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療養中につき、しばらく気療・遠隔気療はお休みさせていただきます。
皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしますこと、お詫び申し上げます。
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最近続けて、面白い報告があった。
一つは、もう何遍もこのブログに登場して頂いているので、ご存知の方も多いと思われるが、奈良の方で、以前ネフローゼを患っていて、私の所ですっかりよくなった少年。
今年、小学1年生になったばかり。
夏休みが近づいた頃から、小便に少しだけだが、蛋白が見られるようになった。
親は心配して、先生の所で診てもらおうと思って、早速予約入れた。
ところが、私の所に出発しようとする数日前から、尿から蛋白が全く見られなくなってしまった。
勿論、私ところへは、治療に来たのだ、4時間の治療時間中、3時間ぐらいはコンコンと寝続けた。
良くなったのは、寝たせいでもあるまいが、先日後、親から次のようなメールを頂いた。
先生の所に行く数日前から、子供の蛋白が出なくなったのは、先生がよくブログに書いておられるように、「先生の所に診てもらおうと、途中まで来たら、今まであった症状がケロッと良くなってしまった」という、あれと現象と同じではないでしょうか。
もう一人は大阪の方で、数年前、私の所で直接のサイ気療を受けた事があるという。
失礼な話しなのだが、日頃、大勢の人を相手にしていて、しかも、数年前の事となると、なかなか思い出せないというが、実際である。
以前、何の病気で私の所へ来たのか、聞き忘れたのだが、今回は突発性難聴ということで、遠隔の申し込みがあった。
たかが、遠隔治療と言えど、私は、信用できると思われる人だけ、治療を受けることにしているのだが、
この人は、以前、来たこともあるということで、話がトントン拍子に進んで、話がまとまりかけて、いざ、いつから治療を開始するか、という段になって、なかなかメールが来なくなった。
数日たって、本人から次のようなメール頂いた。
実は、昨日、念の為と思って、病院へ行って、調べてみたところ、突発性難聴は治っていて、以前より良く聞こえるようになっています、と言われたという。
この人も、ネフローゼ患っていた少年の親と同じように、「以前、先生のブログで見たように、先生に治療を受けることになったと思った途端に、良くなった」のではないでしょうか、と言って来た。
よく、キリスト教の人は、「アーメン」と言い、仏教の人は「南無阿弥陀仏」とか言う。
以前は、そんな唱え事だけで、病気が治ったりするものか、と半分バカにしていたが、最近では、あれは、キリストや、仏陀に呼びかける唱え事ではないかと、思うようになった。
呼びかけて、何がしかの力を、頂いているのではないか、と思うようになった。
自分の力を、「神癒の原理」になぞらえて言うのは、おこがましいのだが、もう何年も、開けたことない、本の背表紙を眺めながら、そういうことを考えるのだった。
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天風先生の心身統一法は、別名、信念の哲学とも言われている。
ところが、天風先生を勉強する人達にとって、一番わからないことが、何と、この信念ということであり、
もっと具体的に言うなら、何を信念すればいいのか、わからないことである。
私も、長いこと、こういうことに、ひっかり、そして引きづり廻されて来た。
つまり、天風先生を研究し始めて数十年、このこと(信念)のことばかりを考え続けて来たし、さらに言えば、考え続けて来ても、これまでよくわからなかったのである。
ところで、ここに、一本の、「信念は人生の羅針盤」と銘うたれた、天風先生が、生前吹き込んだ、講演録がある。
もう何千回、何万回聞いたことだろう、テープが、すり切れてしまわないのが、不思議なくらいである。
わかってしまえば、簡単なことなのだが、それまでは千思万考、と言うより、七転八倒と言った方が適当だった。
ところが、最近になって、やっと、先生が言っている、信念とは、こうではないかと思えるようになった。
つまり、何を信念するかということなのだが、
結論を先にすれば、天風先生は、テープの中で次のように言っている。
「信念が強くなればなるほどそれに相呼応して、我々の命の奥に内在する潜在勢力というものが発現している。」
「信念が強くなり、この潜在勢力が知る、知らざるとを、問わず命の表面に発動してきますから、今度はそうなると大した努力や苦心をしなくても、健康も運命もきわめて完全な状態になって来ます。」と。
ところが、天風先生は、何に対する「信念」が強くなれば、「人間の生命の中に、何人にも与えられてある健康や運命を建設説する力」つまり、潜在勢力が発現して来るかについては、次のようにしか言ってないんですよ。
実際、これには、私も、迷わされた。
これまで、私が、何に迷って、何がわからずに苦しんできたかというと、結局は、「人間の生命の中に与えられてある力」、と「潜在勢力」とが同じだ、ということが、よくわからなかったからなのだ。
さて、この稿のテーマでもある、「何を信念するのか」ということについて、簡単に分かりやすく言えば、それは、「自分の命の中に健康や運命を建設する力、つまり、潜在勢力が存在するということを信念する」、ということになる。
そういうことがよくわかって、先生のテープを、改めて聞き直してみると、「何を信念すればいいか」について、先生は、ちゃんと、はっきり、次のように言ってくれているのだよ。
「人間の生命に与えられてある生命の力を信ずる信念を無条件で渙発することに努力するのが、自分に与えられてある生命に対する当然の義務」と。
つまり、「何を信念するするのか」について、「人間の生命に与えられてある生命の力を信ずる信念を無条件で渙発すること」と言ってくれているのです。
蛇足を加えれば、「何を信念するか」ということは、「人間の生命に与えられてある生命の力(つまり、人間の生命の中には、健康や運命を建設してくれる、潜在勢力が存在するということ)を信ずる信念を渙発する」ことだというのです。
その為には(信念を渙発する為には)、心を先ず積極的にしなければならないし、心を積極的にする為の、具体的な方法として、心身統一法と呼ばれる各種精神統御の方法、つまり、観念要素の更改法であり、積極精神集中力養成法であり、神経反射の調節法である、と先生は、言っているのです。
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安倍首相が、7月17日、遂に2020年の東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアム建設計画の白紙撤回を表明した。
テレビや新聞は、盛んに、総工費が当初予算の2倍に膨らむことについて、国民の間から批判が強まったことが、今回の建設計画白紙撤回に繋がったとしている。
昨夜、東京五輪・パラリンピック組織委員長の森喜朗元総理が、フジテレビのプライム「ニュース」という番組に出演していて、その様子をつぶさに拝見させて頂いた。
森さんの姿をテレビで見るのは、久しぶりだったが、相変わらず、ペラペラ一人だけで喋りまくっていて、軽い人だなあ、肚の据わってない、気の小さい人だなあ、という印象を受けた。
彼の言っていることは、全て、総工費がなぜ当初予算の2倍に事になったのか、国民に対する言い訳・弁解のようなものだったが、
私は、その時、国民の約8割が、建設計画に反対しているのは、果たして、工事費、つまり、お金も問題だけかな、と強く思った。
実を言えば、あのイラク出身のザハ・ハディドし提案になる、ヒールアーチ構造と言われる建築物については、私も大反対だった。
時々、テレビなどで、模型図を見るのさえ、嫌だったと言っていい。
何と言ってわからないが、ユーフォー(宇宙船)のお化けのような、また、マンタやカレイのような巨大な、白い生き物の形したものは、かねてから、日本の、あの静かな神宮の森の中にはふさわしくない、と思っていた。
今回の騒動を見ていて、私は、国民の約8割が、ザハ案の建設に反対した理由は、
先ず、第一に、ああいったいわばグ、グロテスクともでも言えるような巨大な建築物は、日本人の感覚として受け入れ難いといった、国民の感情が、心のどこかに、あってのことではないか、と思っている。
いわば、第一印象が悪くて、その後の、建設費だの費用が受け入れらくなった、というのが実態ではないかと思う。
だって、専門家は別にして、全くの素人が、建設費が1300億円とか、2500億円とか言われても、それが高いのか低いのか、わかるわけ、ないじゃないですか。
私も、大学を卒業して、最初に入った会社が建設会社だったから、多少は理解できる素地が無きにもあらずだが、
あの原子力発電所が、建設費、何千億円、この火力発電所が何百億円とわれても、設計や積算に関わっていない以上、わかる筈もなく、金額については、全く、チンプンカンプンだった。
今回の、新国立競技場の問題にしたって、国民の誰もが受け入れらデザイン、つまり姿形であったなら、
そして、それが世界に誇れるような、後世、日本のレガシイーとなるようなものだったら、何千億円かかろうが、国民の間から、あれほどの反対運動は起きなかった筈である。
つまり、国民も良いものなら、多少、お金が掛かっても仕方がない、と思ってくれたはずである。
そういった、国民感情を、知ってか知らずか、安倍総理大臣が、この度、計画見直しの大英断を下したことは、取りあえず、ほっとしたし、もろ手を挙げて賛成し、その決断について、大いなる賛辞を贈るものである。
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明日、6月17日(水)、先天性難聴と診断された1歳の赤ちゃんが、治療に来る。
以前2〜3年前だったろうか、同じように、1〜2歳で先天性難聴と診断され、私の直接のサイ気療を2〜3回受け、その後も、遠隔治療を受けている子供のことを思い出し、その後の様子を母親に訊ねてみた。
返事は次の通りだった。
「先生の所に行った時は、70デシベル(音をそれまで引き上げないと聞こえないという意味か)で、身障者手帳を貰っていたが、現在は、30デシベルくらいまで下がっていて、来年は身障者手帳を返却することになりました。ちなみに健常者の標準値は、10~20デシベルと言われています。」と。
この子の母親も、そして、その妹も、先天性難聴と診断され、私の所に治療にきて、その後、遠隔治療を受け、今では、健常者並みに良くなって、今まで聞こえなかった小さな音まで聞こえるようになった、といって、先日、電話の前で、お互い喜び合ったばかりだった。
姉妹二人の母親(赤ちゃんにとっては祖母)も同じように先天性難聴だったというから、見よう、聞きようによっては、現代医学では、どうしようもない、治療の方法がない、遺伝性の先天性難聴とも受け取れる。
先ほどの赤ちゃんも含めて、なぜ、この遺伝的先天性難聴と言われた三人が、現在、健常者にほぼ近い程度まで聴力が回復したのか、現代医学は、とくと考えてみる必要があると思う。
理屈でしか物事を考えない現代医のお医者さんに、考えろ、たって、考えようがないというのが、現実だろうし、屁理屈で凝り固まった頭で、いくら考えてみたって、わかりっこない、というのが、実際だろうと思う。
なぜ、彼等現代医学のお医者さんがわからないのか、理由は、簡単にして、一言で尽きる。
それは、他の難病も含めて、先天性難聴と言うものが、神経の炎症によるものであることが、わからないからだよ。
さらに言うならば、神経の炎症と言うものが、神経を流れて、私たちの命を保ってくれている、「気」の流れが、悪くなるか、或いは、流れる分量が不足するからだという事が、わかってないからなんだよ。
つまり、現代医学と言うものが、先天性難聴も含めて、あらゆる難病を治せないのは、私たちの命を守り、保ってくれているのは、「気」であることが、わかってないからなんだよ。
私がどうしてこういうことを言うかというと、難病はどんな難病に対しても、私がやることは一緒だが、前記三人の先天性難聴患者を、全身の神経の炎症を治すことによって、病気を治し得たからなんだよ。
三人とも、特に背中を触ると、パンパンに腫れていて、というより、全身が浮腫んでいた、と言った方がいいかもしれない。
その背中の神経の腫れが、首筋を通って、耳まで達している。
耳も、背中同様、内耳周辺の神経の炎症を起こして腫れていて、その炎症の影響を受けて、聞こえが、悪くなっていると思われる。
事実、浮腫んでいた背中の腫れが引いて、つまり、一見太っているように見えた体が、スリムになるに従って、どんどん聞こえが良くなった。
背中ばかりでなく、耳の周辺も、丹念に指で触って、浮腫みを治すように努力したのは、勿論のことである。
こういう事実(症例)からして、先天性難聴などと言う病気は決してない、あるのは、全身の神経が腫れてこの世に生まれ出て、その神経の炎症を治せないから、現代医学は、先天性難聴などという言葉を使って、誤魔化しているに過ぎないと、あえて、私は、ここに断言したい。
明日も、患者が来たら、耳など触らずに、先ず、背中を触ることになるだろう。
背中を触って、予想通り、背中が腫れていたら、ああ、なるほど、と思い、「大丈夫ですよ、治りますよ」と、そう、言うに違いないと、思う。
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