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お腹もいっぱいになり国道210号線をさらに東へ車を走らせます。
県境を越えて大分県へ入りここで休憩です。 7名のうち5名は土産物店舗へ。
残る2名は鉄分補給へと向かいました。 2009年3月14日まで東京〜大分を走っていたブルートレイン(寝台特急)富士が保存されています。
A寝台:シングルデラックス A寝台の車内
開放B寝台
誰だ!方向幕を「彗星 都城」とかに変えたのは!!
B寝台の車内
ガキの頃、東京〜長崎を走っていた「さくら」や「みずほ」に佐賀駅から乗って 名古屋の親戚宅に行ってた際、このハシゴ登って上段に行くのが楽しかったなぁ〜
向かい合わせになった見ず知らずのおじちゃん・おばちゃんからお菓子屋やミカンもらったりして
「どこまで行くとね〜」 『名古屋です。おじちゃん・おばちゃんは?』 「東京まで行くとよ〜」 『うわぁ〜東京ね!』... 古き良き昭和の時代。新幹線では絶対に味わう事のできない光景がブルトレのB寝台にはありました。 B寝台デッキ
幕を「富士」に戻してきました。
行先は全盛期時代の終点:西鹿児島(現鹿児島中央)で。 1970年代後半のブルートレインブーム全盛期は、東京駅と西鹿児島(現・鹿児島中央)駅を
往復していた寝台特急「富士」
24時間32分
走行距離1,508.5km 永遠に破られることのない記録でしょう。 |
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客車、少し枯れていますね。
わたしは関東だったので、この電気機関車には馴染みが無く、なんか新鮮です。
ちなみに、自分が鉄道少年だった頃、特急・富士は、日豊本線経由の西鹿児島行きで、確か日本の最長距離を走る列車でした。
2016/6/17(金) 午前 8:47
jagさん
コメントありがとうございます。
画像にもあるとおり日豊本線経由の西鹿児島行き「富士」は
最長距離を走る寝台列車でした。
晩年は大分止まりになっていましたが、
・日豊本線経由の「富士」
・鹿児島本線経由の「はやぶさ」
当時の西鹿児島駅は相当な賑わいぶりだったことでしょうね!
2016/6/19(日) 午後 8:45
スコッチさん、「ナイス!」ありがとうございます。
2016/6/19(日) 午後 8:46
うめちゃんさん、「ナイス!」ありがとうございます。
2016/6/22(水) 午前 11:06