|
前略
各位、如何お過ごしでしょうか。桜は各地で既にもう満開ですね。 私は、先日、友歩会の例会に参加して、下記のようなホームページを作成しました。 又一度、ご覧いただければ幸いです。 http://jk2unj.icurus.jp/79reikai.htm なお、鷲津家の漢学塾「有隣舎跡」の碑は、祖父江の山崎出身の佐藤牧山(1801〜1891)が一宮市丹羽にある鷲津幽林(1726〜98)が開いた漢学塾「有隣舎」で学んだという記録が牧山の碑文にあったことから、特に印象に残っています。 ところで、平成の時代がまもなく終わりますが、先ほど、新元号が発表されましたね。
(令和・れいわ)とか。この新元号について、前にも私の危惧の念をお知らせしましたが、直後に以下のメールが届き、私とほぼ同様の懸念(不吉な予感)を抱いた感想が述べられていたので、紹介します。 ※なお、私の危惧の念は、下記ブログをご覧ください。 https://blogs.yahoo.co.jp/jk2unj/41858693.html −−−−−−−−−− 「海つばめ」ダイジェスト第693号 2019年4月6日【無料版】 ——嵐よ! 強く強く吹き荒れろ!—— 元号「令和」に不吉な予感 一致しすぎる歴史的経験との符合 2019年4月2日 天皇の代替わりの空騒ぎもしくは、茶番は元号「令和」の決定と発表により一つの頂点に達し、さらに5月1日の新天皇の即位によって完成しようとしている。 この危険な空騒ぎの意味することは、天皇が再び1945年以来、完全に危険な“政治的”存在と化したこと、安倍政権と癒着し、融合することによって安倍の企む日本国民の国家主義への——したがってまた軍国主義への——統合の恰好な道具として現れたということであろう。 いうまでもなくこれは、昭和の前半、天皇一家がファシズム化した軍部の国家主義、軍国主義と結びつき、その道具に転化し、国民の全体を侵略戦争と帝国主義戦争に動員し、駆り立てる上で決定的な役割を果たしたのと同様であり、その始まりであろう。 そうした現状を踏まえて「令和」という元号を冷静に見直し、評価すると、安倍がペラペラと得意そうに説明した牧歌的な、偽善的な説明——「令は吉と通じ、めでたい意味がある」、「花を大きく咲かせたい」等々のきれいごとや美辞麗句——と全く違った、不吉な予言じみたものをそこに見出さざるを得ない。 我々が令和の「令」を見て感じたことは、それがまず「命令」の令であり、すぐに「勅令」の令であり、最後に「奉勅命令」の令であるということであった。 それが、昭和の戦争の15年戦争の後半の時代の空気を吸い、7歳で敗戦を経験した林が、安倍政治の6年余の時代を経験した今、「令和」という二字熟語から受けた最初の精神反応であり、脳への反作用であった。我々の世代にとっては、それは自然の反応であった。 2015年の秋、安倍政権は憲法9条など何のその、その解釈を「閣議決定」でいくらでも捻じ曲げ、まさにかつての天皇の「勅令」よろしく超法規的な“大権”ふるって、国家主義に道を開く諸法律——集団自衛権の行使つまり海外で自由で大規模な武力行使、軍事行動を可能とする諸法規(俗称では“戦争法”)を可能とする諸法規——成立させた。 まさに「令和」そのものであり、その先取りではなかったか。 つまり安倍は4年ほど前の秋に、そんな諸法律を成立させながら平和のためであるとか、さんざんにきれいごとを並べたのだが、それもまたまさに今、元号として「令和」を掲げながら、平和についていくらでも麗しい、偽善的なおしゃべりをするし、できるのと同様である。 もちろん安倍一派の国家主義が軍国主義と同意語であり、容易に軍国主義に転化していくのは、このブルジョア社会では、個人主義とは利己主義であり、またそれに容易に転化していくのと同様である。 ついでに言えば、「令」は専制政府、独裁政権が得意とする、「戒厳令」の“令”でもある。自民党も安倍政権も12年の憲法改正草案でも、今回の憲法改定案でも「緊急事態条項」を是が非でも盛り込めと大騒ぎしている。 つまり「令」とは、労働者・働く者の大規模な大衆行動などが勃発し、発展した時には、国会や法治主義を飛び越えて、内閣の「閣議決定」だけで緊急政令などを制定し、ことに当たり、労働者・働く者やその闘いを容赦なく弾圧できるようにせよと大騒ぎしている安倍政権にとって、きわめて特徴的で、示唆的な漢字というしかないのである。 かつて15年の不幸な戦争の時代であった「昭和」が昭和恐慌と共にスタートし、15年の無意味で不幸な15年戦争の時代となったように、今日本が、そして世界もまた再び深刻な恐慌の時代を迎えようとしている時——今夜の日経新聞夕刊は1面で新元号「令和」を大々的に扱うと共に、それと並んで、「景況感大幅に悪化」という記事を掲載している——、「令和」の元号は不吉な予感として我々に迫って来ないだろうか。 とするなら、我々が「令和」とは安倍の天皇制と結びつき、一体化しつつますます専制化しつつ、口先では平和について美辞麗句を弄している時、そこに歴史との余りに不吉な付合を見出すのは果たして不当であろうか。 安倍政権はほとんど意識することなしに、「令和」という元号を押し出すことによって、自分の目指している社会と時代——“勅令主義”=天皇制専制主義もしくはファシズム体制下の“平和”——について語り、あるいはひょっとして今後20年、30年の日本の暗い未来への不吉な予言をしてしまったのではないだろうか。 今後の歴史のみが、その真実を明らかにしていくだろう。 −−−−−−−−−− 以上、皆さまの近況など、またお寄せいただければ幸いです。 それではまた、次回に。 PS 公報一宮4月号の10ページのリバーサイドフェスティバルに、「はたらくクルマ大集合」として、陸上自衛隊の車が昨年の「びさいまつり」同様に出ています。(下記写真参照)
一宮市は既に、軍権が”市民社会”のまつりの最中に顔を出しています。 令和(れいわ)の時代に不吉な予感が的中しないことを祈念する次第です。 |
全体表示
[ リスト ]





