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                                                                 平成30年11月22日
前略
Aさん、今日は、午前中は、昨日のパソコンの疲れで小休憩。
午後は、不破さんの『「資本論」のなかの未来社会論』第3回(雑誌「前衛」12月号論文)の読書です。
特にマルクスの『バクーニン・ノート』からの引用は、興味深いです。
「国家消滅後の共同社会」について(マルクスのバクーニン反論)(同p163〜)の一部を紹介します。

不破さんの解説では、バクーニンは、1872年9月の大会でインターナショナルがヨーロッパでの活動を終結させてのちも、執拗にマルクス攻撃をつづけました。1873年に刊行された『国家制と無政府』はその代表的なもので、マルクスは公的な反論は行わなかったものの、この著作はすぐ手に入れて、ノートに批判的な「摘要」を書き付けました。これが『バクーニン・ノート』と言われるものです。
(単行本では合同出版社の『バクーニン・ノート』1962年刊がありますがここでは不破訳で紹介します。)
(不破さんは、上記論文では以下のようにマルクスが引用したバクーニンの文章をバクーニンの発言とし、マルクスの反批判をマルクスの発言として紹介しています。)

バクーニン:「支配身分にまで高められた」プロレタリアートとはこれはどういうことか
       (「前衛」12月号p164〜、『バクーニン・ノート』p72〜)
マルクスそれはつまり、プロレタリアートが、個別的に経済的特権階級と闘うかわりに、彼らに対する闘争で
       一般的な強制手段を用いるだけの力と組織を勝ち取ったという事である。
       だが、プロレタリアートが用いる事ができるのは、賃金労働者としての、従って階級としての彼ら
               自身の性格を揚棄(止揚=アウフヘーベンaufheben)するような、経済的手段だけである。
       だから彼らが完全に勝利するとともに、彼らの階級としての性格は終わりを告げるのだから、彼ら
               の支配もまた終わりをつげる。

バクーニン:おそらくプロレタリアート全体が政府の先頭に立つことになるのだろうか?
マルクス:たとえば労働組合の場合、組合全体がその執行委員会を形成するのだろうか?
       工場での分業がすっかりなくなり、分業から発生するさまざまの機能もまたなくなるのだろうか?

バクーニンドイツ人はほぼ4000万人を数える。例えば4000万人全部が政府の要員になるのだろうか?
マルクスまさにその通り!事は共同体の自己統治に始まるからである。
バクーニンそうなれば政府はなくなり、国家はなくなるだろうしかし国家があるとすれば、統治者と奴隷も
       またいることになるだろう。
マルクスこれはただ、階級支配が消滅すれば、今日の政治的な意味での国家はなくなるという事である

バクーニン:マルクス主義者の理論では、このディレンマは簡単に解ける。彼らは人民と統治を、人民によって
       選ばれた(選挙された)少数の代表者による人民の統治と解している。
マルクスばかな!この民主主義のたわごと、政治的空念仏!選挙は、どんな小さなロシアの共同体
       (コミューン)で行われようと、アルテリ(ロシアにおける農民など小生産者の経済的な共同組織)
       で行われようと、やはり政治形態である。選挙の性格は、この名前にかかっているのではなく、
       経済的基礎に、選挙人相互の経済的関連にかかっている。
       これらの機能が政治的であることをやめるや否や (1)統治機能は存在せず、 (2)一般的機能の
       分担は何らの支配をも生じない実務上の問題となり、 (3)選挙は今日のような政治的性格を全く
       失う。

バクーニン
普通選挙というのはマルクス主義者の最後の言葉だが、それは、「人民の意志」という看板で統
       治する少数者の専制を覆い隠す危険なウソだ。
マルクス集団所有のもとではいわゆる人民の意志は消え失せ、協同組合の現実的な意志に席を譲ることに
       なる。

バクーニンそこでは特権的少数者が、一般の労働者の世界を「国家」の高みから見下ろして、人民の大多数
       を指導することになる。これを疑うものは、人間の本性を知らないものだけだ。
マルクスバクーニン氏がせめて労働者協同組合工場の管理者の地位について知っていたとしたら、支配に
       ついての彼の迷夢は吹き飛んでしまっただろうに。この労働者国家−彼がそう名付けたければ−
       の基礎の上では、管理機能はどんな形態をとりうるかと自問したはずである。
(前衛12月号p165、全集⑱p643、『バクーニン・ノート』p76)

以上、ここにでている国家消滅後の共同社会についてのマルクスの考え方は、我々が未来社会を考える上で示唆に富む貴重な考え方であると思います。

不破さんの解説にもあるように、バクーニンは自前の「「即時無政府」論の立場からではなく、マルクスがめざす未来社会は「無政府」ではなく「政府」存続論ではないかとマルクス批判をしており、これに対してマルクスが反論しているのですが、その内容には他の場所では読めない未来社会論を含んでいるのです。」(p163〜164)と。

Aさん、私が注目するのは、特に「選挙の性格は、この名前にかかっているのではなく、経済的基礎に、選挙人相互の経済的関連にかかっている。」として、「これらの機能が政治的であることをやめるや否や、(1)統治機能は存在せず、(2)一般的機能の分担は何らの支配をも生じない実務上の問題となり、(3)選挙は今日のような政治的性格を全く失う。」というマルクスの指摘です。

資本主義的生産様式に基づく資本−賃労働の階級関係が労働者階級の手によって克服された未来社会(論)がここには具体的に展望されていると思います。
我々は、これをもって、現状を見直すきっかけにしたいものですね。
以上、それではまた次回に。

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マルクスとバクーニンとの会話形式の議論を少し読みやすくしました。ここには、「共産党宣言」にあるように「プロレタリア階級がブルジョアとの闘争のうちに必然的に階級にまで結集し、革命によって支配階級となり、支配階級として強力的に古い生産諸関係を廃止するならば、この生産諸関係の廃止とともに、プロレタリア階級は・・・階級としての自分自身の支配を廃止する。・・・」というマルクスの根本思想が語られていますね。バクーニンは、このことが分からないのです。故にここに前衛から引用して確認銘記する次第です。

2018/12/13(木) 午後 3:55 [ ウオーキングライフ ]


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