気と心と宇宙法則

難病(難しい病気)の人たちの力になりたい、と思っています。

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天風先生は、「運命を拓く」という本の中で、「この世界、宇宙というものは、目に見える物質的存在は第二義的なもので、本源は詮じ詰めると精神的なものである」と言っている。
 
いきなり、「この世は、精神的なもの」と言われても、「ピンこなくて、戸惑うばりだ」と言う人も多いと思うが、
 
 
このことは、先日の、
 
「ヒマラヤ聖者の生活探究」という本の、エミールと呼ばれるヒマラヤ聖者の一人が、何もない、空中から、パンをいくつも取り出した話とか、
 
イエス・キリストが、ガリレアで、水をぶどう酒に変えたり、六つのパンと、二匹の魚を、五千人以上の人を賄えるように増やした、とかいった奇跡や、
 
或いは、インドの聖者サイババが、空中からビブーティと呼ばれる粉や、ブレスレットや、腕時計を取り出したり、
 
とかいった話の中で、説明できるように思う。
 
 
なぜ、このような奇跡とでも呼べるようなことが起こるのか、或いは、できるのかについては、「ヒマラヤ聖者の探究」の中では、次のように説明しています。
 
「只そのために必要なことは、心を静め、パンのことを心の中で思うことです。つまり、言い換えれば、その理想的状況(既にパンが出来上がって、手元にあるということ)を心の中に描くことです」と言っており、
 
また、「われわれに必要なものは、一切の供給の源泉である普遍的原質の中にすでにあり、われわれはただそれを創り出すか、引き出しさえすれば、いいのです」言っているのですが、
 
 
このことは、ヒマラヤ聖者が、空中からパンを数十個も取り出したり、イエスキリストが、水をぶどう酒に変えたり、何もないところから、五千人分のパンや魚を創り出したり、サイババが空中からビブーティと呼ばれる粉を取り出したり、ブレスレットや腕時計を取り出した、その原理は、
 
 
結局、心の中で、既にそのことが出来上がった姿を、思うことと、その思うことが、普遍的原資(気のことか?)に働きかけて、パンとかの物質が出来上がった、ということになるのではないだろうか。
 
おそらく、この世を創った造物主は、自分の思いを普遍的原資(気)に働きかけて、この世の森羅万象を創り出したものであろう。
 
そして、造物主が、自分に代わって、この世の進化と向上を果してもらうために、人間をこの世に人間を遣わした、そのために、人間に自分と同じような能力を、与えた、ということは、
 
人間も、造物主と同じように、思いを普遍的原資の中に投入することによって、自由に、物質を創り出すことができる、ということを意味している。
 
  
天風先生が、「成功の実現」という本の中で、信念が確固不抜になれば、つね日頃、自分の心の中で、ああもなりたい、こうでありたい、と念願していることが、全て、思い通りに叶ってくる、信念が確固不抜のものになれば、宿願達成の一番最初の原動力が、身のうちに出来上がるんだ。」
 
「想像力を応用して、心に念願する事柄をはっきり映像化することによって、絶えざる気持ちでぐんぐん燃やしていると、信念がひとりでに確固不抜のものになる。」
 
「ああなりたい、こうなりたいということをだね、一つの現実の絵にして、自分の心の中にはっきり描かなければいけないんだよ。それを絶え間なく、オリンピックの聖火のように絶えず燃やし続ける。」
 
「心の中で思ったり考えたりすることを、心のスクリーンに想像力を利用して描くと、それが期せずして強固な信念となる。信念となると、それがいつかは具体化するのが、必然の神秘なんだ。これなんだよ『思考が人生をつくる』という言葉の意味は。」
 
 
と言っているのは、「ヒマラヤ聖者の探究」の中で、「既にそのことが出来上がった姿を、心の中で思うことと、その思うことが、普遍的原資(気のことか?)に働きかけて、パンとかの物質が出来上がった」、と言っていることと同じではないかと、思う。
 
違うように見えるのは、「ヒマラヤ聖者の探究」では「只そのために必要なことは、心を静め、パンのことを心の中で思うことです。」と言っているのを、天風先生は、簡単に、「信念」と言っているからではないでしょうか。
 
「心を静め、パンのことを心の中で思うこと」と言っても、天風先生のように「信念」と言っても、全く、同じことを言っている、と思います。
 
 
「この世は、本源的には、精神的なもの」というのは、造物主がこの大宇宙を創ったのも、元をただせば、造物主の心の中で、「かくあれ」と思ったことが、原因となっており、
 
また、この世で、造物主が創った物以外のもの(つまり人工の物)は全て、私たちの心の中から生まれて来たものであり、そういうことからして、私たちの健康も、運命も、全て、私たちの心の中から生まれたもの、と考えられるから、
 
 
この世というものは、目に見える物質的な世界は、第二義的(物質は、思いが、普遍的原資、つまり、「気」に働きかけて、生まれたもの)であり、第一義的には、思いによって生まれているところから、天風先生は、「所詮、この世は精神的なもの」、と言ったのではないだろうか。
 
 
 
ホームページアドレスが、下記のように、変更になりました。
http://www.psykiryou.comサイ気療研究会
 
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聖書、キリスト教の中には仏教の基礎になる輪廻転生の前世が存在しません。 僕は存在している状況証拠をつかんでるのですが人間の気が創ったものでは?と考えて居ます。気は物質以外のものも創り出しますか?

2010/9/17(金) 午後 9:59 [ ケニー・ごバーツ ]

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私は、自分で身をもって経験し、確信した事以外、口にしないことにしていますし、前世については、ありうるだろうなあ、位にしか考えていません。現世がわからないのに、ましてや、前世など、という気持ちです。現世を生き切ることに全力をあげたいと思っています。

2010/9/18(土) 午前 4:28 -

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仏像の手の上に、五輪の塔があるのをみたことがありますか。あれは、肉体の波動の上げる順番を示しているマニュアルです。
エーテルの目を鍛えると見えるのですが、サイババの手の上には、透明ですが赤と黄色の光の仏像があります。あれは修行の成果でしょう。
転生を考えてみますと、輪廻転生はありますが、自己意識を第7天まであげられないと、現在の身体で再現できません。理由は、天界ができる工程で不具合がおきて、上から落ちる順番と下から上がる順番が違うからです。
第七天とは、五輪の塔の風の層です。極楽浄土と言われるそうですが、非物質層なのでオーラ視力でないと見えません。自己のエーテル体がしっかりできれば、重なって見えるようになります。
通常の人は第六天が限界で、物質界に戻るときは別の肉体と重なって融合して再生するしかありません。この世は地の層なので、重く波動が低いので、上の世界の記憶が持っていけません。夢がなかなか思い出せない現象と同じです。
受肉する肉体に限りがあるので、良い条件は競争です。自己のハイヤーセルフが決めるそうですが、直感では、集団のハイヤーセルフが椅子を決めているように感じます

2018/11/17(土) 午前 0:25 [ 非物質層までオーラスが見えるもの ]


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