|
日本シリーズでは、巨人が4勝2敗で優勝した。ご主人は、金魚の俺たちと久々に野球を食い入るようにみていた。
「巨人の優勝も、原監督だから、いいけど、今年はやっぱり松井のワールドシリーズVIPよねえ。」
奥さんが、巨人の優勝のテレビの横で、そう言った。
今年のポストシーズンは、松井の活躍が一番という意見には、俺(金魚の金太郎)もご主人も依存はない。
「松井はVIPじゃなくて、MVPですよね。」
俺が、ご主人に言うと、ご主人は奥さんを横目でみながら、口に指を当てた。
「シー、間違いを指摘されるのを、家内は嫌うんだ。」
「ご主人、わかりました。」
俺は、仕方なくそう言った。
「なにを、こそこそ言ってるの?」
奥さんが聞いたので、ご主人は言った。
「松井は人格者だという話を金魚としていたんだ。」
「変な人ねえ。」と言って、奥さんは二階に上がった。
「危なかったなあ。」
ご主人と俺は、ふっーと大きく息をした。
ここからは、ご主人に聞いた松井の話を。
松井秀喜は、1974(昭和49)年6月12日、石川県根上町(現 能美市)で生まれた。
小さいときから野球が好きだった。
松井が中2の時、夕食で何気なく友達の悪口を言いと、父に「他人の悪口は、二度と口にするな。」
と言われ、それ以来、松井は他人の悪口を言わなくなった。ここに、スーパースターでありながら人格者の松井の原点があるのかも知れない。
石川県には、松井の銅像があって、そこには「私には夢がある 〜I have a dream〜」と書かれているそうだ。有名なキング牧師のこの言葉が、松井の座右の銘である。
人格者・松井のエピソードをいくつか紹介する。
・母校星陵高校で、全校のほとんどの生徒がサインをねだっても断らなかったため、練習の邪魔になるのを心配した先生が「1人5枚まで」と、全校生徒に指示を出した。
・高三の夏の甲子園で、明徳高校から5連続敬遠のフォアボールを出されて負けたが。文句を言わなかった。
・プロになってからも、ホームラン王を争っていた山崎のいる中日との最終戦で、全打席で敬遠されホームラン王を逃がしたが、おこらなかった。
・日本でいた時、大新聞の記者も、写真週刊誌の記者も、同じように真摯に対応した。メジャーに行ってからも、いつもきちんと記者に応答する。
石川県にある「松井秀喜ベースボールミュージアム」で売られているグッズに、バット材で作られたキーホルダーがあって、そこには「努力できることが天才である」と書かれている。
日本のプロ野球(巨人)では、10年間で、1390安打、332本塁打、MVP3回、首位打者1回、ホームラン王3回、打点王3回。
メジャー(ニュヨークヤンキース)の7年では、977安打、140本塁打、ワールドシリーズMVP1回。
日米通算では、2367安打、472本塁打という堂々たる成績なのに、松井秀喜はいつも努力と謙虚さを忘れない。
メジャーで3度の手術をし、今年はDH専門になったが、それでも夢をあきらめずに、ワールドシリーズで日本人初のMVPになった。松井秀喜は、人間としても、スポーツ選手としても一流である。
ご主人はぼやく。
「10年近く前、東京ドームのお膝元の文京区白山でお祭りがあって、巨人の選手のグッズがオークションにかけられた。僕は、仁志のサインとロッテのユニホームを2000円で買ったけど、松井のスパイクも3000円で売っていた。あのとき、買っていたらなあ……つくづくついてないなあ。」
こんなぼやきを言っているご主人だって、俺(金太郎)は、努力すれば、夢がかなうことも、きっとあると信じている。
ご主人も、松井もがんばれ!
|