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前略
各位、如何お過ごしでしょうか。 最近、日が長くなり暖かさを感じます。 4月には、地方一斉選挙が始まり、また騒がしい日々が続きます。 そんな中、昨年12月に図書館にリクエストしていたトマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」を急いで読了しました。大まかには、前々回のメールで書評をもとに感想をメールしたものですが、改めて感想を述べてみます。 第一印象は、ピケティ氏が長期的なr>gの累積による極端化しつつある所得格差を、グローバルに調整された税制において改革する政策、即ち、相続税、贈与税、所得税、固定資産税を中心にした累進課税制度の大胆な見直しの提言だという事です。しかし、これはマルクスの「共産党宣言」では、既に、より本質的・革命的に掘り下げられているという点です。(前々回メール参照) そこでは、次のように引用しました。
「・・・ここで私が思い出すのは、マルクスの「共産党宣言」です。曰く:「共産主義革命は、継承された所有諸関係との、最も根本的な断絶である。その発展行程において、継承された諸理念と、最も根本的に断絶することは、驚くにあたらない。・・・ 労働者革命の第一歩が、プロレタリアートを支配階級に高める事、民主主義を闘いとる事である。・・・従ってその諸方策は、経済的には不十分で不安定にみえるが、しかし運動の行程で自己を乗り越えて前進するものであり、そして、全生産様式の変革の手段として、不可欠のものである。最も進んだ国々に対しては次のような諸方策がかなり一般的に適用されうるであろう。 1,土地所有の廃止。2,強度の累進課税。(※)3,すべての相続権の廃止。・・・」 (水田 洋訳・講談社文庫p36〜p37)」と。 ピケティ氏が世襲資本主義に対して警鐘を鳴らしている点についても、マルクスは「3,すべての相続権の廃止」において既に対処している事です。
マルクスにおいては、資本主義的生産様式の本質的・体制的批判が主目的なのです。 そして又、「1,土地所有の廃止」については、誤解を防ぐ意味で、ブログでは、「資本論」第三巻から引用して下記のように補足しておきました。
「ここでは「1,土地所有の廃止」について、誤解を防ぐ意味で「資本論第3巻・第6篇・超過利潤の地代への転化・第46章建築地地代、鉱山地代、土地価格」からマルクスの考え方を紹介します。曰く:「一群の人々が社会の剰余労働の一部分を貢ぎ物としてわがものにし、しかも生産の発展につれて益々大きな度合いで我が物にする事を可能にするのは、ただこれらの人々が地球に対して持っている所有権でしかないという事は、次のような事情によって隠蔽される。(資本論⑪p266) 即ち、資本化された地代、まさにこの貢ぎ物が資本化されたものが土地価格として現れ、従って又、土地が全ての他の取引物品と同様に売られる事ができるという事情によって、覆い隠されるのである。」「およそ権利を作りだしたものは生産関係である。この生産関係がある一点に達して脱皮せざるをえなくなれば、権利とそれに基づく一切の取引との物質的な源泉、その経済的歴史的に正当化された源泉その社会的な生命生産の過程から発する源泉は、なくなってしまう。より高度な経済的社会構成の立場から見れば、地球に対する個々人の私有は、丁度他の人間に対するある人間の私有のようにばかげたものとして現れるであろう。1つの社会全体でも、1つの国でも、実に全ての同時代の社会を一緒にしたものでさえも、土地の所有者ではないのである。それらはただ土地の占有者であり土地の用益者であるだけであって、それらは、よき家父として、土地を改良して次の世代に伝えなければならないのである。(資本論⑪p267〜p268)」
※「資本論第3巻・超過利潤の地代への転化」についてより詳細な解説があります。
下記のブログ(「資本論学習会」)をご覧ください。 http://blogs.yahoo.co.jp/jk2unj/39035304.html 」と。 ここでは特に、「土地所有者」と「土地の占有者・用益者」との概念的区別に注意。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− また、ピケティ氏がいうところの、資本収益率即ち、利潤、配当、利子、地代その他資本所得の合計(=剰余価値)の資本の総価値(=前貸総資本)に対する割合(r)は、資本論では、m/(c+v)と表され、利潤率の事です。 ここで注意したいのは、rに関係した「平均利潤総額=剰余価値総額」という事とgに関係した、「年間産出高(諸生産価格)総額=諸商品価値の総計」という事です。 マルクス的には、これは、「総計一致の2命題」と呼ばれるものです。 (宮川彰氏著「『資本論』第2・3巻を読む下」p101〜102) ピケティ氏の本書は、マルクスのこの「総計一致の2命題」(rとg)の間の関係を歴史的に分析して、r>gの不等式を発見し、それを基礎にして資本主義の現状と将来性について警告を発している点で非常に貴重であり重要です。(※)
(※r>gの不等式は、rが利潤(差=r’−r)率=(m/(c+v))であり、gが成長(差=W’−W)率=
(m/(c+v+m))である事を考えれば、マルクスのこの「総計一致の2命題」に基づいて合理的に理解できる筈です。ここで、w=c+v+m)
高田太久吉氏は、論文、「トマ・ピケティ『21世紀の資本論』を読む」(雑誌経済1月号p50)の中で、ピケティ氏の「r>gは、資本主義の歴史全体を通じて確認できる一般的事実であり、総じて言えば、資本収益率が4〜6%のレンジで推移してきたのに対して、成長率は1〜2%のレンジで変動してきた。この関係が引き起こす不平等の累積的な拡大こそが、資本主義の根本的な矛盾を表していると見ている。資本主義の歴史を通じてr>gの関係が持続している事実はピケティ氏の重要な発見であるが、・・・彼はこの結果を理論的には説明していない。」と。 他方、ピケティ氏においては、成長率は、新古典派の理論に依拠している。即ち、労働者1人当たり産出高増加率と労働者数の増加率の合計として把握されているがこの命題はそれらの増加率がどのようにして決定されるのかが説明されていない。」と。(経済p50)
我々は、マルクスの「資本論」全3巻をここで再度研究する必要があると考える次第です。何故ならば、資本主義的生産様式における「人口法則」までもが、そこでは問題の俎上に上せられているからです。
(特に資本論第1巻第23章資本主義的蓄積の一般的法則第3節の「相対的過剰人口又は産業予備軍の累進的生産」参照。又「総計一致の2命題」については、資本論第3巻第2篇利潤の平均利潤への転化 第9章平均利潤率の形成と商品価値の生産価格への転化・ブログ参照。) http://blogs.yahoo.co.jp/jk2unj/37947764.html 最後に、我々は、トマ・ピケティ氏の膨大な歴史資料に基づく分析を1つの契機にして、さらに資本主義社会の桎梏の現状、とりわけ地球共同体のあり方と現状分析へと理論的枠組を再構築して行かなければならないと考える次第です。
(特にピケティ氏がとっている分配論中心の議論は、資本主義の本質的な体制批判にはなっておらず、ましてや変革主体の歴史的役割は全く考慮されていない点で、与することはできません。) その為の通路は、やはり汲めどもつきぬマルクスの『資本論』研究が最短コースだと思います。私的には、資本論第1巻の再読と剰余価値学説史研究は、4月の一斉地方選挙後に取り組みたいと考えています。 以上。
それではまた次回に。Your K.M ps 皆さまの近況も是非お寄せください。よろしくお願いします。
(※)
補足として、「しんぶん赤旗」(2015.3.18)の”変貌する経済”アベノミクス⑦において、「弱まる財源調達機能」の中で、「所得税・法人税という所得課税の役割が低下し、消費課税の重みが増す」という実態を論じているので、マルクスの「国際暫定総評議会の代表者たちへの諸指示」(共産党宣言の付録)から、「7,直接課税と間接課税」についての提言を記録しておきます。 ここで、直接課税とは所得税・法人税が代表的であり、間接課税とは消費税が代表的な税であることは、言うまでもありません。マルクス曰く:
「7、直接課税と間接課税 (a)課税の形態をどんなに修正しても、労働と資本の関係に何らかの重要な変化を生み出すことはできない。(b)にもかかわらず、課税の2つの制度の間で選択をしなければならないとしたら、我々は、間接税の完全廃止と、直接税への全面的代替をすすめる。なぜなら、間接税は諸商品の価格を高めるからであり、・・・1個人が国家に支払っている額を、彼から隠蔽するものであるのに、直接税は剥き出しであり、・・・あらゆる個人を刺激して統治権力を規制しようと思わせ、一方、間接税は自己統治への全ての傾向を破壊するからである。」 (「共産党宣言」の付録p172〜p173・講談社文庫。尚、注により本文を少し訂正しました。)
総資本支配階級はそれ故国家権力を動かして、間接税たる消費税導入・増税と、直接税たる法人税や所得税の引き下げ及びそれらの累進制の破壊に、税制を通じて階級支配の強化に邁進してきたのである。戦後日本の税制変化をみよ! (参考:「日本の税金」山城吾郎著・新日本新書1969年第6版)
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マルクス主義研究
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月刊「経済」(新日本出版社)の2014・5月号に、関野秀明氏(下関市立大学准教授)が「マルクス経済学の基礎と貧困・自己責任論」を書いています。(p31〜p57)
第一部では、「資本論」の概要を的確にまとめ、第二部では、「資本論」を基礎に今日の貧困・格差問題を資本主義的生産様式に基礎づけて考察しています。「資本論」第一巻の概要を分かりやすく展開し、その基礎認識の上に立って、現代日本における貧困、格差、停滞の諸現象を見事に、本質的に解読・解説しています。ここに紹介する所以です。
まず、第一部の目次構成は、「第1部マルクス経済学入門 マルクスの剰余価値とは」です。「はじめに」では、まず、「2012年の完全失業者数は、285万人で、これが「20〜24才層」では8.1%でした。」これは就職氷河期と言われた1998年の完全失業者、279万人、「20〜24才層」失業率7.7%よりもさらに厳しい数字です。」(総務省「労働力調査」)。そして、就職難や失業、劣悪な労働条件、貧困が自己責任ではなく、経済社会の構造に基づく歴史的で客観的な法則であることを解明したのがマルクス「資本論」の経済学です。」と指摘している。 以下、関野氏に従って、この論考の概略を見出しを列記することで、紹介に代えたい。 詳細は、本文を精読することを是非ともお薦めする次第です。 『「資本論」の特徴 ①資本主義経済の歴史的研究であること ②客観的で論理的な法則性の研究であること ③発生論的・弁証法的方法 ④階級性の重視 商品論1 商品の2要因と労働の二重性 1,なぜ「商品」分析から経済学をはじめるのか 2,商品の2要因 使用価値と価値 3,労働の二重性−具体的有用労働と抽象的人間労働 商品論2 価値形態または交換価値 1,価値形態または交換価値とは何か 2,価値形態の発展 1簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態 2全体的な、または展開された価値形態 3一般的価値形態 4貨幣形態 商品論3 商品の交換過程 1,交換過程論の目的と方法 2,交換過程の矛盾「使用価値と価値の矛盾」 3,貨幣の登場による「交換過程の矛盾」解決 4,貨幣のおもな機能 剰余価値論1 貨幣の資本への転化 1,資本の一般的定式 2,一般的定式の矛盾 3,労働力の売買 4,労働力商品「発見」の意義 剰余価値論2 絶対的剰余価値生産 1,資本主義的生産過程の分析 労働過程と価値形成・増殖過程 2,不変資本と可変資本 3,労働日 絶対的剰余価値生産 剰余価値論3 相対的剰余価値 1,絶対的剰余価値生産と相対的剰余価値生産の相違 2,本来的な相対的剰余価値 3,特別剰余価値生産と相対的剰余価値生産 資本蓄積論1 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産 資本蓄積論2 資本の蓄積とそれに照応する貧困の蓄積 資本蓄積論3 資本主義的蓄積の歴史的傾向 ①生産手段の個人的所有と自己労働にもとづく「小経営」 ②「小経営」から資本主義への変革(自己労働にもとづく個人的所有の否定) ③資本主義の発展(他人労働にもとづく資本主義的私的所有の発展) ④「資本主義的私的所有の弔鐘」 未来の「個人的所有の再建」(他人労働にもとづく私的所有の否定、「否定の否定」) 第一部のむすび 第二部 『資本論』を基礎に 貧困・格差を考える 1、現代日本の貧困 相対的過剰人口論から考える 2、現代日本の格差 「資本の蓄積に照応する貧困の蓄積」論から考える 3、現代日本の停滞 資本主義的蓄積の歴史的傾向論から考える おわりに』(p57) ※ここでは、我々においても最後に、著者の感想を引用して締めくくりたいと思います。 曰く:「マルクスは労働力の商品化にあたり、資本家の【買った商品を自由に消費する権利】と労働者の【価値どおりに売る権利】という」権利対権利のアンチノミー(二律背反)は資本と賃労働の力関係−「総資本家即ち、資本家階級と、総労働者即ち、労働者階級とのあいだの一闘争」−により決すると述べています。現代日本の深刻な経済的停滞、社会的閉塞を打開できるのは働くもの、労働者階級の働きかけ、主体的な条件が必要です。 またマルクスは、資本が「相対的過剰人口の法則」を利用して労働者を分断して支配することは、避けられない運命ではなく、「労働組合などによって就業者と失業者とのあいだの計画的協力を組織」することでこの法則の「純粋な作用を攪乱する」ことができるとも述べています。 このマルクスの視点は、現代日本で貧困を無くすための社会保障の充実において、ワーキング・プア的就労で働く労働者と、自己責任論で苦しみ、この社会を変えたいと願う若者との連帯を激励する言葉として受け止める事ができます。」(p57)と。現代日本(世界)でs深刻化している貧困、格差、停滞などが、資本論の基礎的概念を概略展開することによって、誰にも分かりやすく、納得的に解説している小論はあまり見かけない。敢えてここに紹介する所以です。以上。(K.M) |
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前略
15・16日の台風18号が去って以降、ようやく秋らしくなってきましたが、まだ日中は暑い日が続いていますね。皆さまは、如何お過ごしでしょうか。 16日は、午後、台風の影響がようやく治まって晴天になったので、私は、各務原の「世界淡水魚園水族館」に行ってきました。65才以上、無料だった事もあり、初めての入館という事もあって、台風直後にも関わらず出かけた次第です。その模様を、下記ブログに投稿したので、また一度、ご覧ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/jk2unj/38493760.html しかし、この水族館は、思った以上によく環境整備されていました。
淡水魚とはいえ、不断はほとんど見る事ができないものばかりで、もう一度 機会があれば出かけてみたい所です。 さて、政局は、国会が開会されていないので一見静寂ですが、安倍政権政府は、着々と、反動的な、階級支配を強化しようとしていますね。
「消費税増税」(法人税減税と込み!:一層露骨な階級支配!)、又戦前の治安維持法を思わせる「秘密保護法案」の策定、東電福島の第一原発の「汚染水漏洩」問題、(オリンピック招致の安倍首相の無責任な発言とは正反対の世界的な環境破壊問題!)また、依 然とした「非正規雇用の増大と正規社員の減少」及び企業の「ブラック企業化」の動き、さらには「生活保護改悪」や社会保障費の削減、憲法9条をターッゲトとする改憲の策動、及び解釈改憲による「集団的自衛権」の行使問題。社会保障関係予算を削り軍事予算を増大させる、平和外交ではなく軍事力増強の憲法違反。日本国憲法は、既に自民党の政策によって骨抜きにされていますが、残るは実際的に憲法を変えたり、法的な整備を残すだけです。 世界的な規模で、資本主義的生産様式の政治的再編強化が総資本支配階級の手で行われようとしています。世界的な新自由主義的な政策のおかげで(!?)、我々には、地球規模におけるこうした階級支配の構図が見えやすくなって きています。
こうした中、最近、佐藤優氏の「テロリズムの罠」(左・右巻)を読みました。特に右巻は、世界大恐慌克服の過程で生じた、時代の閉塞状況からファシズム(国家主義)に至る危険性を説いています。今日の時代状況と重ね合わせて見ると興味深いものがあります。
私は、その流れで雑誌:思想1983年3月号(特集:マルクスと現代)と広松さんの論文集「マルクス主義の理路」の中の「近代合理主義の歴史的相対化のために」(付論1)と「全体主義的イデオロギーの陥穽」(付論2)を読みました。
思想(1983.3)では、広松さんの「物象化論の構制と射程」です。もう1つは、
<討論>マルクス−再生か葬送か(竹内 芳郎・いいだもも・小阪修平・戸田徹)です。 1983年といえばマルクス死後100年にあたり、今年は130年にあたりますね。
この討論では、既に亡くなられた「いいだもも」さんの発言が注目です。 今日、思想のマルクス特集から既に30年も経っていますが、今読み返してみても全く新鮮です。30年前の議論や討論が、今日ではよりシビアに現実化しているからでしょう。
こんな時こそ、我々は、より根底的に、より批判的に、日常生活を蔽っている物神崇拝=ブルジョア的生産関係の物象性を剔抉して行かなければならないと考える次第です。
上記の論文や討論は、そうした意味で「導きの糸」たりうるものと思います。 最後に、資本論学習会レポートでは、第20章の「商人資本に関する歴史的考察」がまだ残っていますが、近いうちにブログに掲載する予定です。ご期待ください。
(次回は、第5篇・利子生み資本 に入ります。) 以上、近況まで。 それではまた次 回に。Your K.M
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