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今日は、私がボランティアでスタッフを務めている、ある患者会の事務局(都内某所)まで出掛けて事務仕事をしてきた。私は他のスタッフよりずっと少ない月1回(+イベント時)というペースで参加させて頂いているだけなので、全く大したことはできていないのだが。 それでも、クロアチアへの渡航中、2カ月間事務局へ出られなくなってしまうので、その間に必要となるデータや書類の作成など、色々とやるべき用事を済ませてきたのだった。 この患者会は、「リンパ浮腫」という病気の患者およびその支援者を対象とした組織で、全国に500名以上の会員がいる。 リンパ浮腫とはどういう病気かというと、循環器の一部であるリンパ管が何らかの原因によって機能不全を起こし、本来なら毛細血管から漏れ出た組織間液(リンパ液)がリンパ管を通って心臓へと戻ってくるべきところ、その戻りが悪くなって腕や脚に大量のリンパ液が溜まってしまい、異常なむくみ(浮腫)を呈するものである。 原因は大きく分けて2つ。1つは生まれつきのリンパ管の発育不全などにより、生まれた時から浮腫がある、あるいは比較的若い頃に特別な原因もなく発症する原発性(先天性)のもの。もう1つは、子宮がん、卵巣がん、前立腺がん、乳がんなどの手術でリンパ節の切除や放射線照射をした人に起こる(稀に怪我が原因となって起こる場合もある)続発性のものだ。 症状は、多くの場合、左右どちらかの脚または腕に発生して、徐々に進行していく。最初は浮腫が出たり引いたりを繰り返すが、次第に引かなくなり、皮膚も硬くなっていく。これが通常のむくみとは違うところだ。普通の人でも、一日立ち仕事をすれば脚はかなりむくむ。しかし、普通のむくみは、一晩寝れば回復するものである。リンパ浮腫の場合、脚や腕に溜まったリンパ液に含まれるタンパク質によって「線維化」と言われる組織の硬化現象が起こり、こうなるともう元に戻ることがない。患部が次第に硬くなってゆき、むくみも悪化してゆく。放置すれば、最後には脚や腕全体が膨れ上がったように変形し、皮膚も象のようにガチガチに硬くなる。直接命に関わることはないが、症状が進めば歩行や日常生活も困難となり、また、栄養たっぷりのタンパク質を溜め込んだ患部は細菌にとって快適な居場所となりやすいため、高熱と疼痛を伴う「蜂窩織炎」という感染症を非常に起こしやすくなる。現代医学では完治する方法がなく、なかなか厄介な疾患と言える。 私の参加している患者会のスタッフは十数名いるが、全員がリンパ浮腫を持った患者(あるいは、がん手術後の予備軍)でもある。かく言う私自身もそうで、二十歳の時に右脚に発症した原因不明のリンパ浮腫と、もう十数年の付き合いになる。 一時はかなりむくみが強く、ジーパンやスラックスや革靴などが全く履けないような状態だったが、幸い適切な治療によって見違えるほど回復し、今では「健常な左脚と比べると、ややむくんでいるか?」と感じる程度のむくみとなり、良いコンディションをキープして上手く付き合うことができている状態である。 「完治する方法はない」と書いたが、私が成功したように、「状態を良くする」あるいは「悪化させない」方法はある。その治療の柱となるのが、弾性包帯や弾性着衣(ストッキングやスリーブ)による圧迫と、ドレナージュと呼ばれる、リンパの流れを良くするためのマッサージだ。専門の治療機関もあって(数は多くはないが)入院治療を受けられる施設もあるが、圧迫にしてもマッサージにしても継続して行う(基本的には一生)必要があるため、正しい方法を覚えて、セルフケアすることが大切になってくる。自分のためとはいえ、これらを根気よく続けていくことはなかなか難しい。 この疾患について知った時、人によっては「一生治らない病気なんですか!?」とか「治療は一生必要なのですか!?」などと言って悲痛な表情を見せ、うつむいてしまう方もいる。確かにケアは面倒でお金もかかるし、症状が良くはなっても、それなりの苦労はつきまとう(見た目の問題、服や靴のサイズが合わない、正座ができないなど、大した問題ではないように思われるかも知れないが、実際には日常生活において、結構不便が生じるものなのだ)。しかし私自身は、「一生治らないことや一生続けなければならないことが、そんなに特別なことだろうか?」と感じている。そんなに深刻に悩むような問題だろうか?短足や不細工や性格上の欠点だって一生治らないものだし、食事や呼吸も一生続けていかなければならないものである。嫌でも何でも受け入れるしかないことについては、真剣に悩むだけ無駄だし損なのではなかろうか。 私は右脚のむくみと十年来付き合ってきており、むくみは既に私の人格の一部となっている(とも言える)。しかし当然のことながら、こんなものは無い方がスッキリしていていいに決まっている。が、私の場合、単純にそうとも言い切れない事情があるのだ。と言うのは、もし私がリンパ浮腫でなかったら、クロアチアと「出会う」こともなかったはずだし、そしておそらくは、今ここにこうして生きてさえいなかっただろうと思うのだ。 この続きは稿を改めて、私がクロアチアと出会うまでの縁のつながりについてお話しさせて頂こうと思う。 Photo by Jjron ラクダの瘤の如く、私の右脚には、いざという時のためにリンパ液が蓄えられている(どういう時のためかは不明)。 |
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続きを楽しみにしております。
ちなみに私は短足という一生治らない体になっております。
2010/10/15(金) 午前 9:49 [ おーたく ]
大変な状況の中で頑張っておられるのですね。応援しています。
続きを楽しみにしていま〜す。
私も色々ろくでもない遺伝子(?)に悩まされています。余り体が頑丈に出来ていないので、体力勝負は出来ません。人は出来るのにと悔しい思いをしたり、そんな状況に置かれていない人には理解できないので誤解を招いたり(どうして出来ないのと)。寒さには全く弱いので「寒いな」と思ったときにはすでに時遅しで喉が痛くなったり、発熱したりですが、とにかく今のところそれぐらいで済んでいる事に感謝でしょうか。
2010/10/15(金) 午後 3:09
おーたく様
極めて個人的な話であり、読んでいて楽しくなるような話題でもありませんのに、記事をお読み下さってどうもありがとうございます。
私の短足は父方の家系から受け継いだ由緒正しいものでございます。背も小さくて、157cmぐらい。クロアチアの背高・脚長の人々は、私を見て一体どう思っていたのでしょう?「Hideの脚は下半分地面に埋まってる」とでも思っていたんじゃないでしょうか。
2010/10/16(土) 午前 1:31 [ Hide ]
mako様
優しいお気持ち、どうもありがとうございます。
しかし、私などはまだまだ!もっと大変な境遇の中でもっと頑張っている方々がたくさんいらっしゃるのですよね。本当に頭が下がる思いですし、勇気付けられることでもあります。
makoさんは、「寒さに弱い遺伝子」をお持ちですか。これからの季節、お体に十分気をつけて、暖かにしてお過ごし下さいね!
私は、「どうしてよりにもよって…」と親が言うほど、両親それぞれの「悪い部分」を選りすぐって受け継いでおります。逆パーフェクトボディ!(泣)唯一幸いだったのは、どちらの遺伝子か分かりませんが、「逆境や苦境にいることにすら気付かない鈍い神経」も同時に受け継いでいたことだと思います。
2010/10/16(土) 午前 1:33 [ Hide ]
私も、体のコンプレックスはたくさんあります。けれど、私というトータルで考え、欠点も自分だしあばたもえくぼではありませんが、そんな風に見られたら最高だなって思います。
けれど、病気は欠点でもなんでもありません。
私には直接その病気の方々に何もできませんが、Hideさんを応援することを通して応援したいと思いました。
2010/10/16(土) 午前 10:33 [ ayaran ]
ayaran様
借金も財産のうちだし、欠点も個性のうちですよね!(今、理屈が少し飛びましたね。)
うちの患者会では、年に1回全国から会員さん達が集まる総会があります。その時に患者同士の懇親会をするのですが、これを楽しみにしているという方が多いんですね。やはり皆さん、「理解してくれる人の存在」を求めているんだなぁと感じます。
家族や周囲の理解、そして社会の理解。これらは患者にとって大きな精神的支えになるのは勿論、実際的な援助にもつながります(保険適応や公的援助、治療施設の拡充等について国が決定する時、その疾患の社会的認知度が影響したりするのです)。
この病気の事を少しでも知って下さる事、そのことが、患者を後押しする大きな力になります。ayaranさんのお言葉、とても力強く心に響きました。私も頑張りますよ!真心をありがとうございます!
2010/10/16(土) 午後 8:25 [ Hide ]
病気や障害や自分にとって辛く感じる欠点など、聖書では「棘」とか「十字架」と呼ばれていますね。
そしてそれは必ずしも悪いものでは無いどころか、いつか「あるべき場所」へ戻る為に、大切な道連れで不可欠な物だとも考えられています。
でもHideさんの様に、「病」を自分にとって人格の一部だと考えられる様になるまでに、味わう苦しみや不安は大変なものがあったと思いますよ。
Hideさんのオプティミズムは心に響く物がありますね。
応援しています、激励ぽち♪
2010/10/18(月) 午前 5:26
proneko様
聖書の表現を引いたpronekoさんのお言葉、心にストンと落ちる感じが致しました。今の私には、非常に納得できるのです。
一つの苦難を乗り越えても別のものが次々現れてくるし、正直自分には重すぎて、「自爆ボタンがあるなら今すぐ押してやるー!」とか思うこともあるのですが…。でも、だからこそドロップアウトは許されていないのだという事が、今では何となく分かっています。
本当に、ようやく自分の中で折り合いがついて、「さあ新しい出発だ」という時になると次の問題が湧いてくるのですから、今ではもう、「あー、またか」という感じで、心の中で半笑いしている自分がいます。
これをオプティミズムと言うのかどうか分かりませんが、私の場合は、「谷底も続けば平地」の精神ですね(笑)
激励ぽち♪、頂きました!押忍!ありがとうございます!^^
2010/10/21(木) 午後 5:07 [ Hide ]