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先日、仕事の合間に、聞くともなくラジオを聴いていたら、ゲストとおぼしき人が、こう言っていた。
その時、「子供」という言葉を使っていたので、以前、小学校の先生をしていた人ではないかと思ったのだが、
その人が、ある時、子供達に、「自分のお父さんは、どんなお父さんであって欲しいか」と訊いたところ、
その答えの中には、「やさしいお父さん」というのもあったし、「自分と遊んでくれるお父さん」というのも確かにあった、と言う。
ところが、圧倒的に多かったのは、確か、その時、98パーセントくらい、と言っていたと思うが、とにかく、それぐらいの確率で、子供達は、お父さんに、「立派なお父さん」で、あってほしいと、願っている、とのことだった。
このブログで、以前、次郎物語を引き合いに出して、母親というものは、子供を、だだ、ひたすら「かわいがってやりさえすればいい」というような事を言ったが、
「子供は、ただ、かわいがってやる」だけでも、まだまだ、不十分なのである。
ところで、ほとんどの子供達が、自分の父親に対して、「立派な父親」であってほしいと願っているということは、何を意味しているのだろうか。
子供は、母親の愛さえあれば、立派に育つという人もいるが、そうではない、子供達にとっては、母親の「愛」と同時に、父親の「敬」が必要だと言っているのは、故安岡正篤先生である。
先生は、動物の子供は、母親の愛さえあれば、立派に育つかもしれないが、人間はそうはいかないと言う。
人間は、動物であると同時に、神の子でもある。神を求める動物は、人間だけである。
子供は、神の子として、神の具体的な理想像を、自分の父親に求めるのだという。
今、神と言ったが、神という言葉が適当でなかったら、人間としての理想像を、父親に求める、と言っていい。
即ち、子供というのは、母親から愛されたいと、願うと同時に、「敬」する対象が、必要なのだと、安岡さんは言う。
その敬する対象を父親に求めるのだという。つまり、子供は、尊敬する対象を持ち、その尊敬するものから、認められたい、と願っているのだという。
だから、父親は、立派な父親でなければならないのである。立派な父親とは、正義を愛し、理想を求め、真理を探究する父親であろう。
そして、中学から、高校にかけての青年期に、重大な犯罪を犯す子供を、その幼少期にまでさかのぼって、追跡調査した結果、
そのほとんどが、子供のころに、父親に対する「敬」の心を、手ひどく傷つけられた、子供達であった、と安岡先生は言っている。
つまり、自分の父親は、立派な父親である、或いは、そうあってほしい、と思っていた願望を、手ひどく踏みにじられた子供が、青年期になって、重大な犯罪を犯している、と言うのである。
ならば、果たして、現代の父親達は、子供達に、尊敬に値するような、立派な父親の姿を、子供達に見せてやっているであろうか。
現代の父親達は、ただ、家に、金を入れてやりさえすればいい、と思っている人が、多くないだろうか?
大半が、お金を、稼ぐのが父親で、子供の教育は、母親がやればいい、と思ってないだろうか?
金を稼ぐのが、父親の仕事だと思っているから、家で、子供に、ろくな姿は見せない。朝寝はするし、休みの日など、家でゴロゴロ寝てばかりいるか、テレビばっかり見ている。
酒を飲んでは、子供達の前で、子供や、母親に対して、暴言を吐き散らす。
そういう父親の姿を見て、理由はわからなくても、子供達の心は、ひどく傷つくのだと、言う。
そういうダメ親父に輪をかけて、最近は、奥さんが、又、いけない。
あなた達は、子供に向かって、「○○ちゃん、勉強しなさい。勉強しないと、お父さんみたいになるわよ」などということを、言った覚えはないだろうか。
子供は、母親が、父親を、批判する事が、一番傷つくのだという。
だから、夫婦喧嘩をしても、決して、子供の前で、父親の悪口を言っては、いけないのだそうだ。
前のブログで、政治評論家の桜井よしこさんの、母親が、自分たちを捨てて家を出て行った父親のことを、子供達には、「お前達の父親は、世界一立派な父親」だと、言い続けたというのも、桜井さんの母親は、父親の悪口を言うのが、子供の心を一番傷つけることを、どこかで知っていたのだろう、と思う。
そして、自分の浅知恵で、子供をいじくり廻しちゃいけないんだよ。
子供は、神からの預かり者で、貴方たちの所有財産じゃないんだよ。
神からの預かり物ということは、子どもは、自身、生まれる前から、神様に、この世に出てくる為の、何んらかの使命を与えられて、この世に生まれ来た、という意味なんだよ。
その神が与えた使命に沿って、子供を育てる事が、その子供の才能が一番伸びる事になるし、又一番、子供が幸せになる方法でもあるのだ。
そのためには、自分の持ち物のように思って、あれこれ、子供をいじくり廻しちゃいけないんだよ。
母親は、子供を、「ただ、ひたすら、かわいがってやりさえすれば」いいだよ。
子供は、泥んこになって外で遊ばせるんだよ。そういう遊びの中から、子供は、自主性と、創造力と、忍耐力を育んで行くんだ。
いや、それしか、子供達の自主性と、創造力と忍耐力を開発する方法はないんだよ。
親が、子供達に、最もしてやらなければならない事は、青年期になって、自分で考え、自ら行動を起こす力を、与えてやる事なんだよ。
逆に、一番やっちゃいけない事は、
「婆っ子は三文安」というが、幼い頃、子供のする事に、親が、アレコレ手を出すことなんだよ。
そうして、育てた子供は、大きくなっても依頼心の強い、忍耐力のない子供になってしまうんだよ。
いいかい、子供は、「愛」を求めると同時に、「敬」を求めるんだ、何かを尊敬し、その尊敬する者に認められたい、願っているんだよ。その「敬」の対象を父親に求めるんだよ。
それは、冒頭でも言ったように、ほとんどの子供達が、お父さんに、「立派なお父さん」を求めていることで、よくわかる事じゃないか。
ゆめゆめ、子供の前で、父親をけなしたり、くさしたり、してはいけないんだよ。
子供達の為に、自分の旦那を、見せ掛けだけでも、立派な父親に、仕立て上げなきゃいけないんだよ。
男は、バカだから、「お父さん!お父さん!」とおだてていれば、その気になって、立派なお父さんになるものなんだよ。
それを、自分に都合のいいような、旦那にしようとして引きずり回すから、男は、かえって、いじけて、すねて、ダメ男になってしまうんだよ。
そう、あなた自身、つまり、母親が、良妻賢母になるしか、子供を立派にする方法は、外に、ないんだよ。
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愛と敬・・そうですね・主人は病気をしてから心を乱すことが多くなりましたが息子がしっかり受け止めています・それまでお金儲けは下手だけど手作りの愛情をかけて育てた事・親兄弟を良くみた事が自分に返ってきているように思えます・病気を抱えて大変だけど子どもの心に敬をもたれるよな生き様をみせれるよう頑張って越えてくれると
願ってます^^
2008/3/9(日) 午後 11:34