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雨がざあざあ降っている(家の中に)。 * * * * * * 昨日、クロアチアの社長とスカイプで打ち合わせした時に、話の流れでこのブログのことを話してしまった。 社長に読まれてマズイ事は何も書いていないと思うが、今それをチェックしている時間は無い。いや、私は社長に知られてマズイ事自体、何もしていない…はずだ(しかしながら私は、心当たりの無い事で叱られるのが(特に女性に)得意なのだ)。 折しも社長は、自社サイトにリンクしてスタッフブログを立ち上げようという構想を抱いていたところらしい。それで、何と、というか当然のようにというか、社長はそのブログの管理人として、私に白羽の矢を立てたのであった。わぁ社長、度胸あるぅ!(それは私を雇った時点で既に証明されていることだが) しかし、社長がこのブログを読んだら、その指名を撤回してくれるかも知れないと思っている。こんな陰にこもった、というか、ヒネクレ過ぎて一回転したような男にはスタッフブログの執筆なんて無理だ。どう考えても、会社のイメージにそぐわない。「クロアチアの今日の空模様」とか「ザグレブのお洒落なカフェ」みたいな記事ばっかり、おとなしく書いていられるわけがないんだから。 このブログにしたって、当初はそういうブログにする予定であったのだ。ところがどういうわけか、クロアチアの魅力よりも私のダメ人間っぷりが急速に露呈していく結果となっている。人間の本性はどうしたって隠せないものである。文は人なり、だ(それでもまあ、クロアチアの事については、これでも一生懸命書いているつもりではあるのだけれど…)。 ま、その件についてはボスの判断にお任せするとして、実は今日の本題は、そのボスから昨日聞いた意外な話について書こうと思うのだ。 * * * * * * 昨日はクロアチアの独立記念日だったので、その事についての記事も書いた。で、昨日社長と話した時に私は、「今日、クロアチアはお休みだったんですよね、独立記念日で」という事を言った。そうしたら社長は、「ホントに何でもよく知ってるねー」と言って、呆れ半分、感心半分という感じで笑っていた。 社長は友達と3人で出掛け、「今日は休みだけど、何で休みなんだっけ?」「国の事と関係ある日だったんじゃない?違う?」などという会話をしていたらしい。あれー!?私の想像していた「独立記念日」とイメージが違いますヨー!?クロアチア民族の歴史的悲願であった独立に関する重要な記念日であるから、さぞかし熱狂的に盛り上がっている(共和国広場が国旗を持った群衆で埋め尽くされる、みたいな)のかと思っていたのだが…。 しかしどうやら、実際は違うらしいのだ。昨日の記事でも書いたように、クロアチアには独立および独立戦争に関連した祝日が3つあり(国家の日、勝利と祖国感謝の日、独立記念日)、クロアチアの人々でさえ混乱を来たしている気味があるらしい(あと、人によってはちょっと重く感じてウンザリしてしまっている面もあるようだ)。それに、クロアチアは歴史のある国とはいえ、「クロアチア共和国」として独立してからはまだ年月の浅い(20年足らずだ)若い国である。それゆえ、祝日がこれまでに何度も変更されてきたという経緯もあって、国民自身も何の祝日なのだかわからないという事態になってしまっているようなのだ。 事実、昨日社長がテレビで見たという街頭インタビューでの意識調査によれば、10月8日の祝日の由来について正しく認識していた人は、全体の10%足らずだったという。ただし、これは正式な調査ではなくて、あくまでも日本の民放のバラエティ番組のようなノリの街頭調査だったとのこと。多少の演出もありそうなので、その点は考慮して見る必要がある。また、当然の事ながら独立記念日に関する公的な記念式典も施行されているし、その模様はニュースでも報道されている。この点については、誤解を招かないようにきちんと記しておかなくてはならない。 私が、「それじゃあ、明日は今の話を記事に書きますよ」と言ったら社長は「うーん、なんか、クロアチア国民のイメージが悪くなりそうな気がする〜」と言って心配していたが、私は正直なところ、この話を聞いて、「なんか、いいなぁ(笑)」と思ってしまったのだった。手に手に旗を持って熱狂した群衆の前を軍事パレードするような独立記念日よりも、ずっといい。旗振って万歳を叫ぶまでもなく、クロアチア人が誇り高く、強い愛国心を持った人々であることは、よーく分かっているからだ。 彼らは一般に、自分達の国、そして、自分達の町に対して、深い愛情と誇りを持っている。子供達も、自分の住む町や地方の文化や歴史をよく知っており、胸を張ってそれを説明してくれる。また、郷土色の強い民芸品や装飾品などが、ごく自然に人々の生活の一部に溶け込んでいる。それは、異なる宗教や文化を持つ他民族がすぐそばにいる環境だからこそなのかも知れないが、私が彼らと接していて感じたのは、決して排他的なナショナリズムなどではなく、自然な、心からの「郷土愛」というべきもので、それはとても好ましいもののように思われたのだった。 無論、私個人の経験だけをもとに「クロアチア人はこうだ」と決め付けることはできないし、一部には過激な民族主義、国粋主義を掲げる人達がいることも事実だ。しかし、そういった人達や組織はどこの国にも(日本にも)存在するし、少なくとも私が出会った人達は、声高に民族主義を唱えたり他民族を貶めたりするのではなく、前述のような方法、生き方でもって祖国を愛し、郷土を愛する人達ばかりだった。 「自分の国を知り、愛する」ということについて、私は彼らから大切な事を教えてもらっている。非常に重要な事なのだが、これもまた、自国内からはなかなか見えにくかったものの一つである。 * * * * * * タイミングを見計らって雨漏りバケツを交換するのが上手くなってきた。こぼれないようにしながら、あっちのバケツ、こっちのバケツ…。昔、こんなゲームウォッチがなかっただろうか?(また若人には分からんネタでスマン。)新しい携帯アプリとしてどうか。 |
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2010年10月09日
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