ウオーキングライフ

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  資料館歴史講座「濃尾地震の震源地を訪ねる」に参加したレポートです。
一宮市尾西歴史民俗資料館では、4月28日から5月27日まで春季特別展として、「濃尾地震」を企画展示
している。
5月5日、資料館歴史講座「濃尾地震の震源地を訪ねる」に参加した。コースは以下のとおりです。
①大垣市の地震学者・関谷清景博士の誕生地見学
②旧揖斐川橋梁(大垣市・安八町)
③金原の横ずれ断層の現場
④根尾谷断層の現場
⑤断層展望広場
⑥地震断層館
→尾西歴民帰館は、午後4時過ぎでした。以下はその写真集です。
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①大垣市の地震学者・関谷清景博士の誕生地:歩行町(かちまち)の自宅跡にある碑
関谷清景は、大垣歩行町出身(大垣藩士の子)、明治19年帝国大学教授、明治24年理学博士・濃尾地震
明治29年病死(42才)。主な主張は、地震予知は困難。耐震や減災を主張。現代にも通じる考え方である。
イメージ 1
②旧揖斐川橋梁(大垣市・安八町)
イメージ 2
イメージ 3
③金原の横ずれ断層の現場
イメージ 4
④根尾谷断層の現場(明治24年(1891年)と2018年現在の比較)
イメージ 5
イメージ 7
⑥地震断層館(地下観察館内・6mに及ぶ垂直に断ちきられた基板岩石)
イメージ 6
2018年5月6日掲載(写真は5.5日)。
「日本歴史災害辞典」によると、死者数は、関東大震災(1923.9.1)が105,385人、
明治三陸地震津波(1896.6.15)が21,959千人、東日本大震災(2011.3.11)が19,272人、
濃尾地震(1891.10.28)が7,273人、阪神大震災(1995.1.17)が6,435人、
伊勢湾台風(1959.9.26)が5,098人です。
濃尾地震が倒壊の割には火災が少なくて死者数は少なかったとされています。
濃尾地震(1891)のあとに関東大震災(1923)があった訳ですが、「天災は忘れた頃に」やってきた次第です。
地震学者・関谷清景博士の主張のように、地震予知が困難であれば、耐震や減災対策が必要ではないで
しょうか。  以上。
イメージ 1
写真は、田光八幡社の樹齢1200年以上の楠。日本史(日本の階級闘争)を見守り続けた。
 
前略
昨日は、友歩会の例会ウオーキング、お疲れ様でした。
Kさんには、早速、集合写真を送っていただき、ありがとうございました。
私からは、皆さんの写真をホームページに掲載しました。
下記HPをご覧いただければ幸いです。
http://www22.atpages.jp/jk2unj/nagoyap1.htm
 
毎度のことながらMさんや県の方(Yさん)の解説には敬服しています。
早速、資料をスキャナで読み込んで、HPに掲載しました。
また、全体のコースマップも付けてありますので、参考にしてください。
熱田台地やその両側の堀川や精進川、山崎川や天白川、中根城や西八幡社から
鳴海方面を間近に展望したときの驚きは、かの信長も共感したに違いないと思
った次第です。鎌倉街道があり、東海道があり、あゆち潟があり、特に山崎川
丘陵地には貝塚まであるという、この近辺が海辺に近接していた地理的・自然
的な条件で、歴史のロマンが手に取るように感じ入った一日でした。
 
又、東海道については、昨年4月、伊能忠敬ウオーキングに参加して、笠寺観
音を初めて訪れたことがあり、また、鳴海へ行ったことがあるのでこの一枚の
明治24年の現況図によってその概観が一望できたことが何より新鮮でした。
伊能忠敬ウオーキングは、下記参照。
http://www22.atpages.jp/jk2unj/inouh24429.htm
 
ともあれ、万葉集にまで読まれた「あゆち潟」の絶景について、又鎌倉時代、
徳川(江戸)時代、そして明治の新田開拓時代について、各時代のそれぞれの
覇者・指導者達の息吹までが感じられた歴史絵物語を体感した一日でした。
以上。
以下は、追加の感想です。
 
時は移り、時代は変わり、我々の地球時代には、マルクス言うところの「人間社会の前史」
が終焉を迎えようとしています。しかし、レーニンが言うように資本主義(帝国主義)は死滅し
去ったわけではなく、全地球をその主義の犠牲に巻き込み、もはや全人類を抑圧し、搾取し、
生態系を破壊し、暴虐を働く以外に全く「出口のない袋道」(エンゲルス)に到達しています。
それはまた、生態系(人間含む)を破壊し、地球人の圧倒的多数者を貧困と格差拡大におい
やり、自己の利潤を盲目的に増殖する以外には全くの能なしです。
万葉集に歌われた「あゆち潟」の絶景や、「萩の名所」(尾張名所図会)は、資本主義的生態
系価値破壊により、既に「往きし世の面影」でしかありません。
 
社会的生産元本が、資本という私的な所有形態をとっている事。この全く歴史的な形態を
とっている資本主義的階級社会たるブルジョア社会から生ずる必然的な悲惨さや階級闘争に
対して、いち早く終止符を打たなければ地球上の生態系破壊や悲劇・悲惨は決して亡くなら
ない事を、我々は歴史からしっかり学ぶべきだと思います。
2013.2.3 Your K.M
イメージ 1
あつたウオーキングマップ
イメージ 2
JR岐阜駅前の信長像
イメージ 3
加納城址公園の石垣
イメージ 4
名古屋まつり織田信長と森蘭丸
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前略
秋本番、朝晩はしかし、だいぶ冷え込んできましたね。
お元気でお過ごしでしょうか?
10月はウオーキングに最適ですね。
そんな中、16日には、友歩会の下・下見で、岐阜市加納町の加納宿・加納城跡
などを見学してきました。まだ未完ですが、下記ホームページを作成したので、
ご覧ください。加納城跡では発掘調査が行われていました。
http://kmham.huruike.com/kanousyuku.htm
また、20日には、これも友歩会の下見で、新堀川を中心に史跡巡りで名古屋へ
行ってきました。こちらもまだ未完ですが、ホームページに記録した次第です。
下記参照。名古屋には、あちこちに歴史の破片が残っており、それらをつないで
日本史を鳥瞰することも、時には必要な事ですね。
http://www22.atpages.jp/jk2unj/horip3.htm
20日は、丁度、名古屋まつりの初日で、下見の終了後、栄えに行き、名駅まで
歩いて、この名古屋まつりを見学しました。
名古屋まつりなど、今までゆっくり見物したことがなかった故に珍しく、こちら
もホームページに保存版として掲載しました。ご覧ください。
http://www22.atpages.jp/jk2unj/nagoyafes.htm
気候のの良いこの時期には、外出するにはもってこいです。
30日には、図書館友の会主催で、奈良・法隆寺と中宮寺を見学予定です。
法隆寺には、以前、家族で出かけたことがありますが、日本の初期国家と仏教との
関係を考える上では必須の場所ですね。私には2度目になりますが、歴史を再考す
る上では、良い機会だと考えています。
取り急ぎ、ホームページのご紹介と近況まで。 Your K.M
前略
各位、お元気でお過ごしのことと思います。
11月も既に中旬、朝晩は大変冷え込みが厳しくなってきました。
私もこの11月で高齢者の仲間入り、厳しい寒さには、身に応えるようになってきました。

そんな中、昨日は、羽島市図書館友の会主催の「春日大社と第63回正倉院展」の見学に
行ってきました。詳細は、下記ホームページをご覧ください。
http://jk2unj.dayuh.net/syouh23.htm

ツイッターでも書きましたが、館内は撮影禁止故、奈良公園等撮影です。

京都や奈良は古社寺が多く、そうした境内には樹齢1000年級の巨古木がたくさんあり、目を
見張るものがありますね。

私は、春日大社などより、そうした樹齢1000年の巨古木の方に感動を覚えます。
思うに、そうした巨古木を容する日本の古社寺の多くは、皇室を軸としたものが多く、日本固有
の歴史を物語っていますね。

それは古代にあっては”君が代”、近世にあっては”武家の世”を、そして現代においては、
”資本家の世”を表現するものではあっても、未だに”我々の世”を表現するものではない。

それ故に、日本史の基本線でありながら、どこかよそよそしいものを感じるのは私だけではない
と思います。

われわれが、真に”われわれの歴史”を創らない限り、そうしたよそよそしさは、消えないと思う
次第です。

取り急ぎ、近況まで。 Your K.M
ps 写真は、春日大社です。イメージ 1
イメージ 1
史跡冨田一里塚(左・西塚、東塚もあり両側にあるのは珍しい)
イメージ 2
萩原宿、天満山 正瑞寺
イメージ 3
岐阜(鮎鮨)街道と美濃路追分の碑
イメージ 4
清洲城
イメージ 5
ゴールのみずとぴあ庄内
 
11月21日は好天気に恵まれ、久しぶりに長距離ウオーキングしました。
美濃路ウオーク2010に参加したものです。
コース等は以下の通り。

コース:自宅7:55(MTB利用)→尾西歴史民俗資料館(起宿)8:40→萩原宿→稲葉宿→
清須宿(清洲城)→清須市みずとぴあ庄内(ゴール)14:00頃
>>JR枇杷島駅14:39→一宮駅→バス起→(MTB利用)帰宅16:00頃
  今日の合計歩数(52,982歩)

美濃路を起宿から清須宿まで歩いたのは、今回初めてです。
清須城から、みずとぴあ庄内(ゴール)まで約7km。計26kmでした。
私は、早朝ウオーキングも含めて5万歩を超え、今年第2位の記録です。

この模様をまた、下記ホームページにしたので、ご覧ください。
http://jk2unj.dayuh.net/minojih22.htm

受付でいただいた、美濃路マップをもとに、コースを進めたのですが街道付近の史跡等を
ゆっくり見学できた訳ではありません。
しかし、当時の面影が残る街道を歩いていると、いつかタイムスリップをした感じになったり、
新しい発見があったりして、記録に残す次第です。

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