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日本の前時代的な人権外交を支える「人権人道大使」の実像
前のコラム(コメント1)について、ある方がこのように簡潔に要点をまとめて下さった。
上田人権人道大使の発言の背景の問題は3つある。
だが、上田大使の件には実はもう1つ、コラムでもブログでも詳しくまとめずに書いていた4つめの問題がある。この問題の一部に、ヒューマン・ライツ・ナウ事務局長の伊藤和子さんも話題となったブログで触れているが、それはそもそも「人権人道大使」という役職ができた背景にある。
「人権人道大使」という役職が第一次安倍内閣の時代に創設され、その初代大使が故・齋賀国際刑事裁判所判事であったことは前回も述べた通りだ。しかし創設された理由は、日本の人権外交を「推進」するためではなく、これを「擁護」するためだ。即ち、人権人道大使は人権人道スポークスマンなのだ。
「人権人道大使」の職務は、日本が人権上問題を指摘されている課題について、これを擁護し日本の人権外交の正当性を知らしめることにある。即ち上田大使は日本が議題となった国連の拷問禁止委員会において、日本政府の立場を擁護する任務を負っていた。
ここに日本の人権外交姿勢の最大の問題がある。
国連の条約機構としての専門委員会は、様々な課題についてその問題を討議する国連という多国間フォーラムにおける”小フォーラム”という位置づけにある。つまり、自国の政策の正当性を訴える場ではなく、「国際的な課題について意見交換を行い、対策を練るための場」なのである。これに参画している認識が日本側にはまるでない。ところが、世界はそうは見なかった。「日本がやっと人権問題に”集中的に”取り組む役職を作った。これで日本と人権に関する集中論議ができる」と、国際社会はその新しい役職が果たす役割に期待したのだ。
日本政府の意識は国際社会の「常識的」な見方から全く乖離していたのである。
前回紹介した外務省資料を見てのとおり、日本は2005年頃から人権外交に力を入れ始め、2007年に初めて全権大使として人権と人道を併せて担当する現在の役職が作られた。当初の目的は、北朝鮮拉致問題への対応だった。拉致を強制失踪として国際社会に訴えるスポークスマンが必要だったのだ。この点について、前任者の故・斎賀氏は見事その役割を果たした。北朝鮮を強制失踪の罪で国際刑事裁判所に提訴することを真剣に検討していたのである。(参考まとめ)
さて、国際社会からは、「人権人道大使」の役割は、「世界の人権潮流に歩調を合わせ、知見を共有し、世界の人権状況の改善に貢献することを担当する大使」であると見られていた。ところが、日本は自国の人権状況に関する擁護姿勢しか見せない。挙げ句には自国の正当性を喧伝する場に委員会を利用する始末である。これでは国際社会と協調していることにはならない。自国の利益のみを追求する一国主義的な外交姿勢である。
狭い意味での国益を重視する者からすれば、慰安婦問題などで自国の正当性を主張する役職は必要であると単純に考え、「人権人道大使」が果たすスポークスマンとしての役割を支持するだろう。しかし、広い意味で国際協調を通じて日本に対する信頼を高めるという国益に、この役職は合致するだろうか。
言い方を変えてみよう。「人権人道大使」が日本の人権状況を擁護するため”だけ”に創設された役職ならば、その大使が世界の問題を話し合い改善を検討する委員会に参加するのは、適切な人材配置なのだろうか。もっと言えば、日本にそのための人材は存在するのだろうか。
否、日本には真に国際社会における人権問題を担当する大使は存在しないのだ。
言葉を選ばずにいえば、日本の人権外交そのものが「やっつけ」である。自国の人権状況を擁護することしかせず、人権擁護において問題のある国には平気で経済支援を行い、またその国を擁護する。似たような国が集まる「中世クラブ」の代表スポークスマンみたいなものと考えてよいのかもしれない。
そういう意味で、実は第一次安倍内閣による2008年の上田人権担当大使の任命は、皮肉にもまさに「適材適所」であるといえる。狭い国益を守るための「人権外交擁護」スポークスマンとしての役割を果たすのに、上田氏のような我の強い愛国心あふれる外交官はまさに適任だったのだろう。
だが、今回の上田氏の失態は、その政府の思惑としては「適材適所」な人事の中でも最悪の人選ミスであることを示した。外交官としてのセンス、儀礼をわきまえた国際良識、致命的な語学力など、どれをとってもおよそ「スポークスマン」として役に立つ人材ではないことが明らかになった。
日本にはおよそ、自国の人権状況を擁護できる人材も、他国と協調して人権問題に取り組むことができる人材も存在しないのである。国際社会は日本の人権意識の向上に期待した。そして建設的に話し合うフォーラムの場を設けた。そのフォーラムの場で、我が国の代表は外交プロトコルを全て破った。
アフリカ、モーリシャスの委員は、日本の刑事司法の現在について実に的確な指摘を行った。それに1つ、付け加えることがある。中世的(前時代的)なのは、刑事司法だけではない。日本外交そのものが前時代的なのである。この時代錯誤の外交姿勢から脱しない限り、日本は国際社会の責任あるステイクホルダーとしてその地位を認められることはないだろう。我が国が、世界全体の安全保障という重責を担う国連安保理常任理事国入りはおろか、憲法前文にあるような”国際社会において名誉ある地位を占める”ことなど、夢のまた夢ということである。
国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘 |
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2013年5月21日〜22日の間、日弁連の代表団がジュネーヴで行われた国連の拷問禁止委員会に出席した。その代表団の一人が、委員会で行われた現役の人権人道大使の問題のある発言をブログに記載し瞬く間に話題となり、後発で一部新聞でも報道された。国際刑事司法の発展に関わってきた市民社会の人間として、この問題を個人の資質の問題で済ませるわけにはいかない。その核心にある日本政府の国際人権・人道課題に対する基本姿勢の問題についてツイッター上でコメントし、まとめた(英語版もある)。 以下は、そのまとめを、コメント欄も含めブログ形式に改めて再編したものである。(※転載歓迎)やや遅まきながら6月5日付けで掲載された東京新聞の記事(※執筆時点では電子版は掲載なし)
問題の発言を行った場面の動画(国連Webcastより)
Certainly, Japan is not in the middle age.動画からの音声起こしテキスト+好意的翻訳 日本の人権外交の基本姿勢という、問題の核心
相田みつを氏の言葉ではないが、これは、「だって人間だもの」では済まされない問題だ。
国際社会は、日本社会ほど“お行儀のよい”社会ではない。失笑すべき内容の演説には失笑で応える。それが正当な評価でもある。その評価に対して、たとえ屈辱的でも自らが行った失笑に足る演説の内容の自覚をもって、ウィットの利いた皮肉という作法で返すくらいの器量が外交官には求められる。たとえば、「委員の具体的なご指摘については持ち帰って検討させていただきます。」と、まず失笑に耐えた上で応え、「他方、我が国の司法制度を「中世的」とされた点については誤認があると思われますので追って資料を送付させていただきます」と加えれば、完璧だった。
大使として「日本は人権先進国の一つだ」と宣う前に、一歩立ち止まって考えてみてほしい。
「いままさに人権人道大使として、これら人権・人道上の具体的な懸念(取調べの可視化の問題)を、自分より遥かに刑事司法について詳しいあるアフリカの国の法曹界に属する国連の委員(元判事)に指摘された。そこで、自分は国際社会への日本の使節団の代表として、どう振る舞うべきなのだろうか。」――これを、コンマ2秒くらいで考えるのが外交官の務めだ。そこを、コンマ1秒で「シャラップ」と逆上していては、理性がまるで追いつかない。
ただ、人権人道大使という、“名目上の職責”(詳しくはこちらの伊藤和子氏のブログを参照)ではあるものの、故人である前任者の名誉のために補足しておくが、人権人道大使という仕事は、世界に日本の人権外交のありようを示すためには必要な仕事である。そしてこの仕事は、日本と国際刑事裁判所の関係とも深い関わりがある。
国際刑事司法による「法の支配」を目指す国際社会の潮流に圧され、日本政府は2007年、これまで“兼任”の担当業務でしかなかった人権人道問題大使を全権大使の地位に格上げした。こうして2008年、初めて日本に『人権人道大使』という肩書きが正式に生まれた。
2005年、その前身として初代の人権担当大使に任命されたのが故・齋賀富美子駐ノルウェー国兼アイスランド国大使だった。斎賀氏はその後、とくに拉致問題を含む北朝鮮に関する人権問題等を担当し、国際刑事司法に関する知見を高めた。その2年後の2007年末、斎賀氏は国際刑事裁判所の初代日本人判事として指名され当選を果たす。法曹界の人間でも裁判経験者でもない同氏を選出することには、国際市民社会から異論を持って迎えられた。
しかし日本には斎賀氏しか人材がいなかった。少なくとも、外務省にとっては。
法曹経験の浅い斎賀氏は、国際刑事裁判所の予審裁判部という部署に配属された。ローマ規程の定めに基づいて捜査開始の可否について審査・判断したり、捜査の中止を判断する部著だ。
しかし、この部署の仕事は激務だった。次から次に検討案件が舞い込んでくる。そして2009年3月、二度目の当選を果たした斎賀判事は急逝する。私自身、前職時代に斎賀判事とは何度かお会いしたことがあるが実直に仕事に取り組まれる方だった。 その姿勢については評価したい。だから、尚のこと、上田大使の短慮な言動には激しい怒りを覚える。
なぜか外務省の日本語版プロフィールがデッドリンクとなっているので公式な日本語プロフィールを紹介できないが、福田内閣時代に、その故・斎賀初代国際刑事裁判所判事の後任となったのが、今回、暴言が問題となった上田秀明人権人道大使である。上田大使のこれまでのプロフィールをざっと見る限り(実際、ざっと見れる程度しかないのだが)、法曹関係者ではない前任者と比べても、大使には人権・人道業務に関する実績が全くない。
外務省公式プロフィール(筆者仮訳)
また、外務省サイトで検索しても、そうした実績がないことは歴然している。
もうおわかりだと思うが、前任者の故・斎賀判事が第一次安倍内閣の時代、2007年の暮れに選出され、福田内閣時代の2008年の1月には判事に就任することになったため、福田内閣の下で後任者選びがほとんどやっつけで行われたのである。その結果、今回のような国際的失態を犯す人事となったのである。
外務省における人権・人道問題の位置付けがよくわかる事例となったと言える。
さて、上田大使の前任者である斎賀判事の死後、空席となった判事の席もまた日本人判事が埋めることになる。2009年11月、判事死亡により補欠選挙が行われ、尾崎久仁子外務省参与が当選し、任期は9年間となった。尾崎判事は、公判を執り行う第一審裁判部に配属された。
この大臣談話を見てのとおり、やっと「刑事法分野及び人権・人道法分野の専門家」といえる人材を日本は国際刑事裁判所判事として任命することができた。それでも、日弁連や国際刑事弁護士会(ICB:International Criminal Bar)などからは依然、不適格として不満の声が挙がった。
本来、国際司法機関に判事を指名するのであれば、それは国内の法曹界で要職を務めた人であるべき。国際司法裁判所については、国際法の基礎知識と判例を読み取る力があれば足りるかもしれないが、国際刑事司法を扱う国際刑事裁判所では全く違う次元の資格や知見が求められる。
国際刑事裁判所判事には「刑法や刑事訴訟法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストA)と、「国際法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストB)という判事の知識・経験別の選出の区分けがある。当然ながら、日本は常にリストBでしか輩出していない。
しかしこれは、日本の法曹界にとってみれば屈辱的なことである。まるで日本には刑法や刑事訴訟法に関する知識と経験を持つ人材がいないみたいではないか。しかし、違う。これは外務省がその人事権を掌握しているために起きている弊害なのである。日弁連にはICBの理事だっているのだから。
また単に人材を輩出できないことが問題ではない。
実効性のある国際刑事裁判所の設立を発展に寄与するという締約国の義務として、提供できる素地がありながら国の最良の人材を提供しないことは、「実効的かつ公正な国際刑事裁判所の創設を目指す」という、裁判所の設立理念に背く行為なのである。これが、我が国の国際刑事司法への貢献の程度であり、実態なのだ。
無論、中にはアジア周辺国のための司法開発協力(カンボジア特別法廷の設立支援及び人員派遣)など、実態のある貢献もなされている。またカンボジア特別法廷で上級審判事として選出された野口元郎検事は、日本が国際刑事裁判所に加盟する前、「判事、検事など選挙で選任される幹部ポストと一般職員の双方で、その地位にふさわしい貢献をすることが求められる」と述べていた。外務省には、斎賀判事や野口検事のように、こうした志のある人材は少なからずいる。 だが、今回の上田人権人道大使の問題の核心は、単に個人の資質の問題でもなければ、単に人事の問題でもない。日本政府の国際人権・人道問題に対する基本的な姿勢の発露にあったのである。この姿勢が、適材適所でない人事を生み、上田大使のような人間を任命し、今回のような失態に至った最大の要因であり、核心なのである。 国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘
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国連加盟国のICC締約国マップ(122/193カ国) 2013年10月現在凡例:グリーン=加盟 オレンジ=未加入 グレー=未署名
【署名・批准状況】 (2)
APIC(ICC特権免除協定) 批准72カ国/署名62カ国 →概要
最新の批准:スイス(2012年09月25日)
【注目】改正ローマ規程の各条項への批准状況
2010年6月の規程再検討会議の結果、締約国会議はコンセンサス(総意)で以下の規程改正を採択しました。この中で、日本政府は侵略犯罪に関して規定する改正第8条他については諸処の理由から「コンセンサスには参加せず、ただしブロックもしない」という消極的な賛意を示すに留まりました。締約国会議はすべての改正条項について、それぞれ30カ国の批准で改正規程が発効することに合意しました。→詳細(外務省)
事態と案件
国際刑事裁判所が扱う事態と案件(2011.11.15現在) 【2009年以降】 国際刑事裁判所(ICC)の現在
解説等
【リーフレット】 『パンフレット ICCで働くために』(外務省による公式リーフレット)
【国会向資料】 『国際刑事裁判所(ICC)と日本外交(外務省による国会議員向け資料)
【ビデオ講義】 国際刑事裁判所に関するABC (元外務省条約局国際法課課長・斎木尚子教授) 【キッズ向け】 国際刑事裁判所(ICC)と日本 for Kids!(ご家族皆様にわかりやすいように) 【ウィキ解説】 ウィキペディアでの国際刑事裁判所に関する詳細な説明(JNICC勝見が責任編集しております) |
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国際刑事裁判所(ICC)発足10周年記念イベント
映画『ニュルンベルク裁判:現代への教訓』
〜現代国際司法の視点でニュルンベルクの功罪を再考する〜
ジャパンプレミア東京上映会 今年2012年は、国際刑事裁判所(ICC)発足10周年の記念の年です。国際社会では国際刑事裁判所や国連をはじめ、多くの記念行事が行われています。
ドキュメンタリー映画『ニュルンベルク裁判:現代への教訓』は、1948年の誕生以来、日本を除く世界主要各国で上映されてきました。ICC発足10周年の今年、裁判の判決が言い渡された10月にドイツのニュルンベルク裁判所で記念上映がなされました。そして、11月。いよいよ日本の番となりました。 ICC発足から10年が経ち、様々な功罪についての研究がなされるなかで改めて国際刑事司法の祖となったニュルンベルク裁判の功罪を振り返ります。 特別講師として米国務省のステファン・ラップ国際刑事司法担当無任所大使をお呼びし、さらに映画の修復版制作者、サンドラ・シュールバーグ女史にもコメントをいただきます。その上で、国内の専門家とラップ大使を交えてパネルディスカッションを行い、現代国際司法の視点でニュルンベルク裁判の功罪を再考します。 公式トレーラー(英語のみ)
開催地東京
イベント日時11月24日(土)15:00〜18:00(開場14:00から)
場所参加費無料(※先着100名様)
プログラム
言語英語(但し映画は日本語字幕付き/講演会・討論会は逐日通訳付き)
お申込み・お問い合わせ国際刑事裁判所問題日本ネットワーク『ニュルンベルク裁判:現代への教訓』上映会事務局
Eメール:jnicc_org_tk05@yahoo.co.jp *件名に「上映会参加希望」と書き、氏名と肩書き(あれば)をお書きの上、上記のアドレス宛てでEメールにてお申し込みください。 主催国際刑事裁判所問題日本ネットワーク(JNICC)
共催青山学院大学ICC研究会
後援公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
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FATOU B.BENSOUDA, Prosecutor, International Criminal Court 2012年6月15日に国際刑事裁判所の検察官に就任し初来日したベンソーダ検察官が 「平和と正義」の実現におけるICCの役割について話し、記者の質問に答えた。
司会 日本記者クラブ企画委員 杉田弘毅(共同通信) 通訳 長井鞠子(サイマル・インターナショナル) 国際刑事裁判所(ICC)のホームページ 日本記者クラブのページ 追記:外務省総合案内ページ ベンソーダ検察官との質疑応答部分(抜粋)
検察局のこれからの課題とは Q:「次の9年間、前任者のオカンポ検察官とどのように違うのか。」―東京新聞ナカザワ氏A:「第一に、オカンポはオカンポ。ベンソーダはベンソーダなので人間が違うのは当然です。オカンポ氏の着任時スタッフはわずか5名、事案はゼロでした。私は彼から300名のスタッフを引き継ぎ、7件の事案を抱え、15件の訴追を行い、29名が指名手配されています。すなわち私はオカンポ氏から完全に機能する局を引き継ぎました。また幸運なことに、私は殆どの政策、戦略、実務上の手続きなどが作られているその只中にいたので、私の今後の使命はこれらをより強化・確立することにあります。また私は検察局として直ちに取り組むべき次の4つの重点分野を特定しています。①性的犯罪の捜査と訴追。②ICCとアフリカの関係。③業務の質と効率の改善。④事案の継続・終了の予備審理の判断の改良です。」 ICCが抱える各事案の“難しさ”とは
Q:「担当された事案で一番難しいと思ったものがあれば、事例として一つ挙げていただきたい。」―個人会員のタカヤマ氏A:「まず、あらゆる事案が複雑であるという認識が必要です。紛争中の事案が多いので独特の困難性が生まれます。例えばウガンダの場合、問題は言語の正確な翻訳・通訳の確保でした。ロジ面では政府の協力を得られたので助かりましたが、ダルフールの場合は政府の協力が得られませんでした。このようにそれぞれが独特の困難さを伴うのです。これらの問題の上に更に、継続中の紛争という問題がのしかかります。ダルフール、コンゴ民主共和国などの場合です。したがって治安・安全上の懸念が、当局スタッフだけでなく証人や被害者にまで及ぶ場合があるのです。このように、状況が違えば状況に応じた困難さが生じるものであり、そもそもすべての事案が複雑なものなので、“どれが一番複雑か”とは、とても一概に言えることではないことをご理解いただければと思います。」シリア情勢に対するスタンス Q:「シリアが深刻な状況にあるが、こういう場合ICCはどういう関心を持って事態を見つめているのか。」―特別賛助会委員のイイクラ氏A:「ICCはシリア情勢には介入できません。シリアは非締約国なのでICCは介入できないのです。非締約国であっても介入できるのは、①安保理による付託がある場合、②非締約国自身がICCの管轄権の受託宣言を行った場合のこの2点に限られます。前者(①)はダルフール、リビアの事案、後者(②)はコートジボワールの事案に実際に適用されました。しかしシリアの場合はこれらいずれの条件も揃っていないため、ICCはシリアには介入できないのです。」国際裁判制度誕生の地にいることの思い Q:「世界で初めて国際法廷(東京裁判)が開かれた国においでになることに何か特別な思いというのはあるか。また広島にも行かれるそうだが、これは自発的なものなのか。またどういった思いで行かれるのか。」―朝日新聞のヨシダ氏A:「史上初めて国際軍事法廷で開かれた国に来ることと、史上初めて[核兵器による]大量殺戮を味わった広島を訪れることは、私にとって象徴的意味を持つとともに、ICCの検察官としてひじょうに重要な意味合いを持ちます。ICC管轄犯罪を裁く任を負った者として、常設の国際軍事法廷を想起するきっかけとなった極東軍事裁判が行われた地に降り立ち、その常設国際法廷の10周年を祝う行事に参加していることは極めて重要かつ象徴的意味を持ちます。国際交流の観点だけでなく、今ここにいる事、広島に行くことは非常にシンボリックな意味合いを持っています。極東軍事裁判は、法の支配に基づき重大犯罪を裁く初めての試みで、その後ニュルンベルク裁判が続き、60年余りの時間をかけ、2つのジェノサイド、2つの国連設置その他シエラレオネ特別法廷の設置などを経て初めて、1998年にICC規程が起草され、現在私たちはその10周年を祝っている。これは国際社会の偉業だと思います。そして今日、私は、極東軍事裁判を経て行われた『過ちは繰り返さない』というあの誓いを、二度とあの惨禍を繰り返さないというあの誓いを、国際刑事裁判所(ICC)が実現するものと切に願っております。」 日中情勢に対するスタンス
Q:「日中が色々問題を起こしているがどのよな感想をお持ちか。どのような視点で問題を見つめておられるのか。もう一つ、難しいお仕事をされている中で、日常生活の中でどのようなご趣味をお持ちなのか。」―個人会員のカトウ氏A:「ICCの管轄犯罪という観点でいえば、ICCは戦争犯罪、大量殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する罪しか追求しない。これらの犯罪が進行中であるか、行われる可能性がある場合のみICCは問題に介入できます。この問題(日中の問題)の場合、ICCは日本に対して管轄権を持つが、中国は締約国ではない。また私の知る限りにおいて、中国により、日本において戦争犯罪や大量殺戮、人道に対する罪が犯されたという事実はありません。ただ、日本がICCの管轄下にあることは、ICCシステムの庇護下にあるということ。すなわち、これら犯罪が行われた場合は、行為者が誰であるかに関わらず、非締約国であっても、ICCの管轄下と見なされます。最後に私の趣味についですが、家族との時間を過ごすことが一番。あとは読書です。でも最近は、あまりこういう時間が持てていません。」 |





