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教育・政治

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従軍慰安婦問題

私は、たとえ、戦時下であったにしても、私たちの先輩や祖先が、よその国で、こういった、おぞましい事件を起こしたとは、決して思いたくなかった。
 
否、私たちの祖先は、決してこういうことをしなかっただろう、と確信していた。
 
つまり、日本人のメンリティからして、絶対に、こういうことはありえない、と信じて来た。
 
そのことについては、これまでも、このブログでも、何度も言って来た。
 
 
この度の、朝日新聞が発表した、これまで、吉田清治氏の証言を元にして書いた、いわゆる従軍慰安婦に関する報道は誤りだった、という記事に接して、
 
やっぱり、自分が思っていた通り、私たちの先輩たちは間違ったことはしてなかったと、安堵の胸を撫で下ろすと同時に、どうして、朝日新聞というのは、自国を貶めるような、こんな記事を書いたのだろうか、怒りもこみ上げてきた。
 
私だけでなく、もしかしたら、報道されるように、私たちの先輩が、このような事件を、起こしていたかもしれない、という思いに、多くの心ある国民が、少なからず胸を痛めていたに違いないのである。
 
 
話はまったく変わるが、先日、テレビを見るともなく見ていたら、正確な番組名は忘れてしまったが、「子供たちの、クールジャパン」とでも言った、日本や日本人の良さを、子供たち自身が、再発見するといった趣旨の番組であったと思う。
 
 
聞くところによると、今フランスでは、うどんが大人気なのだという。
 
テレビに出て、うどんを食べていたフランス人が、うどんのだしが、素晴らしくおいしい、と言っていた。
 
その素晴らしいうどんのだしが、鰹節から造られているということで、テレビの映像は、鹿児島の枕崎にある鰹節工場に飛んで行った。
 
 
それは、枕崎の鰹節工場を小学年の高学年と思しき数人の男女が、訪問するという筋書きだった。
 
一連の鰹節が出来上がるまでの製造工程を見学した後、感想を聞かれた一人の子供が、「こういう世界で賞賛されるようなものを作っている、日本人と、日本という国に誇りを感じる」と話していた。
 
 
この子供の話を聞きながら、その時、私は、朝日新聞のいわゆる従軍慰安婦問題を思い出していた。
 
子供たちだって、日本は、かつて、戦争をやって、祖先は悪いことばっかりやった、と教えられるよりも、日本という国は、こんなに優秀で、立派な技術や文化を持った素晴らしい国なんだ、と教えられて育つ方が、立派な大人に育つんじゃないか、と。
 
早い話が、幼い頃、「お前は、バカだ、バカだ」と言われ続けて育った子供と、「お前は、賢い、優秀な子供」と言われて育つ子と、どちらが立派な大人になるか、ということである。
 
 
朝日新聞は、これまで、あまりにも、戦争の悲惨さや、戦争の負の局面を強調しようとするあまり、日本人としての誇りを、傷つけ過ぎて来たのではないだろうか。
 
確かめように確かめる術がなく、大きな新聞のしかもその道の専門家に、こうだと言われれば、反論したくても、反論できる材料も持たず、私も、傷ついた心を持て余すように、ひたすら耐えて来た国民の一人だったのだ。
 
 
朝日新聞をどうこう言う前に、これで、わが国が、立派な文化と慣習をもつ国であることを、胸を張って言えるようになったことに、なんとなく、ほっと安堵の胸を撫で下ろすような、今、そんな気持ちになっている。
馬脚をあらわす、とは、このことを言うのだろう。
 
自民党の石破茂幹事長が、9月に予想される内閣改造について、安倍総理大臣から、内々に提示されていた、安保担当大臣への就任を断る意向だという。
 
会社であれ、何であれ、組織の人事というものは、正式に発表されるまでは、内密にされてしかるべきものだが、
 
その内密にされるべき人事について、どこから漏れたのかわからないが、石破氏が、最近、テレビとか新聞などで、固辞するとかなんとか、言って憚らない。
 
 
内々に話をした方は、その人の意向を慮って、そうしたのであろうから、
 
内々にあった話は、内々に返事すべきが礼儀だろうと思うが、正式に返事する前に、テレビや新聞で、このように、本人の意向が伝えられるというのは、一体、どういうことなのだろう。
 
 
それだけならまだいいが、党や内閣の人事権はあくまでも、総理大臣にあるというのに、その人事権者の意向は無視して、自分が欲しいポストを、しかも、テレビや新聞で云々するとは、どういうことなのだろう。
 
これでは、人事権者には、踏んだり蹴ったり、彼に、権威を汚され、侮辱された、と思われても仕方ないだろう。
 
こういったいわば人情の機微のわからない、石破という人は、よっぽど非常識な人か、或いは、過度に自分が偉いと思いこんでいる、己惚れの強すぎる人か、どちらかだろうと思う。
 
 
これまで、テレビなどで、理路整然と、しかも、冷静に自説を述べる、政策通の石破の姿を見ていて、私自身も、次期総理大臣に、などと思わないこともなかったが、
 
内閣改造という、晴れの舞台で、このように、目の前で、彼の人格的な綻びを、見せつけられては、いささか、「幻滅!」と思わないわけにはいかない。
 
 
このようなことを、たとえて言うなら、「馬脚を現した」と、でも言うのだろうか。
 
 
 
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若田光一さん

29日の読売新聞よると、国際宇宙ステーションで、日本人初の船長を務めた若田光一さんが、帰国し、28日、下村文科相を表敬訪問し、その後の報道陣の取材に対して
 
「日本が(他の国から)いかに信頼されているかを実感した」と答え、「日本が開発した宇宙食もISSで人気だった。素晴らしい日本食の文化が宇宙でも花開いている」と話した、とある。
 
 
戦後しばらく、敗戦のショックからか、戦前のわが国は、中国や韓国、或いは東南アジア各地で、残酷非道なことばかりした、という、いわゆる自虐史観が、あたかもわが国の正しい歴史であるかのように、言われた時がありました。
 
そして今でも、特に、中国や韓国は、わが国が、誤った歴史認識に基づいて、戦前の軍国主義の時代に戻ろうとしているとして、わが国を激しく非難・攻撃しています。
 
 
高校二年の時、社会科の授業で、日本史を選択したところ、担任の先生は、授業の間中、殆ど後ろを振り向くことなく、黒板に向かって、ひたすら、戦前、如何にわが国が、悪かった、という事を言い、そして書き続けました。
 
あまりの悪口に、私は、手を上げて、「私たちの祖先はそんなに悪いことばかりしたのですか?」と質問したことがあります。
 
その時その先生が、どんな風に答えたか、今ではよく思い出せませんが、たしかに、何かそわそわ、うろたえていたことだけは覚えています。
 
 
私が、生まれたのが、終戦間際の昭和18年ですから、今日に至るまで、戦後数十年の間、私は、そういった教育と社会的な風潮の中で、息をして来ました。
 
 
最近になって、やっと、マスコミなどでも、主に、いわゆる進歩的文化人と称される人たちによって主張された、いわゆる自虐史観なるものが、下火になりましたが、
 
高校時代以来、わが国の祖先が、絶対に、そんな悪いことばかりする筈がないと、思い続けて来て、そして、そのことによって度々、悔しい思いをしてきた者にとっては、
 
若田光一さんは、どういう意図でももってそう言ったか、その真意を知る由もありませんが、
 
彼が、「日本が(他の国から)いかに信頼されているかを実感した」と言っているのは、他国の人々と交わることによって、自分の国がいかに尊敬されているか、ということがよくわかった、と素直に受け取っていいように思います。
 
 
私は、サラリーマンの頃、仕事で、アルジェリアという国に、2年間いたことがあります。
 
その時、常に考えていたことは、如何にしてかの国の人々の信頼を得、延いては、仲間として受け入れてもらえるか、という事ばかりでした。
 
その点、今思い返してみても、彼等現地の人たちの信頼を、十分に勝ち得、そして、友好信頼の絆を結ぶことができた、と自負してます。
 
 
しかし、そういうことを私は、誰からも学んだわけでもなく、指示されたわけでもなく、ただ、自然に、そうすることが、正しいことだと信じてそうしただけです。
 
 
大東亜戦争によって、わが国は、近隣諸国、東南アジアの国々を侵略し、植民地化し、その国家・国民を蹂躙したかのように悪く言う人がいますが、
 
私は、上のような自分の経験からしても、私たちの祖先は、絶対にそうしたことはしていない、と今も昔も、深く信じています。
 
 
若田光一さんにしても、一日本人として、どうあるべきか、或いは、どう振る舞うべきか心得ていたからこそ、周りの、他の国々の人達の信頼を勝ちえることが出来たのだと、思っています。

ナベツネ

ナベツネとは、言わずと知れた、読売新聞社代表(正式には、読売新聞本社グループ本社会長・主筆、と言うらしい)、渡辺恒雄氏のことである。
 
 
私の友人には、新聞記者出身者も多いから、酒席の中の、雑談の中、時折聞く、その人となり(人物評)、については、毀誉褒貶、人それぞれである。
 
 
ある人は、「老害だ!今に読売はだめになるぞ!」(現在、ナベツネは88歳)、と言い、身近に仕えてたことのある或る人は、その人となりというか、その人格・見識に、「敬愛能わざる人物!」、などと賛嘆の声を漏らす人もいる。
 
 
外部の世界に居て、新聞の内部事情など、知る由もない、わが身にとっては、ナベツネについて、どう評価していいか、評価の下しようもない、というのが、これまでだったが、
 
 
今日(712日)の読売新聞、五郎ワールド(橋本五郎、読売新聞特別編集委員)の「政治の原点を考える」という、いわゆる、囲み記事によって、ナベツネの人格・識見の一端だけでも、垣間知り得たような気になった。
 
 
次は、五郎ワールドからの、引用であるが、それはまた、五郎さんが、56年ぶりに複刊された渡辺恒雄の処女作「保守党の解剖、派閥」(弘文堂刊)という本の中から引用してきた、ナベツネの言葉でもある。
 
つまり、ナベツネの本からの、孫引き(『』の部分)、ということになる。
 
 
「リーダーとはいかにあるべきだろうか。首相まで務めたのに次々仲間を失っていく芦田均論を始め、歯に衣着せぬ人物論もこの本の主題です。『芦田の身辺には大野伴睦がもつ熱い人情味も漂っていなければ、三木武吉のもつ闘志のこもった策略もなく、鳩山一郎や石橋湛山のような、どこか底の抜けたような人の好さもない。領袖として必要な人間的なアジがまったく欠如しているのだ』」
 
今日も、朝のテレビを見ていると、或る女のコメンテーターが「安倍さんのように、韓国や中国と対抗・対立するようなことばかりしないで、仲良くする方法を考えた方がいいと思いますがねえ」などと、いかにも、物知り顔、憂い顔で言っていたが、
 
私は、「そういう、いい方法があったら、お前、言ったらいいじゃないか!今、教えてくれたらいいじゃやないか!」と、思わず、叫んでしまったのだが、
 
 
ナベツネは、芦田均さんのように、ただ、人のいい、薬にも毒にもならないような人物では、現実の政治の世界では、何もすることはできない、ということを言いたかったのだと、思う。
 
 
現実の政治を動かすのは、その人が何を知っているか、何を語るかではなくて、実は、人を動かす、人間性、つまり、人間的な魅力だ、という事を、ナベツネは言いたかったのだと、思います。
 
 
サラ―リーマン時代、会社で人事の仕事ばかりしてきて、やがて、東洋の人物論の研究にのめり込んで行った自分としては、現実に政治を動かすのは、その人が.持っている人間としての資質・人格だ、というナベツネの見識には深く、頷かされるものがある。
 
 
ところで、今日の五郎ワールドは、「政治記者をめざす君へ」という言葉で始まって、「政治を識るには政治学はもとより歴史学や哲学文学などにも親しまなければいけなせん。貪欲に学んで下さい」という言葉で結ばれている。
 
橋本五郎さんは、テレビなどでご覧のように、優しく奥ゆかしい紳士だから、口に出して、はっきりとは言ってないが、
 
実は、本当の政治は、「人間学」を学ばなければ、わからないよ、ということを、政治記者をめざす大学生諸君に、言いたかったのではないかと、私は思った。
 
 
 
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集団的自衛権

平和を欲しない人はいない、平和を願わない人はいない。
 
 
集団的自衛権に反対する人と、賛成の人がいる。
 
反対する人は、ただ、平和!平和!と叫んだり、友好!友好!と叫んだりしていれば、平和が守れるように思いこんでいる。
 
 
現実は、ただ、「平和!平和!」と叫んだり、外国に向かって「友好!友好!」と、愛想を振りまいているだけでは、平和は決して守れない。
 
現実の世界では、戦争ばかりでなく、暴力の犠牲になるのは、常に、肉体的に、社会的に、弱いものばかりである。
 
 
「平和」を叫ぶのもいい、「友好」をいうのもいい、だが、相手から、弱いと思われたら,たちまちやられる。これが現実である。
 
 
個人対個人の関係でも、国と国の関係においても全く、同じである。
 
 
私も、若い頃は、よくケンカをした。男だから口ゲンカなどではではない、勿論、殴り合いのケンカをよくやった。
 
その頃のことを振り返ってみても、こちらからケンカを仕掛けるのは、常に、相手が自分より弱いと判断した時だった。
 
自分より弱いと思わないまでも、手出ししたら、こちらも何らかの痛手を蒙りそうだと思う時は、殆ど、手出しはしなかった。
 
 
個人的に言えば、ケンカの時だけではなく、犯罪に巻き込まれないためにも、体を鍛え、肝を練り、相手がケンカを仕掛けて来ても、負けないような鍛錬を日頃から積んでおくべきだ。
 
願わくば、相手が、こちらが強いのをわかって、手出しをしてこないような、そのような、状況を常に、つくって置くのが、最も望ましい。
 
 
それには、自分が、精神的にも、肉体的にも、強くなければいけない。
 
自分は弱いくせに、「平和!」「平和!」と口先だけで言ってみても、直ぐに、弱いのを見透かされ、付け込まれて、結局、やられて、泣きをみるだけだ。それが現実だ。
 
 
この先、200年先、300年先は、国と国との間も、どうなっているかわからない。
 
あるいは、国連軍などが充実して、現在の警察のような役目を果たしているかもしれない。
 
だが、今の、現実は、そうではない。
 
 
周りは、弱い、と思ったら、直ぐにでも、飛び掛かって、相手を食いちぎろうとする、野蛮な国ばかりである。
 
 
そのいい例が、北朝鮮による拉致ではないか。
 
彼らは、憲法9条によって、わが国が戦争ができないことを知って、わが国内で、やりたい放題、乱暴狼藉の限りを尽くしたのが、あの拉致だろ。
 
 
尖閣の問題だって、わが国が、自衛の戦争だけでなく、常に、国の領土を守るためには、戦争をも辞さない、兵力と、覚悟がある国、と思われたら、中国は決して、ああいう、人を舐めた、横柄・乱暴な態度は取っていない筈だ。
 
少なくとも、中国は、わが国が、戦争のできない国であることを見越して、ああいう態度を取っているはずである。
 
 
個人的にも、国家間においても、犯罪などで、被害を蒙らないためには、少なくても、相手に、こちらが弱い、と思わせないことである。
 
これを、国家間で言うなら、抑止力と言う。
 
 
自衛隊が、最前線の現場において、どういう立場にあるか、私は、よく知らない。
 
知らないが、安倍首相は、記者会見で、「集団的自衛権なしには、3年後は、どうなっているか、わからない」、と言っている。
 
 
その言葉を信じたい。わからないことは、人を信じる以外、他に方法はない。私は、安倍さんを信じるが故に、安倍さんが言っていることを信じる。
 
 
集団的自衛権に反対する人も、賛成する人も、平和を願う点では、等しく同じである。
 
ただ、平和を守るための手段方法が、違っているだけである。
 
 
端的に言えば、集団的自衛権、つまり、抑止力こそ、戦争をなくし、わが国の平和を守る手段であると、考える人と、
 
「平和!」「平和!」と国際世論に訴えていけば、つまり、国際間の紛争は外交努力によって、防げる、と考える人との違いであろう。
 
 
これまでの70数年生きて来た、自らの経験に照らしても、この度の集団的自衛権ばかりでなく、抑止力によって、戦争を防ごうとする方に、断然、私は、手を挙げる。

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