気と心と宇宙法則

難病(難しい病気)の人たちの力になりたい、と思っています。

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理想と現実

理想と現実を比べたら、常に、現実の方が正しいんだよ。

何故なら、現実は、神の意思によるものであり、理想は、えてして、人間の頭の中だけで、考えられたものに過ぎないからだよ。

だから、理想は、常に、現実に負けるんだよ。


理想を持つのも、又、人間としての一つの現実ではあるが、その理想は、現実を裏切ったり、現実を妨げたりするものであってはならないと思う。

つまり、もってる理想によって、現実の処理を誤ったり、その理想ゆえに、結果的に、現実が、悲惨なものになるのであっては、ならないと思う。

理想は、常に、現実を助け、現実を成功に導くものでなければならないと思う。


ところで、去る5月3日は、憲法記念日だった。

世間は、護憲派とか、憲法改正派とか言って、かまびすしかったようだが、

護憲派の中には、今だに、戦争放棄、非武装中立を唱える人たちがいると聞く。


憲法9条の、その理念理想は結構だ。だれも反対はしない。私も大賛成である。

しかし、その理念理想が、現実に国民に不幸をもたらすものであってはならないと思う。


北朝鮮による、日本人の拉致は、戦争放棄を謳った憲法9条による、惨劇である、と言っても過言ではない。

もし、北朝鮮が、わが国に、勝手に侵入して、拉致などを行なったら、自分たちも、ひどいしっぺ返しを受ける、と思ったら、ああいうことはなかっただろうと、思う。

あの拉致事件は、日本の領土に、勝手に入って、拉致をしても、日本の政府は、決して、自分たちに手出しは、しない、できない、と踏んでの犯行だったに違いない。

北朝鮮による日本人の拉致は、彼らが、日本の憲法第9条、「国際紛争を解決する為の手段としての戦争を、永久に放棄する」という条項を、よく知っていての、犯行だったに違いないのだ。


北朝鮮の拉致ばかりではない、中国が、「靖国」をやかましく言うのも、そして、韓国が、歴史問題を声高に言うのも、きっと、わが国の憲法9条を知っていてのことだろうと思われる。

つまり、わが国が、憲法の手前、紛争を解決する為に、決して武力を行使することはない、と考えられた結果、取られている行動に違いない。つまり、なめられているのである。

早い話が、憲法9条に縛られる日本の立場は、あたかも、ドスやピストルをもった無法者の集団に、全くの丸腰で、話し合いに乗り込むようなものである。

完全に悟りを開いたような人ならまだしも、普通なら、例え、相手が全くの理不尽であっても、そういう状況の中で自ら交渉を買って出る、勇気のある人はまずいない。

国と国との外交交渉の場においては、その国の軍事力の差が、その交渉力に歴然と影響すると言われている。

憲法9条の、わが国の現状は、あたかも無法者の集団に、一人、素手で、立ち向かうようなものである。

勝負は、やりあう前に、既に、決まっている。

何故なら、向こうは、最初から、こちらを飲んでかかっているし、こっちは、初手から、へっぴり腰にならざるを得ない。


国ばかりではない、個人の家だって、無断で、他人の財産や家族の生命を脅かす者に対しては、相手がどんな無法者であろうと、敢然と、立ち向かって、戦うのが、その家の主の役目じゃないか。

そういう気概も、備えもない人間を、一体、だれが、一家の主人として、尊敬するか?


千年先、二千年先の将来はいざ知らす、人は、いま、猶、神の持つ性格と、動物としての本性を、その心の奥に、隠し持つ半神半獣の生き物である。

獣には、理窟や理性は通用しない。彼らに、犯罪を犯させないようにしたり、服従させたりするのは、ただ、力だけである。


間に、友情だとか、信義だとかという、感情だとか、という情が介在する、個人対個人の関係よりも、

利害関係だけがむき出しになる、国と国との関係において、わが国が、武力を持たないことと、それを行使しない、ということは、外交交渉の場においては、正に致命的である。


昨今、家庭の崩壊や、学級の崩壊が言われるのも、突き詰めていけば、その家の主人に力がなかったり、学校の先生方に、力がない為である。

つまり、家庭内暴力とか、教室内暴力というものは、その家や、学校を治める者に力がない為に、下のものから、軽んぜられた結果である。


人間も、獣の性を持っているから、相手が弱いとみると、向かっていくんだよ。それが、人間なんだよ。それが、自然なんだよ。

だから、家庭だって、学校だって。そこを管理する者は、時と場合によっては、命をかけて、敵と対峙する、勇気と力を、持たなければいけない。

力のない正義は無力である。重石の効かないタクアンは腐る。それが、自然の掟であり、現実である。


天風先生は、その教えの中で、「現実のものは、現実の力でしか、これを解決することはできないんだよ。」と言っているが。

これは、簡単に言えば、「宇宙には、宇宙法則という、厳とした法則があって、これに従って生きるしか、健康で幸運に生きられる、方法はない。

だから、この宇宙法則を知って、これに従って生きるものが、健康と幸運を獲得し、この法則に反して生きるものが、不健康と不幸に苦しむことになる。」という意味なんだよ。


道元さんが、「尽十方界、真実人体」と言っているが、その直接の意味は、「この大宇宙の真実は、全て、人間の体の中に宿っている」ということらしいが、

そういうことから、道元さんは、「この世の健康も、運命も、日常の生活を、この宇宙法則(真実)に沿って生きる以外、他に方法はない。だから、そうなるように、心と体を鍛え上げなければいけない」ということを、言おうとしているらしい。


私が、冒頭に、「現実は、常に正しい」と言うのも、道元さんの言葉と、まったく、同じ意味なんだよ。

この世を創った造物主が、自らの意思によって運行する、人生と言う、この現実は、その人の意志に沿って生きることしか、よく生きられる方法は、ないということなんだよ。


簡単なことではないが、これ以外方法がないというなら、そうなるように努力する以外ないじゃないか。

少なくても、屁理屈をこね回したり、やせ我慢をしたり、ハッタリだけで、この現実という人生を、生きることだけは、もう止しにしようよ。

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