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今日は8月9日、長崎の日。 4年前のシベニク滞在中、「シベニクに3カ月間クロアチア語を学びに来た日本人」がちょっと珍しかったためか、地元紙の記者さんが私に興味を持って下さり、取材を受けたことがあった。 後日そのインタビューが記事になり、新聞にデカデカと載って、興奮した私がその新聞を4部も買って日本へ送ったり、町中の色々な店で「おお、あの新聞に出てた!」とか言われるようになって冷や汗をかいたりしたことはどうでもいいのだが、そのインタビューで、「日本の中で、シベニクに似た町はあるか?」と問われた私は、「シベニクと長崎は似ていると思う」と答えたのだった。 クロアチアでも、多くの人が長崎を(広島も)知っている。原爆の歴史を通じて知っているということもあるのだが、概してクロアチアの人達は、こちらが驚く程日本の地理にやけに詳しかったりするのである。東京、大阪、名古屋、横浜といった大都市は当然のようにスラスラ出てくる。一部の日本マニアの人がそうなのではなくて、北海道、本州、四国、九州の四島の名を挙げられる人もザラにいるのだ。「君は日本のどこに住んでいるの?」と聞かれて「東京の近くに住んでいます」と答えると、「ああ、じゃあ君は本州に住んでいるんだね!」なんて言われて、『本州に住んでいる』という自覚も表現も自分の中に日頃ないものだから、あたふたしながら「あ、ああ、そうですそうです!」なんか答えたりして…。とにかく日本人が思う以上に、あるいは日本人がクロアチアについて知っている以上に、クロアチア人は日本について知っているものなのである。 閑話休題。 長崎とシベニクはどこが似ているか? 美しい湾を有する港町。斜面に建つ家々と坂。石畳の道。教会群。特大の胃袋を持つ住人(注.この長崎人の胃袋に関する知識は坂口安吾の「安吾新日本地理・長崎チャンポン」から得ています)。そして、戦災から復興して美しい町を蘇らせた人々の逞しさ… シベニクの人達は、概して地中海人らしい、楽天的・開放的な気質を持っている。そして同時に、人の痛みを知り共感することのできる、温かな優しさと懐の深さも併せ持っている。 私には生憎と長崎出身の知り合いがいないのだが、長崎の人々の性格も、概ねこのようなものなのだろうか?どうだろう? 今年ももうすぐ長崎では精霊流しが華やかに行われるのだろう。1945年のその日にも精霊流しが行われたという記録があるそうだ。無念の思いで亡くなっていった人々。地獄のような状況の中でそれを送った人々。たとえ想像しか及ばなくとも、たとえ今はもう見えないものでも、心の中に持ち続けていなければならないものもある。忘れてはならないこともある。65年目の夏に。 |
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2010年08月09日
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