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私には、指導してくれる、お師匠がいないから、自分自身で確認する以外にないのだが、
最近、はっきり、自分自身が、霊性意識が、発現していることを、確信することができるようになった。
それは1年前位からのことだろうか、瞑想の時、なにも殊更、無念無想無念と、努力しなくても、ただ、足を組んで座っただけで、無念無想になれていることに気がついた。
そう思って、自分自身の精神状態を推し量ってみると、瞑想の時だけでなく、普通の生活をしている時でも、殆ど、雑念妄念が出てないことに気がついたのである。
諺に、「小人閑居して不善をなす」と言うのがあるが、これは、暇があって、静かにしている時が、最も、雑念妄念に悩まされることを、指摘した言葉でもある。
つまり、仕事や遊びに興じている時は、それほど、怒り、怖れ、悲しみといった消極観念に悩まされることはないが、
一人でボーッとしている時こそ、昔のつまらない出来事まで思い出して、牛が反芻を繰り返すように、怒ったり、怖れたり、悲しんだり、している自分を発見する、ということを表した言葉とも受け取れる。
ところが、最近は、一人で居る時も、それが、殆どなくなってしまっているのだ。
それは、霊性意識が出ているせいだ、と気付いたのは、天風先生が「盛大な人生」という本の中で(P、375)「霊性意識が発現して妄雑念を除き去ってくれりゃ、もうしめたものだ」と言っていることを知った時だ。
つまり、瞑想の時ならず、日常、普通に生活している時でも、雑念妄念が出なくなっているのは、霊性意識が発現していて、その霊性意識が雑念妄念を排除してくれている為だと、知ったのである。
そして又、同じ本のP、398で天風先生は「ただもう無邪気に、つまらない屁理屈で人生を生きないようにしてごらん。そうすると、パッパッと霊感、自覚正念というものが出てくるんだよ。さあ、そこでお喜びなさい。自覚正念が発現すると、何も人に相談する必要もない。もう人生は坦々たること平ったい土地のうえを行くと同じように、何の故障もトラブルも感じないで霊的境地に生きられるようになっちまうんです。心を煩わすものがなくなるから。」と言っているが、
私も、最近は、心を煩わすものが殆ど、なくなっているんです。
また、同じ「盛大な人生」の中で(P、355)、天風先生は、次のようにも言っている。
「(霊性意識が発現してくると)たとえば、事業経営の方面はもちろん、普通の人生生活を営む際においてもだ、今までのようにあれこれ苦心して考えることも何も必要としない。考える必要なくできるんだもん。なーとなく自分がフーッと思ったことが、普通の場合だったら考えて考えぬかなきゃならないようなことであった、ということが多くなります。」と言っていますが、
最近、私も、特別、深く考えもしないで、咄嗟に判断して、咄嗟に行動したことが、後で考えてみると、最適・最良の方法だった、ということがしばしば起きています。
自分に霊性意識が発現している、もう一つの証拠、と考えている事柄があります。
それは、「本当の自分(真我)」に関してのことです。
研心抄P、39に次のようにあります。
「要するに、『われ』なるものの本体たる実在のものを、わが意識の中に完全に把握思量し得る信念的自覚念というものは、心を霊的境地という特別の境地に置かぬ限りは決して発動せしめることができないものなのである。
これあるが故に、則ち『我とは何ぞや』ということを完全に理解するには、特殊の心的修練を施さぬと容易に獲得されない特殊知識という基礎的のものを必要とするから、先述した所因も実にこの点にあるのです。」
ここを掻い摘んで、簡単に言えば、天風先生は、「我」(真我)というものは、霊性意識が発動してこないと、わからない、と言っているのです。
このことについては、天風先生が、研心抄、P、67で次のようい言っていることからしても、わかります。
「そもそもこの心(霊性心)は吾人人類が万物の霊長である点を現実に具証(具体的に証明する)する心なので、この心が吾人人類に実在すればこそ、自己とは何かというような他の生物が断然なし得ない、即ち自我の本質をも悟入自覚することが出来るのである。」と。
事実、最近になって、瞑想の時、丹田から発して、胸部を通り、喉を通過し、更には、頭頂を通り越して、天空まで立ち登る「気の組織」(天風先生は霊魂と言っている)というものを、ますます、明確に意識できるようになりました。
これが、「本当の自分」つまり、「真我」なのです。
蛇足になりますが、「真我」がはっきりわかるようになるということは、つまり、霊性意識が発現しているからこそ、わかること、とも言えるのです。
ところで、天風先生は、研心抄、P、143で、ヨガの修業の目的は、この霊性意識を発言させることにある、と次のように言っています。
「かの有名なインドのヨガに哲学者は、既に数千年の昔からこの消息を知っており、彼等の生涯を捧げての目的は、その日常の生活が完全に霊性意識で活き得て、そして自由に霊感を発現し得る真人もしくは哲人たらんとするにあるので、従ってあの深遠な哲理も詮じ詰めると悉くこの霊性意識の生活を根本理念とし、又、それを目的として組織されているのである。」
私に、霊性意識が発現して来た、と言っても、まだ、悟りが開けているわけではありません。
それでも、霊性意識の発現を自覚できて以来、はるか遠くにあると思われていた悟りすらも、そろそろ射程距離内に入りつつあるかな、という期待を持つことができるようになったことは、大変、ありがたいことだと思っている。
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瞑想している間は、天地の命と一緒になれるような気がしています。
2015/3/8(日) 午後 4:27 [ ざしきわっぱ ]
ざしきわっぱさん:コメントありがとうございます。瞑想頑張ってください。
2015/3/9(月) 午前 10:36