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クロアチアの北部、首都ザグレブから東へ100km程の所に、ジュルジェヴァツという町がある。この町にまつわる面白い伝説があるので、それをご紹介したいと思う。 ジュルジェヴァツはクロアチアの北部に位置する。ハンガリーとの国境からも程近い。 * * * * * * はじめに この記事の制作にあたり、ズデンコ・カフリナ様(Mr. Zdenko Kahlina)のWebサイトを参考にさせて頂きました。ここに掲載した写真も、彼のサイトから転載を許可して頂いた物です。ご好意に感謝し、心よりお礼申し上げます。 Prije svega, napisao sam ovaj članak gledajući web stranicu od gospodina Zdenka Kahline. On je velikodušno dozvolio da njegove fotografije i tekst koristim u svom blogu. Od srca se zahvaljujem njemu i na njegovoj ljubaznosti. 旅行やサイクリングをメインとしたブログ。クロアチア語と英語で書かれています。綺麗な写真が豊富で、写真を見ているだけでも楽しめると思います。現在カナダにお住まいなので、カナダの記事・写真も多いです。興味のある方は是非ご覧になってみて下さい。 * * * * * * 「ジュルジェヴァツにまつわる『ピツォキ』の伝説」 むかーしむかし、西へ勢力を伸ばそうとするオスマン・トルコによって、この地が激しい攻撃にさらされていた16世紀の頃のお話… 城壁に囲まれた砦のようなジュルジェヴァツの町もまた、大勢のトルコ軍によって包囲され、占領の危機を迎えていました。町を取り囲む大軍を率いているのは、司令官のウラマ・ベグ。一度は一気呵成に攻め落とそうと攻撃をかけたものの、この砦のような町を落とすことができなかったウラマ・ベグは、大軍勢によって町の周囲をぐるりと取り囲み、持久戦に持ち込んで残酷にも全ての住人達を飢え死にさせてしまおうと目論んだのです。 トルコ軍は辛抱強く、長い長い間包囲を続けました。砦の城壁の内側では次第に食糧がなくなり、住人達は弱っていきました。 そしてとうとう、砦の食糧が底をつき、最後に一羽の雄鶏だけが残された時。住人達は最後のチャンスに望みをかけて、ウラマ・ベグ率いる大軍を欺くための大胆な計略を仕掛けることを思い付くのです。 計略を思い付いたのは、一人の知恵のある老婆でした。老婆の助言により、住人達の大事な最後の食糧である雄鶏が運ばれてきます。そして彼らは、あろうことか、この雄鶏を砦の外のトルコ軍に向かって勢いよく大砲でぶっ放したのです! 飛んできた雄鶏を見たウラマ・ベグは忌々しそうに言いました。「雄鶏を大砲でぶっ放すとは!ふざけた奴らだ。この分じゃあ、まだまだ当分奴らの食糧は尽きそうにないな」 計略にまんまと乗せられたウラマ・ベグは、ジュルジェヴァツの占領を諦め、軍を引き上げることにしました。 トルコ軍は罵りの言葉を吐きながら去っていきます。最後にウラマ・ベグは、ジュルジェヴァツの住人達に向かって、こんな言葉を叫びました。「貴様達!この、羽の生えた戦の英雄どもよ!貴様達は未来永劫、『ピツォキ』(この地方の言葉で『雄鶏』のこと)と呼ばれ続けるがいい!子供は貴様達のことを『雄鶏』と呼ぶだろう。そして孫の代になっても、貴様達はずっと『雄鶏野郎』のままだ!!」 こうして、絶体絶命の状況から見事に活路を見出し町を守ったジュルジェヴァツの住人達。その機知と勇気は末永く讃えられ、語り継がれることになりましたとさ。 めでたしめでたし。 * * * * * * ジュルジェヴァツ市は今も「Grad Picoka」(雄鶏の町)の名で知られている。市の紋章にも大砲の弾に乗った雄鶏が描かれており、この歴史的な出来事が住人達に親しまれ、誇りとされていることが窺える。 ジュルジェヴァツ市の紋章 毎年6月の最終週に、同市では伝説に基づいた大規模な野外演劇が行われている。100人を超えるエキストラや主役格のプロの役者が参加して、馬が走り、大砲の音が轟き、サーベルが煌き、照明や花火による演出がなされる。この演劇は、3日間続く「ピツォキヤーダ」という祭りの行事の一部であり、「芸能『ピツォキの伝説』」として、クロアチアの無形文化遺産に登録されている。 ピツォキヤーダの様子。松明や照明に照らされる中、朗々としたセリフや剣戟の音が響く。 町を救った知恵者の老婆(役の女性)と雄鶏(役の雄鶏?) 「ピツォキヤーダ」では、この演劇のほかにも文化やスポーツに関する30種類程のイベントが催され、民族衣装に身を包んだ市民がこれを祝う。残念ながら私はまだ実際に見たことがないのだが、牧歌的な風景の中に地元の人々の笑顔が溢れるというこの楽しい祭りを、是非体験してみたいと思っている。 |
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へぇ〜、こんなお話があるんですね。知恵ですね。
ヨーロッパは陸続きなので、大昔からたくさんの外国との戦いがあったんでしょうね。
しかし、私はカナダも大好きなのです。またまた大好きなものが近くにやってきてくれたことに感謝です!
2010/8/20(金) 午後 11:00 [ ayaran ]
ayaran様
諸葛孔明もビックリの策、おばあちゃんの知恵は侮れないのです。
バルカン半島は東西の文化圏の中間に位置し、地中海に面した良港にも恵まれていたため、歴史を通じて常に周りの勢力に狙われたり支配されたりしていたのですね。陸続きの隣に異文化の人達がいる世界って、島国に住んでいるとなかなか想像できないですよね。
人の縁は不思議で面白いです。何かが気になってちょっとアンテナを立てた途端、何故か次々に情報が集まってきたりするのもまた…不思議なものです。私もayaran様との出会いに感謝致しております!
2010/8/21(土) 午前 3:16 [ Hide ]