【06/11】国連人権委員会における上田人権人道大使の暴言について、衆議院法務委員会で民主党の階猛(しなたけし)議員が質問した。質問を受けたあべ外務大臣政務官は「口頭による注意を行った、本人は反省している」と答弁。その質疑の概要をツイートし、国会速記録等の資料を総合情報ポータルⅡに追加した。初報から10日が経った今になって、】国内マスコミ各社は一斉に暴言のことを報じたが国会で責任追求がなされたことを報じるマスコミは一社もなかった。以下は、事実が埋もれないよう改めてツイート及び情報をまとめたものを、ブログ形式に改めて再編したものの本編「主張編」である。主張:マスコミが触れようとしない、国内の人権状況の改善という課題
「概要編」では、全体として、日本政府に国連拷問禁止委員会の勧告を真摯に検討する意思がないことを端的に示した。この勧告(総括所見)について日弁連は早くも【6/4】に会長声明を出している。その中で、日弁連は以下の7つの点を重視している
【06/11】の国会質疑で民主党の階猛(しなたけし)議員は、以下を要点に質問を行った。
これら質問の内容は、階議員自身が公開している質問通告の内容から把握できる実際はこれ以外にも刑事司法に関する質問を中心的に行っているが、この際は拷問禁止委員会の勧告に沿った質問のみに限定してまとめる。
時事の報道
読売の報道
【06/11】の国会質疑で階議員は、このほんの一部である①取調べの可視化の問題について触れたのである。その時の政府代表の対応はどうだったか。それは、この速記録(未定稿)から確認できる。また動画も公開されているので、是非見て頂きたい。
質疑の動画
【6/11】質疑の内容に入る。階議員は先に示した質問通告に従い、【5/31】に拷問禁止委員会が発表した勧告(総括所見) の中から、取調べと自白の項目について具体的な質問を行った。取調べについて、以下の3項目の提案を例示し政府はどう対応するのかを質した。
「法務大臣は、これらの点についてどのように対応するお考えか」 谷垣法相「勧告の内容は法制審議会の特別部会で議論中である。議論の結論として答申が出されたら、それを実現するよう取り組む所存である。」
ところが、次の質問で対応の実態が明らかになる。
谷垣法相の答弁に対し、階議員は事務方に検討状況を確認する。
階議員「審議会の方にはこの拷問委員会の勧告の内容というのは伝わっているのか」 実はこの質問の前段で、階議員は外務省が委員会の勧告を翻訳していないことを確認したことを明かしている。つまり、日本政府内では勧告の全容を(少なくとも日本語では)把握していないことになる。日弁連は会長声明まで出しているのにもかかわらず、だ。
次に、階議員は委員会の勧告として、④従軍慰安婦に関する公人の言動に対する政府の反論要請をどう受け止めるかを質問した。議員が問題にしたのは、この「公人」の定義に閣僚が含まれていることだった。内閣の外の人間だけの問題ではないのである。
「慰安婦問題につきましては、日本政府としては、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとして、機会あるごとに、心からのおわびと反省の気持ちを表明してきたものと認識しております。」(速記録より) その上で、谷垣法相は、「法務省だけではなく政府全体として検討しなければならない、適切に対応しなければならない」と答弁し、階議員は「重要な指摘、勧告がなされている」ことを強調し、これを以て拷問禁止委員会に関する答弁を終了した。
以上が、拷問禁止委員会の勧告に関わる階議員の質疑内容の全容である。国連の勧告に対する政府の姿勢を示すこの重要な国会でのやりとりについて、マスコミはまったく報じていないのである。参考までに、前段のまとめで行った上田大使の暴言問題とその処分についてのやりとりも以下記す。
国連拷問禁止委員会における上田人権人道大使の暴言の問題について階議員は「国益に照らしていかがなものか」と指摘してまずはその問題性を挙げた。これに対してあべ外務大臣政務官はおよそ次のように答弁した。
「その表現ぶりに対して必ずしも適切ではないと考えている。口頭による注意を行った」 この答弁に対し階議員は、日本の刑事司法では「捜査が取調べに偏重しており、違法であったり不当な取調べがあることは明らかになっているので、“黙れ”と言えるほどのものもない」とぴしゃりと指摘。「処分が甘すぎるのではないか」と質問を返す。
あべ大臣政務官はこの質問に対して初めて、上田人権人道大使自身が「自身の発言のその表現ぶりに関して、必ずしも適切ではなかったということに関しての反省の意をあらわしている」と明らかにしつつ、政府の説明の正当性を強調する(□部分)。
このおよそ的外れな答弁に対し、階議員は「最後の点については、今の議論とは直接は関係ないと思う」と冷静に返し、「聴衆に対して暴言を吐いたことと、議論の場でちゃんと説明をしたということは別問題だ」と政府の不誠実な姿勢を指摘する。
「最後の点については、今の議論とは直接は関係ないと思うんですね。聴衆に対して暴言を吐いたことと議論の場でちゃんと説明をしたということは別問題だと思います。」(速記録より) そして最後にこう指摘して答弁を終える。
「上田人権大使というのは外務省のOBですし、任命権者は外務大臣です。ですから、外務大臣としてもこれは責任を持ってこういう行動に対しては厳しい対応をとるべきだと思っておりますので、ぜひその点はよろしくお願いいたします。」 さらに本日【06/16】、階議員からこのようなメッセージを頂いた。
「暴言の映像とそれが発せられた文脈からして、上田大使の言動は日本の国益を損なうものです。」 この点、まったく異論はない。
以上が、上田人権人道大使の発言の問題とその処分の問題、そして国連拷問禁止委員会の勧告の内容に対する政府の対応について質問を行った【6/11】国会質疑の全容である。マスコミはこの重大な案件について、本当につまみぐいする程度のことしか報せていない。国民はその情報を元に判断する。
上田人道人権大使の暴言、そして国連拷問禁止委員会の勧告に対するマスコミの報道姿勢は不十分を越えて怠慢の域に達している。前者については初報の10日後まで報道せず、後者についてはその一部分しか報じないことで問題を矮小化している。その中で、今回の階議員の国会質疑が行われたのである。
ところが、マスコミはこ重要な国会質疑になついてもほとんど報じず、政府が対応として「口頭で注意」を行ったことしか、概要として伝えていない。これでは国民は正しい判断ができないではないか。政府が適切な対応を行っているか否かも目に見えない。国際的な失態について、これが適切な対応だろうか。
上田人権人道大使の失態は、10日以上前にネットメディアが報じていた。しかしその内容は情報元の弁護士にすれば本質に沿うものではなかった。10日後いよいよマスコミが報じたが、その内容は殆ど変わらなかった。
このような質の情報しか提供できないマスコミをこそ国民は問題視すべきである。 |
日本での動き
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ICCをめぐる日本国内での政・官・民の動きについて報告しています。※一部の報告は、ファン登録してくださった方に限って公開していますので予めご了承ください。
【06/11】国連人権委員会における上田人権人道大使の暴言について、衆議院法務委員会で民主党の階猛(しなたけし)議員が質問した。質問を受けたあべ外務大臣政務官は「口頭による注意を行った、本人は反省している」と答弁。その質疑の概要をツイートし、国会速記録等の資料を総合情報ポータルⅡに追加した。初報から10日が経った今になって、】国内マスコミ各社は一斉に暴言のことを報じたが国会で責任追求がなされたことを報じるマスコミは一社もなかった。以下は、事実が埋もれないよう改めてツイート及び情報をまとめたものを、ブログ形式に改めて再編したものの「概要編」である。概要:マスコミが触れようとしない、国内の人権状況の改善という課題
【06/14】、国連の拷問禁止委員会での上田人権人道大使の暴言について、その初報を伝えた小池振一郎弁護士が自身のブログで上田大使に関する国会質疑が行われたたことを報告した。この国会質疑の模様、質疑を行った民主党の階猛(しなたけし)議員もブログで報告していた。
質疑の動画
質疑でわかったのは、法務省の対応が酷いということ。国連拷問禁止委員会の勧告(総括所見)が出されたのは【05/31】。日弁連や人権NGOのヒューライツ大阪は【06/04】の時点で会長声明や内容を詳述した報告を発信している。にもかかわらず、状況は次のとおり。
法曹界が国連拷問禁止委員会の総括所見の発出後わずか4日後の【06/04】に会長声明まで発するほど内容を精読できているのに、委員会に出席していた筈の法務省の面々が【06/11】時点でまだその翻訳すら終わっていないというのはどういうことなのか。
まるでやる気がないということではないか。
この国連拷問禁止委員会総括所見、ものの13ページしかない。日弁連が発出直後に翻訳して3日かかって1日吟味して、4日目には会長声明をリリースできたというのも十分わかる話だ。法務省は委員会で答弁するのに必死で疲労困憊で、担当者たちはいずれも帰国してだれきっているんだろうか。
まったく、ふざけた話である。
上田人権人道大使に対する質問を行って下さったと、小池弁護士のブログで知りました。速記録を拝見し議員の責任追及姿勢に胸の空く思いがいたしました。いち国民として御礼を申し上げます。あべ政務官のが「口頭による注意」という処分は、ご指摘の通り全く不十分です。また「口頭による注意」は担当主幹の外交政策局長が行ったとのことですが、へたをすれば上田人権人道大使のほうがシニオリティーがあり、口頭でもひじょうに弱い注意であっただろうことは想像に難くありません。どうか一般でも目に見える処分を引き続きご要請ください。 海江田代表はじめまして。【5/31】拷問禁止条約に関する国連拷問禁止委員会が出した総括所見について【6/11】階衆議院議員が質疑を行いましたが法務省はのらりくらりと追求をかわしました。委員会の勧告は重要な指摘ですので引き続き政府を追求してください。 階議員からは、一言だが御礼のお返しのツイートを頂いた。
このように返信して更なる追求をダメ押ししておいた。
【06/14】初報から10日遅れで、国内マスコミが上田大使の暴言があった事実について一斉に報道し始める。【06/16】までの間の2日間、全部で12本。階議員による国会質疑について満足に触れたのは時事通信のみ。しかもその内容は、上田大使の責任追及を行った一点のみで、刑事司法上の問題についての指摘はなし。
本来なら、この点についてこそ特集が組まれてもよい筈だ。
【06/14】以降の一斉報道で12本もの報道がなされたが、そのうち拷問禁止委員会が指摘する事項について問題提起したマスコミは皆無。だがこれは実態として問題がないということではない。日弁連は委員会の勧告である総括所見について【06/04】の時点でこれを重く受け止める会長声明を発しているのだから。
総合情報ポータルⅡに集約されている委員会出席者のブログにも示されているとおり、法曹界や日本の刑事司法の当事者となった人たちの現代刑事司法に対する問題意識は高い。国会議員もこの意識を持って質疑に臨んだのに、マスコミはこれにまったく触れていない。
私がこれまで(そしてこれからも)上田人権人道大使の暴言問題を問題視し続けていいく理由は、暴言行為そのものではなく、その行為が示す以下の3つの問題を提起するためである。
【06/14】の一斉報道から2日経っても、以上の三点を指摘する上で、①②の日本の人権外交に反映される③国内の人権状況という内政・行政上の問題にやはりフォーカスを置かなければならないと痛感した。マスコミはその点から完全に逃げており、真摯に問題として取り扱おうとする姿勢は見られない。私は国内刑事司法の専門家ではないので、他の専門家たちの問題意識を借りて代弁させて頂くことしかできない。だが日弁連という法曹界を代表する団体が何年にも渡って問題視してきた事柄は、日本の人権状況改善のために必要な改革なのだろうと考える。
その観点から、まず階議員が国会で問題点として挙げたポイントとこれに対する日本政府のきわめて問題ある姿勢について、国会質疑の内容を詳述することで明らかにしていきたいと思う。
【06/11】国会質疑の内容については、以降の「主張編」にあらためて詳述する。
国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
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弁護士が再び問う、日本の刑事司法が抱える現実的課題
【6/8】小池弁護士がフォローアップのブログを書いた。そのことについてフォローすることが重要と考える。私も小池氏同様、上田大使の発言の内容よりも、そのような発言をさせた背景に注目してこれまで持論を展開してきたつもりだからだ。
渦中の小池弁護士が8日にUPしたこのフォロー記事は、ほとんど人の目に触れていないようだ。だがそこには、弁護士として伝えたかった本質が伝わっていないことへのジレンマが滲み出ていた。私がこのフォローアップ記事の存在を知ったのも、実はつい先ほどロケットニュースの記事で、情報の出典として記載があったのを見つけたからだ。このスカスカの報道内容にも、小池氏はきっと困惑することだろう。
小池氏はフォロー記事ではっきりと、こう述べている。
いちばん伝えたかったことは、日本の刑事司法は「中世」か、というキーワードだった。 つまり、日本の刑事司法は現実、モーリシャスの委員の指摘の通りということ。これを強調したいのだ。
モーリシャス判事の指摘が"medieval"だったのか"Middle Ages"だったのか、一番最初の情報源であった小池氏のブログが日本語で「中世」になっており、氏がそのことにフォーカスしたので私も当初のまとめ・ブログでその観点から日本の人権外交の問題点を指摘したつもりだった。
小池氏は記事で、こうも述べている。
私が最も言いたいことは、日本では、未だに、取調べへの弁護人の立会が実現していないことと、連日長時間にわたる取調べがいまも普通に行われていること。 これは、日弁連が現在活動のテーマとしていることであるから、代表団としては当然の認識だと言える。
この「取調べの可視化」問題について日弁連は、だいぶ前から取り組んでいる。私自身、日弁連主催の国際シンポに参加したことがあるのでその内容を承知している。当時の所感も掲載してある。また現在も日弁連は「取調べの可視化」を中核的なテーマとして捉え、国内外で啓蒙活動に取り組んでいる。ただその広報があまりなされていない。なぜか日本の団体は広報が下手だ。
小池氏はこの日弁連の取り組む中核的なテーマを取り上げながら、「東電OL事件」などの具体例に言及していく。また自身が担当した事件についても、被疑者が夜遅くまで取調べられた実態について詳述し、こう結んでいる。
東電OL事件では、被告人と同居していた同じネパール人が2か月近く連日「任意」で取調べられた。午前3時まで取調べられ、その後午前7時から取調べが再開されたこともあった。私が最近担当した事件では、逮捕された夜遅くまで取調べられ、仮眠をとった後、午前3時50分から5時10分まで再び取調べられている。異常だ。前近代的(まさに「中世」か)刑事司法といっても過言ではない。 小池氏が最初のブログで述べたかったことは、アフリカの判事に指摘されるまでもなく、日本の刑事司法は「中世的」であり、またそのことで失笑を買った今回の上田人権人道大使の発言の問題が意味することは、そのことが「日本の官僚司法家にはわかっていない」ことの象徴だということなのだ。
そして、フォロー記事の最後で小池氏は、まさに「中世的」としかいいようがない現代の日本の国際刑事司法の現状を例示する。「取調べに過度に依存した日本の刑事司法は時代の流れとかい離したものであり、根本から改める必要がある」(2011年3月検察の在り方検討会議提言)という反省から設置されたはずの法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」についてこう評価する。
弁護人の立会は先送りされ、取調べ時間の規制については一言も触れられていない。何とも時代遅れな構想であり、マスコミがなぜ批判しないのか、不思議でならない。基本構想は撤回して、一から出直すべきだ。 これは、小池氏の共著『えん罪原因を調査せよ』(勁草書房)からの引用だそうだ。
なぜ、弁護士でもない私が小池氏のフォローをしているのかわからないが、「誰もやらないから」としか形容しようがない。仮にも国際刑事司法の発展に関わってきた者だからこそ、同じ「畑」の人の切実な思いをなんとか届けたいと思ったのだろう。これで小池氏の無念が少し晴らされればと願う。
マスコミ含め、日本での各種情報は「慰安婦問題について国連にまで口出されている」というアングルに固定されていおり、その実態は、日本の現実的かつ現代的課題を国連に指摘されている事実を右も左も国内のメディアがロクに伝えようとしていない。報道の本質を見誤っているから、こういう事態になる。
実際、今回のこの【06/05付】の東京新聞の報道だって、本質を捉えていない。 小池氏は【06/08付】のブログで東京新聞の取材を受けたと書いている。その結果がコレでは、まさに報道の名が廃るというものだ。
先日、東京新聞の取材を1時間ほど受け、その大半は刑事司法について語ったのだが、翌日の6月5日付朝刊は、「国連で日本政府代表『笑うな、黙れ』」の大見出しとなってしまった。 私が当初から一貫して、小池氏のブログと外部の公式ソースのみに頼り、報道を一切参照せずただ参考として掲載した背景にはそういう報道のあり方への警戒と独自評価がある。そして、後発でやっと報道されたと思ったら思った通り。殆どが発言問題のみにフォーカスしたセンセーショナルな記事に成り下がってる。
当然ながら、中にはセンセーショナルな部分を極力抑え、社会に訴える姿勢を維持する良質な記事もある。「センセーショナル」組の『ロケットニュース』の報道から約9時間遅れでUPされた、市民メディアとして躍進著しい『ガジェット通信』がそれである。そのタイトルこそ、一見すると「センセーショナル」の誹りを免れないが、コンテンツが慎重に“配分されている”ことが窺える。
その真摯な姿勢は、記事の結びの文にも表れている。
かねてからの懸案である取り調べの全面可視化は一向に進まず、拷問禁止条約批准当初から一貫して廃止を求められている代用監獄(代用刑事施設)も依然として維持され続けているなど日本の人権状況は上田大使が強弁して失笑を買った「世界最先端の人権先進国」にはほど遠い状況と言わざるを得ません。政府はこの事件を単なる“外交上の失態”で終わらせるのではなく、警察・検察や法務官僚の抵抗に遭っても公務員の人権侵害を無くす決意のもと堂々と「世界最先端の人権先進国」と言えるような刑事司法制度の確立に向け努力して欲しいものです。 日本の刑事司法がいっこうに改善されない背景には、日弁連の力不足(広報力不足)も当然あるだろうが、こうした良質の市民メディアとは事なり、その広報や社会への啓蒙・啓発を行わないマスメディアの責任も多分にある。本来ならこうした社会勢力は手に手を取り合い、共同戦線を張って社会の発展と向上に努めるべきなのだから。
しかし、それは所詮、現代日本社会においては理想論なのかもしれない。
国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘 |
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日本の前時代的な人権外交を支える「人権人道大使」の実像
前のコラム(コメント1)について、ある方がこのように簡潔に要点をまとめて下さった。
上田人権人道大使の発言の背景の問題は3つある。
だが、上田大使の件には実はもう1つ、コラムでもブログでも詳しくまとめずに書いていた4つめの問題がある。この問題の一部に、ヒューマン・ライツ・ナウ事務局長の伊藤和子さんも話題となったブログで触れているが、それはそもそも「人権人道大使」という役職ができた背景にある。
「人権人道大使」という役職が第一次安倍内閣の時代に創設され、その初代大使が故・齋賀国際刑事裁判所判事であったことは前回も述べた通りだ。しかし創設された理由は、日本の人権外交を「推進」するためではなく、これを「擁護」するためだ。即ち、人権人道大使は人権人道スポークスマンなのだ。
「人権人道大使」の職務は、日本が人権上問題を指摘されている課題について、これを擁護し日本の人権外交の正当性を知らしめることにある。即ち上田大使は日本が議題となった国連の拷問禁止委員会において、日本政府の立場を擁護する任務を負っていた。
ここに日本の人権外交姿勢の最大の問題がある。
国連の条約機構としての専門委員会は、様々な課題についてその問題を討議する国連という多国間フォーラムにおける”小フォーラム”という位置づけにある。つまり、自国の政策の正当性を訴える場ではなく、「国際的な課題について意見交換を行い、対策を練るための場」なのである。これに参画している認識が日本側にはまるでない。ところが、世界はそうは見なかった。「日本がやっと人権問題に”集中的に”取り組む役職を作った。これで日本と人権に関する集中論議ができる」と、国際社会はその新しい役職が果たす役割に期待したのだ。
日本政府の意識は国際社会の「常識的」な見方から全く乖離していたのである。
前回紹介した外務省資料を見てのとおり、日本は2005年頃から人権外交に力を入れ始め、2007年に初めて全権大使として人権と人道を併せて担当する現在の役職が作られた。当初の目的は、北朝鮮拉致問題への対応だった。拉致を強制失踪として国際社会に訴えるスポークスマンが必要だったのだ。この点について、前任者の故・斎賀氏は見事その役割を果たした。北朝鮮を強制失踪の罪で国際刑事裁判所に提訴することを真剣に検討していたのである。(参考まとめ)
さて、国際社会からは、「人権人道大使」の役割は、「世界の人権潮流に歩調を合わせ、知見を共有し、世界の人権状況の改善に貢献することを担当する大使」であると見られていた。ところが、日本は自国の人権状況に関する擁護姿勢しか見せない。挙げ句には自国の正当性を喧伝する場に委員会を利用する始末である。これでは国際社会と協調していることにはならない。自国の利益のみを追求する一国主義的な外交姿勢である。
狭い意味での国益を重視する者からすれば、慰安婦問題などで自国の正当性を主張する役職は必要であると単純に考え、「人権人道大使」が果たすスポークスマンとしての役割を支持するだろう。しかし、広い意味で国際協調を通じて日本に対する信頼を高めるという国益に、この役職は合致するだろうか。
言い方を変えてみよう。「人権人道大使」が日本の人権状況を擁護するため”だけ”に創設された役職ならば、その大使が世界の問題を話し合い改善を検討する委員会に参加するのは、適切な人材配置なのだろうか。もっと言えば、日本にそのための人材は存在するのだろうか。
否、日本には真に国際社会における人権問題を担当する大使は存在しないのだ。
言葉を選ばずにいえば、日本の人権外交そのものが「やっつけ」である。自国の人権状況を擁護することしかせず、人権擁護において問題のある国には平気で経済支援を行い、またその国を擁護する。似たような国が集まる「中世クラブ」の代表スポークスマンみたいなものと考えてよいのかもしれない。
そういう意味で、実は第一次安倍内閣による2008年の上田人権担当大使の任命は、皮肉にもまさに「適材適所」であるといえる。狭い国益を守るための「人権外交擁護」スポークスマンとしての役割を果たすのに、上田氏のような我の強い愛国心あふれる外交官はまさに適任だったのだろう。
だが、今回の上田氏の失態は、その政府の思惑としては「適材適所」な人事の中でも最悪の人選ミスであることを示した。外交官としてのセンス、儀礼をわきまえた国際良識、致命的な語学力など、どれをとってもおよそ「スポークスマン」として役に立つ人材ではないことが明らかになった。
日本にはおよそ、自国の人権状況を擁護できる人材も、他国と協調して人権問題に取り組むことができる人材も存在しないのである。国際社会は日本の人権意識の向上に期待した。そして建設的に話し合うフォーラムの場を設けた。そのフォーラムの場で、我が国の代表は外交プロトコルを全て破った。
アフリカ、モーリシャスの委員は、日本の刑事司法の現在について実に的確な指摘を行った。それに1つ、付け加えることがある。中世的(前時代的)なのは、刑事司法だけではない。日本外交そのものが前時代的なのである。この時代錯誤の外交姿勢から脱しない限り、日本は国際社会の責任あるステイクホルダーとしてその地位を認められることはないだろう。我が国が、世界全体の安全保障という重責を担う国連安保理常任理事国入りはおろか、憲法前文にあるような”国際社会において名誉ある地位を占める”ことなど、夢のまた夢ということである。
国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘 |
2013年5月21日〜22日の間、日弁連の代表団がジュネーヴで行われた国連の拷問禁止委員会に出席した。その代表団の一人が、委員会で行われた現役の人権人道大使の問題のある発言をブログに記載し瞬く間に話題となり、後発で一部新聞でも報道された。国際刑事司法の発展に関わってきた市民社会の人間として、この問題を個人の資質の問題で済ませるわけにはいかない。その核心にある日本政府の国際人権・人道課題に対する基本姿勢の問題についてツイッター上でコメントし、まとめた(英語版もある)。 以下は、そのまとめを、コメント欄も含めブログ形式に改めて再編したものである。(※転載歓迎)やや遅まきながら6月5日付けで掲載された東京新聞の記事(※執筆時点では電子版は掲載なし)
問題の発言を行った場面の動画(国連Webcastより)
Certainly, Japan is not in the middle age.動画からの音声起こしテキスト+好意的翻訳 日本の人権外交の基本姿勢という、問題の核心
相田みつを氏の言葉ではないが、これは、「だって人間だもの」では済まされない問題だ。
国際社会は、日本社会ほど“お行儀のよい”社会ではない。失笑すべき内容の演説には失笑で応える。それが正当な評価でもある。その評価に対して、たとえ屈辱的でも自らが行った失笑に足る演説の内容の自覚をもって、ウィットの利いた皮肉という作法で返すくらいの器量が外交官には求められる。たとえば、「委員の具体的なご指摘については持ち帰って検討させていただきます。」と、まず失笑に耐えた上で応え、「他方、我が国の司法制度を「中世的」とされた点については誤認があると思われますので追って資料を送付させていただきます」と加えれば、完璧だった。
大使として「日本は人権先進国の一つだ」と宣う前に、一歩立ち止まって考えてみてほしい。
「いままさに人権人道大使として、これら人権・人道上の具体的な懸念(取調べの可視化の問題)を、自分より遥かに刑事司法について詳しいあるアフリカの国の法曹界に属する国連の委員(元判事)に指摘された。そこで、自分は国際社会への日本の使節団の代表として、どう振る舞うべきなのだろうか。」――これを、コンマ2秒くらいで考えるのが外交官の務めだ。そこを、コンマ1秒で「シャラップ」と逆上していては、理性がまるで追いつかない。
ただ、人権人道大使という、“名目上の職責”(詳しくはこちらの伊藤和子氏のブログを参照)ではあるものの、故人である前任者の名誉のために補足しておくが、人権人道大使という仕事は、世界に日本の人権外交のありようを示すためには必要な仕事である。そしてこの仕事は、日本と国際刑事裁判所の関係とも深い関わりがある。
国際刑事司法による「法の支配」を目指す国際社会の潮流に圧され、日本政府は2007年、これまで“兼任”の担当業務でしかなかった人権人道問題大使を全権大使の地位に格上げした。こうして2008年、初めて日本に『人権人道大使』という肩書きが正式に生まれた。
2005年、その前身として初代の人権担当大使に任命されたのが故・齋賀富美子駐ノルウェー国兼アイスランド国大使だった。斎賀氏はその後、とくに拉致問題を含む北朝鮮に関する人権問題等を担当し、国際刑事司法に関する知見を高めた。その2年後の2007年末、斎賀氏は国際刑事裁判所の初代日本人判事として指名され当選を果たす。法曹界の人間でも裁判経験者でもない同氏を選出することには、国際市民社会から異論を持って迎えられた。
しかし日本には斎賀氏しか人材がいなかった。少なくとも、外務省にとっては。
法曹経験の浅い斎賀氏は、国際刑事裁判所の予審裁判部という部署に配属された。ローマ規程の定めに基づいて捜査開始の可否について審査・判断したり、捜査の中止を判断する部著だ。
しかし、この部署の仕事は激務だった。次から次に検討案件が舞い込んでくる。そして2009年3月、二度目の当選を果たした斎賀判事は急逝する。私自身、前職時代に斎賀判事とは何度かお会いしたことがあるが実直に仕事に取り組まれる方だった。 その姿勢については評価したい。だから、尚のこと、上田大使の短慮な言動には激しい怒りを覚える。
なぜか外務省の日本語版プロフィールがデッドリンクとなっているので公式な日本語プロフィールを紹介できないが、福田内閣時代に、その故・斎賀初代国際刑事裁判所判事の後任となったのが、今回、暴言が問題となった上田秀明人権人道大使である。上田大使のこれまでのプロフィールをざっと見る限り(実際、ざっと見れる程度しかないのだが)、法曹関係者ではない前任者と比べても、大使には人権・人道業務に関する実績が全くない。
外務省公式プロフィール(筆者仮訳)
また、外務省サイトで検索しても、そうした実績がないことは歴然している。
もうおわかりだと思うが、前任者の故・斎賀判事が第一次安倍内閣の時代、2007年の暮れに選出され、福田内閣時代の2008年の1月には判事に就任することになったため、福田内閣の下で後任者選びがほとんどやっつけで行われたのである。その結果、今回のような国際的失態を犯す人事となったのである。
外務省における人権・人道問題の位置付けがよくわかる事例となったと言える。
さて、上田大使の前任者である斎賀判事の死後、空席となった判事の席もまた日本人判事が埋めることになる。2009年11月、判事死亡により補欠選挙が行われ、尾崎久仁子外務省参与が当選し、任期は9年間となった。尾崎判事は、公判を執り行う第一審裁判部に配属された。
この大臣談話を見てのとおり、やっと「刑事法分野及び人権・人道法分野の専門家」といえる人材を日本は国際刑事裁判所判事として任命することができた。それでも、日弁連や国際刑事弁護士会(ICB:International Criminal Bar)などからは依然、不適格として不満の声が挙がった。
本来、国際司法機関に判事を指名するのであれば、それは国内の法曹界で要職を務めた人であるべき。国際司法裁判所については、国際法の基礎知識と判例を読み取る力があれば足りるかもしれないが、国際刑事司法を扱う国際刑事裁判所では全く違う次元の資格や知見が求められる。
国際刑事裁判所判事には「刑法や刑事訴訟法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストA)と、「国際法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストB)という判事の知識・経験別の選出の区分けがある。当然ながら、日本は常にリストBでしか輩出していない。
しかしこれは、日本の法曹界にとってみれば屈辱的なことである。まるで日本には刑法や刑事訴訟法に関する知識と経験を持つ人材がいないみたいではないか。しかし、違う。これは外務省がその人事権を掌握しているために起きている弊害なのである。日弁連にはICBの理事だっているのだから。
また単に人材を輩出できないことが問題ではない。
実効性のある国際刑事裁判所の設立を発展に寄与するという締約国の義務として、提供できる素地がありながら国の最良の人材を提供しないことは、「実効的かつ公正な国際刑事裁判所の創設を目指す」という、裁判所の設立理念に背く行為なのである。これが、我が国の国際刑事司法への貢献の程度であり、実態なのだ。
無論、中にはアジア周辺国のための司法開発協力(カンボジア特別法廷の設立支援及び人員派遣)など、実態のある貢献もなされている。またカンボジア特別法廷で上級審判事として選出された野口元郎検事は、日本が国際刑事裁判所に加盟する前、「判事、検事など選挙で選任される幹部ポストと一般職員の双方で、その地位にふさわしい貢献をすることが求められる」と述べていた。外務省には、斎賀判事や野口検事のように、こうした志のある人材は少なからずいる。 だが、今回の上田人権人道大使の問題の核心は、単に個人の資質の問題でもなければ、単に人事の問題でもない。日本政府の国際人権・人道問題に対する基本的な姿勢の発露にあったのである。この姿勢が、適材適所でない人事を生み、上田大使のような人間を任命し、今回のような失態に至った最大の要因であり、核心なのである。 国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘
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