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11月20日(土) - - - - - - 明日ザグレブで、知人のクロアチア人2人と会うことになった。仕事関係の人ではない。プライベートな約束である。 その知人というのは…いや、「知人」というと、何だか距離を感じるというか、あまり親しくない「ただの知り合い」みたいな印象になってしまうのだが、決してそういうわけではない。いつも私の事を心配してくれていて、親しくやり取りをさせて頂いている人達である。 ただ、20歳も年上の方なので、私から「友達」というのも失礼だし、ちょっと違和感がある。 彼らはご夫妻なのだが、正直に言うと、私は彼らのことを、心のどこかで自分の両親のように感じているところがあって… むしろある意味、実の親に対してよりもオープンに、率直に、自分のことや悩み事などを打ち明けられる存在なのだ。だから本当は、知人というよりも「恩人」といった方が正しい。 そして、実はその人は、大変な有名人でもある。 とは言え、ここを読んで下さる方の多くは、おそらく彼の名前をご存知ないと思う。私だって、知り合った時は彼がそんな世界的に有名な方だなんて知らなかった。 「彼ら」というのは、卓球コーチのマリオさんと、その奥さんのミラさんのこと。 お二人ともクロアチアのザダルという町の出身だが、もう20年以上、ドイツを拠点として活躍されている。 マリオさんは、欧州ナンバーワンと言われる世界的な名コーチである。 昨年まで、日本卓球協会との契約で、10年近くに渡って日本のジュニア男子選手の育成や代表チームの指導をしてきた。そして、ロシアチームのコーチとなった今も、臨時の指導の要請を受けるなど、日本の卓球界との関わりは続いている。 マリオさんは、自身も有能な卓球選手だったが、若くしてコーチに転身。 何人もの世界チャンピオンをその手で育ててきたし、日本の若手選手が世界から注目されるようになっている現状についても、彼の功績によるところが大きいと言われている。 そういう訳で、マリオさんは「世界的有名人」だし、奥さんのミラさんは、そんなマリオさんや、親元を離れてドイツへ卓球留学に来ているジュニア選手たちを温かくサポートしているのである。 さて。 そんなスゴイ人と、卓球は勿論、あらゆるスポーツと縁のない私とが、一体どうして知り合う事になったのか? 私達の出会いは4年前の夏、私が初めてクロアチアを訪れていた時に遡る。 当時私は、クロアチア語学留学という名目で、3カ月間のシベニク滞在中。自由な時間が多かったので、シベニク市内は勿論、近隣の町へもよく出掛けていた。 バスで1時間半ほどのザダルも、都合4回ほど訪れている。この町もまた、シベニクと同じように歴史のあるダルマチアの町で、旧市街にはさまざまな時代の建造物が残り、美しいアドリア海に臨んでいる。夏には多くの観光客が訪れる場所である。 教会の鐘楼から見下ろしたザダル旧市街とアドリア海。 2度目のザダル訪問時、私は旧市街をじっくり見て回ろうと、本屋でザダルのガイドブックを購入した。 早速目の前の広場の片隅で本を開き、「さて」という感じで旧市街マップを眺め始めたその時… 「こんにちは!」という声が聞こえたのだ。日本語で。 「???」…辺りを見回したが、日本人らしき人の姿は見当たらない。気のせいだったのかと思った時、 「こんにちは!」というハッキリした声が、すぐ近くから聞こえた。 「!?」…明らかに「日本人ではない」男性が、私に話しかけてきていた。久しぶりに聞く日本語にちょっとドギマギしながら、「こんにちは!」と私も挨拶を返した。勿論、その男性がマリオさんだったのである。傍らには奥さんのミラさんもいた。彼らは夏の休暇中で、ドイツから地元のザダルへ戻ってきていたのだ。 2006年、夏。ザダルにて。マリオさんのTシャツがMizuno。数々の名選手を育ててきた欧州一のコーチは、広場の片隅で、一人の落ちこぼれを拾いました… 「日本から来たの?」と英語で尋ねられ、私がクロアチア語で「はい、日本から来ました。ここでクロアチア語を勉強しています」と答えると彼らはとてもビックリして、「今、少し時間ある?もし良かったら、カフェで話そう!」という事になり、私達は一緒に近くのカフェに入った。 そしてそこで、1時間ぐらい話をしたのである。勿論、クロアチア語で。彼らは母国語の他、英語、ドイツ語、マリオさんはロシア語も話せるのだが、彼らの素晴らしい言語能力も、私が相手では残念ながら全く意味をなさない(彼らは日本語の挨拶や数字は知っているが、日本語で話せるというわけではない)。 私のクロアチア語会話スキルは相当ひどくて、当時も会話中は汗ダルマになるほどヒアリングには苦労していたのだが、なぜかこの時、一時的に電波状態が絶好調になったのだ。本当に奇跡的な事だが、彼らの言葉をほとんど聞き取る事ができて、非常によくコミュニケーションを取る事ができたのだった(もしかすると、初対面で、聞かれたのが基本的な事ばかりだったから聞き取れたのかも知れないが、でも確かにあの時、自分の感覚が非常に研ぎ澄まされているように感じていた。何かのおかげで一時的にパワーアップしていたような気がする)。 私達はお互いに自己紹介をし合って、仕事や生活の事、クロアチアや日本の事について話をした。 彼らは既に何年も日本と携わっていたから、日本や日本人の事についてとてもよく知っていたし、日本を愛してくれていた。特にミラさんは日本の大ファンで、日本に行くのが、いつも本当に楽しみなんだと言っていた。 彼らは仕事で年に何回か日本を訪れるので、その時は必ず連絡するから、今度は是非日本で会いましょう、という事になった。そして私に、連絡先が書かれた名刺を渡してくれたのである。 それが私達の出会いだった。あと数分、どちらかがそこを通りかかる時間がズレていたら、決して生まれる事のなかった出会い。その時の事を、私は昨日の出来事のように鮮明に思い出す事ができる。 夏のアドリア海沿岸のこの空の色も、記憶の中にくっきりと残っている。この時計塔のあるナロドニ広場(国民広場)で私達は出会ったのだ。 そしてそれ以来、彼らが日本に来る度に私達は会って、話をした。 勿論それ以外の時も、時々メールで近況を知らせ合ったり、何かあった時には報告したりというやり取りを続けていた。 メールのやり取りはともかく、「会話が苦手」という私の弱点も彼らは飲み込んでくれていて、ブツ切りでハエのとまりそうな私のクロアチア語でも、また、私が彼らの言う事を何度も聞き返しても、私が何かを伝えようとしている時、いつもそれに辛抱強く付き合ってくれて、私をフォローし、サポートしてくれるのだった。 世界を舞台に活躍している彼らが、どうして私のような小さな者の存在を、いつも気にかけていてくれるのかは分からない。でも、離れている時でも、いつも彼らは私の事を心配してくれている。 本当に、大きくて温かくて、頼もしくて、会うとホッとして…何でも話せる「お父さんとお母さん」なのだ、私にとっては。 その彼らと一番最近会ったのは今年の4月、彼らが東京に来た時だった。次の来日は秋になるから、またその時会いましょう!と言っていたのだが、今回、彼らの日本到着と私のクロアチアへの出発の日程が見事にすれ違ってしまった。 それで私が嘆いていたら、「大丈夫!私達は11月初旬にドイツに戻って、その後ザダルに行く予定がある。その時ザグレブで飛行機を乗り換える事になってザグレブに泊まるから、その時に絶対会えるよ!日にちがハッキリしたら知らせるからね」という連絡があった。しかも、彼らがザグレブでいつも泊まるホテルというのが、私のホテルからすぐ近く(徒歩2分。部屋から見える)にある事も分かって、それは最高だとお互いに驚きながら喜んでいたのだった。 そして話は昨日の夜のこと。 外出から戻ってメールチェックをしていた私は、待っていたミラさんからのメールが来ているのを見付けた。 今ザダルにいて、明日の日曜にザグレブに来て1泊し、月曜の飛行機でドイツに戻る予定とのこと。 おお!!明日だって、明日!! 「ザグレブに着いた後、どうやって連絡したらいい?」と書いてあったので、私はすぐに、ホテルからレンタルしている携帯電話で彼女に電話した。 そこで久しぶりに「Hide!元気!?」などというやり取りがあって、「じゃあ明日の午後、ザグレブに着いたら、この携帯に連絡するね!」という事になったのだった。 約半年ぶりの再会。そして、クロアチアで会うのは、ザダル以来、実に4年ぶりになる。本当に嬉しい!! そして今回、私は彼らに、ある事を相談してみるつもりでいた。 こちらに来てから考えるようになった、自分の将来のこと(仕事の展開ややり方、新しい可能性も含めて)についてだ。 あまり具体的な話をここに書く事はできないのだけど、こちらに来てからいくつかの問題要素(と私には思える事柄)が明らかになってきて、今自分は、ちょっとこの先の事について色々と、真剣に考えていかなければならないポイントに来ているな…というのを身にしみて感じていたのだった。 クロアチアや自分自身に失望したとか、この道を諦めて方向転換しようとしているとか、そういった意味では決してない。それはキッパリと言える。 しかし、自分のやりたい事を将来的に実現させていくためには、(そのためにこそ、)もっと現実に目を向けていく必要があり、自ら行動する必要がある…という事を、切実に感じているのは事実なのだ。 それで、色々な情報をネットで調べたり、今自分にとって何が問題なのかを考えたりしているうちに、何だか色々な事がよく分からなくなってきてしまい、自分の考えや認識の正しさにも、自信が持てなくなってしまったのである。しまいには、何のために今こういう事をしているのか、自分はこれからどうしていくべきかという根本の所まで揺らいでくるほど、頭の中で考えや迷いや悩みが錯綜し、混乱が生じてきているのだ(つまり、考えすぎてこんがらがってきちゃったのである)。 是非マリオさんとミラさんにこの悩みを打ち明けて、助言をもらいたい…私はそう考えたのだ。 クロアチア人、ヨーロッパ人としての感覚や視点、豊かな人生経験と高い見識、そして世界を知る広い視野を持った彼らの考えを聞きたいと思った。 彼らになら、全てを打ち明けられる。たとえ「Hideの考えは間違っているよ」と言われたとしても、それはそれでいい。今抱えている悩みや迷い、モヤモヤした気持ちを、ありのまま、正直に話してみたいと思った。 ただ、一つ大きな問題がある。 ここに至るまで、何があったのか、それについて自分はどう感じて、何を考えたのか、今何について困っているのか等々…。それらの少々複雑な事情について、彼らにクロアチア語で説明できる自信がまるで無いのだ。というか、はっきり言って不可能だ。 かと言って、まさか通訳を立てる訳にもいかない。だけど、どうしても今の機会に、この件について彼らと話がしたい… 考えた末、私はそれらの事を、あらかじめ「書いて」おく事を思い付いた。 その場で話すのは無理でも、前もって文章で書いて、準備しておくのだ。そうだ、そうすればいい! それを会話のアンチョコとして使おうというのではない。書いた文章を、そのまま彼らに見せて、読んでもらえばいいのだ! プリンターが無いので紙に印刷する事はできないが、パソコンごと持って行って、画面を読んでもらえばいいだろう。 そう思い付いた私は、夜を徹してクロアチア語で「人生相談」を綴るのだった… (翌日へ続く)
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思いっきりぶちまけて下さい。
そういうことを心の底から語って相談できる人なんて、そんなにいませんから!
本当にいい出会いですね。
2010/11/25(木) 午後 11:14 [ ayaran ]
ayaran様
これもまた本当に奇跡のような出会いだったんです。
自分の黒い部分とか、自分の嫌いな部分まで全部さらけ出して話したり相談したりできる人って、人生を通じても数えるほどですよね。一人でもそういう人に出会えたら幸運だと思うほどです。
私が彼らと話す時には、心の垣根は無いのものの、言葉の壁が立ちはだかるのですが…それが本当にもどかしいです。
「自分の思っている事をそのまま表現してスラスラ喋れるほどの言語力(会話力)を身に付けたい!」…彼らと話していると、いつもそれを痛感するのですよ…。
2010/11/26(金) 午後 5:30 [ Hide ]
またヒット!笑 私の高校時代は卓球、卓球でした。
何かを欲しがることも思いつかないような光の無い状況の中、
朝も放課後も休日も卓球に明け暮れ、それが私の青春でした♪
奇跡のような思いでもあります。
本当に素敵な出会いですね。何故かしら、読んでいて感激しました。
さ、続きを…
2010/11/26(金) 午後 8:37
文月様
そうでしたか!文月さんは卓球を…!本当に共通する話題が多くてビックリ、そして何だかとても嬉しいです。
文月さんのコメントを拝読し、とても心に響くものを感じました。ただひたすらに一つのことに熱中した青春、自分のすべてをかけて打ち込んだ卓球は、今も文月さんにとって、大切で美しい人生の宝物として心に存在しているのでしょうね。その眩しいほどの純粋さが伝わってくるようです。
今までに人生を変えるようないくつかの出会いを経験してきましたが、彼らとの出会いは本当に偶然のタイミングによって生じたのです。偶然か運命か奇跡か私には分かりませんが、とにかく私達を巡りあわせてくれたものに、深く感謝しているのですよ。
2010/11/28(日) 午前 5:38 [ Hide ]