ムッシュウ栗丸

そろそろ復帰しなくちゃ。。。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

先日、名古屋に小旅行した際、津島神社にお参りして来ました。

3月末のことです。

名古屋には幾つかの目的があって訪問したのですが。。。

かつての職場の連中と酒を酌み交わし、

コロ助とご対面して、

そして津島の旧友達(?、飲み友達ですね)に会って来る…といったところです。


津島の町は4年ほど前に2年間勤務した処です。

そして、今でも友だちが何人をいます。

それに、大変お世話になっている若夫婦のご主人のご実家がある処でもあります。

実はそのご実家には前にも遊びに行ったことがあり、

今回も大変お世話になってしまいました。

そんなこんなの道中のさ中、津島神社を訪れました。


津島神社の歴史は疫病退散の神として『津島の天王さん』として篤く信仰されてきたものです。

歴史書によると、

なんでも天王信仰とは牛頭天王(ごずてんのう)を祭神としてこれを信ずることにより、

疫病を始めとする様々な厄介から身を守ることができるとのことだそうです。


かつて、津島神社は佐屋川とその支流に囲まれた島に鎮座していたのが、

その後伊勢湾の干拓などが進み、今は池となった天王川公園のほとりにある形となっています。

そして、この神社が歴史的にも重要な存在となっているのは、

一つに西尾張を地盤とした織田信長に信仰されて手厚い援助を受けていたことです。

信長は特に夏の天王祭りをこよなく愛していたと伝えられています。

そう云えば、津島神社の神紋は織田家と同じ木瓜(もっこう)です。

また、秀吉も信長同様に津島神社を信仰したと伝えられています。

今も残る重要文化財である楼門は豊臣秀吉の寄進だそうです。


歴史的に重要であることの二つめは、

尾張と伊勢・桑名を結ぶ交通の要所であったことです。

お伊勢詣りの人々や商人(あきんど)達の行き来で

津島の町と神社は大いに賑ったと歴史書は伝えています。

『伊勢・津島、いずれが欠けても片参り』と言い伝えがあったほどで、

伊勢詣りの折には津島に参詣するのが常識だったとのことです。。。(続く)


*写真…上段:本殿、下段:重要文化財に指定されている楼門

閉じる コメント(5)

こんにちは。名古屋と聞くと熱田神宮と連想してしまいますが。。。歴史ある神社なんですね。

2007/4/22(日) 午後 2:40 ロベリア

顔アイコン

ロベリア様★織田信長とその父信秀は津島神社を篤く信仰していました。特に夏の天王祭はこよなく愛したとか。。。歴史」を感じます。

2007/4/23(月) 午前 1:03 ムッシュウ栗丸

信長、秀吉とも深い縁があるんですね。津島神社。説明を読みながら、歴史の楽しみを味わいました。いつか旅行してみたいです。

2007/4/24(火) 午後 11:32 ピン太郎

顔アイコン

す五六様★トラバありがとうございました。

2007/4/26(木) 午後 11:28 ムッシュウ栗丸

顔アイコン

ピンパパ様★津島は昔の港町、西尾張の商業の中心地。関所の廃止、楽市楽座を実施した信長は、こういった商業地域で育ったため商売のセンスが醸成されたのだと思われます。

2007/4/26(木) 午後 11:30 ムッシュウ栗丸

開く トラックバック(1)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事