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府内城 は、大分川河口の船が常に出入りして荷物の積み
下ろしをしていたところに築かれた城で、荷揚城 とも呼ばれ
本丸を中心に東ノ丸・西ノ丸と山里丸を含む北ノ丸からなり
本丸には、四層四階の天守 が築かれていた
画像は、ネットより
本丸跡 に残る 天守台 や 現存する二層の 人質櫓 と
一層の 宗門櫓
石垣や城跡を取り囲む堀が往時の府内城の面影を・・・
公園内に建つ 松栄神社 は、山里丸 が設けられていた所で 茶や能などの諸芸能を行なう特別の場所であったといわれています
昭和40年から 着到櫓 をはじめ
二層の隅櫓 4基と 大手門(工事中) が復元
さらに平成8年には、廊下橋 が復元された
廊下橋 は、府内城の古絵図や発掘調査の成果に
基づいて再建されたもので、他の
貴重な橋として府内城跡の一番の見所です
堀と石垣、櫓などを見ながら城跡を一周すれば 府内城が、2万石には過ぎた城であったことが実感
現在は、大分城址公園 として整備され、憩いの場となっています
ということで、次はあっちじゃな
つづく・・・
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お城巡り
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満月寺 を後にすると、臼杵城跡 へと向かいます
臼杵城 は、臼杵湾に浮かぶ 丹生島 に築城された
江戸時代には、三層四階の天守と31基の櫓が築かれていた
しかし、現在では臼杵城跡の周囲は完全に埋め立てられ
現在は、臼杵公園 として憩いの場となっています
二の丸跡南西隅に 畳櫓
この日は、うすき祇園祭 で賑わっていました
本丸跡南東隅に 卯寅口門脇櫓 が現存し
石垣古風な櫓ながら、往時の姿を留めています
卯寅口門脇櫓 のすぐ側に 丑寅稲荷神社 が建っているが
この神社は、大友宗麟 が築城に際して
丑寅口 が、城中の鬼門にあたるため
二の丸跡に築かれていた 井楼櫓跡 の石垣は見応えがあり 平成13年に復元された 大門(だいもん)櫓
会所(かいしょ)櫓跡
時鐘(ときかね)櫓跡
二の丸跡と本丸跡の間には深い 空堀 と 石垣 が残り
二の丸跡には、大友宗麟 のレプリカと
青銅製の大砲「佛狼機(フランキ)砲」の複製があり
栄華の跡を偲ばれるものがあります
つづく・・・
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那岐山 を後にすると、いったん宿にチェックインし
それから、津山城跡(鶴山公園) へと向かいます
津山城 は、森忠政 が慶長9年(1604)に起工し
13年の歳月をかけて築いた輪郭式の 平山城 で
往時には、五層の天守閣 がそびえていました
森 忠政 といえば・・・
また、本丸・二の丸・三の丸には、備中櫓 をはじめ
粟積櫓・月見櫓等、数多くの櫓が立ち並び
本丸には70余の部屋からなる御殿と庭園がありました
この城が築かれた当時は 我が国の築城技術が最盛期を迎えた時期にあたり
津山城 の縄張りの巧妙さは
攻守両面において非常に優れたもので
近世平山城の典型とされていました
明治6年、廃城令 によって城郭は公売され
天守閣をはじめとする一切の建物が取り壊され
石垣のみとなりましたが・・・
その後、城郭は 鶴山公園 として 津山市 の管理となり 昭和38年に国の史跡に指定され
春に
つづく・・・
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竹田城 は、但馬の守護大名 山名持豊(山名宗全) が
家臣の 太田垣氏 に築かせた日本を代表する山城で
当初は砦に近く、現在のような壮大な石積みの城郭になったのは
慶長5年(1600年)の廃城時に近い時代と考えられています
廃城から約400年を経ていますが、石垣がほぼ当時の状態で
残っており、現存する山城として日本屈指の規模となります
竹田城 の石垣は、近江國坂本を中心に発達した 穴太積み
技法で、織田信長の 安土城 と同じ技術が使われています
天守台を中央に、南千畳、北千畳、花屋敷が放射状に配され
その姿は、
別名 「虎臥城」(とらふすじょう・こがじょう) とも呼ばれ 冬の早朝には雲海に包まれた幻想的な風景を眺めることが出来ます
このため 天空の城、日本のマチュピチュ とも言われ、
黒澤明監督の影武者や、角川映画の天と地との映画の
ロケ地になったことでも知られています
そして、竹田城跡 を最後に2泊3日の旅を終えると
途中、加西SA に立ち寄り、少し早めのお昼を食べ
三宮 でレンタカーを返し
新神戸 で新幹線を待つ間に一息入れたら
博多行きの新幹線に乗って帰路へと着きます
3日間、天候に恵まれた最高と旅となりました
長編シリーズを最後まで見てくれて
ありがとうございました
(2014.9.13 〜 15)
おしまい
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松原町南 交差点を右折し、松山城跡専用
最奥の民家横の車道から登山口をめざします
この日は朝からポカポカした陽気で
4月上旬の暖かさでした
登山口から木の階段に取り付くと
椿林 の中をゆっくりと・・・
暫くすると、急な勾配となり
取り付けられたベンチで休息しながら
一歩一歩、着実に登って行きます
急な階段を登り切り、辺りが開けると・・・
間もなく、松山城跡 に到着
かつて 主郭 が置かれていた山頂は
現在、展望所として整備されており
眼下に 苅田 の街並み
先程までいた 日産自動車九州工場
足立山、戸ノ上山、曽根干潟
新北九州空港、水平線の向こうに 小野田、宇部
国東半島 といった素晴らしい展望が広がります
登り時間は20分足らずでしたが、良い運動となりました
下山後、近くの蕎麦屋さんで腹ごしらえをすると
苅田北九州空港IC から高速に乗り、帰路へと着きます
おしまい
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