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「赤いきつね」って熱湯5分って書いてあるけど、50分放置した方が絶対にうまい!全然ぬるくなってない。あと、CMみたいに麺がツルツルに!(※個人の感想です。) * * * * * * 今さらこんな事を言うのも何なのだが、現代の交通の進歩というのはすごいものだと思う。 そんな事を改めて思った理由はこうだ。猛暑の中、車で近所のスーパーへ出掛けたら、駐車場からスーパーの中に入るまでのわずかな距離を歩いただけで汗をかいてしまった。「ああ、車があってよかった。家からここまで歩いてきたらエライ事だった」と思ったのだが、その時ふと、「昔はどこに行くんでも、基本的に歩いていくしかなかったんだよな」という考えが頭に浮かんだのである。 日本で言えば、一般庶民が車を持てるようになったのなんて、ここ数十年の話だ。昔から馬や馬車や牛車はあっただろうけれど、それらは庶民の一般的な移動手段と言えるものではなかったわけだし。公共の乗り物にしても、航空機で自由に旅行ができるようになったのは戦後しばらく経ってからだし、鉄道にしても、40年ぐらい前の記録を見たら、九州や青森(北海道はまだつながっていない)から東京まで10時間以上かかったと書いてある。 乗り物や交通機関が発達し、国民の多くがそれを利用できる経済力を持つに至った現代では、短時間での移動が可能になり、遠い土地にまで旅行することができるようになった。だから逆に、国内でも交通機関がなかったり乏しかったりする山の奥地や細い川をさかのぼって行かなければならない土地などへ辿り着くには、今でも地球の裏側へ飛んで行くよりも時間がかかったりするわけだが。 「交通の発達が旅の情緒を奪った」という面も確かにあるとは思うが、私自身は家を出た瞬間から旅を楽しめるタイプなので、待ち時間や移動中でも「お、○○が見える!」とか「ああ、今、旅をしているなぁ」なんて思ったりしながら、割合退屈しないで自分なりの旅情緒を満喫している。空港や新幹線乗り場にいるだけでテンションが上がり、すっかり「ハレ」の気分になってしまうのだ。はっきり言って浮かれ状態である(あまり旅慣れていないせいもあると思う)。 というわけで、交通の発達による恩恵を受けている現代ではあるが、それ以前の時代にも人は古来より旅をしていた。勿論、基本的に「歩き」でだ。しょっちゅうというわけにはいかなかっただろうが、それでも一般の人々が街道を歩き、宿場に泊まりながら、たとえば「お伊勢参り」などに出掛けていたわけだ。それはもう、今とは比べ物にならないほどの「大イベント」だったのではなかろうか。 そう考えると、昔のお参りには観光的な要素が強かったというのもうなずける。お参りは、はるばるやってきたその土地の名物を食べたり、芝居小屋や見世物小屋を見たりといった娯楽を伴う、一大エンターテインメントであったのだ。 現在、有名社寺でも、「これでいいのだろうか?」と一見思われるようなダジャレお守りや人気キャラクターとのコラボレーションお守り(すごい言葉だ)が販売されたりしているが、あの浮かれっぷりは案外、お参りが民衆にとって人生の一大行事であった時代からの正しい伝統の系譜と言えるのかも知れない。 私も伊勢神宮に行って伊勢うどんを食べ、おかげ横丁を覗いてみたい。まだ一度も行ったことがないのだ。その気になれば一泊二日で行けるのだから、来年にでも実現させたいものだと思う。 キティ身代守 |

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もし、飛行機っていうものがなかったら、クロアチアまでどうやっていくのでしょう?何日くらいかかるのでしょう???
時間とお金があったら、とってもやってみたいと思います(笑)
2010/8/31(火) 午後 9:36 [ ayaran ]
ayaran様
確か、'60年代にユーゴスラヴィア(当時)に留学した方が船で当地へ渡ったと聞いたことがあります。今は国際定期航路が限られているので、行くとしたらピースボートなどの世界一周クルーズ、とかですかね?各地に寄港しながら、1カ月半ぐらいでドゥブロヴニクに到達するみたいですよ。あとはシベリア鉄道でモスクワまで行ってヨーロッパ入りする方法もありますね。自分にはなかなかできないと思いますが、それだけに憧れる気持ちも、確かにあります!
ところで、天正遣欧使節団ってスゴイですよね。400年以上も前にヨーロッパまで行って、しかもちゃんと帰ってきているんですから!
2010/9/1(水) 午前 8:57 [ Hide ]