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以前にも書いたかも知れないが、何かをするにあたって、計画を立てたり準備を整えたりするのが苦手だし、嫌いだ。 例えば旅行。出発日が迫っても、なかなか荷造りに取り掛かれない。動き出せない。結局当日の明け方になってスーツケースをかき回していたりする(そして毎度時間ギリギリになり、走って駅へ向かう)。 観光にしても、事前に細かいスケジュールを決めたりはしない。長距離移動のための時刻表調べとか、特に見たい場所のピックアップぐらいはするけど、あまり当初の予定にこだわらず、基本的に出たとこ任せ、足の向くまま気の向くままというスタイルだ。 また、例えば勉強や仕事。最初に全体的な見通しを立てて、「いつまでに何を終わらせる。そして次はコレ、その次はソレ」といった計画をもとに作業を進める事ができない。目に付いた(気の向いた)所から取り掛かり、トータルの配分も考えずに、いきなり細部にのめり込んでしまったりする。 そして基本的に、ゴール(締め切り)が見えてからでないと本格的にエンジンがかからない。競馬で言えば、最後のコーナーを回ってからブッ飛んでくる直線一気の追い込み馬である。持久力より瞬発力を身上としているわけだ。 先日、自分のそんな特性をある人に話したところ、「そうそう、そういう人いるのよね。私もそうなのよ」という、強いご理解と共感を頂いたのであった。その方のおっしゃるところによれば、その理由は「私達は狩猟民族の血を引いているからなのよ」という事らしい。 つまり、目の前に獲物が現れて初めて反応し、ピョイっと飛びかかるのだ。農耕民族のように「この季節が来たらあれをして、これをして…」という風に農作業の予定をカレンダーに書き込んだりはしない。そうした概念自体が無いので、「前もって準備する」という事を不得手としているのだ。 なるほど、面白い。私は膝を打って(比喩だけど)その意見に同調したのだった。 今まで「計画性が無い」だの「行き当たりばったり」だのと事あるごとに説教され、「自分はなぜそういう事がきちんとできないのだろう」と不思議に思っていたが(反省や改善努力はしていない点に注目されたい)、これもきっと、連綿と続いてきた血のなせる業だったのであろう。私の祖先は、苦手な計画立案やスケジュール管理を学ぶ事よりも、長所である瞬発力を発達させる道を選び、それによって生存競争の中を生き抜いてきたのだと思われる。 かくして私は宿命的に、スタミナ温存と全力疾走とを交互に繰り返していたわけだ。 これからも動体視力と嗅覚に磨きをかける方向で、見つけ出した獲物は爆発的な瞬発力を発揮してモノにしていきたいと思う。そして、荷造りを一日早くする事ができないのなら、駅まで荷物抱えてダッシュできる体力は今後も維持していかなくてはと思う。 |

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