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久しぶりにリアルタイムの記事を書きます。 - - - - - - 帰国後の時間の経過が恐ろしく早い。 完成を急がなくてはならない仕事が複数あって(しかもそのうち3つは、必要なソフトウェアの使い方から独力でマスターする必要があって)、毎日作業に没頭しているうちに1カ月以上が経過。 クロアチアでの2カ月も早かったが、帰ってきてからの1カ月はそれ以上だ。本当はタイムスリップしているのかも知れない。 それらの仕事が数日前にようやく一段落して私の手を離れた。責任を果たし終え、大きな達成感と共に押し寄せてきたのはドリンク剤で先送りしてきた疲労、そして虚脱感だった。 少し休んだら、またどんどん動いていかなくてはならない事が控えているので、「燃え尽きた」というわけではないのだが、それでも今の私が何だか抜け殻みたいになっているのは、たぶん、自分の中身をクロアチアに置き忘れてきてしまったからだ。そう、これまで仕事の事で頭がいっぱいだったせいで気が紛れていたが、実は帰国以来、クロアチアへのホームシックがひどいのだ。 特に帰国直後は混乱していた。車は左を走る。街を歩いてもトラムもコンズム(クロアチア中に展開しているスーパー)も無い。スーパーに行っても、そこにはカルロヴァチュコ(ビール)もクラシュのチョコレートも売っていないのだ。そしてトマトジュースの味は薄い。もうやだ。帰りたいよ。 「自分が今クロアチアにいない」という事が信じられないのだ。いつも歩いていた道、通っていた店、カルメラさんやアレクサンダーさん…皆すぐ近くに存在しているような気がする。自分は一体どこにいるんだろう。 帰国後、向こうでお世話になった方達にメールを送ったのだが、カルメラさんがくれた返事には、「私も、Hideさんが今もザグレブに住んでいるような気がしています」と書いてあった。そう、器だけはこちらに帰ってきてしまったが、中身は未だに未練がましく向こうをさまよっているような気がして仕方ないのだ。 そんな「クロアチア・ロス」の私を慰める出来事が昨日あった。 卓球コーチのマリオさんと奥さんのミラさん。現在来日中の彼らと新宿で会ったのだ。 彼らのこの来日の予定は、私達が前回11月にザグレブで会った時に聞いていたので、「今度は東京で会おうね!」と再会を楽しみにしていたのだった。 11時に新宿駅で待ち合わせ。東口の改札を抜けて彼らの姿を見付けた時、いきなりテンションが跳ね上がるのが分かった。もし私に尻尾がついていたなら、勢いよく左右にビュンビュン振りながら駆け寄っていた事だろう。 いつものように笑顔で再会を喜び合った後、近くのカフェに移動(彼らはよく新宿に滞在するので、私よりもはるかにこの辺りに詳しいのだ)。 まずは、ザグレブで彼らに相談した私の悩み事の顛末について報告をした。 実はこの問題、私の帰国と時を同じくして急転直下の展開を見せ(とは言っても引き金を引いたのは私だったのだが)、代償はあったものの、問題ごと消えてなくなるという結末を迎えていた。抱えていた爆弾をわざと爆発させて消滅させたようなものだ。急展開だったが、ある程度こうなる可能性も想定していた。 おかげで現在、この問題からはきれいサッパリ解放されて、あれほど思い悩んで精神的に追い込まれていたのが嘘のように気分が軽くなっている(それに伴って新たな課題も出現してはいるが)。 それにしても大胆な解決策を取ってしまったため、マリオさん達に結果を話したら色々突っ込んで聞かれるだろうなぁと思っていたのだが、彼らは私が多くの言葉を費やす前に本質的な所を把握してくれた。 最終的な結果と、その決断に至った一番の理由を話した所で、彼らは既に、私の決断が必然的なものであった事、そしてそれが結果的に私にとってプラスに働いたという事を理解してくれたようだ。 2カ月前、会った瞬間に、私が口を開くより早く悩みを察知してくれた彼らの事だから、今回も私の表情や声の調子から伝わる物があったのかも知れない。とにかく大事なのは今後の事、というわけで、またそれについてもアドバイスや行動の手掛かりをもらったりしたのだった。 私の仕事の話やイストラ旅行の話、ザグレブでの生活や食べ物についての話に花が咲き、昼も過ぎたので何か食べに行こう、というわけでルミネ7階のレストラン街へ移動。彼らは日本食も大好き(刺身はNGだけど)なのだが、今回は洋食系のレストランで軽めに食べる事に。 食事しながら、「日本の普通のレストランで外食してもあんまり高くないけど、飲み物とケーキはやけに高いよね」とか「日本ではクロアチアよりも頻繁に外食するよね」とか「日本の食糧自給率って高いの?」とかまた色々と話す。 ヒョロリと背の高いコックさんが厨房から現れたのを見て、「クロアチアのコックは太ってる人が多いんだよね。皆作りながら食べちゃうから。だからクロアチアでは、『コックが太っているのはいい(美味い)レストラン』って言われてるんだよ」とマリオさんが言っていた。 ルミネ7階の壁は面白い事になっている。マリオさんはこの細工がとても気に入り、写真を撮っていた。 「ほら、ここの壁、すごく綺麗なんだ」というマリオさんの力説に「ふーん」と薄い反応だったミラさんが強い興味を示していたのは別の場所の壁だった。 パソコンのキーボードやディスプレイが壁一面に埋まってる!?こちらはミラさんが気に入って写真撮影。 昼食の後、デパートでのウィンドウショッピングに私もお付き合い。三越を見た後、マリオさんとミラさんは別行動。私は、靴を見たいというマリオさんと一緒に伊勢丹へ。靴やコートを中心に、各フロアを見て回った。 私はデパートでの買い物って滅多にしない。第一に値段が高いイメージがあるし、第二に実際高いからだ。それ以前に、着る物に無頓着で衣料品を買う事自体滅多にしない(これはお金が無いからそうなったわけではなく、生来の性分と貧乏とがたまたま合致した結果である。念のため)ので、普段絶対に自分では来ないような場所を見て回るのは、珍しくて面白い体験だった。 だって、靴にしたって1万円以下の物はほとんどなくて、3万円、5万円、7万円、運命の分かれ道!って感じなのだ(古すぎですね)。それどころか、15万とか25万とか、「月の給料がそっくり飛んでくわ!」って物もあれば、果ては56万の靴(ワニ革?)まであるのだ。クロアチアに2回行けるじゃないか! コートも、マリオさんと一緒に指先でつまんで生地の手触りを確かめながら見て歩いたが、とにかく私が買うようなのとは桁が違う(物によっては2桁違う)。 「なんでこんなに高いんだろ。何が違うのかなぁ」としみじみ言うと、「まずはデザイン。それに素材だよ。ほら、このカシミヤはすごく柔らかくて手触りがいいだろ?でも高い。だけど、物は素晴らしい」とマリオさん。本当だ。確かにすごく柔らかくて、手触りが気持ちいい。そうか、カシミヤとか革でできてるのは高いんだ。 見て触って値札を確かめる事を繰り返しているうちに、ひときわ高価な46万円のブルゾンを発見した。触ってみたら革製だ。だけど46万円って!なんだコレ。宇宙人の皮でも使ってるのか? ところで、風采立派な50代の紳士であるマリオさんが私をつれて歩いている光景は、周りからは一体どのように見えているのであろうか。年齢的にはギリギリ親子でもおかしくないが、どう見ても人種が違う。「年若い友人」というには、あまりにも見た目の(中身もだが)格が違いすぎる。秘書というには服装がラフすぎるし言動もパッパラパーだ。 考えれば考えるほど、「俺って一緒にいるのが恥ずかしい子〜!」と思うのだが、マリオさんは一向に気にする様子もなく、逆に「Hide、退屈じゃない?」などと気遣って下さるのであった。大人物すぎる。 その後、丸井に行っていたミラさんと合流し、駅方面へ向かう途中のカフェで休憩する事にした。 コーヒーを飲みながら、ここでも話題は尽きる事なく、日本の都市や自然、観光、日本やヨーロッパの最近の世相、事件、雇用状況、保険・年金制度、ヨーロッパ各国の財政不安、私の財政不安などについて話した。 こうやって彼らとカフェで話をしていると、何だか妙な感覚にとらわれる。だって、前回はそれがザグレブだったのに、今日は東京で同じ事をしているのだ。 …って事を言ったら、二人は笑いながら「そうか。私達にとっては、それがノーマルな事なんだよ。ドイツ、オーストリア、そしてクロアチアに日本、いつも飛び回って行ったり来たりしているからね。携帯電話も4つの国のを持ってる。これは多すぎだね!」「私達はいつも一緒にいるトリオね」と言っていた。 そしてこのカフェで、思いもよらない出来事があった。 3人で話していて、ちょっと会話が途切れた時、隣の席に一人で座っていた男性が私達に声をかけてきたのだ。「あの、すみません、クロアチアの方ですよね?」と。 私達3人は、全く同じタイミングで、同じような表情でその男性の方を見た。「あ、はい、そうです」と、なぜかクロアチアの方ではない私が答えた。男性は日本語で話しかけてきたのだが、意味するところはマリオさんとミラさんにも伝わっていた。 「クロアチア語できる?」とマリオさんが聞くと、私と同年配に見える彼は「ええ、少しだけですが」とクロアチア語で答えた。 日本でクロアチア語が分かる人って、相当少ないだろう(世界でも、か)。だから私達3人は彼の言葉に物凄く驚いたのだ。 彼(Oさん)はお父さんが日本人、お母さんがボスニア・クロアチア人で、5歳までザグレブに住んでいたのだという。その後家族でアメリカに渡り、アメリカに本社のある企業に勤めて日本に来たのだそうだ。 ハーフだが、日本人といっても通用する顔立ち。日本語、英語ともに堪能で(ご自身は「どちらも中途半端です」などと謙遜されていたが)、クロアチア語はほんの少しだけ…という事だった。 やはり隣の席から聞こえるクロアチア語に驚いて、「そのまま挨拶もせずに帰るのはもったいない」と思ったのだそうだ。 マリオさんも自分の仕事や、ザダルでの「衝撃的な」私との出会いについてOさんに話し、何だかんだで1時間近く4人で喋っていた(一人、英語分かってない人がいたけど)。 英語メインの、日本語、クロアチア語ちゃんぽんの会話だったので、皆混乱してきて、私がミラさんに日本語で話しかけたり、マリオさんがカフェの店員にクロアチア語で答えてしまったりして可笑しかった。 連絡先を交換してOさんと別れ、3人でカフェを出たのは7時を大分回った頃だった。マリオさん達のホテルは駅のすぐそばなので、切符売り場まで私を見送ってくれた。 彼らはあと1週間ほど滞在するので、もし時間があったらもう一度会おうという事になった。 マリオさん達といっぱい喋って、この日は本当に楽しかった。いつも大体私の集中力は4時間が限界で、それを越えると、頑張ってもクロアチア語が右から左へ素通りしていくようになる。5時間一緒にいるとしたら最後の1時間はヨロヨロで、脱水症状のランナーがフラフラと倒れかかりながら走り続けているような状態になるのだ(頭の中が)。
ところが今日は、8時間以上一緒に喋っていたけど、疲れも感じず、最後までちゃんとついていけたのだ。 クロアチアに2カ月いたけど、言葉が上達したとは全く感じなかった。だけど今日の事を考えると、少しは耳がクロアチア語に慣れていたのかも知れない。 元に戻ってしまわないうちに、またクロアチアに行きたいと思う。あと、クーナのまま2万円近く持っているので、EU加盟して通貨が切り替わる前に絶対行きたい。 |
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2011年01月28日
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