介します。「内削ぎが女神、外削ぎが男神という俗説があるが、それは妄説」とされ、伊勢外宮や宗像大社等々が女神でありながら外削ぎになている例を挙げられています。参考になれば幸いです。

2011/5/14(土) 午後 2:38 [ 加藤勝美 ] 返信する

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