気と心と宇宙法則

難病(難しい病気)の人たちの力になりたい、と思っています。

中村 天風

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神人冥合と悟り

ここで、神とは、気が充満した、即ち、気しか存在しない世界のことを、言う。
 
このことを、禅などでは、空の世界、とか絶対の世界とか言う。
 
 
神人冥合とは、読んで字の如く、神と人が合体融合することである。
 
神(空の世界)と一体となる(冥合)には、その前に、神の世界と繋がらなければならない。
 
繋がった時に、聞こえてくるのが、天風先生が言っている、「天の声」(空の声とも言う)なんだよ。
 
 
今でも、私には、脳の中で、シーンとかジーンとかいって、しきりに、聞こえる音がある。
 
どこにいても、何をしていても、聞こえてくる。
 
これは、神の世界と繋がった時、神の世界から「気」が人間の命の中に入って来る音だと、私は思っている。
 
 
だから、いくら天風先生の本を勉強しようと、又、天風会で何年修行をしようと、これが(天の声)が聞こえてこないことにはどうしようもない。
 
どうしようもないとは、次に進まない、と言うことなんだ。
 
次に進まないとは、この音が聞こえきて、神人冥合が果たせなかったら、これから、何年修行を積もうが、この先見込みはない、と言うことである。
 
 
だから、天風先生の心身統一法は、ここが、スタートなんだよ。
 
つまり、天風先生が、インドの山奥で、当時、死病とまで言われた、奔馬性肺結核を完全に治し得たのも、天の声(空の声)が聞こえ、神人冥合を果たせたからなんだよ。
 
 
そういう意味では、天の声が聞こえなくて、つまり、気がわからない人は、天風先生を語る資格はないと言うことになる。
 
ということは、天の声が聞こえて、神人冥合が果たせるようになったら、今にも死にそうな、医者が匙を投げたような難病の人でも、治る、と言うことである。
 
 
難しい肉体の病(難病)を抱えたり、長年、心の病で苦しんだりしている人の中には、天風先生を勉強している人も多い。
 
いくら勉強したって、観念の中だけで、心を明るく、朗らかに、つまり、心を積極的にしようと努力したら、それだけで、難しい病気が、治るように思ったら、大間違いなんだよ。
 
 
心を明るく、朗らかに、活き活きとして勇ましく、つまり、心を積極的にして、思うこと、考えることは、明るく、楽しいことばかり考えていたら、病気が治ったり、運命が良くなったり、すると思い込んでいたら、それは、とんでもない間違いなんだよ。
 
そういうことは、あくまでも、神人冥合を果たせるようになる為の、一過程(プロセス)であって、それが目的ではないんだよ。
 
つまり、いくら、心を積極的に保って、将来のことを、明るく、楽しいことばっかり考えたって、空の声が聞こえて、神人冥合を果たせなかったら、健康も、運命もよくなることはないんだよ。
 
 
だから、天風先生も、「叡智の響き」という本の中で、こういう態度を、「かまとと式」と言って、次のように戒めている。
 
「そういう心の持ち方をする人は、いつも自分の心に快適を感じないことには、全く、交渉するのを避けて、自分の気分に適合するものだけを相手とするという、わがまま以上の、贅沢な心理状態で厳しい人生に活きようとする。しかし、こうした活き方は、真理の上から、厳格に言えば、正しい人間の活き方ではない。」(こういう、かまととが多いんじゃないか)
 
 
ずれにしても、健康であれ、運命であれ、先ず、天の声が聞こえて、神人冥合が果たせないことには、どうしようもない。
 
このことは、天風先生が、「成功の実現」という本の中で次のように言っていることで、わかる。
 
カリアッパ先生「だから、肉体の病は肉体のものにして、心にまで迷惑をかけるな。心に迷惑をかけたくなけりゃ、時にふれ、折にふれて、心に天の声を聞かせるようにしろ。つまり、声なき声のあるところこそ、心の本当の安らぎの場所だ。たまには心を休めてやれ。そこに心を休ませてやると、いっさいの迷惑が心にかからない。すると心はすぐに本然の力が命のなかで働き出すようにしてくれる。わかったか」
 
カリアッパさんは、「わかったか」と言っているが、殆どの読者の方が、おそらく、最後の「心はすぐに本然の力が命のなかで働き出すようにしてくれる。」という箇所はわからないでしょ。
 
私は、ここは、「心が、空の世界に入ると、何も考えなくなるから、そうすると、自然に、空の世界から、「気」がふんだんに入って来るようになる、従って、健康も運命もよくなる」と言う風に解釈している。
 
 
「成功の実現」の中から、続ける。
 
「私、ここにきて、涙がボロボロ出たんだ。ああ、外国の大学まで出て、しかも成績が首席で、こんなありがたいことがわからずに今まで来た。なんて俺はたわけの大馬鹿だったろう。そのたわけの大馬鹿でも天はやっぱり救ってくださろうとして、今月・今日、ただいまこの時、この人の(カリアッパさん)口からこういう尊いことを、私の心にささやかれるのかと思ったら、涙がボロボロ出たんだ。」
 
「それ以後は、心を、ただ天の声と同化させることだけを、折あるごとに、時あるごとにやった。
とにかく、私が今日あるをいたした命の転換、パーッと命のなかのすべてが取り替えられた、いわゆる命のコンバージョン(転換)は、静かに考えてみると、まさにこの心の持ち方、現代語で言うと、現実に心機の転換を行えるようになってから以後です。」
 
 
天風先生の心身統一法の目的は、どんなに暗くて悲しい出来事に出会っても、瞬時に心を明るく朗らかになるように出来ること、つまり、心機の転換が、その目的でしょ。
 
天風先生が、ここで、言いたいことは、自分の心身統一法の原点はここにある、ということである。
 
 
つまり、天風先生が、安定打坐と言われる瞑想法を考え付いたのも、観念要素の更改法という、潜在意識の中をきれいにする、画期的な方法を思いついたのも、
 
この時、ヒマラヤの山奥で、天の声が聞こえるようになって、そして、神人冥合(つまり、心を声なき声のある所に心を入れてやること)ができるようになり、心機の転換が行えるようになったからでしょ。
 
心身統一法とは、その後、日本に帰って来て、普通の人が、普通の生活をしながら、心機の転換ができるようにするには、どうしたらいいか、と思って、考えだされたものでしょ。
 
 
悟ったと言っても、辛い、悲しい、怖ろしい、といった感情や、熱い、痛い、といった感覚がなくなるわけじゃない。
 
ただ、そういう人は、そういう感情や感覚が起きても、瞬時に、それを、積極的な方向へと心を切り替えることができるだけのことである。
 
 
と言うことからすれば、天の声(空の声ともいう)が聞こえ、神人冥合が自由にできるようになったら、
 
そういう人は、既に、真人(悟った人を言う)への階段を、一歩足を踏み出した、と言えるんじゃないのかなあ。

自己人生に対する信念

天風先生の教えとは、究極、本当の自分(真我)とは、体でもなく、かと言って、心でもなく、「霊魂」と言われる気体である、ということを信念することである。
 
だから、「成功の実現」という本の中で、天風先生は、次のように言っている。
 
「ありていな話が、あなた方がこれまで聞かれた心身統一法という方法は、これからお話しする『我とは何ぞや』を最初に自覚してから組み立てられたものなんです。
だから、厳粛な意味からいえば、『我とは何ぞや』ということを先にあなた方に自覚せしめていてから、心身統一法を説くのが順序ですけれども、その正しい順序をふんでおりますと、とうていあなた方がその順序どおりに私についてきません。」
 
 
ということは、要は、天風先生は「本当の自分」というものが、わかってからでないと、自分が説いている心身統一法の真の意味は、わからないよ、と言いたいのです。
 
しかし、そんなことをしていると、皆さんが、理解できなくて、私についてこれなくなって、途中で脱落してしまうから、
 
順序は逆だが、今はわからくても、私の言う通り、一生懸命やってくれさえすれば、いつかは、「本当の自分」というものが、わかる時が来る、
 
だから、黙って、私に、ついてきなさい、ということを言っているのです。
 
 
ところで、
 
「本当の自分」というものが「霊魂」と称される気体である、ということがわかったらどうなるのかということですが、
 
自分自身が「霊魂」という気体であるということを、信念することを、「自己人生に対する信念」とも言うのですが、
 
つまり、「自己人生に対する信念」ができたら、どうなるのかということについて、天風先生は、「成功の実現」という本の中で、この事について、次のように言っています。
 
 
「だから、翻然としてたった今から、『俺は今まで肉体だと思ってきたが、そうじゃなかった。おれは今まで心だと思ってきたが、そうじゃなかったんだ。見えない気体、いわゆる霊魂、これが俺なんだ』と考えたとき、もう今までとは全然違った気持ちで自分の肉体を考え、心を考えることができやせんか。」
 
「今は、何がなんだかわからくても、何ごとかあるときにパッと違いますよ。違った姿をみたときの喜びは、これは言外の、形容の言葉もないエクスタシーであります。ああ、変ったなあ、昔はこんなことがあったら、もういても立ってもいられないほどおどおどしちゃうんだが、ああ、やっぱり自分の正体が気であるというところに自分の気持ちが行っていたんだな、と。」
 
本当の自分が、霊魂と言われる気体である、ということがわかれば、何かあった時に、オロオロしたり、ドキドキしたり、取り乱したりすることなく、普段と変わらないような、平気な気持ちでいられるようになる、と天風先生は言うのです。
 
 
さらに、天風先生は、このことを、自分が、平炭鉱の騒乱事件を鎮めた時の例を引き、「自己人生に対する信念」について、次のように説明しています。
 
「そうすると、例の平炭鉱に私が行ったときなんかも、こういう話を正しく理解してない人は、無謀だとか、無茶だとか、あるいは、あれだけの胆力がなあ、と思うかもしれないが、胆力でもなんでもないんだよ、これは。そうだろ。私は無邪気な気持ちで入っていったんだもの。胆力で、『くそ、こんちくしょう。おっかなくあるもんか』なんて気分で入ったんじゃないんだもの。」
 
ここで、天風先生が、何を言わんとしているかというと、「本当の自分は霊魂という気体である」ということが信念となったら、怖いとか、嫌だとか、
 
あるいは、逆に、「よし!頑張るぞ」とか、「くそ、負けるものか!」なんてことも、一切考えなくなる、と言っているのです。
 
 
つまり、「自己人生に対する信念」が確立したら、どういう状況に自分が立たされた場合でも、普段と変らない、無邪気な気持ちでいられる、と言っているのです。
 
 
だから、「心に成功の炎を」という本の中で「いやあ、自分がだいぶよくなったと思った時は、まだ本当によくなっちゃいないんだよ。本当によくなっちまえば、おれもできてきたなあなんて思いやしませんよ。そんなうぬぼれなんか考えないんだ。」
 
ということは、俺も、だいぶ信念が強くなったなあ、なんて考えている時は、本当に信念が強くなったわけではないのだ、と言っているのです。
 
つまり、信念が本当に強くなったら、自分が信念が強くなった、ということさえ考えない、ということなんです。
 
 
先生が絶対積極と言って、「虚心平気」とか、「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」とか言って表している心境は、そういう心境のことをいうのです。
 
そういう心境は、「本当の自分」というのは、心でもなく、体でもなく、「霊魂」と呼ばれる気体である、ということがわかって、そのことを信念出来るようになって、はじめて現れてくる心境なのです。
 
 
先ほど紹介した、天風先生が平炭鉱の暴動を鎮めた時の話は、天風先生を少し齧った人ならだれでも知っているような有名な話ですが、
 
まだ、知らない人の為に、少しだけ、つまり、イントロだけ紹介すると、「心に成功の炎を」という本の中に、次のような話が載っています。
 
「たとえば、あの平炭鉱の暴動事件(『成功の実現』225頁参照)の調停のために私が乗り込んで、炭鉱の入り口めざして橋の上を渡っているとき、パンパンと鉄砲で狙い撃ちされた。
そらもう警察官が総出でもって『危ないから、危ないから』と止めた。止められる行為はありがたいけれども、その時の私の霊感は、『おれはこの人たちを救いに来たんだ。救いに来た人間に弾が当たるか』と刹那に判断した。これがあなた方と違うところ。
『そんなこといったって、もしも当たったらどうする』とあなた方は言う。『もしか当たったらどうする』ということは考えない、その時。考えろったって、私の心の中に出てこないんだから、考えないよ。
もちろん、外套の裾のところに六発、弾が当たっていますが、体には一発も当たりません。」
 
これは、「心に成功の炎を」という本の中の235頁に載っている話ですが、詳しくは、上にもある通り、「成功の実現」という本の中の225頁に載っていますので、是非、一読してみて下さい。

本当にうれしいとき

天風先生の言っていることの中には、意味が分からなくて、首を傾げるところが多い。
 
先生の「成功の実現」という本の中の、次ぎの下りも、長い間、その一つであった。
 
 
「だから、ほんとうにあなた方が楽しく感じるときは、楽しい気持ちが湧いた時じゃないないんだよ。ああ、楽しいなって気持ちが湧いた時は、まだ第二義なの。ほんとうに楽しいときにはね、楽しいなんて気持ちが湧かないで楽しい。うれしいなって感情もまたしかり。ああうれしいなと思ったら第二義なんだ。うれしいと思わなくても、ほんとうにうれしい時はうれしい。」
 
ほんとうの楽しさというのは、楽しい事やうれしいことがあったときに湧いてくる感情ではない、本当のうれしさというのは、うれしいことがあった時に湧いてくる感情じゃない、と言っている。
 
その外に、本当の楽しさとか、うれしさとか、いったものがあると、言っているのだが、あなたたち、その意味が、わかりますか?
 
 
私も、天風先生が言っている「本当の楽しさ」とか、「本当のうれしさ」とかいったものを、これまでにも時々感じることはあったが、こういうことを指して、天風先生がそう言っているのだとまでは、思わなかった。
 
 
先日、このブログで、ヨガの本に、「頭脳と心臓とにある霊体」といって紹介されている、輪状のものが、私自身の中にもある、といった趣旨の記事を、書いた。
 
普段の生活をしている時は、わからないが、特に、瞑想をしている時は、最近、ますます、はっきり、するようになった。
 
そして、特に、胸の輪っかに意識を置いたとき、とっても、幸せな気分になることを知った。
 
だから、最近の私は、瞑想の時、とっても幸せな気分で、ある種の恍惚とした気分の中で、瞑想をしている。
 
この時、特筆しておくべきことは、幸せな気分になっている時は、心は無念無想、つまり三昧の境地にある、ということである。
 
 
といって、どっちが先だと言われると、返事に窮してしまう。
 
つまり、幸せな気分になるから、無念無想になるのか、無念無想になるから幸せな気分になるのか、どっちが先かわからないのだ。
 
 
天風先生が、上で言っているようなことも、そのことを言っているのではないか、と思う。
 
その証拠に、と言っては、なんだか、俗っぽくなるが、「成功の実現」の中で、先生は次のように言っている。
 
「幸福だとかね、健康だとかってことは、相手の方に、不幸福だ、不健康だって事実があるから、そういうことが生まれるんだよ。わかるかい。
ほんとうの世界ってものは、人間の生まれたときと同じようなタブラ・ラサ(無垢)なんだ。幸福でもなければ、不幸福でもない。不健康でもなければ、また健康でもないの。そのまんまなの。そのまんまが一番万全な、パーフェクトリーな状態なの。比較するものがないのが、いちばん正確な存在だということを忘れなければいい。」
 
 
ということは、人間、何も考えていない時、つまり、無念無想の時が、つまり、心が無垢になった時が、パーフェクトリーな状態で、そして、その時に、「ほんとうの楽しさ」とか、「本当のうれしさ」が味わえるのだ、ということになる。
 
 
最近、無念無想になって、胸の輪っかに意識を置いた時に感じる、あの幸福感こそ、天風先生が本の中で言っている「ほんとうの楽しさ」とか「ほんとうのうれしさ」とかいったものではないかと、思う。
 
 
 
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遠隔を受ける際の要領は、上記ホームページ中の、「電話による遠隔治療要領」にありますので、事前に、一読の上、無料体験をお受け下さい。
 
ただし、場合によっては、無料体験をお断りすることもありますので、予め、ご承知置き下さい。
 
 
 
いつかも、紹介したことがあるが、天風先生の「運命を拓く」という本の中に、次のような言葉がある。
 
「だから、よく言うことであるが、(天風会に入会して)三年四年経った人が、私にお礼を言うとき、この人は、本当に私のいうことを聞いていたな、と私が思うような礼をいう人は、まあ、十人に一人いるかどうかである。
たいていの人は、『ありがとうございます。何も知らずに生きておりましたが、ご縁がありまして、先生のお弟子になって、色々と尊いことを教えていただいたお蔭で、この頃は、弱かった体も、すっかり丈夫になりまして、そうして、家中が皆丈夫になり、商売も繁盛いたしまして、もう、何という恵まれた幸せかと思って、本当に、明けても暮れても、先生に手を合わせて拝んでいるような始末でございます。ありがとうございました。』と言う。
こういう、お礼を言われると私は、『この人、一体、どんな聞き方をしていたんだろう』と思う。
そういうお礼を言う人は、もし、それが逆になったら、きっと私を恨むだろう。三年四年来ていても、自分の努力が足らない為に、一向に体も丈夫にならなければ、運命もあまり開けてこないと、『何が天風や。何が心身統一法や、笑わせるぜ、べら棒め。受講料ただ取られたようなもんや…』というだろう。
『ああ、よくわかってくれたねえ。ありがとう』と私が言うのは
『この頃はもう、先生のお話を聞いてから、どんなに苦しいことがあっても、憂いことがあっても、それに負けなくなりました。そりゃ、まあ、時には病の出ることもあります。けれども、今までとは違います。病があれば、ああ、ありがたいなあ、自分の生き方が悪かったから、神がそれを教えるために与えて下されたお慈悲だと、いつも先生がおしゃっていらっしゃいましたが、私もそう思うようになりました。心が全然昔と違ってきまして、この頃では、憂いこと、苦しいこと、こっちから引き受けてする気が出てきているんです。ありがとうございます』とこう言われると、その人を抱き締めたいような気持ちになる。それが本当の目的だからである。」
 
天風先生が、なぜ、上のようなお礼の言い方をされると、「この人、一体、どんな聞き方をしていたんだろう」と不満に思い、
 
下のようなお礼の言い方をされると、「その人を抱き締めたいような気持ちになる」というのか、その違いがわかりますか?
 
 
上のようなお礼の言い方でも、あながち、間違いだとは言えないのじゃないか、などと思ったりしていませんか?
 
天風先生が、なぜ、このように言うのかというと、それは、文の中でも、「それが本当の目的だからである。」と言っているように、
 
下のように答える人、つまり、積極的な心の人を作るのが、天風先生の心身統一法の目的だからである。
 
 
反対から言えば、心が積極的になれば、下の人のように、言うのである。
 
 
だから、言いにくいことではありますが、上と下の人の違いがわからない人は、まだ、心が積極的になってないからだと、言わねばならないのです。
 
 
そのような積極的な心を作るためには、日頃から、特に、日頃、何気なく使っている言葉や、態度というものに気をつけなければいけません。
 
だから、天風先生は、「運命を拓く」の中で、次のように言うのです。
 
「そしてこの目的(積極的な心を作るために)を実現するには、常に言葉に慎重な注意を払い、いかなるときにも、積極的以外の言葉を使わないように心がけることである。そうすると、それが人生哲学の第一原則ある暗示の法則を立派に応用したことになり、期せずして健康も運命も完全になる。
この真理に従って人生を活きるには、『その一言一語、その言葉のすべてが、人生に直接的に影響する暗示となる、という大事な宇宙真理を絶対に忘れないこと』であり、さらに努めて積極的の言葉を使う習慣を作ることである。」
 
私たちの思考を作る観念要素というものは、暗示によって、潜在意識の中に蓄積されることは、皆さん、既に、ご存じの通り、だと思います。
 
その潜在意識の中の観念要素が積極的なものばかりなら、出てくる思考も、積極的になるが、反対に、観念要素が消極的なものばかりなら、出てくる考えも消極的になる、という経緯は、天風先生を勉強されている方は、既に、よくご存知のはずです。
 
 
だから、病気になった時は、下の人のように、「病があれば、ああ、ありがたいなあ、自分の生き方が悪かったから、神がそれを教えるために与えて下されたお慈悲だと」考えるようにしなければいけないのです。
 
病気になった時、そういう風に考えれば、それが、暗示によって、潜在意識の中に観念要素となって残るから、その次に、病になった時も、同様の考え方をするようになるのです。
 
 
反対に、病気になった時、「何で、俺だけこんな目に遭わなければならないんだ。何も悪いこともしてないのに、神も仏もあるもんか」などと考えたら、その次、同じようなことが起きたら、同じような消極的な気持ちが又、出てくるのです。
 
だから、嫌なことや、悲しいことや、辛いことがあっても、決して、「大変だ」とか、「やりきれない」とか、「悲しい」とか、「辛い」とか、「もう駄目だ」とか、「死にそうだとか」消極的な言葉を使ってはいけないのです。
 
だから、天風先生は、「運命を拓く」の中で、次のように言うのです。
 
「たとえば、時候の挨拶のようなものも、暑いとき、『熱いなあ、やりきれないなあ』これがいけない。暑い寒いは感覚だからそれを言って悪いとは言わない。『暑いなあ』と言ったら、後に、もっと積極的な言葉をつければいいじゃないか。『暑いなあ、余計元気がでるなあ』と。」
 
「颯爽溌剌として人生の難路を輝かしく突破して進んで行こうとする天風会員は、どんな場合にも(特に、健康を損ねたり、不運に出会ったとき)自分の言語や言葉で消極的な表現をして、自分の生命をそこない、なおかつそれを耳で聞いている他の人の気持まで悪くしないようにしよう。」
 
 
皆さん、よくご存知の言葉に、熊沢蕃山の、「憂きことの、なお、積もれかし、限りある身の力ためさん」というのがありますね。
 
これは、「辛いこと、悲しいこと、嫌なこと、どんどん、わが身に降りかかって来い、そういう試練に耐えて、立派な、強い心になるぞ」という意味なんです。
 
 
日頃から使う言葉に気をつけて、積極的な言葉だけしか使わないようにすると、潜在意識の中の観念要素が積極的なものとなります。
 
つまり、潜在意識の中の雑念妄念が少なくなります。
 
雑念妄念が少なくなると、信念が強くなります、信念が強くなると、殊更、病気になったり、不運に出会っても、「よし!来い」などと頑張らなくても、自然に、積極的な気持ちになります。
 
 
そのような強い心を作るためには、辛いこと、嫌なこと、悲しいことがあった時、どう考え、どう振舞うか、にかかっているのです。
 
 
 
 
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真理瞑想行

天風先生の教えというものは、自分自身にその自覚が生まれるまでは、なかなかわからないものだと、つくづく考える。
 
つまり、本を読んだり、テープを聞いたり、CDをみたりして、理窟で考えるだけでは、わからない、ということである。
 
 
天風先生の本、「運命を拓く」、第八章「人生の羅針盤」に、「信念の誦句」というのがあって、次のようになっている。
 
「信念、それは人生を動かす羅針盤のごとき尊いものである。したがって、信念なき人生は、ちょうど長途の航海のできないボロ船のようなものである。かるがゆえに 私は真理に対してはいつも純真な気持ちで信じよう。
否、信じることに努力しよう。
もしも疑うているような気持ちがあるならば、それは私の人生を汚そうとする悪魔が、魔の手を延ばして、私の人生の土台石を盗もうとしているのだと、気をつけよう。」
 
これまで、私は、ここが、よくわからなかった。
 
ということは、天風会に入会したのが、平成十年四月だから、それから数えただけでも、約十二年間にわたって、わからなかったことになる。
 
 
特に、「信念」と「人生真理」との関係が、どうなっているのかがよくわからなかった。
 
もっと、突っ込んで言えば、「信念」とは、人生真理とは別個に存在するものなのか、或いは、人生真理と称される、個々の信念というものが、個々に存在するものか、迷ったのである。
 
 
だから、上のように、「信念なき人生は、ちょうど長途の航海のできないボロ船のようなものである」と言われても、
 
ここは、「信念」を説明しているところだと思っていたから、その真意がわからなかったのである。
 
そしてまた、「信念」と言うものは、心身統一法、つまり、観念要素の更改法だったり、積極精神の集中力養成法だったり、或いは、神経反射の調節法を真剣にやっていれば、自ずと、出てくるものだ、と思っていたから、わからなかったのである。
 
つまり、ここは、「信念」そのものについて説明したものではないから、わからなかったのである。
 
 
上の言葉が「信念とならない(信念に裏打ちされない)人生真理は、ボロ船で長途の航海をするようなものだ」という風に理解できるようになったのは、つい、最近の事である。
 
つまり、船が人生真理で、羅針盤が信念と考えればいいのである。
 
付け足して言えば、私たちは、皆、人生真理という船にのって、長途の航海するのだが、その船に、羅針盤がついていなければ、つまり、その人生真理が信念になっていなかったら、どこに向かって船は進めばいいか、わからなくなる、という意味なのである。
 
どこに進むのかわからないから、そういう船は、ボロ船だと、言うのである。
 
 
従って、上で、「私は真理に対してはいつも純真な気持ちで信じよう」と言っているのは、人生真理を、「人生信念」になるまで高めよう、ということになる。
 
つまり、人生真理を信念化しよう、ということである。
 
 
夏期修錬会の際、行なわれる真理瞑想行は、人生真理を、信念化するために、行なわれたものである。
 
 
勿論、私だって、夏期修錬会には、二度ほど参加したことがあるから、「真理瞑想行」も、二度経験しているのである。
 
しかし、その時の講師が、天風先生ご自身(勿論、既に、亡くなっていたが)でなかったせいだろうと思うが、
 
言われるような、涙が出るほどの感激を感じることもなく、従って、これまで、真理瞑想行が、さほど効果のある、そして極めて、重要な行事だとは思っていなかった。
 
 
「運命を拓く」の中の、特に、「信念は人生の羅針盤」というところの内容が、よく理解できなかったのは、真理瞑想行の際、天風先生が、人生真理について、語られたものを編集し直したものだから、よくわからなかったのである。
 
つまり、直接、天風先生の講義を聞いていれば、この本の、「信念は人生の羅針盤」という項の内容など、もっと早く、理解できただろうと思うのである。
 
 
話は全く変わるが、「研心抄」という本の中には、次のように書かれてある。
 
「人間この世に活きるのに、『我とは何ぞや』ということを正しく理解していないと、人生を完全に活きるのに何よりも必要とされる人生観というものが、これ又正当に確立されない。
そして人生観というものが、正当に確立されないと、その当然の帰結として、実際生活に先決的に重要な自己統御という大切なことが、どうしても完全に出来得ないことになる。
言い換えれば、『我とは何ぞや』という事が、正しく理解された時、初めてその正しい理解が、確固不抜の人生観を確立し、その確立した人生観が、一切の内的誘導力となって、自己を完全に統御し得るに至るのである。」と。
 
 
先程来、私が、「人生真理」を「信念」に裏打ちされたもの、つまり、人生真理を信念となるまで高めなければならない、と言っているのは、正に、この事を指して言っているのである。
 
つまり、「本当の自分」というものが、霊魂と呼ばれる、気体であるということを、信念しなければならない、と言っているのである。
 
更に付け加えると、「真我」というのが、「霊魂」と呼ばれる気体である、と理解しただけでは駄目で、それが、信念にならなければならない(これを自覚と言っている)、と言うのである。
 
「本当の自分」(真我)が霊魂と呼ばれる気体である、と理解しただけのものを、羅針盤(信念)を持たない、ボロ船のようなものと言っているのである。
 
 
「人生真理」には、その他にも大切なものが色々ある。
 
だから、信念化した「人生真理」も色々ある。
 
 
中でも、最も大切な「人生真理」が、「我とはなんぞや?」ということを自覚すること、つまり信念化することである。
 
 
天風先生の心身統一法の最終的な目的は、「我とは霊魂という気体である」ということを信念することである。
 
天風先生は、「我とは、霊魂という気体である」と信念することを、「自己人生に対する信念」とも言っている。
 
そういう意味で、心身統一法の最終目的は、「自己人生に対する信念」を確立することだとも、言えるのである。
 
 
言うならば、この「我とは、霊魂という一気体なり」ということを信念化することを目的として、真理瞑想行というものが、行なわれたのである。
 
天風先生が、真理瞑想行の中で、人生真理として、語られたものを、編集して、一本の本にしたのが、「運命を拓く」という本である。
 
直接、話を聴いてない者が、簡単に理解できるはずがない。
 
 
 
 
ホームページアドレスが、下記のように、変更になりました。
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遠隔を受ける際の要領は、上記ホームページ中の、「電話による遠隔治療要領」にありますので、事前に、一読の上、無料体験をお受け下さい。
 
ただし、場合によっては、無料体験をお断りすることもありますので、予め、ご承知置き下さい。

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