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従軍慰安婦問題一つとっても、韓国という国は、或いは、韓国人というのは、私たち日本人には、その心情(思想信条・判断基準)が理解しがたいだけに、かの国とどう向き合ったらいいのか、戸惑うことが多い。
そんな中、6月16日(月)の読売新聞、朝刊31面の、京都大学思想史の研究家・小倉紀蔵教授の「セウォル号事故と韓国社会」というインタビュー記事は、韓国というものを理解する上で、心の底に、ストンと落ちてくるものを感じた。
さて、この記事は、「日本でも関心が高い韓国のセウォル号沈没事故は、かってないほどの衝撃を韓国社会に与えていることが伝わってくる」という文章で始まっている。
だが、結論から言えば、小倉氏は「韓国社会は今後も変わらないだろう」としている。
なぜなら、氏によれば、それは、「事故の原因について、適当主義や現場蔑視が省みられず、『道徳倫理』が持ち出されている」からだという。
というのも、「これまでも韓国では事故などが起こるたびに、知識人層は『道徳が地に落ちているから道徳を再構築すべし』と繰り返し説いてきた。そんな『上から目線』の道徳の押しつけがいまだに考えられている」からだという。
なぜそういった「上から目線の道徳論」が、韓国社会で受け入れられるのか、というと、それは「物事の細部を詰めない韓国社会の適当主義は、実は朝鮮王朝時代の科挙や儒教の伝統に由来する」からだと、氏は言う。
つまり、「勉強のできるエリートだけを重んじ、現場で働く人々を蔑視するメンタリティーが根強い」のだという。
だから、「飲食店なども、繁盛して一定の財産を築けば、店を畳んで飲食業に携わった痕跡さえ消す傾向があり、このため現場の職業倫理も向上しない」からだという。
つまり、飲食業など、儒教の教えからすれば、卑しい職業、と考えられているからだろう。
韓国における道徳論というのは、つまり、儒教の教え、と考えてもいいのだろう。
儒教と言って語弊があるなら、儒教を悪用した道徳論、と言い換えることもできる。
儒教というのは、君主とはどうあるべきか、という君主論、或いは、国のエリートとはどうあるべきか、を問う学問であるから、それを支配者が、道徳として捉える場合、どうしても、上から目線の押しつけ道徳論にならざるを得ないのだろう。
儒教を弁護するために、ここで、一言加えておくが、儒教の教えとは、決して、上から目線の押しつけ道徳にはならない、ということである。
だから、上で、私が、代々の韓国の支配層は、儒教を悪用している、と言ったのは、そのせいなのである。
韓国における儒教を考えるとき、私は、中東におけるイスラム教を思い出す。
法律の上に、イスラム教という宗教があって、法によってというより、現実には、いまだに、イスラム教の教義によって、国民の生活が、がんじがらめに縛り付けられている。
例えば、一事が万事、次のようである。
イスラムの国においては、女性は、夫以外の人に肌を見せてはいけないとなっているが、肌どころか、男と目線を合わせても、不倫とされる。
ましてや、結婚してない男女がデイトをするなんて、周囲の目が怖くて、考えられもしないような社会なのである。
2千年前、マホメットがイスラム教を布教し始めた頃は、正義であり、従って正しい道徳たり得えかもしれないが、今では、社会の発展を阻害する足枷、手枷になって、国の発展を阻止している。
韓国における儒教も、中東における、丁度、イスラム教みたいなものだと思う。
儒教の教えというものが、韓国という国の発展の、足かせ、手枷になってる。
私は、数十年前、仕事で、アルジェリアという国に2年間、いたことがある。
今の韓国人の言動を見ていると、なんとなく、アルジェリア人のそれを思い出させるが、このような共通点が、しからしめているのかもしれない。
だから、小倉氏が、「道徳といっても、体系化された哲学ではなく、『国民感情のようなもの』だが、『法治社会ではあっても、道徳と法が正面からぶつかった時、どうして道徳が優先される』」と言っているのだ。
一部で、韓国社会は、未だ、(李)王朝国家であり、民主主義国家ではないとか、法治国家ではない、と言われることもあるが、それはそういうことから、そう言われるのだろう、と思う。
さて、新聞記事の引用に返る。
だから、小倉氏は、慰安婦問題についても、次のように言うのである。
「その上で、このような道徳倫理をはじめ、韓国人の考え方を深層のレベルで(思想哲学といった)理解することが、日韓関係を考える上でも必要だと氏は説く。慰安婦問題でも、韓国人は『条約で解決済みであっても、道徳からすれば日本は何かをなすべきだ』と考えているのだという」
ここまで読み進んで、最近の目に余るような反日、特に、慰安婦問題に関して、「目から鱗」というか、「なるほど」とばかり、腑に落ちて理解できたような気がした。
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教育・政治
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毎朝、新聞が来るのを楽しみに待っている一人だが、それでも、いつも目を通すのは、せいぜい、22面スポーツ欄くらいまで、
そのあとの、いわゆる、社会欄、或いは、ローカルニュースなど、めったに目を通すことがない。
だから、今日、2014年5月29日の、読売新聞、27面の「わが社の人財」など、見るのが初めてなので、それが、定期的な連載物か、或いは、スポット記事なのかどうかもよくわからない。
よくわからないまま、この記事を書き進めているのだが、
とにかく、この記事を見て、「目から鱗」というか、とにかく、こんな会社もあるのか、読み進むうちに、目頭が熱くなるような感動を覚えた。
創業者が、何冊も本を出し、今なお、赫々たる実績を挙げ、経済界のリーダー的な存在の会社が、実は、社員を紙屑か何かのように使い捨てる、いわゆる、ブラック企業との噂の絶えない会社もある中、
この記事に接して、はじめて、私は、「会社とは、こうあらねばならない」と、その時、強く、そう思ったのである。
読売新聞の記事を、そのまま引用して、次に紹介することにする。
日本理化学工業株式会社という、よく学校で使われている、チョークを製造する会社だという。
小保方晴子さんが発見した、スタップ細胞の件で、何かしら、しきりと胡散臭い臭いがしてくる、理化学研究所とは、全く別の会社だから、間違わないように、念のため。
「知的障害者を雇い始めたのは、1960年のことです。特別支援学校の先生から、『せめて働く経験だけでもさせてほしい』とお願いされたことがきっかけで、15歳の少女2人を採用しました。
彼女たちは雨の日も、風の日も、満員電車に乗って通勤し、懸命に働いてくれました。でも、私はそんな姿が不思議でなりませんでした。『施設にいれば楽に過ごすことができるのに、どうしてつらい思いをしてまで働こうとするのだろう』と思ったからです。
そんな思いを持ちながら、所用で、ある禅寺を訪れた時、住職に『どうして彼女たちは施設より工場に来たがるのでしょう』と聞いてみたのです。すると、住職はこう答えました。「人間の幸せは、物やお金ではありません。人間の究極の幸せは『人に愛されること』『人にほめられること』『人の役に立つこと』『人から必要とされること』の四つ。働きたいと思うことは、本当の幸せを求める証なのです」
胸のつかえが下りた気がしました。人は働くことで、人の役に立ち、ほめられ、人から必要とされるからこそ、生きる喜びを感じることができる。家や施設で保護されているだけでは、この喜びをかんじることはできない。だからこそ、彼女たちは、つらくても必死になって働こうとするのだと思いました。『彼女たちの働く幸せ』を守ってあげなければいけないという思いがわきがってきました。
知的障害者を主力とする会社を作ろうと考え、毎年少しずつ支援学校の生徒を迎え入れるようになりました。」(日本理化学工業株式会社 会長 大山 泰弘)
話は飛ぶが、京セラの創業者の稲盛和夫さんは、「生き方」という本の中で、「勤労は美徳」、と次のように言っています。
「戦後日本を統治した連合軍最高司令官マッカーサーは、極東政策をめぐる議会証言で、日本人の労働観について述べたことがあります。それは、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、いずれの国にも劣らぬ優秀なものであるばかりか、日本の労働者は、人間とは遊んでいる時よりも働いている時の方が幸福であるという、いわば『労働の尊厳』を見いだしていた、というものであったそうです。かつて、私たち日本人はそのように、働くことに深い意味と価値を見いだしていました。
勤勉に務める姿勢が誇りや生きがいに通じ、心の豊かさを生んでいくことをよく知悉しており、そこに人生の意義さえ感じていたのです。
遊んでいる時よりも働いているときに喜びを感じる精神性。単純労働であっても、そこに創意工夫を働かせて仕事をする術。他人から強制されて『働かされる』だけでなく、自分が労働という行為の主体となって『働く』知恵。そういうものを私たちは有していました。かつてはもっていたが、いまはほとんど失ってしまった、そういう日本人の労働観の意味するところを、あらためて考えてみるべきではないでしょうか。」と。
そこで、私は、稲盛さんに訊きたい。
貴方の会社(京セラ)の従業員は、「人に愛され」「人にほめられ」「人の役に立ち」「人から必要とされ」そして、日々、働く喜びを日々感じながら、働いていますか?と。
であるとするなら、なぜ、貴方の会社(京セラ)は、「競争があまりにも激しくて、途中で退職する人が多い」という噂が、絶えないのですか?と。
ちなみに、この日本理化学工業という会社は、全従業員74人のうち55人が知的障害者だという。
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器量とは、女の人の美醜を言うものではありません。
本来の意味は、言葉通り、人間としての器の大きさ、つまり人間としての、器の大小をいう時に使われる言葉です。
その人間としての器の大小を測る、一つの物差しとして、応待辞令、というのがある。
応待辞令とは、人間として、その人の持っている常識とか、見識とか、或いは人徳とか、そういう心のありようが、態度として、表面に現れる様子をいう、と言っていい。
さて、さる4月23日、アメリカのオバマ大統領が、国賓としてわが国を訪れ、早速その夜は、わが国の総理大臣安倍晋三氏と、東京銀座のすし店、「すきやばし次郎」で寿司を食ったという。
その様子を、4月25日(土)の読売新聞は、次のように伝えている。
「オバマ大統領が来日した23日夜、東京・神座のすし店。安倍首相が懇親を深めようとして設けた席で、大統領はいきなり『仕事』の話を始めた。日米同盟に続き、話題はすぐTPPに移った。『日本の市場開放は成長戦略にプラスになる。数十年間眠っていた日本を眠りから覚ますことになる』大統領はすしをつまみながらこう語り、TPPの意義を力説した。しきりに『リーダシップ』を口にして、首相に譲歩するよう求めた。
首相は『大幅な関税引き下げは、国内農業が大きな打撃を受ける可能性がある』とかわし続けた。首相は食事後、『TPPのビジネスディナーだったよ。大統領って、冗談を言わないんだよ』と感想を漏らした。」
ここで、再び、話題を応待辞令に戻す。
故安岡正篤先生は、「活眼 活学」という本の中の、「器量人と応待辞令」という項で、応待辞令について、次のように述べています。
「更に、人物の応待辞令という言葉があります。応待というのは、色々の問題に応じ、かつその問題をきびきび処理していくことであります。また辞令とは、適当にそれに対して自分の考えを表現していくことであります。近頃は辞令というと任命の際の言い渡し書みたいに用いられておりますけれども、本当は言葉の使い方をいうわけでありまして、極めて大切なことであります」
これを、もう少しくだけた感じに言い直すなら、「応待」とは、事を処理するに当たって、どういう態度で臨んだか、その時、とった行動の有様を言い、そして、「辞令」とは、その時行動と共に、どういう言葉を発したか、ということになると思います。
さらに、安岡先生は、応待辞令と言うことについて次のように、続けています。
「(国際会議なんかの場合)日本人は外国語が下手ですから、どうも損だという声もありますが、これは通訳を使えばいいので補えます。従って(応待辞令)というのは、言葉の自由とか不自由とかいう問題を超越した、即ち人物ができているかどうかの問題であります。お互いに相対して座りますと、もうそれだけで、この人はできておるなあ、あるいは軽薄だなあなどと、大体わかるものであります。まして物を言うことになりますと、できた人物の言葉には、必ず、味があります。反対に、できておらぬ人の言葉には、たわいのないことが多いものです。
だから(人間の器量を測る上において)、この応待辞令が非常に大切であります。ところが、こうなると甚だ微妙なデリケートな問題で、俄か仕立てではどうにもなりません。平素の修養、教養にまつほかありません。」
最近オバマ大統領は、シリアでは「レッドライン」などという言葉を用いながら、結局、軍事行動に踏み切ることなく、ウクライナ問題では、ソ連のクリミア編入を阻止できなかったといって、その力量が疑問視されている。
又最近では、アメリカの超大国としての威信が揺らぎ始めたことが、盛んに言われるようになったが、これらのことは、このオバマさんの政治家としての力量と、決して無関係ではなさそうである。
以前から、オバマさんが、個人的な信頼関係をあまり重要視しない、ビジネスライクな政治家であるかとは、言われていたが、
ビジネスライクという、言葉はきれいでも、その裏を返せば、人間として、魅力的なものを、何も持っていないということでもある。
つまり、オバマさんの場合、人間として、お互い、信頼感を結べるような、人格、素養、見識を持ってないから、とどのつまり、ビジネスライクにならざるを得ない、ということになるのだ、と思う。
安倍さんは、お互いに寿司を摘まみながら話し合うことによって、即ち、リラックスした雰囲気の中で、お互いの内面を見せ合うことによって、個人的な信頼関係を築こうとしたのであろうが、
相手が、仕事の話ばかりで、冗談一つ言わない人では、信頼関係の構築とはほど遠い、いわば取りつく島もなかった、というのが、安倍さんの本音だったろう、と思う。
このようなオバマさんの応待辞令に、私は、アメリカの超大国として威信の陰り、延いては、国力の衰えを、はっきり、見たような気がした。
だから、今後も、アメリカという国の国力は、長期にわたって、次第に、衰退の一途を辿っていくだろう、と予想せざるを得ない。
安倍さんよ! アメリカに、或いは、オバマさんに、あまり、期待しない方がいいよ。
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先日来、引用しようと思って、切り抜いておいた新聞記事がある。
4月17日(木)、読売新聞、「インパール 優しい日本兵」というタイトルのルポルタージュ記事である。
この記事の出だしは、次のようになっている。
「70年前に3万人以上が犠牲になったとされる旧日本軍のインパール作戦について、『日本兵はインドの為に戦ってくれた』と日本兵の姿を記憶にとどめるインド古老に話を聞くことができた。」
そして、インパール作戦とはどんな戦争だったのか、付表を付けて、次のように解説している。
「1944年3〜7月、ビルマ(現ミャンマー)を占領した日本軍が、連合軍拠点だったインド・インパールの攻略を目指した作戦。武器・食料が不足し、補給もなく、英国軍に大敗した。兵士の間ではマラリヤや赤痢が流行った。」
記事本文を紹介する。
「インパールの南西17キロの村ロトパチンにある『レッドヒル』。英軍との戦いで日本兵数百人が戦死し、大量の血が流れたとして、そう呼ばれる。麓に住む農家のタオレム・ゴラムホン・シンさん(83)は『夜中の戦闘で日本兵は花火のように散った』と振り返った。」
「1944年4月、12歳だったシンさんは、草むらに潜んでいた日本兵と出くわした。靴を履いておらず、『怖くて下を向くと、指の形の靴。地下足袋だった。今も目に浮かぶ』。旧日本軍は5月のある夜、レッド・ヒルに陣取る英軍を急襲。シンさんが家の前で立ちすくんでいると、駆け寄った日本兵が手ぶりで逃げ道を教えてくれた。『自分が死ぬかもしれないのに、なぜやさしいのか』逃げながら、そう思ったという。数日間に及んだ戦闘は旧日本軍の惨敗に終わった。シンさんは父親らと英兵に見つからないよう日本兵の遺体を火葬した。」
もう一つの現地人の話はこうだ。
「ロパチンの約15キロ南の町アモイラン。主婦のコイマチャ・クマムさん(85)は、日本兵に英軍の空爆情報を教えてもらい、難を逃れたという。その日本兵は空爆の犠牲となったと聞いた。『私の自宅は日本兵に使われていたが、衣類や食器は(荒らされておらず)側溝に保管されていた。日本が復興できたのは、戦争中でも常識を忘れなかった日本人ならではだと思う』」
三番目の挿話は次の通り。
「レッド・ヒルでは、慰霊碑周辺を歴史保存地区とする動きが出ている。遺留品の収集活動を行うアランバン・アンガンバ・シンさん(40)は、『旧日本軍の動きがなければ、英からのインド独立の機運は高まらなかっただろう。日本兵の優しさを受け止め、記憶をつなぎたい』と話した。」
全く、話は変わるが、時事通信社の記者出身の政治評論家がいる。
青山繁晴という人である。
私は、その人の動画によって、竹島が如何に日本の領土であるか、或いは、韓国が如何に、事実を曲げて、竹島を自分の国のものと主張しているか、初めて、よく理解できた。
彼は、新聞記者出身だから、単に感情論だけが空回りする、いわゆる民族派の右より評論家たちとは全く違う。
だから、彼は、竹島や従軍慰安婦の問題にしても、感情論ではなく、事実(ファクト)と、それを裏付ける証拠となる物(エビデンス)を根拠に論を展開する。
その青山さんによると、韓国に独立記念館なるものがあって、そこには、日韓併合の時代、如何に旧日本軍が、拷問を含めて残虐な行為を行ったか、蝋人形などによって展示されているという。
また、そこには、旧日本軍の兵士が、妊婦の腹を引き裂いて、嬰児をとりだしている、拷問の光景も展示されているという。
青山さんは、日本では歴史始まって以来、そういう拷問をした事実はない。つまり、日本には、そういう拷問の仕方はない、と言っている。
そして、それは、韓国でそういう拷問をやっていたから、日本をそういうことをやったに違いない、という悪意にもとづく、作り話に過ぎない、と言っている。
一事が万事という言葉もある。
先日の、読売新聞のインパールのルポルタージュ記事を見ながら、インパールでそうであったなら、日韓併合時代の韓国でも、日本人は、同じような振る舞いをしたに違いない、思った。
つまり、私たちの祖先は日韓併合時代、韓国において、彼らが言うような、いわゆる従軍慰安婦問題とか、或いは、旧日本軍の拷問など、決してしなかったに違いないと、思った。
韓国が主張する従軍慰安婦問題も、また、韓国の歴史記念館に展示されているような旧日本軍の残虐行為も、彼らがそれまで、自分の国で行われていた拷問や、その他の残虐行為を、日本を悪者に仕立てて、政治的に利用しようとする、いわば悪意に基づく、事実捏造に違いないと、私は信じる。
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これは、図説中村天風(編者:中村天風財団、有限会社海鳥社刊)という本の中で、元中村天風財団理事長合田周平が中村天風の師、頭山満の言葉として、紹介しているものです。
合田は、この頭山の言葉を「何か自分の胸の内に強く燃えるような志をもてば、一人でいても淋しくないし、何でもやり遂げることができる」と解説しているが、
私は、合田が言っている、いわゆる「志」とは、「自己向上」の「志」、と受け取っている。
「自己向上」とは、天風流に言えば、「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」という心境になることを目的とする。
これは、人生にどんな波風が立とうが、泰然自若とした、心境になることをいうのだが、そんな自己向上の志なら、あくまでも個人の心の問題だから、人や物を必要とすることはない。
翻って、わが身の周囲を見回すと、友人の殆どが、齢70歳、古希に達し、よしんば、出世して、トップの座に上り詰めた者でさえ、好むと好まざるとを問わず、引退の時期を迎えつつある。
新聞などの人生相談欄などを言うまでもなく、長いこと組織の中で生活して来た者にとって、組織を離れて一人になることが、どんなに大変なことであるか、察するに余りあることである。
日々の、有り余る時間と、死を迎えるまでの長い時間を、如何に過ごすかは、本人にとって、正に人生の重大問題であるに違いない。
定年を迎えた夫婦が、それまで住んでいた都会を離れ、農村地帯の田舎に移り住み、農業を始めたり、それまでの趣味を生かした商売を始めたり姿を、テレビなどでもよく見かける。
そこまでしなくても、定年後、近隣のサークル活動に参加したり、社会奉仕活動に従事したりといった話も、これまた、よく耳にすることである。
しかし、新しく農業を始めるとか、どこかに移り住んで、趣味を生かした商売を始めるとか、或いは、サークルに入ったり、社会奉仕活動をすることによって、本当に、その人の心は満たされ、幸せなのだろうか。
例えば、ある忙しい毎日を送っていたサラリーマンが、久しぶり長期の連休をとって休むことになった。
そこで、仕事でのストレスを癒すために、人もめったに来ない、山深い温泉に行ったとする。
そこには、仕事もないし、お客も来ないし、仲間や上司に会うこともなく、従ってストレスもなく、日々、心落ち着いた静かな生活が送れるだろう、と期待して行ったのだが、
意に反して、周りが静かになればなるほど、仕事上の心配事や、職場での、仲間や上司とのトラブルが思い出されて、余計に心が落ち着かなくって、困った、という経験はないだろうか?
それというのも、心というものが、家に置いたまま、出かけられるものなら、何も問題はないが、山に行こうと、海に行こうと、どこに行こうとも、心は、本人と一緒についてくるからである。
天風先生は、「人生は心一つの置き所」と言って、人生は心のありかた次第で、幸福にも不幸にもなる、と言っているが、
これは、心が変わらなければ幸せにはなれない、つまり、心が幸せを呼ばなければ、幸せにはなれない、ということだろ。
言い換えれば、物に頼ったり、人に頼ったり、場所に頼ったりしても、決して、幸せにはなれない、ということだろ。
頭山さんが言うところが、人格の陶冶を目指せということであったら、
人格の陶冶なら、これでいいということは決してないから、退職後どんなに暇であろうと、死ぬまでの時間がいかに長かろうと、毎日を活き活きと、退屈することなく生活することができる。
と言っても、幼い頃から、良い高校・大学を卒業して、大きな会社に入って、出世成功のことばかり考えていた人にとって、
急に、人格の陶冶を目指せと言われても、さてそれを、どうやって成し遂げるのか、その方法を見つけることさえ、至難の業なのかもしれない。
お気の毒にと言うしかない。
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