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1/14と15は近畿地方も雪に見舞われました。特に北部は大雪となり何かと支障が出ているようですが、私の住む中部地区は思った以上に雪は降りましたが大きな支障はなかったです。ただ、交通機関は遅れが出てはいました。ここは寒いですが、雪化粧の清水を観たく朝から出ました。
清水寺は京都市東山区にあります。市内とはいえ山に近づくほど雪がよく降っていました。傘もなく全身雪まみれになりました。
本堂を望む定点場所は補修工事中で足場が目に入り無粋ですので入らないように撮影してみました。
雪が程よく積もって良い景色です。京の冬って感じです。
誰かが簡単な雪だるまを作っていました。
子安塔の近くから本堂の全景を望みます。もう少し晴れて欲しいところです。
子安塔も雪化粧姿です。
境内の樹々も樹氷ぽくなっています。
と思っているうちに晴れ間が出てきましたのでUターンして再度撮影。塔の朱が映えてきました。
背景の愛宕山も雪で覆われています。
陽が差してくると心が軽くなってきます。観光客も少なかったですが、多くなってきました。例によって外国人が多いです。
境内から退出し五条河原の雪化粧を観に行きました。鴨川も流れが穏やかで風情を感じます。寒さは厳しいですが。
本来なら他の場所も生きたかったですが、所要があり叶わずでした。雪で難渋している皆さんには申し訳ないですが、雪を楽しめました。この冬にこの景色を楽しめたのは幸運でした。金閣寺もきれいになったようですし他の雪が映える場所を研究しないといけません。
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歴史の現場
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護衛艦「くらま」をあとにし、東舞鶴をさらに福井側に向かい「金剛院」に向かいました。ここは舞鶴市では有数の紅葉の名所とのことです。平城天皇の第3皇子「高岳親王」が創建したとの言い伝えがあります。紅葉のほうはやや盛りを過ぎたようですが、撮影に興じている人もまだまだ多く楽しめました。
メインはこの塔を中心にした風景です。夜にはライトアップされて結構見どころありそうです。今年の紅葉は瑞々しさを感じる期間が短いようです。しかしまだ楽しめるところを探していきたいものです。 |
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4月14日夜から続けて揺れている熊本の地震には心が痛みます。震度7が続けて起こるという前例がないとの報道に動揺を感じています。私自身は揺れさえも感じない状況だったので、ただ被害に遭われた方や不幸にして亡くなられた方々にお見舞いを申し上げるしかありません。不自由なく過ごせる身に感謝しながら日々を有意義なものにしていかないといけないと思うのみです。
熊本には2014年1月に一度訪れています。駆け足で熊本城を巡りました。その熊本城も大きな被害を受けて、修復に多大な費用と年月が掛かるようです。順調な修復を祈って私の思い出の中の熊本城を掲げます。
天守閣と小天守は1960年に復元されたものですが、風格あるものと感じ創建時からあるものと思っていました。瓦が落ちて石垣も崩れ痛々しい姿になっているようです。風格ある姿を取り戻して欲しいものです。
創建時から残る「宇土櫓」。写真左側の通路部分が崩壊したとのことです。櫓といっても小城郭なら天守に相当する規模です。
内部も見学できました。
2008年から復元され公開していた本丸御殿大広間。まだまだ新築の雰囲気が残り壮麗さと華やかさを感じることができました。
壁画や襖絵も多く復元されていました。
10万人近い人が避難所生活を強いられているとの報道もあります。苦しい思いが募って辛いこととは思いますが、何とか乗り切っていただきたいと強く思います。少額でも継続的な募金活動をして復興を祈りたいです。
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1970年の今日(3/14)は、日本万国博覧会が開催されました。通称「大阪万博」です。この当時私は4歳から5歳になる頃で、一度連れて行ってもらいました。記憶はとびとびですが、歴史の瞬間を体験できたのは貴重でした。今は広大な公園となっていて、当時を偲ぶものは第一に太陽の塔になるでしょう。いつの頃からか、黄金の顔の目が光っていて車で側を通る時、今でも見入っています。当初は鉄骨で組まれた屋根から突き出した立ち姿で万博そのものを体現するかのような、そう将にシンボルでした。その役割は今も孤独な姿ではありますが引き継いでいます。未来というものが、展示のように現れるのかと、でも非現実としてしか捉えていなかった気がします。日本中が大掛かりな夢を見たいた時期かとも思います。
塔の南側は万博後は長く遊園地としても利用されてきましたが、今や一大ショッピングモールになっています。太陽の塔は永久保存が決まっていますが、その資金は大変なようです。夢だった未来が現実の時になって、この塔は何を思って千里の丘に立ち、どう周囲を見ているのでしょうね。
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北野天満宮に梅を見に行った日には、別の神社も覗きこんでみました。そこは「白峯神社」で、崇徳天皇と淳仁天皇が祀られています。お二人とも奈良時代と平安時代の動乱に政治的に不遇をかこち流罪となった天皇です。しかもその地で生涯を終えることとなってしまいまいました。そして、まず崇徳天皇の御神霊を孝明天皇は慰めるようと、京都にお迎えし、幕末の国難の守護神たらしむべく努めようとしますが、叶わぬまま崩御されその意思は明治天皇に引き継がれ果たされました。その後淳仁天皇も、お迎えし御併祀されました。
またこの神社のある地は、蹴鞠・和歌の宗家の飛鳥井家の敷地だったところで、「まり大明神」が祀られ球技愛好者に崇敬を受けてきたとのことです。この日は偶然にも蹴鞠の実演が行われれていました。
サッカーと野球やバレーボール等がチーム名と共に奉納されその上達や成果の発揮を祈って多数ありました。タイガースもお祈りに来ても良いかもしれません。
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