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本を出版したり、ブログを書いたりしていると、さぞや万巻の書に埋もれて生活いるだろうと、想像する人もいるかもしれない、
実際、家族の者に訊いても、常に、自分の部屋で本を読んでいる、というのが日頃の私の印象だという。
そいうことからすると、常に、本を前にしているのが、私の日常であることは、間違いなさそうである。
しかし、私の部屋の本棚にある本を数えてみると、大小あわせて、せいぜい、200〜300冊のものだろう。
ということは、結論から申せば、ほんの限られた数の本を、繰り返し、繰り返し何遍も読んでいる、ということになる。
サラリーマン時代、人事の仕事をしている時は、「人物」論に関する本、特に安岡正篤先生の東洋哲学に関する本ばかり読んでいた。
最近、十数年の間は、天風先生の本ばかり読んでいたようだが、安岡先生にしろ、天風先生にしろ、1回や2回、或いは数回読んで、すぐにわかるようなものではない。
安岡先生の本は、論語とか、陽明学とかいっても、「帝王学」つまり、国家や組織のリーダーとはどうあるべきかを説いたものだから、難解とは言いつつ、まだ、なんとなくわかるところもあるが、
天風先生と言ったら、なにしろ、宇宙真理がわからなければ、本質的にはわかり得ないという代物だけに、読めば読むほど、ますます、迷路に入ったように、わからなくなってしまう。
だから、同じ本を何回も何回も、数百回も、数千回も読んで、本の背表紙がボロボロになって、剥げ落ちてしまうところまで、読むことになる。
こういう硬い本ばかり読んでいると、普通の小説に類するような本は、時間の無駄のように思えて、バカバカしくて、読む気にもならない。
と言っても、恋愛小説とか、冒険ものとか、旅行記とか、スリラー小説だとか、それぞれに筋書きの面白さだとか、修辞学的な、言葉の表現の面白さだとか、それなりの楽しみ、喜びがあることは十分承知しているが、
己が、実際に人生を歩んで行く際の、今日の一歩、明日の一歩の糧となるようなもの以外は、その価値を認めない、といった、いわばリアリスト的な活き方をしてきた者にとって、へのツッパリにもならないような小説など読んで、何になると思ってしまうのである。
あんなもの、テレビを見たり、漫画を読んだりといった、食事を楽しんだりとか、旅行をしたりとか、一時的な快楽を与えてくれるものと、どこが違う、と思ってしまうのである。
話は変わるが、天風先生の本で、これまで、なんとなく無視して読み飛ばしていたようなところで、最近、あっと気付かされたことがある。
「運命を拓く」、P、131に次のように書いてある。
「凡人の域を脱した天風会員は、要らないことはどんどん忘れて、要ることだけをどんどん覚えてくれりゃいいのだから。
心を積極的に持つようになると、要らないことはどんどん忘れて、要ることだけを覚えてくれる心になるのだ。
だから、諸君と座談すると、私は黙って聞いているだろ……。話すことないもの。あなた方は、べらべら油紙に火のついたように、いろんな下らないことばかりをしゃべりだす。
演壇でこれだけしゃべるから、先生は、膝を交えて話したら、さぞ話すだろうと思ったら大間違い。私も昔はそうであったが、それがだんだんと心を積極化してくるに従い、しなくなった。要らないことはしゃべる必要はない。
要らないものばかり持って歩く人があったら、諸君はそれを賢い人間だと言うだろうか。
(途中省略)
心の中に随分と要らないものをたくさん持っていると、肝心要のものを覚えようとするときに、要らないものが詰まっているから、程よく覚えられない。」
私が心配するのは、恋愛小説とか、歴史小説だとか、推理小説ばかり読んでいると、結果として、潜在意識の中に、消極的な観念要素を一生懸命詰め込んでいるようなことになりはしないか、ということである。
つまり、天風さんが言うように、要らないものばかりを、大きなずた袋に詰め込んで、重い重いと言いながら、持ち歩いているような人になりはしないだろうか、ということである。
だから、禅寺にしろ、ヨガの道場にしろ、新聞もテレビもない、もちろん本もない、人里離れた山奥に建てられているのではないか、と思うのです。
これまで、特に、そういうことを意識してやってきたわけではないが、テレビもほとんど見ない、街中にあふれかえっている小説のごとき本は、めったに買わない、読まない。
ただひたすら、天風先生の心身統一法の教えを実践し、天風先生の本だけを読み、天風先生の哲学・思想だけを、追い続けて生きたことが、結果として、潜在意識の中を浄化させ、今日の自分を作ることができたのではないかと、思う。
特に、俺は、読書家だと、自分自身を、誇りにしている人は、
それが積極的なものか消極的なものか、選択することなく、潜在意識の中に取りこんでしまた結果、やたら消極的な観念要素だけが増えてしまって、自らの手で、自ら首を絞めるようなことになってしまっているのではないかと、猛省してみる必要がありそうである。
インテリと称される人達は、天風先生の時代も、今も、最も救われない、可哀そうな人達であることに、変わりはなそうである。
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