気と心と宇宙法則

難病(難しい病気)の人たちの力になりたい、と思っています。

瞑想日記

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最近瞑想していて、特に強く感じることは、自分の肉体の中にある、気の組織が殆ど動かなくなったということである。
 
 
以前からこのブログを読んでいて下さる方は、このことについては、もう何遍も書いているので、よくご存知のことと思うが、
 
以前は、この、いうところの、いわゆる気の組織が、自分の意志とは関係なく動いて仕方がなかった。
 
 
仕方がなかったというよりも、始末に負えなかった、と言った方がいい。
 
当初は、と言っても、もう既に十数年前の事になるが、瞑想して座っていても、体が前後左右、右・左、或いは上下に飛び跳ねるように激しく動いて、黙っていたら、止めどもなく、そういう状態が続いた。
 
そういう体の動きも、十数年経つうちに、次第・次第に穏やかになって、ここ二三年は、時々、緩やかに動く程度にまで収まって来ていた。
 
 
そして、最近、ここ一年くらいのことだが、くだんの気の組織も、殆ど動くことがなくなって、頭頂から下腹部の丹田まで、すっと、一本の線で結ばれるようになった。
 
 
プロ野球が好きで、テレビでよく見るのだが、その時、テレビ解説者が、「軸がしっかりして来た、軸がブレなくなった」という言葉を使って、打者の現在の状態を説明するが、
 
あれと同じ、これまで、自分の意志とは関係なく動いていた、気の組織が、頭頂から丹田まで、一本の線で繋がって、ブレることがなくなったのである。
 
 
と同時に、このことが最も大切なことなのであるが、この動かなくなった気の組織と、自分の意識が重なった時、無念無想、三昧の境地になることである。
 
だから、近頃は、強いて、無念無想になろうと努力する必要はなくなった。
 
と言うのも、常に、この気の組織と、意識が重なるようにしさえすれば、自然に無念無想になれるからである。
 
そういう意味では、瞑想の時の持ち時間である一時間を通して、無念無想の状態を貫くことも可能なのである。(実際には、時々、気の組織と意識とが離れることによって、無念無想でなくなることもある)
 
 
さて、今日、ここで、特に強調しておきたいことがある。
 
それは、気の組織と、意識が重なって、無念無想になった時、この気の組織が、「本当の自分とは俺のことだ」と主張しているように思えることである。
 
天風さんの言葉を借りて言えば、気の組織そのものが「我あり」と主張してように感じることである。
 
つまり、「我」とはこの俺、気の組織のことを言うんだよ、と。


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三昧と呼吸

先日来た、ある患者の方から、「先生、ある本に、瞑想が深くなって、三昧という心境に達すると、呼吸をしているか、してないか、自分でも、わからないような状態になる、と書いてありましたが、本当ですか」という質問を受けた。
 
 
その時、不意を突かれたような気になったのだが、考えてみれば、それもそのはず、ここ一二年、呼吸について、全く、考えたことがなかったからである。
 
翌日の朝、改めて、瞑想の時、呼吸のことを、意識してみたら、なるほど、殆ど、呼吸をしているかしてないか、わからないような状態になっている。
 
 
全くしてないか、と言うとそうでもなく、言ってみれば、時々、小さな息を吸ったり吐いたりしているようではある。
 
それは、他人が傍から見ていたら、全く呼吸をしてないように見えるかもしれないと、と思った。
 
 
ここ一二年、呼吸のことを考えなかったのは、呼吸のことが、全く、意識の上に、上らなかったせいだと思う。
 
言葉を変えて言うなら、しているかしてないか、わからないような状態だから、呼吸のことなど考える必要もなかった、と言った方がいいかもしれない。
 
 
呼吸がそういう状態だから、無念無想、三昧の状態も、瞑想の全期間(毎朝1時間ばかり)を通じて、つまり、瞑想の、初めから終わりまで、続いているようである。
 
これもまた、雑念妄念が、全く湧かないかというと、そうでもなく、途中で、時々、弱弱しい、雑念が、心の中をかすめて通るといった具合である。
 
 
以前にも、このブログで、書いたことあるが、ここ2〜3年、瞑想の時、意識して、心の中から、雑念妄念を払って、無念無想になろうとしたことはない。
 
 
経験のない方は、言っても、よくわからないと思うが、座って、暫くすると、自分の中の気の組織が動き出して来るから、それに意識を持っていくか、或いは、それと一体になることを考えたら、自然に雑念妄念はなくなって、無念無想、三昧の状態になっているのである。
 
否、或いは、座る前から、無念無想に近い心の状態になっているのかもしれない。
 
 
面白いと思うのは、無念無想というと、極端な言い方をすれば、心は全く動いてないことになるが、
 
心が全く、動いてないとすると、つまり、眠ったような状態になっているわけだから、理屈から言えば、自分が無念無想になっていることすら、わからないはずである。 
 
ところが、無念無想、三昧の状態になっても、座って、無念無想になっているなっている自分を、自分の心の状態をじっと見ている、もう一つの別の意識があるのである。
 
 
こういうことなど、瞑想の時ばかりではない。
 
最近では、普段、生活して活動している時でも、何かやっている自分を、じっと観察している、もう一人の自分がいることを強く感じる。
 
 
天風先生は、「研心抄」という本の中で、霊魂から直接発現して来る、「意志」というものについて、次のように言っている。
 
「がしかし、いずれにしても心の統御を完全にするのには、その意志の力を任意に然も力強く、いる何時でも発現し得るように習性付けなければならない。」
 
「実際厳格に言えば、一切の心の働きは意志の力の発現する程度に即応しているといってよい、即ち、意志の力が強く発現すれば心の力も強く働き、意志の力が弱いと心の働きの弱くなる。
故に結論的に言えば、意志というものは、心は勿論、人生の活きるためへの羅針盤と言ってよい最高の資格を人生に対してもっているものなのである。
もっとわかり易くいうならば、意志の力が現実に発現した時、初めて心に対して立派な統率者命令者が出来たことになるがため、心が散漫な無統制の状態で働かなくなる」
 
 
そして、天風先生は、この意志の力を発現させる、有力な一つの方法として、次のような方法を挙げている。
 
「本能的に発生する肉体感覚は勿論、その他各種の情緒であれ、はたまた理性心であれ、更に高級な霊性心であれ、いやしくも精神領域に発現するものは、悉くこれを客観視するという意識観念を習慣づける事である。」
 
と言っているが、これは、もっと簡単に分かりやすく言うなら、日頃から、自分の心の動き(本能心とか理性心とか霊性心とか)を、第三者の目でもって、見るようなクセをつけなさい、ということだと思う。
 
そうすれば、意志の力が発現しやすくなる、ということだと思う。
 
 
先ほど来、「無念無想、三昧の状態になっても、座って、無念無想になっているなっている自分を、自分の心の状態をじっと見ている、もう一つの別の意識があるのである」とか、
 
或いは、「最近では、普段、生活して活動している時でも、何かやっている自分を、じっと観察している、もう一人の自分がいることを強く感じる、」と言ってきたが、
 
 
自分の心の動きを、じっと、第三者の目でもって、眺めているもう一人の自分こそ、霊魂から直接発現すると言われる、意志ではないかと思う。


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霊性意識発現宣言

私には、指導してくれる、お師匠がいないから、自分自身で確認する以外にないのだが、
 
最近、はっきり、自分自身が、霊性意識が、発現していることを、確信することができるようになった。
 
 
それは1年前位からのことだろうか、瞑想の時、なにも殊更、無念無想無念と、努力しなくても、ただ、足を組んで座っただけで、無念無想になれていることに気がついた。
 
そう思って、自分自身の精神状態を推し量ってみると、瞑想の時だけでなく、普通の生活をしている時でも、殆ど、雑念妄念が出てないことに気がついたのである。
 
 
諺に、「小人閑居して不善をなす」と言うのがあるが、これは、暇があって、静かにしている時が、最も、雑念妄念に悩まされることを、指摘した言葉でもある。
 
つまり、仕事や遊びに興じている時は、それほど、怒り、怖れ、悲しみといった消極観念に悩まされることはないが、
 
一人でボーッとしている時こそ、昔のつまらない出来事まで思い出して、牛が反芻を繰り返すように、怒ったり、怖れたり、悲しんだり、している自分を発見する、ということを表した言葉とも受け取れる。
 
ところが、最近は、一人で居る時も、それが、殆どなくなってしまっているのだ。
 
 
それは、霊性意識が出ているせいだ、と気付いたのは、天風先生が「盛大な人生」という本の中で(P、375)「霊性意識が発現して妄雑念を除き去ってくれりゃ、もうしめたものだ」と言っていることを知った時だ。
 
つまり、瞑想の時ならず、日常、普通に生活している時でも、雑念妄念が出なくなっているのは、霊性意識が発現していて、その霊性意識が雑念妄念を排除してくれている為だと、知ったのである。
 
 
そして又、同じ本のP、398で天風先生は「ただもう無邪気に、つまらない屁理屈で人生を生きないようにしてごらん。そうすると、パッパッと霊感、自覚正念というものが出てくるんだよ。さあ、そこでお喜びなさい。自覚正念が発現すると、何も人に相談する必要もない。もう人生は坦々たること平ったい土地のうえを行くと同じように、何の故障もトラブルも感じないで霊的境地に生きられるようになっちまうんです。心を煩わすものがなくなるから。」と言っているが、
 
私も、最近は、心を煩わすものが殆ど、なくなっているんです。
 
 
また、同じ「盛大な人生」の中で(P、355)、天風先生は、次のようにも言っている。
 
「(霊性意識が発現してくると)たとえば、事業経営の方面はもちろん、普通の人生生活を営む際においてもだ、今までのようにあれこれ苦心して考えることも何も必要としない。考える必要なくできるんだもん。なーとなく自分がフーッと思ったことが、普通の場合だったら考えて考えぬかなきゃならないようなことであった、ということが多くなります。」と言っていますが、
 
最近、私も、特別、深く考えもしないで、咄嗟に判断して、咄嗟に行動したことが、後で考えてみると、最適・最良の方法だった、ということがしばしば起きています。
 
 
自分に霊性意識が発現している、もう一つの証拠、と考えている事柄があります。
 
それは、「本当の自分(真我)」に関してのことです。
 
研心抄P、39に次のようにあります。
 
「要するに、『われ』なるものの本体たる実在のものを、わが意識の中に完全に把握思量し得る信念的自覚念というものは、心を霊的境地という特別の境地に置かぬ限りは決して発動せしめることができないものなのである。
これあるが故に、則ち『我とは何ぞや』ということを完全に理解するには、特殊の心的修練を施さぬと容易に獲得されない特殊知識という基礎的のものを必要とするから、先述した所因も実にこの点にあるのです。」
 
ここを掻い摘んで、簡単に言えば、天風先生は、「我」(真我)というものは、霊性意識が発動してこないと、わからない、と言っているのです。
 
このことについては、天風先生が、研心抄、P、67で次のようい言っていることからしても、わかります。
 
「そもそもこの心(霊性心)は吾人人類が万物の霊長である点を現実に具証(具体的に証明する)する心なので、この心が吾人人類に実在すればこそ、自己とは何かというような他の生物が断然なし得ない、即ち自我の本質をも悟入自覚することが出来るのである。」と。
 
 
事実、最近になって、瞑想の時、丹田から発して、胸部を通り、喉を通過し、更には、頭頂を通り越して、天空まで立ち登る「気の組織」(天風先生は霊魂と言っている)というものを、ますます、明確に意識できるようになりました。
 
これが、「本当の自分」つまり、「真我」なのです。
 
蛇足になりますが、「真我」がはっきりわかるようになるということは、つまり、霊性意識が発現しているからこそ、わかること、とも言えるのです。
 
 
ところで、天風先生は、研心抄、P、143で、ヨガの修業の目的は、この霊性意識を発言させることにある、と次のように言っています。
 
「かの有名なインドのヨガに哲学者は、既に数千年の昔からこの消息を知っており、彼等の生涯を捧げての目的は、その日常の生活が完全に霊性意識で活き得て、そして自由に霊感を発現し得る真人もしくは哲人たらんとするにあるので、従ってあの深遠な哲理も詮じ詰めると悉くこの霊性意識の生活を根本理念とし、又、それを目的として組織されているのである。」
 
 
私に、霊性意識が発現して来た、と言っても、まだ、悟りが開けているわけではありません。
 
それでも、霊性意識の発現を自覚できて以来、はるか遠くにあると思われていた悟りすらも、そろそろ射程距離内に入りつつあるかな、という期待を持つことができるようになったことは、大変、ありがたいことだと思っている。


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大悟徹底の人

決して、自分が、悟っているとは思わないが、天風先生の研心抄の中で、これまでわからないと思って来た部分が、最近になって、よくわかるようになった。
 
「わからないと思って来た部分」、と言ったが、それは、研心抄、40頁、次の、部分である。
 
「故に哲人覚者と称される人々は、一様に何事を思量する時と雖も、その心が霊的境地に置かれているために」
 
 
天風先生のどの本を見ても、「心が霊的境地」に置かれている状態というものが具体的に、説明されてない為だろうと、と思うが、
 
「哲人覚者というのは、常に、その心が霊的境地に置かれている」と言われても、なぜ、哲人覚者というのは、その心が常に、霊的境地に置かれているのかということがよくわからなかった。
 
 
最近になって、「心が霊的境地に置かれている」ということは、即ち、普段から、心の中の雑念妄念がなくなって、心が、無念無想近い状態なっているから、そう言うのだ、と気が付いた。
 
 
そして、心の中の雑念妄念がなくなった、ということは、つまり、信念が強くなった、ということを意味するから、
 
研心抄で言うように
 
「古来悟りを開いた人のことを覚者とか又は哲人というが、これは要するにその種の人は、蓋し『われ』なるものの本体が何であるかを、特殊の心的訓練を施して、その心をよく霊的境地に置くことを得せしめ、この信念的自覚念を発動して知得し得た人なのである」
 
とあるが、「霊的境地」というものがどんなものであるか、わからなかったのは、結局、「われ」なるものの本体が何であるか、わからなかったためだろう、と思う。
 
 
つまり、「われ」というものの本体がなんであるか、わかって初めて、「霊的境地」というものが、どんなものであるか、ということもわかるようになる、ということであると思う。
 
 
研心抄に、「要するに、『われ』なるものの本体たる実在のものを、わが意識の中に完全に把握思量し得る信念的自覚念というものは、心を霊的境地という特別の境地に置かぬ限りは決して発動せしめる事ができないものなのである」と言っているが、
 
「心を霊的境地という特別の境地に置かぬ限りは、信念というものは発動してこない」ということは、信念が強くなることなしには、「われ」の本体もわからない、ということでもある。
 
つまり、「われ」の本体が何であるかがわかるということは、即ち、信念が強くなったからわかるのであり、そして又、信念が強くなったから、心は常に、霊的状態になっている、ということである。
 
つまり、心を霊的状態に置かぬ限りは、信念は強くならないし、反対に、信念が強くなったということは、心は霊的状態にあるということを意味するのである。
 
 
瞑想をしていて、そういうことが、わかったのだ。
 
 
最近は、瞑想の時、殆どと言っていいほど、無理に、無念無想になろうと、努力する必要はなくなった。
 
何故なら、以前は、特に、座った当座というものは、それこそ、雑念妄念が、むらくものように湧いてきて、始末に困ったものである。
 
ところが、最近は、足を組んで、瞑想を始めても、全くとは言わないが、以前と比べたら、雑念妄念が湧いて出てくる分量が、極めて少なくなっていることに気付いたのである。
 
だから、無理に、雑念妄念を払って、無念無想になろうと努力しなくても、しばらく時間が経つと、自然に無念無想になれるようになった。
 
 
それは、瞑想の時、座る以前から、雑念妄念が出なくなっていたがらだ、ということに、最近になって気が付いた。
 
 
結論を出すのが遅くなったが、冒頭で、私は、「研心抄」の中の、「哲人覚者と称される人々は、一様に何事を思量する時と雖も、その心が霊的境地に置かれているために」という所がわからない、と言った。
 
つまり、なぜ哲人覚者というのは、日頃から、心が霊的境地に置かれている、というのかわからなかった、と言ったが、
 
 
何故、私が、そういうことをわかるようになったか、というと、順序を追って、言えば、次のようになる、と思う。
 
    「われ」なるものの本体は、信念的自覚念というものが発動してこなかったら、わからない、
 
    信念的自覚念が発動する、ということは、信念が強くなった、というのと同じ意味だから、
 
    信念的自覚念というものが発動してきて、「われ」の本体がわかるようになるということは、即ち、信念が強くなったことを意味する。つまり、信念が強くなったから、「われ」の本体がわかるようなった、ということである。
 
    また、信念が強くなったということは、雑念妄念というものが、心の中に殆ど湧いてこなくなった、ということを意味し、
 
    心に雑念妄念が湧いてこない、ということは、心が霊的境地に置かれている、ということでもある。
 
結局、「われ」の本体が何であるか、わかるということは、信念が強くなったからであり、信念が強くなると、雑念妄念が湧かなくなり、そのことは、即ち、心は常に、霊的境地に置かれているということを意味する。
 
 
以前わからなかった、「哲人覚者という者は、常にその心が霊的境地に置かれている」ということが、わかるようになったのは、瞑想の時、心の中に、雑念妄念が出なくなっていることから、霊的境地というものがどういうものか、わかるようになり、延いては、天風先生が言っていることも、わかるようになったということである。
 
 
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天風先生は、「本当の自分」(先生は霊魂という言葉を使っている)とは、どのような時、どのような形でわかるのか、その具体例(体験談)について、あまり多く語っていない。
 
 
そのことはさておき、天風先生の心身統一法の、第一の目的は、先ず、「本当の自分」とは、何かということを自覚(理屈でなく体験でわかる)することである。
 
それは、「成功の実現」という本の中で、次のように言っていることからして、よくわかることである。
 
「ありていな話が、あなた方がこれまで聞かれた心身統一法という方法は、これからお話する『我とは何ぞや』を最初に正しく自覚されてから(自分が自覚した後という意味か)組み立てられたものなんです。だから厳粛な意味から言えば『我とは何ぞや』を先にあなた方に正しく自覚せしめておいてから、心身統一法を説くのが順序ですけれども、その正しい順序をふんでおりますと、とうていあなた方がその順序どうりに私についてきません。」
 
ということは、簡単に言うなら、「本当の自分」というものがわかってからでないと、私の言っていることは、よくわからないよ、ということなのです。
 
言われる通り、私自身も、「本当の自分」というものがわかってからは、難解で、これまでよく理解できなかった「運命を拓く」という本の内容が、もつれた糸が解けるようにスルスルわかってきた、という事実がある。
 
 
さて、これまで、私は、このブログ上でも、「本当の自分」というものを、「気で出来た組織」とか、或いは、「肉体の中にある陽炎のようなもの」といった、曖昧な表現しか使ってこなかったように思う。
 
なぜ、私がそういう表現しか使うことができなかったという、大きな理由の一つに、天風先生自身、「本当の自分」について、あまり具体的なことは言ってない、ということがあったように思われる。
 
 
ところが、先日、「成功の実現」という本を読み返していると、「本当の自分」について、次のように語っている所があることを発見した。
 
 
「だから、禅の坊主も、これもインドのヨガからきているんだけども、しばしば無我一念、純一無雑の境涯に自分の魂を安住せしめるための座禅を組むだろ。つまり、雑念も妄念も取り除けて、本然の心の殿堂をつくってやると、そこへフウッと霊魂が安住する状態になるという原理を応用してあの坐禅というものは始まった」とある。
 
これは、簡単に言えば、「心を無念無想、三昧の状態に置いてやると、霊魂と称される『本当の自分』というものが、自分自身、わかるようになる」ということだろうと思う。
 
 
自らの体験から省みて、心が延々と続く無念無想の状態、つまり、三昧が続くようになって、「本当の自分」というものが、初めて、わかるようになり、時と共に、その存在感が、次第に増して行ったように思う。
 
その様子は、あたかも、天風先生が「雑念も妄念も取り除けて、本然の心の殿堂をつくってやると、そこへフウッと霊魂が安住する状態になる」と言っていることと、同じようである。
 
 
一方、「研心抄」という本の中で、天風先生は、「本当の自分」を自覚できるようになる時の、心の状態過程について次のように述べている。
 
「(瞑想をしている時)やがて暫時にして心の複雑な活動が止む時が来る、その時である。心の活動が止んでもそこに一つ厳として自己存在の意識だけが残留して居ることを自覚されるに違いない。判り易くいえば『われ在り』という意識だけは絶対に消滅しない。そしてこの意識を例え朧げにでも自覚し得れば、自己(真我)というものは、心よりも又肉体よりも超越して居る一実在であるという意識観念が自然と確立され、諸君は悟入自覚という精神的進歩第一階級にその一歩を踏み入れた事となる。そしてこの意識観念確立の程度に従って益々自己(真我)の正確な自覚感に鮮明の度を加えて来る事になる。」
 
 
先生は、ここで、「本当の自分」がわかってくる様子を、「心よりも又肉体よりも超越して居る一実在であるという意識観念が自然と確立され」と言っているが、
 
意識と言うと、受け取りようによっては、実体の伴わない何かのように思われ勝ちだが、私が感じている「本当の自分」とは、もっと、もっと、具体性の伴ったものであることは間違いない。
 
 
この辺りも、私が、これまで「本当の自分」を表現する言葉を、知らなかったことの、一因だったように思う。
 
 
今、天風先生の本を改めて読み返しみて、「本当の自分」というものが、わかって初めて気がつくことが多々ある。
 
その一つが、「本当の自分」というものがわかるようになると、恐怖観念というものが、消えて、なくなるということである。
 
 
考えてみれば、恐怖観念というものは、「肉体が本当の自分」と思うところから、発しているものだから、その肉体は「本当の自分」ではないとわかると、同時に、肉体から発生していた恐怖観念も、消えてなくなることは当然のことである。
 
 
天風先生は、「本当の自分がわかるようになると、恐怖観念がなくなる」と、至る所で、盛んに、言っているのだが、これらのことも、なってみて、初めて、気がつくことの一つなのだろう。
 
 
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