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先日、遠隔治療を始めて1ケ月も経たない人から、大変嬉しいメールを頂いた。
概略、順を追って申し上げると、次のようになる。
1、会社の健康診断で、子宮頸がんが見つかった。
2、医者には、子宮、卵巣、リンパ節など全て摘出しなければならない、と言われている。
3、子供が欲しいと思っているし、放射線治療も含めて、抗がん剤治療はあまり効果がないと知っているので、手術を拒否している。
などといったメールを頂いて、無料遠隔治療を経験した後、週2回、電話による遠隔治療が始まった。
始めたのが、11月の中ごろだったから、今日で、およそ約1か月になる。
そして、先日、次のような内容のメールが届いた。
1、北海道は本格的な冬になったのに、それまであった、冷え性がピタッとなくなり、子宮の辺りが特に軽く感じる。
2、先生の写真を携帯の待ち受け画面にして持ち歩いているが、写真を見ているだけで心がやすらぐ。
3、又、(遠隔で)先生と出会ってから、病気に対する恐怖感がなくなり、同時に体の調子がみるみるうちに変わってきました。
4、毎日、感謝の気持ちでいっぱいです。
この人のように、これほど短期間に効果が表れるのは、珍しいのですが、この人はおそらく、性格が、素直で、明るく、疑うことを知らない人、ではないかと、思います。
そういう意味で、私が治しているというよりも、患者本人の性格が病気を治している、と言った方が正しいと思います。
反対に、どんなに長いこと治療しても一向に良くならない人もいます。
そういう人は、得てして、性格が、理屈っぽく、陰気で、疑い深いです。心が、「気」をブロックしているからです。
遠隔治療無料体験について
電話による遠隔治療、無料体験を1回、10分間に限り体験できます。
ご希望の方は、必ずメールでお申込み下さい。
又、遠隔治療を受ける要領は、同じく、上記ホームページの「電話による遠隔治療要領」の中に掲載されていますので、必ず、一読の上、お申込み下さい。
無料体験の日時等に関しては、先ず、こちらの空いている時間を見て、指定させていただきます。(原則、土、日、の17:00〜18:00の間を予定しています)
場合によっては、無料体験、及び、その後の遠隔治療をお断りすることもありますので、予めご承知おき下さい。
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インターネットのヤフーニュースで、人材コンサルタントの常見陽平さんという人が、「夢・感動は、たいていウソ」、と発言していることを知った。
このままでは、何のことかよくわらないと思うので、ヤフーニュースの、その後を、次に引用したいと思う。
「就職活動を控えた学生にとって気がかりなことは山ほどあります。『志望先ひょっとしてブラック企業?』『就職情報サイトはどう活用すればいいの?』、気を付けるべきポイント、心構えについて、就活に詳しい人材コンサルタントの常見陽平さんに聞きました」とある。
常見さんが「夢・感動は、たいていウソ」と言っているのは、彼は、そこまで、直接言ってないにしても、実は、「夢・感動」をうたい文句にして、学生を集めようとしている会社は、大抵はブラック企業である、と言いたかったのであろうと思う。
私もかつて、会社勤めの頃は、人事部に長くいて、その後、脱サラして常見さんと同じ人材コンサルタントとして、学生の募集に携わってきた経験からして、
「夢・感動はたいていはウソ」という常見氏の言葉には、膝を叩いて、「さすがに、上手いことを言うなあ!」と言いたくなるほど、共感するものがあった。
考えてみれば、夢とか感動とかは、人に与えてもらうものではなく、自らが創り出していくべきものであり、
行けばそこに、夢と感動が待っているかのように言うのは、ある種の詐欺ではないかと思う。
若い頃は、誰でも自分の将来に、バラ色の夢と感動を期待する。
ところが、現実は、黙っていても、仕事や会社そのものが、夢と感動を与えてくれるようなところは、どこにもない。
そういった若者の未熟さにつけ入って、人を集めようとする企業は、そうすること自体、既に、ブラック企業と言われても仕方がないのかもしれない。
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2014年6月、FIFAワールドカップブラジル大会、グループリーグ戦の緒戦、コートボジュアール戦が始まった時、私は丁度、東京にいた。
ホテルのテレビだった、それとも、ホテルの近くの新橋駅の電機店のテレビだったか忘れたが、スターテングメンバーに遠藤が入ってないことを知って、直観的にこれは、負けるなと思った。
と同時に、ザッケローニ監督という人は、日本人というものを、よく知らないな、と思った。
さて、今年のJリーグは、9年ぶりにG大阪が、優勝した。
優勝が決まった翌日、12月7日の読売新聞は、「主将・遠藤、若手を引っ張る」という、特別枠の見出しを掲げて、次のように述べている。
「(遠藤は)言葉でチームを鼓舞するタイプではない。一気に攻める時、リズムを落ち着かせる時と『パスの出し方で自分達が何をすべきか教えてくれる』と今野は言う。」
そして、12月9日、2014年度のJリーグ表彰式が行われ、今年の最優秀選手に、遠藤が選ばれた。
翌10日の読売新聞は、そのことを次のように伝えている。
「圧倒的な強さを見せたG大阪の中心に、遠藤がいた。昨季から、長谷川監督に主将を任された。リーダーシップで引っ張るタイプではない。だが、34歳はチームの屋台骨だった。ワールドカップ(W杯)中断前はJ2降格圏の16位。逆転で頂点に立てたのはなぜか。選手は声をそろえる。『ヤットさん(遠藤)がどっしりしているから焦らなかった』」
テレビなどのインタビューを見ていても、遠藤は、殆ど、無表情で、喜怒哀楽を表にあらわすことはない。
かつて、NHKで、遠藤のロングインタビューを見たが、サッカーのテクニックに関してはかなり、かなり高度な発言を言っていたには違いないが、
何を聞かれても、例の抑揚のない声で、ボソボソとした喋り口で、正直言って、私には、退屈以外のなにものも感じることができなかった。
こういう時ばかりでなく、普段から、遠藤と言う男は、何を考えているのか、つかみどころがなくてよくわからない男なのだ。
サッカーのゲーム中でも、彼は、そうなのだろう。
大事な試合だからといって、緊張して、あがることもなく、ゲーム中に、チームが劣勢になっても、さして気落ちすることもなく、勝てそうだと思って、興奮することもないのだろう。
常にゲームの流れを読み、その時の流れの中で、自分がどうすべきか、或いは、自軍がどうすべきか、つまり、耐えるべきか、突っ込むべきか、常に、計算しているのだろう。
どんなゲームでも、ゲームと名の付くスポーツは全て、言ってみれば、勝つか負けるか、戦争をしているのと同じようなものだから、長い試合の間には、ピンチの時も、チャンスの時もある。
よく言われることだが、戦争(戦闘中)で自軍がピンチに陥った時、兵隊は、真っ先に、大将の顔色を窺うと言われる。
その時、大将が、何事もなかったかのように、泰然自若、顔色一つ変えることがなかったら、負けるかもしれないという恐怖に、浮き足立っていた兵隊たちは、又、気を取り直して、前を向いて、敵に突っ込んで行くのだという。
その時が、正に、戦争の帰趨を決する、分岐点だという。
もし大将が、負ける予感に、少しでも動揺したような顔を見せたら、それを敏感に感じ取った兵隊達は、たちまち、後ろを向いて、我先に、逃げて行くのだという。
今野が、「(遠藤は)一気に攻める時、リズムを落ち着かせる時と『パスの出し方で自分達が何をすべきか教えてくれる』」と言ったり、
選手が「ヤットさん(遠藤)がどっしりしているから焦らなかった」と言っているのは、そう言うことだろう、と思う。
今年、6月、ブラジル大会で、わが国が、緒戦のコートボジュアール戦で負けたのは、試合の流れを読んで、選手を攻撃に向かわせたり、ゲームを落ち着かせたり、反対に、守備に専念したり、といったことを、ピッチの中で指図できる、いわゆる作戦参謀が、選手の中に、いなかった、ということに尽きるのではないかと、思う。
当時、ザッケローニの絶対の信頼を得ていたと言われる、主将で、ボランチの長谷部にしたって、
猪突猛進型、自ら突進しつつ、他を激励叱咤しながら、チームを引っ張って行く闘将タイプであり、参謀としてみるなら、遠藤とは比較しようもないくらい見劣りがする。
そういう意味では、遠藤という男の、参謀としての資質は、後から、努力して身に着けたものではなく、誰にもマネのできない、天性のものといわねばならない。
ピッチの中にいて、実際にゲームを作る作戦参謀が必要なことは、十分承知していたはずのザッケローニが、どうしてあの時、遠藤を外したのか、今もって、私には、その理由がわからない。
日本人を、よく理解していたと言われる、ザッケローニだって、所詮は外国人である、本当は、喜怒哀楽を、あまり表面に表すことのない、つまり、無口で掴まえどころのない、遠藤のような男は、よく理解することができなかったのかもしれない。
一緒に仕事をしたこともあるが、イタリア人というのは、陽気で賑やかでエネルギッシュな人達である。
イタリア人である、ザッケローニとって、特に、遠藤のような日本人を、理解せよ、と言う方が、所詮、無理だったのかもしれない。
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王陽明の句らしいが、安岡正篤先生の、「王陽明研究」(明徳出版社刊)で知った。
王陽明という人は、理論研究の人というよりも、実践の人としてよく知られるが、この句も、軍の現場指揮官(隊長)として、各地を転戦して行く中で作られたものと思う。
だから、「山中の賊を破るのは易く」と言うのだろう。
勿論、この句は、後半の「心中の賊を破るは難し」という所に、作者の眼目が置かれていて、前半の「山中の賊……」は、それの修飾語、或いは、後半の言葉に、対置・比較する為に置かれていることは論を待たない。
考えてみれば、中村天風先生の心身統一法も、ヨガだって、禅だって、或いは、全ての宗教の教えは、突き詰めて行けば、心の中の雑念妄念に、どうしたら悩まれないようになるか、にその目的があると言っても良い。
このことを、言葉を変えて言うなら、どんな宗教も、心の中の雑念妄念を、如何にして、取り除くかという所を目的としており、その為にどういう修業を行うか、それぞれによって異なってくる、と言えるのだろう。
ところで、王陽明の教えは、陽明学と言われて、「知行合一」を説く学問と言われているが、ちなみに、「知行合一」を、ウィキペディアを紐解くと、次のようになる。
「知行合一は、中国の明のとき、王陽明が起こした学問である陽明学の命題の一つ。知(しること)と行(行うこと)は同じ良知(人間に先天的に備わっている善悪是非の判断能力)から発する作用であり、(知と行は)分離不可能であるとする考え」とある。
「良知」とは、天風先生の教えの「霊性意識」に相当するもののようであるが、天風先生も「ヨガの教えは、結局、霊性意識発現にその目的がある」と言っていることから、そのことが窺える。
霊性意識もそうであるが、心の中に雑念妄念があっては、決して、発現して来るものではないので、「良知」も、「心中の賊を破るは難し」と言っているから、心の中の雑念妄念が無くなった時に発現してくるもの、と考えていいと思う。
「心中の賊」つまり、雑念妄念を無くするのは、簡単ではないから、日々、怠りなく、一生懸命、努力精進さいなさい、と王陽明は言うのだろう。
もっとも、こういうことは、心中の雑念・妄念、頻々たるときは、よくわからなくて、心の中に雑念妄念が出ることが少なくなって初めて、よくわかるようになるというのが、皮肉というか、残念なところである。
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中村天風先生のお師匠さんは、頭山満翁であることは、今や、周知の事実である。
頭山満さんは、よく「独りでいても淋しくない人間たれ」と言ったと、「図解 中村天風」(海鳥社刊)の中で、紹介されている。
同じように、言葉の意味も、解説されていて、この言葉を紹介した井上安正という人は、次のように言っている。
「
字面で考えれば、孤独に耐えられる人間になれ、と読み取れますが、ただ単にそれだけではない。自らの内部に太陽のような強い火種をもちなさい、何か自分の胸の内に強く燃えるような志をもてば、独りでいても淋しくないし、何でもやり遂げることができると(頭山)は言っているのです」
暫くの間、私も、同じように考えていたのだが、最近になって、「ちょっと!待てよ」と思うようになってきている。
いかにも、心の中に、燃えるような志を持っていたら、独りでいても淋しくなさそうに思えるが、果たしてそうなのだろうか?と。
現実の問題、心の中に「燃えるような志を持て」と言われても、「心の中に燃えるような志」を持ちながら、その理想に向かって日々、精進している人が、果たして、何人いるのだろうか。
というよりも、普通の人にとっては、先ず、「燃えるような志」を探し見つけ出すことすら、難しいというのが現実ではないのではなかろうか。
よしんば、そういった「燃えるような志」を見いだし得た、としても、そういう志を持っただけで、毎日の生活が淋しくなくなるのだろうか?という疑問は依然として残る。
言い換えるなら、「燃えるような志」を持ったにしても、やはり、それだけでは、淋しさは、心の中を駆け巡って、止まないのじゃないか、と思うのである。
さて、ここで、なぜ、人は淋しくなって、独りでいられなくなって、淋しさを紛らわすため、人と交わることを求めたり、物によってストレスを解消しようとしたり、或いは、動物や自然に、慰めを求めたりするのだろうか?ということを考えてみよう。
それは、怒り、怖れ、悲しみといった、いわゆる雑念妄念というものは、その人の、好むと好まざるとを問わず、心の中に湧いてきて、その人、を苦しめ、疲れ果てさせるからではないだろうか。
つまり、人は、心の中の雑念妄念に悩まされて、心が、疲れ果てる結果、独りでいられなくなるのではないだろうか。
とするなら、頭山さんが「独りでいても淋しくない人間たれ」と言ったのは、独りでいても、雑念妄念に悩まされないような人間になれ、と言わんとしたのではないか、と思うのである。
心の中の雑念妄念というものは、人や、物によって、決して解消できるものではなく、ましてや、ただ、崇高な志を持っただけで、解消できる生易しいものではなさそうである。
いささか、我田引水、牽強付会めくが、中村天風先生の心身統一法というものは、ひっくるめて短く言うなら、心の中の雑念妄念をなくす方法だから、
頭山満翁も、天風先生の心身統一法によって、心の中の雑念妄念を無くし、信念が強い人になりなさい、ということを言いたいがために、「独りでいても、淋しくない……」と言ったのかもしれない、と思うのである。
実際、信念が強くなって、心の中に、霊性意識が発現してくると、独りでいても、心の中に、雑念妄念が出てくることが、殆どなくなるから、結果、人や、物や、自然によって、淋しさを紛らわす必要も、全く、なくなるのである。
ところで、「小人閑居して不善をなす」という言葉がある。
これは、人の中に立ち交じって忙しく働いている時よりも、独りでいる方が、余計、雑念妄念が出て来て困る、という事実を表した言葉でもある。
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