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本稿は、本来一つのものだったのを、制限字数を越えてしまったので、二つに分割して投稿するものです。次回と併せて読んで頂ければ幸いです。
私が、天風会に入会して、本格的に瞑想を始めたのが、平成10年4月だから、今年の4月で、瞑想歴、満14年になった。
その間、休んだ日のことを思い出せないから、14年間、ほぼ、毎日、瞑想を続けてきたことになる。
瞑想が好きなのか、それとも、毎日、瞑想せずにいられないほど、迷いが深かったのか。
瞑想が好きとは言えないまでも、こんなに続いたということは、少なくても、嫌いではなかったのだろう。
それに、迷いが深かったからこそ、心の平安を求める気になったのだろう、と思う。
終わりよければ、全てよしで、迷いがあったからこそ、現在のような心の安定を得られたことを考えると、これまでの、迷いにも感謝、ストレスにも感謝せずにはいられない。
ともかく、私の瞑想は、「気」なしでは語れない。
また、「気」を語らないで、瞑想を語るには、どうしたいいか、その方法についての端緒さえ思いつくことができない。
これまで、このグログで度々述べてきたように、私の瞑想法は、天風先生教えるところの、「安定打坐密法」(あんじょうだざみっぽう)によっている。
当然、天風先生の瞑想法の特色は、先ず、第一に、神人瞑合することによって、「気」を感じることから始まる。
だから、天風先生を語るとき、なかんずく、瞑想を語るとき、神人瞑合も分からず、従って、「気」の何たるかもわからないで、天風先生は語れない、のではないだろうか。
天風先生教の心身統一法というのは、先生が、インドの山奥で、カリアッパという聖者からヨガを教わったことから来ているから、ヨガの影響はかなり大きいと言わざるを得ない。
特に、先生は、ラージャとカルマのヨガを教わった、と言っているから、先生の教えには、この二つのヨガの教えが、色濃く滲んでいる、と言って過言ではない。
しかし、
これまでは、ヨガ(パタンジャリー、ヨーガスートラ)も含めて、キリストも、仏陀も、そして、マホメットも、「How to say」(結論)は、言っているものの、「How to do」(結論に至る手段・方法)については、言及されていない、という反省から、
天風先生の心身統一法は、特に、「How to do」(結論に至る手段・方法)に、重点が置かれているのが、最大の特徴である。
と言っても、このような、手段・方法に重点を置いて教えている天風先生の教えでも、弱点がないわけではない。
例えば、心を無念無想にすれば、「気」が私たちの体の中に入ってきて、健康も運命もよくなる、と教えてくれてはいるものの、
じゃ、その「気」とは、一体、何なのか?という素朴な疑問については、天風先生は、あまり、教えてくれていない。
さらには、人間の心も、体も、「気」から出来ている、と天風先生は、言っているが、
では、その人間も含めた、この大宇宙がどうして出来たのかという、いわば、宇宙創生にまで遡って教えてはくれてない。
こういう、素朴な私の疑問に答えてくれたのが、今、手元にある山田孝男さんという人の手になる「瞑想のススメ」(総合法令出版刊)という一冊の本である。
ところで、多くの読者が、既に、ご存知とは思うが、私は、他人の病気を治せるようになった動機、つまり、現在のようにサイ気療を始めるキッカケとなったのは、
天風会に入会して、間もなく、頭頂に、なにやら「気」らしきものを感じたのが、その始まりであった。
そして、以後、瞑想の度に、体が、前後左右に、或いは、座ったまま、上半身が、腰を中心にして、大きく弧を描いて動くようになった。
瞑想の度に、このような激しい体の振動が、3年間ほど続いただろうか。
その後、激しい揺れは、次第に穏やかになって行ったが、それでも、ガタ、ガタ、程度の微弱な揺れは、依然として、最近まで、ズーッと続いてきた。
天風先生は、その著書、及び、講演録のどこを探しても、私の疑問に対する答えになりそうなことは、少しも言ってくれてない。
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瞑想日記
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瞑想とは、ただ、無念無想の心境を目指して、努力することだと思っている人がいないだろうか?
確かに、瞑想とは無念無想になることを目的とするものであるが、ただ、単に、意識して心の中を無にしようと努力しただけでは、無念無想になることは難しい、と思う。
おそらく、「気」がわからなければ、無念無想も、また、その先の三昧という心境もわからないはずである。
今朝もそうだったが、額と丹田とが繋がって、一体となって、額から丹田まで一本の太い棒の様なもので結ばれた時、無念無想になって、その無念無想がはてしなく何時間でも続く。
無論、額と丹田とを繋ぐ棒状のものは、「気」であることは疑いない。
しかし、丹田と、額が「気」の棒状のもので結ばれるから、無念無想になるのか、無念無想の精神状態になった時、額と丹田とが「気」で結ばれるのか、どちらが、先かわからない。
この感じを、表現を変えて言うなら、その時の、無念無想の状態とは、外部の「気」の世界と、体内の「気」の構造が一体融合した状態、と言える。
つまり、自分と外部の世界が、全く、境界がなくなってしまうのである。
最初から、肉体の意識は、全く、なくなっているから、自分の中の「気」の組織と、外部の気の世界とが溶け合って、一つになる感じである。
こういうことを頻繁に経験するようになってから、はるか遠くの世界で、夢物語か、と思われていた「悟り」が、なんだか身近なもの感じられるようになった。
これからも、このような深い無念無想が続くならば、その内、悟りの世界も開けてくるような気がする。
今は、瞑想するのが楽しみとなり、朝の瞑想の時間が待ちどうしい。
それにしても、
このように、日々、「気」と無念無想の関係を、経験していると、「気」がわからなかったら、無念無想も、そして、その結果としての悟りも、わからないのではないか、と思う。
それとも、こういう瞑想の仕方をしているのは、私、一人だけなのだろうか?
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天風先生は、その著書「研心抄」という本の中で、次のように言っている。
「即ち、一日の中で適当な時を選んで、瞑目一番、心を鎮めるいわゆる鎮心行というものを行うのである。勿論その体勢は正座でも、椅子に腰掛けても、又仰臥してでもよい、すると人によって早い遅いの相違はあるが、やがて暫時にして、心の複雑な活動が止む時が来る、その時である。心の活動が止んでもそこに一つ厳として自己存在の意識だけが残存していることを自覚されるに違いない。わかりやすく言えば『われ在り』という意識だけは絶対に消滅しない。
そしてこの意識を例え朧気(おぼろげ)にでも自覚し得れば、自己(真我)というものは、心よりも又肉体よりも超越している一実在であるという意識観念が自然と確立され、諸君は悟入自覚という精神的進歩の第一階級にその第一歩を踏み入れた事となる。
そしてこの意識観念確立の程度に伴って、益々、自己(真我)の正確な自覚感に鮮明の度を加えて来ることになる。」
「そしてこの(瞑想)実行を長期にわたって繰り返して実修していると、いつかは真我の本体もハッキリ認識し得るようになる。」
「そして、この自覚感が真に確立するようになれば、吾が心霊は低級境地を離れて至上の妙境に向上する。そして何事に際会しても微動だにせぬという悟入大定三昧し得るいわゆる歓天喜地の彼岸妙境に到達する。
が、かえすがえすも践行の効を見るに急なるなかれである。要は忍耐と不撓(ふとう)の努力とで丹念に繰り返される正しい瞑想を行ずるにある。」
天風先生は、冒頭にあるように「瞑目一番、鎮心行」などと、簡単に言っているが、
「我あり」ということを意識できるようになるのは、そんなに簡単なことではない。
つまり、「本当の自分」というものは、椅子に腰掛けたり、仰向けに寝たりして、心を鎮めるだけで、簡単にわかるようなものではないと思う。
私の場合、自分で、「三昧」に入った、と思っていた時は、まだ、そのことがわからなかった。
無念無想の状態が浅かったからだ。
「三昧」と思っていた瞑想の境地のさらに奥の、深い瞑想の状態に入れるようになってはじめて、そのことがわかるようになった。(眠っているような状態、つまり、大死一番、という心境が、果てしなく延々と続く)
天風先生は、「われ在り」という感覚について、「心の活動が止んでもそこに一つ厳として自己存在の意識だけが残存していることを自覚されるに違いない。わかりやすく言えば『われ在り』という意識だけは絶対に消滅しない」と言っているが、
「われ在り」ということについて言えば、上で言っているよりも、「成功の実現」という本の中で、次のように言っていることの方が、私が、今感じている感覚に、よりピッタリ来る。
「しかし、それが段々わかってくるようになるんですよ。自分の命の本当の主宰権を持っているのは肉体じゃなかった。心でもなかった。見えない気体が自分の命の主宰権をもっていることがわかる。この気体を日本語では霊魂と言ってます。英語ではスピリットと言います。
これが本当にフウッとわかるようになる。ちょうど夜明けがだんだん明るくなるように、自然と心の中にこの気持ちがはっきり自分でキャッチすることができるようになります。」
「夜明けがだんだん明るくなるように」という表現は、正に、今の私が感じている感覚に、ピッタリだな、と思う。
このブログで何度も言っているように、かなり以前から、自分の肉体の中心部に、肉体や心の外に、気体で出来た何者かがいることは、はっきり自覚していた。
だって、この気体が、特に、瞑想すると、ガンガン、激しく動き出すのだから、わからない、という方がおかしい。
だから、これが、天風先生が言っている「霊魂」つまり、「本当の自分」だろう、くらいのことは、よく知っていた。
しかし、「われ在り」という意識は、残念ながら、これまで、はっきりつかんでなかったように思う。
つまり、「われ」という実態があることはわかっていたが、「われ在り」という意識は、まだ、はっきり自覚してなかった、ということになる。
最近、深い深い瞑想に入れるようになってから、あたかも、夜がだんだん明けてくるように、「われ」という意識が、はっきりしてきた。
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影響は、全て、外から内(心)に向かって来るものとばかり思っていた。
つまり、瞑想をして、心が無念無想になれば、外から内へ、「気」が流れ入ってきて、健康も運命も順調になってくるとばかり、思っていた。
又、外から、内に、「気」が流れ入ってくれば、入って来た新鮮な「気」によって、自分の心の中の汚れた「気」が放逐される結果、無念無想になることは、経験でわかってはいたが、
そうなれば、内(心)で、何かが起きるとまでは思っていなかった。
瞑想中、フッと、このことに気が付いて、終わってから、天風先生の「安定打坐考抄」を調べてみると、次のように書いてあった。
「即ち、この密法(安定打坐密法)は、心の堂宇を一掃すると同じ結果が来るからなので、元来人間の心力の弱るのは外界に存在する暗示事項に、心が感応するからで、俗にいう心の垢汚れとは、消極的の暗示に心が感応してその消極的観念が、心の中に纏綿(てんめん、まとわりつくように存在すること)していることなのである。
ところがこの『安定打坐密法』を行うと、この心の垢や汚れを、自然と払拭することになるから、その結果心力が強くなるのである。」
このことは、以前から、よくわかっていた。
つまり、外から入ってきた新鮮な「気」によって、それまであった垢汚れが放逐される結果、無念無想になる心の様子は、以前から、知っていた。
わかっていなかったことは、最後の「その結果、心力が強くなる」という個所である。
そのことについて、天風先生は、言葉を継いで、次のように言っている。
「即ち、心に付着した消極的観念という垢汚れが排除されれば、そこに燦然たる根本心が発現してくるのは当然の事で、しかも、この根本心たるや、実に強い強い積極的なものだから、この方法(安定打坐密法)を行なえば、心力の強まるのは、蓋し、当然のことである。」
自分の中から、強い強い、積極的な根本心なるものが発現してくるとは、夢にも、思っていなかった。
同じ「安定打坐考抄」という本なのだが、別のところで、天風先生は、言葉を変えて、次のように言っている。
「が然し、ここに特に一言したいことは、普通の場合、普通の人は、自己を弱めるが如き消極的な暗示には容易に感応するものだが、反対に自己を強めるような積極的な暗示には、なかなか感応し難い、というのが通例である。
ところが、この安定打坐密法を行うと、前述の如く、普通の場合普通の人にむしろ少ない傾向のある積極的暗示に対する感受性が強くなり、人生を弱めるような消極的な暗示には、今までの如く容易に感応しなくなる。これは、期せずして積極念が発現してくるからなのである。」
「即ち、心は、その曇りと汚れとを排除すれば、燎然(りょうぜん、かがり火のように)−その本来の姿を顕現し(現し)、本来の姿は、実に瑠璃皎々(るりこうこう、宝石が輝くように)金剛不壊(こんごうふえ、絶対に壊れることのない)の如き強みがあるからである。」
最近は、毎朝、きっちり、1時間半は、瞑想をする。
その半分から、3分の2くらいの間は、無念無想、三昧の状態である。
その中で、天風先生言われる、強い強い、積極的な根本心が、発現して来るのを感じる。
天風先生は「盛大な人生」という本の中で、次のように言っています。
インドでの、天風先生と、カリアッパ師の会話です。
「そうしたら一体どうなるんです?‥‥いえ、天の声を聞いたらどうなるんです?」と言ったらね、ジーッと私の顔を見て、
「そこまで聞かなきゃわからないほど馬鹿だとは思わなかった」
「けど、わかりません。何と言われても」
「そうか。じゃあ教えてやろう。何の音も聞こえない、その天の声を聞いたときに、人の命の本然の力がわきでるんだ」と、こう言いましたよ。
「本然の力がわきあがる?ええっ!」
これには私、びっくりこいちゃったよ。
ここでは、天風先生は(カリアッパ師は)「本然の力」と言っていますが、これは、安定打坐考証の中で言っている、「燦然たる根本心」と、同じものだと思います。
天風先生は「研心抄」の中で、心の中に雑念妄念がなくなって、精神が統一されるようになると、「意志の力」が発現してきて、完全なる自己統御が可能になる、と、言っているが、
天風先生が「燦然たる根本心」とか「本然の力」とか言っているのは、
精神統一がなると霊魂(本当の自分)から発現してくる、と言われている「意志の力」のことを、言っているのだと、思う。
今後、ますます、瞑想が、楽しくなりそうな予感がする。
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神人瞑合というのは、実感の伴わない、感覚だけの世界だと思わないで下さい。
少なくても、私の場合、
神人瞑合の時は、先ず、額に、波打つような、或いは、強い圧迫感のようなものを感じます。
これは、神の世界(空)の世界と、私の命が繋がった時、神の世界(空)から、私の体の中に「気」(ヴリル)が入って来る時の現象、と言って間違いありません。
なぜなら、額から入って来る時は、何かが入って来るという感覚は、全く、ないのですが、それが、喉を通って(通過する時、咳が出ることもあります)、丹田まで降りてきて、丹田で溜まる、そのような様子によって、それが「気」である、ということがよくわかります。
丹田まで降りてきたものは、その先、行き場がないためか、そこに溜まるため(川の堰みたいに)、次から次と降りて来るものによって、下腹が固く張ってきます。
あたかも、風船に息を吹き込むと、先の方から膨らんでくるように。(たまに、痛く感じることもあります)
そういう時に、下腹部が、強く振動するのです。
瞑想のたびに、そういう経験をしていると、そのうち、下腹が、鞠のように、膨らんでくるのではないかという、予感(予測)を感じます。
勿論、そういう現象が起きている時は、心は、無念無想です。
反対かもしれない。心が無念無想になると、そういう現象が起きる、と言ってもいい。
一言で、神人瞑合と言っても、人それぞれだろうが、少なくても、私の場合、あるかなきか、そういう感じがする、とでも言うような生やさしいものではなく、「気」が入ってくる時は、かなり激しい現象が起きている。
10数年前、つまり、「気」を感じ始めたころの体の揺れは、もっともっと激しかった。
現在感じている程度の揺れなら、随分、おとなしくなった方だろう。
このような体の揺れは、初めの頃から、現在に至るまで、大なり小なり、止むことなくあったのだが、
わが身に起きている、このような現象を、静かに、考えてみた時、
体内に、何らかの障害物があるために、「気」がスムーズに入って来れなくて、その障害物に邪魔されて、振動が起きているような気がする。
だから、初め、揺れが激しくて、時の経過と共に、次第に穏やかになって行ったのだろうと思う。
つまり、障害物が大きければ大きいほど、激しい揺れが生じたのだろう、と思う。
その障害物となっていたのが、即ち、心の中の雑念妄念だったのではなかろうか。
雑念妄念が少なくなって、心が、穏やかに、澄んでくるに従って、「気」もスムーズに入って来るようになったのではないか、と思う。
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