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既に3回に渡ってお届けしているこの記事、今日が一応の最終回となります。どうぞ最後までお付き合い下さい。 それでは、旅を続けますよ。 * * * * * * クルカ国立公園では、遊覧船で行く、いくつかの園内ツアーが催行されている。それぞれ出発場所が異なっていて、中には車を利用して上流域の公園入口から入場しないと行けないツアーもある。 一般的に利用しやすいと思われるツアーは2つあり、1つは昨日の記事でご紹介した「ヴィソヴァツ」行きのツアー(所要時間2時間)、もう1つがこれからご紹介する「ロシュキ・スラップ」行きのツアー(所要時間4時間)だ。 修道院のあるヴィソヴァツから、クルカ川をさらに溯っていくと… 上流が近付き、川の周りの風景も違った表情を見せ始める。 ロシュキ・スラップは、この公園内でスクラディンスキ・ブク(【その2】でご紹介した大きな滝)に次いで名を知られた滝である。その名は「ログの滝」を意味し、かつてこの辺りにあった「ログ要塞」(ログ(Rog)とはツノや岬などの突端を意味する語)にちなんだものだが、要塞は今日ではわずかな痕跡を留める程度となっており、残念ながらその名残りを見ることはできない。 ロシュキ・スラップは、落差25.5mと決して大きな滝ではない。むしろ小滝と言ってもいいような可憐な滝である。しかし、石灰質の急峻な岩肌を落下し、最後に幾筋にも分かれて流れ落ちる様が美しく、「ネックレス」という愛称がある。 荒々しい岩肌を見せる急峻な峡谷。その下に見えてきた小さな滝が、今回の目的地「ロシュキ・スラップ」だ。 近くから見た滝。規模こそ小さいものの、レースのような水しぶきが美しく、その佇まいは印象的。これを撮影したのは7月だが、時季によってはもっと水量が豊富だと思われる。 ロシュキ・スラップの近くで船を下りられる場所がある。そこにもこのような小滝が。 素朴な風景に心が休まる。ちなみに、このそばにも遊泳区域があります。 ここからさらに上流へ向かうツアーもあり、そこでは切り立った峡谷が連なる渓谷美や、砦の遺跡やクルカ修道院などの貴重な文化遺産を見ることができる。 私はこのクルカ国立公園に3回通ったのだが、まだここから上流へは行ったことがない。次の機会には是非上流エリアへの足を確保して(路線バスは最上流の入口へは行かないのだ)、この公園の違った顔を覗いてみたいと切望している。 それでは再び遊覧船に乗って、戻るとしましょう。 クルカはカルスト渓谷を流れる川。むき出しの白い岩肌がダイナミックな地形を造り出している。 夕闇迫り、何やら幽玄な気配が漂う。ファンタジーな何かが出現してきそうだ。 さあ帰ろう。さらばクルカよ、また来るまでは! 長い連続記事にお付き合い下さり、どうもありがとうございました。いつか未踏の地を制覇して、続編記事をお届けできるといいな、と思っております。 * * * * * * 最後に、明日役に立たない豆知識を。 このクルカ国立公園内には、クロアチアの天然記念物である「ホライモリ」という大変稀少な動物が生息している。ホライモリは洞窟に住む両生類の一種で、世界でもスロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのごく限られた地域のきれいな地下水にだけ生息している(おそらく最も有名なのがスロヴェニアのポストイナ鍾乳洞内に生息しているもので、そこでは実際にホライモリの姿を見る事ができる)。 画像元:碧南海浜水族館 ホライモリ。体長は30cm前後。ウーパールーパーと同じく幼形成熟する。 ホライモリはその体の色が人間の肌の色に似ていることから、「類人魚」とも呼ばれる。また、かつてドラゴンの子供と思われていた時代もあり、「ドラゴンズ・ベビー」の別名もある。 光や生命に乏しい洞窟内での暮らしに適応した結果、目は皮膚に覆われて発達せず、また、極めて長期間の絶食にも耐えられるようになっている。寿命が非常に長いらしく、80〜100年生きるとも言われている。 この大変貴重なホライモリを、何と日本で見る事ができるのだ。 その唯一の場所が、名古屋県碧南市にある碧南海浜水族館である。2005年に開催された「愛・地球博」のフレンドシップ事業に伴ってクロアチアからやって来たホライモリ達が、その後当水族館に寄贈され、現在も常設展示されているのだ。正真正銘、クロアチアからの友好の使者ですぞ。お近くの方、ご興味のある方は是非会いに行ってみて下さい。 * * * * * * 【参考リンク】 ◆クルカ国立公園(Nacionalni park Krka) http://www.npkrka.hr/#/pocetna/?lang=eng&p= (英語です。音楽が流れますのでご注意下さい。綺麗な写真もいっぱいありますよ。) |
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2010年09月12日
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昨夜、谷啓さんの突然の訃報に接して、しばし呆然としてしまった。ショックだった。また一人、旅立っていってしまった。しかもこんな形で。こんなに突然に。 クレージーキャッツが大好きだった。 もちろん私は、年代的に彼らの全盛期の活躍をリアルタイムで見る事はできなかったのだけれど、1990年(私の高校受験の年だった)にリバイバルヒットした植木等さんの「スーダラ伝説」を紅白で見て以来、憑かれたようにレンタルビデオ屋を回っては彼らの歌や映画を探し、それらに夢中になった。私の高校時代の30%はクレージーキャッツでできていたと言っていい。ちなみに、残りの70%のうち60%までは黒澤映画と東宝特撮映画(ゴジラなど)で占められる。残りの10%は「漠然とした不安」だ。つまり私の青春の9割は東宝でできていたと言っても過言ではない。 クレージーキャッツのメンバーは、一人一人が各楽器の一流プレイヤーであり、また、それぞれに卓越したセンスと強いキャラクターが光る、本当の才人揃いだったと思う。見事な音楽の腕前、ナンセンスあり、ブラックありのハイセンスな笑い(もちろんそこには、青島幸男さんなど当時の放送作家の力もあるが)、体の動きのキレ、役者としての豊かな演技力、どれをとっても素晴らしく、メンバーそれぞれが幅広い分野で、超一流のエンターテイナーとして輝いていたと思う。また、グループとしても個人としてもスキャンダルとは無縁で、皆さん良き家庭人であり、仲間や後輩思いで、礼節を重んじる優しいお人柄であったという。だからこそ安心して見ていられたし、あんなにも心を惹き付けられて、心から笑うことができたのだと思う。間違いなく、私にとっての本物のスターだ。その人達が一人また一人と、本当に星になっていかれてしまうのを見送るのは実に哀しい。後年、テレビの特集や再放送などで多少見る機会はあったものの、彼らの全盛期のエンターテイメントを、リアルタイムで、その時代の空気の中で見る事ができなかったのは、本当に悔しい。 谷啓さんは、メディアへの露出が比較的多く、最近までテレビでのご活躍を目にしていただけに、こんな形での急逝は大きなショックだ。もう、あのトロンボーンの音色も聞けないし、柔和なお顔にはにかんだような笑顔も見られない。「ガチョーン」に引っ張られて「ハラホロヒレハレ」と倒れることもできない。 クレージーキャッツの残されたメンバー、犬塚弘さんと桜井センリさんのご心痛は如何ばかりかとお察しする。今も俳優としてご活動中のお二人の、末永い、ますますのご活躍をお祈りしたいと思う。 谷啓さん、ありがとうございました。長い間に渡って日本の芸能界を牽引してこられ、本当に、本当にお疲れ様でした。向こうで待っている植木さんやハナ肇さん達と一緒に、またカッコいいセッションを繰り広げて下さい。 だけど… やっぱりまだ、ちょっとだけ早すぎだよ…淋しいです、谷さん。
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