明日は明日のクロアチア

「買っても買ってもどこかに行ってなくなってしまう物、な〜んだ?」「リップクリーム」(私の場合)

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海外地理の勉強、ようやく全地域終了!あとは総復習。

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最後に残った東南アジア、インド地域がやっと終わった。テキストを読んで勉強していたら、面白いことを知った。これが、思わず人に話したくなる知識なのだ。

マレーシアの首都はクアラルンプール。それは知っていた。しかし、「クアラルンプール」が「クアラ・ルンプール」だとは知らなかった。そんな所で区切るとは!である。思いもよらなかった。日本人の語感的には「クアラルン・プール」ではなかろうか(じゃあ、「クアラルン」は何だと思っていたのだと聞かれても返答に困るが)。「クアラ・ルンプール」は「泥の川が交わるところ」という意味で、市内を流れるクラン川とゴンバック川が合流することに由来しているのだという。なるほどー!である。

もう一つ印象に残ったのが、カンボジアの首都プノンペンの由来。裕福で信仰心の厚い女性、ペン夫人が、ある時川を漂っていた仏像を拾い上げる。彼女は丘(プノン)の上に祠を建てて、これを手厚く祀った。この場所は彼女の名にちなんで「ペン夫人の丘(プノンペン)」と呼ばれるようになり、それが都市の名の由来となったそうだ。うーん、面白い。川で拾った仏像を祀るというくだりは、なんか別の話でも聞いたことある気がするが(うちの近所の神社にもそういう逸話があったかも知れない)。
プノンペン市の中心にはワット・プノンという寺院が建ち、そこには華やかな服を着たペン夫人の愛らしい像があるらしい。今でも国民に愛されているのだろう。いい話である。

ちなみに(試験には出ないと思うが)、クロアチアの首都ザグレブの町の名の由来について少々。
私はこれについて、2つの説を聞いたことがある。1つめは、旧市街である「上の町」から新市街の「下町」を見下ろすと、その下町は「溝の後ろ(スラブ語で"za-grebl")」に広がっているから、という説。そしてもう1つは、昔々、この町で疲れて喉が乾いたこの地方の総督が、泉のそばにいたマンダという少女に向かって"Mando, dušo, zagrabi!(マンダお嬢さん、(水を)汲んでくれ!)"と言ったことに由来するという説。現在ザグレブの中心となっているイェラチッチ広場には、イェラチッチ像(このヨシプ・イェラチッチ伯爵も19世紀半ばにこの地方の総督を務めていた人物)と隣接して、少女マンダに由来する「マンドゥシェヴァツ」という噴水がある。

地名の由来や、それにまつわる物語は面白い。こういうのはどんどん頭に入る。役に立たない知識は大好きだ。

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イェラチッチ総督騎馬像。社会主義時代にはクロアチア民族主義を押さえるために取り払われてしまっていた(!)。91年のクロアチア独立後に再び広場へ戻され、今日も勇ましい姿を見せている。

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マンドゥシェヴァツ。17世紀に造られたという、噴水のある泉。よく鳩が来ている。可愛らしく、綺麗な泉。

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