|
今を去ること45年前、久留米市にある高校に通っていたのですが、
久大本線に善導寺駅なるものがありました。 世間知らずの自分は、善導寺町にあるからついた駅名だな、と思ったところで思考停止。 お寺巡りを始めて、ようやく善導寺とはなんぞやと知ることに至ります。 何だか、せっかく近くにあったのに一度もお参りしなかったなんて、勿体無いことしたなぁ〜と後悔してました。 そんな想いがあったので、今回、福岡市、佐世保市出張の間隙を縫ってお参りしてきたのでした。 浄土宗の大本山と称するだけあって、所謂大寺院です。 広大な境内に、伽藍も立派です、が惜しむらくは手入れがイマイチです。 やっぱり田園地帯は人口減少で人手不足なんですかね〜 そういえば、御朱印をいただこうと寺務所に伺ったのですが誰も居なかったので30分ぐらい待ちました。 ま、冷房が効いていたのでちょうど良い一休みになりましたが… 戻ってこられた御住職はとても親切で、暑い中を駅まで歩くと熱中症になるからと心配してタクシーを呼んでくれました。 暫く大きな楠の木陰で休んだ後、タクシーで善導寺駅に行き、 やって来た久大本線に乗り込んで、次の目的地である佐世保に向かいました。 そういえば、善導寺駅は無人駅でしたね〜 |
九州菩提の路
[ リスト | 詳細 ]
|
山号 広大山普門院 宗派 高野山真言宗 本尊 十一面観音菩薩立像 開基 行基上人 私の本籍地は、福岡県朝倉市杷木町志波というところです。 子供の頃、大晦日の夜、紅白歌合戦や行く年くる年を観たら、 家族総出で、この志波まで行き真っ暗な山道を登り三社参りをするのが恒例でした。 その三社参りの一つが、この普門院です。 当時は、立派なお寺だなあ〜との印象を持つ程度でしたが、 こうやって、お寺巡りをすると、なかなかの古刹であり名刹なのが分かったのです。 伝承によると天平19年(747年)に聖武天皇の勅願道場として、僧行基が創建したのだそうです。 天平ですから、あの天平の甍(いらか)と謳われた唐招提寺と変わらない時期にできたのです。 これは、驚きです。 鎌倉時代に現在地に移設されたのですが、本堂はこの時に建てられたものです。 なんでも、福岡県では最も古い木造建築になるのだそうです。 従って、本尊である十一面観音菩薩立像(行基作、724年)とともに重要文化財に指定されています。 鬱蒼とした木々に囲まれて、伽藍や石像が点在しています。 普門院の歴史をひも解いて、こういった光景を見ていると、幽玄なる歴史を感じるのです。 ひなびた田舎の緑の中に、静かに佇む古刹。。。そこには尊厳さと静謐さがあるのです。 これぞ、日本人の歴史の根底をなすものであり、アイデンティティーなるものではないかと思います。 ただ、惜しむらくは、周辺の農家では過疎化が進み、老齢化も進んでいました。 だから、普門院を支える檀家が減少しているので、お寺全体も、昔の様な厳かさが失せつつあり、 何だか荒れ寺の様相を呈してき始めている印象を受けました。 京都・奈良の本山クラスの寺院はいざ知らず、 中堅クラスの寺院に匹敵する歴史と雰囲気を持っているだけに、もったいないなあと思ってしまいます。 全国の地方には、こういったお寺がたくさんあるんでしょうねえ。。。 |
|
私が高校三年間を過ごした福岡県の久留米市。 この久留米市の筑後川の畔に梅林禅寺というお寺があります。 臨済宗妙心寺派の古刹です。 梅林禅寺は久留米藩21万石の領主有馬家の菩提寺として そしてそれこそ梅林の名所として有名です。 しかし、このお寺を訪れた時に分かったのですが、 梅林禅寺は岐阜県の正眼寺と並んで修行が厳しいことでも有名なのだそうです。 つまり臨済宗の修行道場なのですね。 実際に拝観できたのは外庭(ここの梅林は見事です)と建物の外観だけでした。 中は雲水達が真剣に修行をしている場なので一般には公開されていません。 でも、なんとなく納得できます。 京都や奈良では観光気分の拝観者達が声高に話しながら、 お寺の雰囲気を崩しているのを何度となく見てきましたから。。。 まあ拝観料を取っているのだから観光名所なわけで仕方の無いことかもしれません。 でも、やっぱりお寺は宗教的な聖域であるはずですから その存在、そこに流れる空気、そこで修行している人々 それらへの畏敬の念が求められて然るべきだと思うのです。 聞くところによると この梅林禅寺で修行する雲水達は月に7日も托鉢にでるそうです。 冬の寒い日でも墨染めの衣に草鞋履きだとのこと。 全てが修行、そして修行することでしか仏の教えに近づくことはできない。。。 如何にも禅宗ですよね。 ご朱印だけをいただいて『なるほどなあ〜』と思いながら後にしたのでした。
|
|
さて、子供の頃から通っていた大宰府天満宮や九州では筆頭格の観世音寺・西戒壇院。 |








