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住んでいる家が雨漏りした、という経験のある人がどれほどいるのか分からないが、住んでいる家の壁からキノコが生えたという経験を持つ人が、果たしてどれほどいるのだろうか。生えてきたのだ!キノコが!壁から! ボロ屋に住まうこと久しい私も、これにはさすがに驚いた。キノコが生えてきたのは、例の雨漏り場所付近の壁で(参考記事:ふるやのもり)、高さはちょうど見上げるほどの位置だ。一応写真を撮ったのだが、想像以上のグロテスクなものになってしまった。アップの構図が無駄な迫力を醸し出している。さらには無造作にガムテープで補修された壁といい、その白っぽい壁に映ったキノコの影といい、背景が不気味さに拍車をかけている。よって掲載は見送った。しかし、怖い物見たさでどうしても見てみたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、下記リンクよりご覧下さい。ただし、くれぐれも自己責任でお願いしますよ。 * * * * * * まず驚いたのは、キノコの素(?)となる物が一体どこからやって来たのかということだ。さらに、脆い壁とは言え、それを堂々と突き破って頭を出してくる力技だ。そして、その成長の健やかなることは、私の想像を遥かに超えていた。朝には綿棒の先ほどの大きさの白い頭が控えめにのぞいていただけだったのに、夜には4cmほどに伸びて傘が茶色くなっており、夜中にはさらに倍の長さに伸びて傘が開いていたのだから。 しかも壁をよく見たら、キノコが生えかかっているのは1箇所だけではなかった。ポコポコといくつもの白い綿棒の頭が、壁からのぞいていたのだ。最初は呆れると同時に面白がっていたのだが(だからこそノンキに観察していたのだ)、それらを見つけた途端、一気に気持ち悪くなってしまった。さすがは菌類、繁殖力の強さは恐ろしいばかりだ。 それで思い出した。クロアチア語には「雨後の筍」ならぬ「雨後のキノコ(kao gljive poslije kiše)」という慣用句があるのだった。日本語の「雨後の筍」と全く同じで、同種のものが相次いで現れる様を表す言葉である。いやあ、これは全く正しい言い回しだ。とんだところでそれを実感してしまった。
しかし、この言い回しを考えた人も、おそらくは森や林などでその光景を見てこの表現を思い付いたのではないだろうか。少なくとも、家の中にポコポコ生えてきたキノコを見つけて得た着想ではないような気がする。驚いたな、しかし。 |

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