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平成30年9月17日20:18
前略 Aさん、最近、朝遅く晩が早く来るので、1日の活動時間が短く感じますね。 うっかりすると、1日が何もしないで終わってしまいます。そんな中、午前中は、新聞などまとめ読み。 午後は、休憩と広松さんの「ヘーゲルの社会思想とマルクス」(「マルクス主義の理路」所収)を読了です。 前回のメールにも書きましたが、ヘーゲルの市民社会論と初期マルクスの市民社会の捉え方の構図が共通しており、イギリスやフランスの思想家たちとは趣を異にしている点の理解がやはりカギになりますね。
英仏の社会主義者たちは、個人主義的な啓蒙主義の発想ですが、ドイツロマン主義を経たヘーゲルの発想では、自由の捉え方自体、英仏のそれとは異なっています。 例えば、広松さん曰く:「真の自由とは、諸分肢が有機的全体のうちで所を得て存在する事であり、(ヘーゲルが言うように)「最高の共同こそが最高の自由」なのであって、自由とは、(英仏系の啓蒙主義者が言うように)アトマの恣意的放縦の謂いではありえない。」と。(同p183) Aさん、さらに驚くべき事は、マルクスの資本論の蓄積論(資本論第一巻23章)の議論が既にヘーゲルにあるという点です。 ヘーゲルは「法の哲学」の「市民社会」論で曰く:「(市民社会における)利己的目的は、・・・全面的依存性の体系を設立する。この依存性は、個々人の生計と福祉と法的現存在が、万人の生計と福祉と権利との中に編み込まれ、これらを基礎とし、この繋がりにおいてのみ現実的であり保障されている、という程に全面的な依存性である。」・・・「欲求と労働の体系である市民社会は、一方の極に富の過剰蓄積を、他方の極に貧困の過剰蓄積を必然化する。」(広松p180)
「市民社会はこうした対立的諸関係とそのもつれ合いにおいて、放埒な享楽(カジノ推進法!)と悲惨な貧困(過労死促進法!)との光景を示すと共に、このいずれにも共通の肉体的且つ倫理的な頽廃の光景を示す。」と、市民社会の頽廃の実態を説いています。(※)ヘーゲルはこの市民社会に内在する貧富の二極化した矛盾を、より高度な関係体である国家の人倫性によって止揚することで解決しようとしています。
(※ヘーゲル「法の哲学」1821年刊・第2章市民社会185節、中央公論p416)
Aさん、これなどはまるで日本の(安倍自民党政権の先の国会の)頽廃した姿(カジノ推進法や過労死促進法の強行採決に現れている)そのものではないですか!。 そしてまた、ヘーゲルは、市民社会の根本矛盾を次のように指摘しています。
「もし失業窮民を救貧法で救うとすれば、困窮者の生計は労働によって媒介されずに保障される事になり、・・・市民社会の体制的原理に背くことになる。」(法哲学p416) さりとて、(成長戦略だとして!)過剰資本と過剰人口(失業者)とを結合して生産的労働に従事させるとすれば、過剰生産(恐慌!)を解決できずに、没落せざるを得ない。」(広松p180)と。
資本主義的生産様式にまつわるこうした必然的な没落の議論をヘーゲルはすでに(200年も前に)行っていた次第です。
ちなみにこの問題でマルクスは、労働者階級の協働(共同)による”労働時間の短縮”を行い、彼らが自らの成長の為に”自由時間”の伸張を得ることが根本的条件である、と指摘しています。(資本論第3巻48章・Ⅲ)
Aさん、しかし、現代資本主義においては、巧妙に過剰人口を減らす方式をシステム化していますね。 例えば、非正規雇用を増加させたり、過労自殺を促進する法案を作ったり、失業者を自衛隊に入隊させたり、さらには、カジノなどヘーゲルいう所の「肉体的且つ倫理的な頽廃の光景」を造り出したり、あるいは特に戦争などで地球環境を破壊して過剰生産恐慌(価値破壊!)を表面的には現象しないような、巧妙な仕組みが出来あがっている次第です。
我々は、ヘーゲルいう所の(戦争を含む市民社会の)「肉体的且つ倫理的な頽廃の光景」など、一刻も早くこの地球上から一掃しなければなりませんね。
我々は、ヘーゲルやマルクスが言うように、未来社会が単純に市民社会の次に来る社会ではなく、それを乗り越えたan und fur sich(即自・対自的)な、真に人倫的な共同社会であること、このことを自覚しなければならないと思います。 以上。
ps ブログには、上記の他、下記のものもありますので、是非、一度ご覧ください。 1、マルクス生誕200年、「ヘーゲル法哲学批判序説」・プロレタリアートの発見 (9.14) https://blogs.yahoo.co.jp/jk2unj/41654355.html 以上。それではまた、次回に。 |
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読みやすいように少し改訂しました。
2018/9/18(火) 午後 3:40 [ ウオーキングライフ ]