実録東京大空襲

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それで、埼玉に来たわけなんだけど、そのうちの親父の親戚のおばあさんが占いをやっていたんだ。
それでうちの親父にね、お前の女房は生きていると。
子供の面倒を見るから、探しに行けって。
それで親父1人、疎開してあった自転車に乗って東京へ出てきた。探しに。
だから、大変だったと思うよ。

まず、城東警察に行ったそうで、そこに行ったら昔よく酒をねだりに来た刑事がいたらしいんだ。
それで、顔を見て、「あれ?橋本さん生きてるのか!」って。
「あんた死亡者名簿に載ってるよ。」
で、見たら橋本利雄って死亡者名簿に載ってたらしい。

姉が肩にかけて逃げたズックのカバンが半分焼けて焼け死んだ人の腹の下に挟まっていたのでその、貯金通帳を死体に挟んで死んでた人が橋本利雄ってことになってたらしい。
半分焦げちゃってるからわからない。

私:その逃げたときに持ち出した貯金通帳が飛んでったやつですね。
そう、飛んでったやつがひっかかって。
袋に入ったまんま。

それで警察に置いてあった。

これあんたの物だろうって、
そうだ。
どこにあった?って聞いたら
死体の下敷きになっていたと。
当然死んでると思った。

で、親父がそれを持ち上げたら、そのすぐ下に赤紙があった。
徴収令状が。

父:すぐ下にって何の?

その、色々な書類の下に。死亡者名簿とか半焼けのカバンの下に。

で、刑事が
「あんたもう行かないほうがいい。」
「死んだことにしておこう。こんな戦争勝てるわけがない。」ってそう言ったって。
それで、今の6丁目に交番があって、そこに行ったらしいんだよ。(3月9日に入れてくれなかった三菱鋼材の前。現在も6丁目公団の前にある)

そこへ行けば、助かった人の名簿があるっていうんで、行ったらね。
榎本ハルって書いてある。うちのお袋は橋本ハルなんだよ。
どう見ても榎本ハルだけど、ひょっとしたら橋本かもしれない。 ヤケドなどで字など書けなくお巡りさんが書いた。どんな人相の女だっていっても解からないって。まるっきり汚くて。真っ黒で生きてるだけだって。
生きてるかどうかわからないよって言ったんだけど。
始めは荏原区に居るという話で尋ねたが、船橋に運んだって。
で当時船橋にね、歓楽街があったんだけどみんな男が戦争にいってしまって、使ってなかった。そこを野戦病院にした。(現在のららぽーと)
それで生きたのは全部そこへ運んだ。
そこで薬がない。イワシの油を塗って寝かせてあるだけだ。(と言っても、母は背中をヤケドしているので、横になれず座ったままの状態だったらしい)
それでお風呂にも行けない。ヤケドしてるんだから。
まっくろになって、イワシの油を塗って寝かせてある。

そこへ行って、こんな汚いの自分の女房じゃないと思ったんだけど、声をかけたら、声は女房の声だった。
まいったって!これにはまいった!

私:そんなに全身ヤケドだったんですか?

結局、下の子供をおぶってたでしょ。負ぶったまま焼け死んじゃった。下の子は背中で死んじゃった。
背中は大ヤケド。
前の女の子は、ドブの中に入って、火が来るので頭まで水をかけて、それで助かった。
生きてた。でも、自分はヤケドをしてしまってドブから出すことができなかった。
そしたら、軍隊の人がきてくれて、ドブから出してくれたと云っていた。
それで、子供も居るから、子供もあげてくれって言ったら、この子はもう死んでるからダメだよって言われた。
凍え死んじゃった。
ヤケドをしているかって、聞いたらヤケドはほとんどしていない。
そのまま凍え死んじゃった。寒いって言ってたって。そのまま死んじゃった。
出したくても出せなかった。自分が大ヤケドで・・・。
病院では天井から手をつり下げて、手をヤケドしてて、背中もヤケドで寝られないから・・・。
お袋はもう少し早く周りに人が居るか、自分がヤケドをしていなければ娘を助けられたとよく云っていた。
 
私:ドブ川の中に入ってたんですか。

ドブらしいって・・・真っ黒なコールタールが混じっているようなドブ。

私:じゃ、下は焼けてない。

焼けてない。
上半身。背中ヤケド。
で、自分は腕もヤケドした。 ひじの骨が見えていた・・・。
顔全体もヤケド。
手をヤケドして、ケロイドになって・・・。

父:お父さんも覚えてるよ、ヤケドの跡があったの・・

当時32歳くらいだっていうんだからなぁ、驚いちゃうよ。だから助かったんだ。
その野戦病院みたいになっていても、次から次へと死んでたって・・・。毎日のように死んでたって。
体が強いんだろうな。
病院の入り口には白い棺が積まれていた。

体はススとか油とかでぐちゃぐちゃで真っ黒になってて、拭くものもなくて、今みたいに洗剤とかあれば簡単だけれどねぇ。

それで、そのまま連れて帰れないから、しばらく通って、5月に姉が母のそばに行って暫く付いていて、夏だったね。連れて帰ってきたのは。
午後に船橋を出て、姉と僕とでリヤカーに乗せて押して、父が自転車を漕いで埼玉まで連れて帰ってきたね。途中、板橋の志村の坂は大変だった。 埼玉に帰ってきたのはもう真っ暗になっていて、途中雨が降ってきた。


私:その時はヤケドなおっていたんですか?

だいぶ治っていたんだね。

それで居たんだけど、姉は小松川女学校に通学していたし、そこから、知り合いの紹介で戸田へ引っ越して、戸田の小学校に入った。それから中学を受験したんだ。


その後
浦和の郊外の宗岡村に居たときは、当時学校へ行けば疎開、疎開と云われるし、喧嘩をすれば疎開が悪いと調べもしないで先生に云われる毎日だった。
母は元気になると当時の農家はお金ではサツマイモを売ってくれず、品物とお金を持って来いなどと云われ、つくづく宗岡に住んでいるのが嫌になって、知り合いの紹介で東京に一番近い戸田橋のそばの戸田前新田へ引っ越した
その後、戸田の笹目小学校へ通学した。ここでは誰からも疎開などと一度も言われず、楽しかったことを思い出す。都立三中に合格した時は全校生徒の前で先生方に祝福されたことを思い出す。

それで朝いってみると、水面が見えないんだよ死体で。
それで揚げてみるとまたその下から浮いて、きりがないくらい・・・。
それである程度すると焼けトタンを持ってきて、焼けた針金をつけたトタンの上に乗っけてガラガラひっぱっていって道路へバーっと積み上げるわけ。
たちまちいっぱいになる。

幅は2〜3mくらい長さは10mくらいの山ができるわけ。人間の死体。
何段かにわけて積み重なってる・・・

それでまた下からどんどん、どんどんやってるわけ。
それで、後で聞いた話だけどね。
猿江公園の中に野球場がある。そこに穴を掘って埋めちゃったんだ 。

私:それ、今でも入ってるんですか?

いや、出した。しかし、出し切れなかったという話もある。

僕らが中学2年くらいの時ね、ものすごく変な臭いがするんだよ。風がふくたんびに。
で、何やってるんだかわからなかったんだよ。
何の臭いだっていったんだ。
したら、人間の腐った臭い。
みんな掘ってね、焼いてどっか持っていった。
囲ってやってた。囲ってまわりを。

まだその時中学生だったけど、一人前の大人にね普通の給料の3倍出すから手伝ってくれって言われたんだってさ。
でも、一日行ったらね、人間の腐った臭いでダメだって。
マスクやっても体が臭くなるしどうにもならないって一日でみんなやめちゃった。

今はそこでみんな野球やってるよ。

僕らが来たときはね、虐殺と同じよ。みんな穴を掘って埋めちゃうわけよ。
カマボコみたいにずーっと長い土饅頭があるわけ。
で、みんな分からないから、多分ここに運ばれたんだろうっていって、生き残った親戚とかが来て塔婆を建てるから、塔婆がうゎーっと生えてたよ。
写真撮っておけばよかったと思うけれどさ・・

私:それ、どのくらい埋まってたんですか。

僕らが中学2年だから、昭和22年か。
だから、まだ完全に腐ってない。腐りきってないからものすごい臭いだった。
家の方まで臭ったんだ。

私:それだけたくさん埋まってたんですか。

野球場だから広いもんだよ。
野球が2組できるくらいの広さがある。
(13,000人前後の死者が仮埋葬された。)

全部その、川から揚げたやつ。

で、その川でね今、ハゼが釣れるってんだけど、僕は釣ったこと無い。
釣る気がしないんだそこじゃ。

父:そりゃぁそうだよなぁー

うん、知らない人は平気で釣ってる・・・。

父:小名木川で釣れるの。

こんなデカイやつが釣れるって・・・。
天ぷらにすると美味いよって・・・。
うぇーーっ。

それで3月14日に、親父の実母の実家がある埼玉県へいったんだよ。(志木宗岡村)
お母さんはまだ見つかってない。
多分、もう死んじゃったんだろうって。
お前らどっちへ逃げたんだっていうんで、こっちへ逃げたっていって、子供だろ、よく分からないわけよ。
そしたらね、しばらくそっちへ行ったら今のダイエーのところに線路があったわけよ。
そのダイエーの前辺りは死体でもって、真っ直ぐ歩けなかったんだ・・・。
その中にね、川の字に死んでるのがいて、後ろに死んでるのがこれはどう見ても男の子だと。
前に死んでるのは女の子だ。で、真ん中に死んでるのは間違いなく女。

多分、これじゃないか。ってんでさ。
もう焼けちゃって、水道は溶けちゃって水がジャージャー出てた。
そこ行ってさ、その辺に何かないかって何か鍋かなんか空き容器を拾ってきて、水を汲んで口元へ垂らして・・・

それで埼玉へ行ったわけだ。(秋葉原まで歩き、途中大塚の母の姉の家へ寄った)

私:え、それを見つけたのがどの辺りって?

だから、ダイエーの辺り、僕らはもっとずっと奥だって思ってたんだけど、きっと逃げ戻ってきたんじゃないかって。

父:でも、リヤカーに爆弾が落ちて別れちゃったっていうのは・・

もっと先なんだよ。先なんだけども解らないんだよ。
どこを見たって死体だらけなんだからさ。

どのへんに逃げたんだっていったて、みんな燃えちゃってわかんないんだ。
で戻っていたら、その死体があったんで、これかもしれないって。
口元に水を垂らして・・・。
それでもう一晩寝て、次の朝。
そしたら、総武線が走ってないわけよ。焼けちゃって。
で、しょうがないんで秋葉原へ行こうって。で、歩いていったわけだよ。
浅草橋から動いてるとかなんとかいう話もあったんで、とにかく行こうって。

それで本村橋を渡って、公園の横を通って行ったらね、住吉の交差点のちょっと先に学校があるんだよ。学校の塀の外にね大きな防火用水がある。
そこにいっぱい人が死んでるんだよ。 そこにキューピーさんが落っこちてるんだよ。
セルロイドのキューピーさんが・・・。
僕にはそういう風に見えたんだよ。
あんなところにキューピーさんがなんで落っこちてるんだろう。
セルロイドなんて燃えないわけないのに、なんで落っこちてるんだろう。
それでわざわざ近くまで行ってみたら。
子供だった。 赤ん坊。
だから、生まれちゃったんじゃないかな。今考えるとね。

父:生きてるの?

生きてないよ、死んでるけど。
何も怪我がなくて焦げてないの。

私:周りは焦げてるんですか。

焦げてる。で一体だけ。
で、親父がそんなもの見ても仕方ない、こっちへ来いってんで行ってさ、しばらく歩いていって、菊川橋を渡ろうとしたら渡れないんだよ。縄が張ってあって、お巡りさんが立ってて。
橋の上が死体で山になってた。
 

私:どの橋ですか。

それはね、家からいうと住吉町っていうのがあるんだよ。
本村橋があって、住吉町その先にもうひとつ橋がある。そしてその先に菊川橋。
この橋を通っていけば近いからさ。
この橋が通れない。死体の山になってた。なんでこう重なって死んだかわからないくらい山になってた。 渡り口に荒縄を張ってお巡りがたっていた。

で、しょうがないから右に曲がって側道をずっと歩いていった。

私:その辺りも死体でいっぱい?

もう4日目だから、軍隊がきて道端に積み上げてあった。
延々と積み上げてあったね。
秋葉原まで一面の焼け野原、時々、金庫がポツンと立っている。川はどこも死体でいっぱい。


私:その、お母さんの遺体だっていうのはそのまんまにしてきちゃったんですか。

そのまま、
もうどうしようもないもの。

それでその後、3日居たんだ。3日だか4日目に埼玉に引き上げたんだけど、4日目だ。
3日間は今はサトってマンションが建って、サトっていう外食産業。
それからそのいくつもサトの駐車場になっているんだよ。
そこが当時ねコンクリの駐車場になっていたんだよ。その屋根の上に上ってよく遊んだんだよ。
鉄の旗ざおが建っていて、それに登って遊んだ。でかく怒られたりしたけどね。
で、その駐車場にはシャッターが付いてたんだけど、鉄砲の弾を作るっていうんでシャッターが外されて無かった。  
それでそんな所に居たって助かるわけないとみんな思ってたんだよ。それで今関さんっていうおばさんがね、まだあのおばさんも40位だったかね。その人が・・男はみんな戦争行っちゃうから居ない。ばあさん一人だったんだよ。
その辺りで一番最初にすぐそばに焼夷弾が落ちて燃えてきたので
それでその人がね、逃げ場が無いんで布団をかついでそこへ入ったんだ。
まだ燃えてない、って家へ入って布団を3枚くらい持ってきて布団に包まっていたら助かっちゃった。風の向きが変わって。

私:布団は燃えちゃったんですか?

布団は燃えないんだよ。他に持ち出した物も助かった。

父:自分の家も焼けなかったの?

焼けちゃったもちろん。 焼けなかったのは穴に入っていた少しの味噌と家の前の植木鉢のゴボウにんじん。

それで布団3枚くらいあるからさ、お母さん達を探すならこの布団をやるって。
その布団をもらって、その中で姉と弟と親父と寝泊りして3日間くらい居たんだよ。
そのコンクリートの一番奥に。
前は何もないんだよ? 焼けなかったんだよ。不思議と。風の向きが変わったんだきっと。
その横は貨物線の線路だから、土手があって、線路があるんだ。
助かった人たちが次から次へと顔を出していったね。

私:その駐車場しばらく残ってたんですか?

ずーっと残ってた。
今は無くて、そこは賃貸マンションになって。一番下が和食のサトっていう外食屋の駐車場になってる。2Fがサト3〜10Fはマンション

父:今関さんっていうのは酸素屋?

酸素屋。(溶接屋)

私:その駐車場って橋本さんの家から近かったんですか?

薬屋があって、うちがあって、米屋があって、その隣だから。
だから、そこへ入ってれば助かったんだよ。なまじ逃げないで・・・
結果としちゃね。

父:周りが火の海になっているのに、よくそこに布団を被って居たねぇ。

逃げるところがなかったから、そこに入るしかなかったって。
そこに入って自分の家が燃え落ちるのを見届けたそうだ。


私:その近辺で助かったのってその人だけ?

その人だけ。
その脇に土手があって、線路があるんだよ。(小名木の貨物線)
寒くてしょうがないわけだよ。
焼け跡に行って火にあたらなきゃ寒いんだから。風がビュービューしてて。
寒い日でさー。
で、見たらね、線路の上でみんな日向ぼっこしてるんだよ。
大勢日向ぼっこしてるんだよ、こうやって下から見たら。
下の方から見えるんだよ。
だから線路の上へあがっていってみたんだよ。

全部死体・・・。

線路の枕木の上にみんな死んでる。
線路があって枕木があってその上で死んでた。
それがずーっと並んでた。

それが下から見ると日向ぼっこしてるのかと思って、あそこ行けば暖かいかなーと思って。
子供だから。
だから、上へあがっていったんだよ。
そうしたらそこはみんな死体。 火がみんななめたんじゃない?

ところが下のその駐車場は助かった。だから皮肉なもんだよね。
入ったその駐車場は車はないし燃えるものがないわけだよ。
三方向コンクリートで前だけ開いてるコンクリートの箱が横になってるだけだから。

父:いくら焼夷弾といっても、落ちたところと落ちてないところがあるし、後は風向きによって焼けないところもあったんだろうな。

で、カラカラカランって転がって流れたところはポタポタ垂れて燃えてるからもう見ると道路中が火の海みたいに見えるわけよ。

私:翌日とか落ちた焼夷弾はそのまま残ってたんですか?

おー、全部そのまま残ってた。
今でも、持ってる人いるよね。 江東区役所のところに置いてある。
うちにあったけど、どっかへ行っちゃったけれど、八角形の形してる。

束で落ちてきて、バーンと分かれてさ、楕円みたいになってあー落ちてきたーっていうのが見えるともう火の海だ。 (一束36本くらいだったとか)

私:飛行機は見えるんですか?

飛行機はね低空飛行だった。
低空飛行でね、紅く塗ってあるのかと思った。
下がメラメラ燃えているから。

私:飛行機はどのくらいの大きさで見えたんですか?

いやぁ、でっかく見えたから天井いっぱいくらいに見えたよ。

私:そんなに低い!

低く見えた。
で日本は反撃なんかなにもないんだ。 (墨田公園に高射砲が据わっていたが・・・)

私:どのくらいの高度だったのかなぁ

父:高度2000mでやったとか言うけど。
私:2000mじゃそんなに大きく見えないよー

見えないね。

父:子供の目だったから大きく見えたんじゃないのか?いくら低く飛ぶっていっても下で火が燃えてて上昇気流もあるんだから、そんなに低く飛べないよ。

私:お父さん見てないじゃん・・・。

父:いやそれは見てないけど1万メートルのB29は見てるよ。

まぁ、そうかもしれないな。でも天井いっぱいくらいに見えたよ。

それでね、その後ね。お袋と妹、弟が行方不明なわけだよ。3日間探したわけだけど、3日間探している間にあちこち行ったからいろんな所を見たわけよ。

そしたら、さっき言った橋があるでしょ。進開橋の附近は川の水面が見えなかった。死体で。

私:それは焼けた死体だったんですか?

いや、水の中へ落ちて溺れた死体。
寒いから死んじゃったわけだよ。焼けてない。

それでね、3日目くらいだったと思うけど、1丁目の父の実家に誰か帰ってきてるかもしれないといって行ったわけだよ。それで居ないから川の方まで見に行ったら、一生懸命、川から揚げてたよ。
軍隊がきて、トビ口を使ってひっぱり揚げて道路際へあげて。

私:その川はどの川なんですか?


小名木川。(明治通りの新開橋の下に一番沢山かたまっていた)

その後たまたまね、戦後に、その隣に居た薬屋のお兄さん、大学生だから。お兄さんは軍隊に入隊していて弟が大学生で学徒動員で行くと決まったので。
それでみんな集まってお別れ会をやっていたんだって。 3月9日に。
そしたらその日に空襲があった。
男どもだから、俺達は後でで逃げるから、お母さんたち先に逃げろって言われたらしいんだよ。
それはどこへ逃げたか知らないけど、助かったって。

その家に、僕の同級生で勝田和代っていうね、女の子がいたんだよ。
それとお母さんは助かった。その下の妹はガレージに来た時は助かったていたが、あの後、破傷風で亡くなった。

それで息子は2人、俺達は家を守るからって残ったらしいんだよ。
いよいよダメだって言うんでね、小名木川の進開橋へ逃げたらしいんだ。
でこの橋を渡って、ここが倉庫みたいで燃えてなかったんだってさ。(端の先は倉庫でその先は小名木川駅があった)
で、ここを渡ろうとしたら風で、ウワッ・・て吹き飛ばされて二人とも川へ落っこちちゃった。

私:川へ落ちた??

落ちた。おっこちちゃった。風で。
欄干がないんだから。
鉄砲玉作るんで持っていっちゃった。
で、丸太があったんだけど、燃えてとっくに無くなってた。
火事になると凄い風が起きるので、想像以上の風速になる。

私:じゃぁ、燃えてる最中ですか?


燃えてる最中、こっちに行けば助かるっていうんで・・・
一陣の風が吹いたら大の大人2人が吹き飛ばされちゃった。
それで川へ落っこちちゃった。
薬屋のお兄さんが・・・

それで川におっこちて兄貴は行方不明。そのまま死んじゃった。

父:それは誰が見てたんだい?

それは兄弟だから、兄弟2人が吹き飛ばされた。
弟と兄貴が・・・
片一方は明治薬科大学。それで学徒動員でいく。
片一方は軍隊に入っていて訓練中で内地にいたそうだ
その夜にその2人が来てた。

それが戦後、同級会をやった時に聞いた。
お兄さんは1人ここで助かって一人死んだって。
1人はたまたま水の上におっこちた。

私:もう1人はじゃぁ、水の上に落ちなかった?

人の上におっこちたんじゃないか。
それでどっかぶつけて、そのまんまになっちゃった。
橋からけっこう高さあるんだから、橋の下トラックが通れるくらいだったから。

それで水の中にばしゃーっと落ちて、周りの人間を掻き分けて、橋の桁につかまって・・・。

父:どっちが助かったんだい?

兄貴の方。軍隊へ行ってた方。

それでつかってさ、火がくると水の中に入って苦しくなると顔をあげて・・・一晩中やっていたって。

私:それ、寒くなかったんですかね・・・

川の水がぬるま湯のようになっていたそうだ。
夢中だったって。それで若いから。年寄りだったらそのまま死んでるけれど。

そこに看護婦が居て、そこでやっと目を洗ってもらって、目が開いた。
そのときもう、夕方だった。

私:助かった場所から、ここまで歩くのにどのくらいかかったんですか??

んー、まぁ、子供の足だけど、右へ左へしながらで1時間くらいじゃないかな。
(その間、人の悲鳴がずっと聞こえていた・・・。)

私:え? 空襲で逃げ出したのは夜だから、

防空壕に入ったのが8時くらいで、それから逃げ出したから・・・

父:アメリカの資料だと空襲開始が0時頃でそれから2時間らしいけどなぁ

防空壕の中が広くて、入って寝てたから・・・

とにかくね、最期に目を洗ってもらったのは夕方だった。
(西の方がわずかに赤く、空は曇っているような煙の空だったから・・・)

私:明け方ではなく夕方?

夕方。びっくりしたんだから。 
やっと目を洗ってもらって見えるとおもったら薄暗かったんだから。

父:夕方だと思ったんじゃないの?

いや。夕方だった。

それでね、今、森本っていうガソリンスタンド(エネオス)になっている、ガードの手前に、当時、小椋石油のガソリンスタンドがあった。
それがね、猛烈な勢いで燃えていた。
黒い煙を噴き上げて。

私:それは、目を洗ってもらったときに

そう、一面が真っ黒な煙でもって向こうが見えなかった。
だから、煙の向こうに家は残ってると思った。ガードの向こうだし。
で、家に行って見たらみんな燃えて無かった。


父:錦糸町方面から逃げてきた人たちがガードの辺りまで来たら人がいっぱいで逃げられず、引き返して助かったって話もあるね。

ガードの下でいっぱい死んでた。小名木川の貨物線が京葉道にかかっている鉄橋の下の左側の壁に・・・。
ガードの下はね、戦後ね何年もの間壁にね人間がこうして死んでた脂跡が人間の形にいっぱい残ってた。
絵画みたいに・・・・黒く・・・。

亀戸の駅は死人の山、ホームへ登る階段は人が重なってそのまま焼けていた。煙突のようになっていて火葬場のようだった・・・。

父:戻って助かってる人もいるんだもんな。

家にもどってくると、偶然、父親と再会した。
公園に逃げろって言ったから、公園に行って探したけれども居なかったと。それで一生懸命探したんだ。見つからないからがっかりして帰ってきたところで親子が逢った。



父:錦糸町の前に白木屋があっただろ。

白木屋あった。

父:あれ、焼けなかっただろう? だって、本所劇場と江東劇場は焼け残った。
焼けてない。で、都電の終点だった。錦糸堀という終点

父:だからあの辺一角焼けてないんだな。

焼けてないんだなー

焼け跡にはね、ずーっとあちこち金庫があった。
金庫ってのは石でもって土台を作ってその上に乗っけてあるんだ。
それで僕らの仲間に、金庫屋がいて、それでずいぶん儲けたって。

私:え?持って行っちゃうんですか?

うーん、だって誰も居ないし、一家全滅なんてザラにあった。
持っていって綺麗にして売っちゃうんだよ。
それで中を裏を酸素でもって切って開けて、中の物を出しちゃうわけだよ。

私:中のものは燃えてないんですか?

燃えてない。燃えてないのもあったそうだよ。
それで大金持ちになったって。

私:それ、金庫ドロボーじゃないですか!

いや、当時の金庫屋はそれでだいぶ儲けたって聞いたよ。

私:橋本さんの家の金庫は?

うちは酒屋だから、金庫なんてないよ。金庫あるのは金持ちだけだから。

私:貴重品は持っていったのは全部残ったんですか?

それが残ってないんだ。
逃げている最中に、最後の逃げ場に入ったときに、火が付くっていうんで周りの人が何人か協力して、パって投げると風でダーっと飛んでいっちゃうんだよ。
それで、飛んで行っちゃったの。
それで、無くなったと思っていたら・・。後日、偶然発見されることになった。

死体の下に挟まっていたの、それが。
男の人の死体の下に。それで半分焦げて。 通帳を握って背中は焦げて腹の下に入ってた。
今でもその焦げた判子うちにあるけれど・・・。

それとね、うちのそばに貨物線のガードがあるでしょ。
それでうちは北向きで寒いんだよとっても。

私:寒い。

寒いの。うちのね、道路を隔てた反対側のガードのそばに今関さんって酸素屋さんがあった。
何でも作ってやるから酒くれってわけだ。
で、防空壕、防空壕じゃなくって鉄の箱を作ってくれと。
それで僕らが入った防空壕の少し手前に穴を掘って入れたわけよ。

高さがね、当時の鉄板で蓋まで作って長さが一間半くらいかな、幅が三尺くらいだね。
それを地面に埋めて、米とかいろんな物入れていざとなったらこれで助かる。闇で売っても食べていけるって。砂糖とかなんでも入れちゃう。
で、たまたまその時醤油の配給があった。で醤油が山積みになってたの。
それが燃えちゃって、その中に流れ込んじゃって。
半分くらい醤油が入ってた。醤油瓶は溶けて厚い板になってた。
で、砂糖なんか醤油びたしになってダメになっちゃった。当時なんかビニールないから紙の袋に入っていて全部びしゃびしゃ。

ところがね、お袋がね、明日の朝食べようとして米を研いであったんだね。それを釜ごと入れてた。
それが助かった。 ごはんが半分焼けていた。

私:そのまんま

うん。

それでね、隣の米屋の米がまだ燃えてるんだ。
で、こうやって掘ってさ。
米の燃えている上へ釜を乗っけてご飯炊いて食べた。

私:米で米を炊いた?

米で米を炊いたのは僕らだけだろう。

で、しょうがないそれを通り過ぎていったらね、今の丸八通りって広い通りになったけど当時狭い通りだった。(道幅6mくらい)
その通りをね、渡ったような気がした。姉に言わせると渡ってないんじゃないかって言うんだけど。

その間、狭い道しかないし家がいっぱい建ってるから、風に追われながら路を右へ左へ入ったりして元の路に戻ってきたり迷いながら逃げたわけよ。

そうしたら、今度は東から逃げてきた連中とぶつかったわけだよ。
ぶつかってちっとも先へ進めずに右往左往している間に上から焼夷弾が落っこちてきた。

私:こっちから来た人たちもこっちには火の手が回ってたんですか?

んー、だから何ていうか、こっちは荒川があってその土手まで行けば助かるんだけど。
風上に逃げようと思ったのか、なぁんでこっちへ逃げてきたか知らないけど・・・

東側の方は工場だった。三井化学とかね硫黄の会社があったね。
工場ばっかり、だから爆弾が落ちると思ったんじゃないの?そこを通り越して逃げる気なかったかもしれない。

で、その人たちとぶつかっちゃって、右往左往しているうちに焼夷弾がおっこちてきた。

私:それ落ちてくるの見えたんですか?

ああ、上でバーンと音がしたので上を見るとB29がびっくりするくらい大きく見えて、火が花火のようにワーッと落っこちてきた。
そしたら、あっという間に火の海よ。
落っこちてくる間に火が分かれて落っこちてくるんだから。
焼夷弾が空中で爆発して花火みたいに別れて落っこちてくる。
ひとつが60cmくらいの長い筒になっていて、運が悪い奴は直撃を受けて即死する。
ゲル状の塊が頭にいけば頭に火が付いちゃうしさ。

それで、リヤカーの上に焼夷弾が落っこちたような気がするんだよ僕は。

それでリヤカーに火がついたんで、お袋は子供を抱えてパッと後ろへ下がったわけよ。
僕ら(姉と弟と自分)は前へ逃げた。
それで生き別れ・・・・。

私:それで分かれて一緒になれない?

なれない。人がいっぱいで。 馬なども道路を塞いでいた。(当時は運送屋が近所に多くあった)
それであっちもこっちも火が付いて、右往左往して工場があったから、左の工場の中へ逃げていった。

私:そのとき橋本さんと居たのは

前にいたのは、弟と姉と私の3人で狭い路地を行った。
で、お袋は男の子をしょって、女の子を抱いて後ろへ逃げた。それでそのまま別れちゃった。

周りは火の海で人間はバタバタ倒れていくし、それでたまたま暗いところ、暗いとこを逃げていったらね、建物があったんだよ。

私:それ、道の中で人が倒れるというのは火がついて倒れるということですか。

火が付いて倒れるし、直撃を受けて倒れたのも居るみたいだし・・・右往左往だよ。
ちょうどそのとき、消防自動車が1台走っていったよ。中川に向かって。
相当人が居たから、おそらく跳ね飛ばして逃げたんじゃないかな。

で、僕らは暗いところへ逃げ込んだんだよ。
そうしたら工場があって、まだ燃えてなかったんだよ。
それで工場の中に建物が一軒あってねぇ、防空壕があると思って、入れてくれって言ったら、一人だけなら入れる。って。
ウチの姉と弟は地面にしゃがみこんじゃってるわけよ・・・。
で、僕は一人だけ入ったってしょうがないから、また出てきてさ、また手を繋いで逃げた。
こんなところに居たら火がつくからもう少し奥まで逃げようと言ってね。

私:その工場は残ったんですか?

残んない、残んない、その防空壕もみんな燃えちゃってた。
入ってたら死んでたと思う。


それでもう逃げ場がないわけよ。

その辺りっていうのが6丁目の団地を過ぎたこの辺りの左側・・・。
あの辺りは工場ばっかりだったからさ。
(後の話では姉の主人はこの辺りの桜田鉄工という工場へ中学から動員されていたとか・・・)

防空壕には入れてくれない。
さらに暗いところを入っていったら、細いコの字形にね、一方が1m一方が少し低く鉄板が積んであった。
このコの字の中に入った。 この中で人間が6〜7人助かったんだから。

私:どのくらいの大きさだったんですか?

高さは1m50cm〜2mくらい。
で、この中に入った。で、この鉄板というのは木が挟まってて、何段にも鉄板が積んである。
まぁ、小学校6年だったけど、頭よりは積んであったと思うよ。
朝になったらね、間の木が燃えてぐしゃっとなって、子供がしゃがんで肩くらいの高さになってた。

私:それ、隙間から火が入ってこない?

火が入ってくるわけ、だからもう、服なんかにひょいって火が付くと周りがみんな脱がせるわけよ。
風でウワーッって飛んでちゃうから、助かったときは丸首一枚。(3人で靴が片方だけ・・・。持っていた全財産のカバンも着ていた物と捨てて一緒にどこかに飛んでしまった)

うちの姉や弟とか手は焼けどするしさ、大人もなにもないもんだ。
ぼくらはここへしゃがみこんだわけよ。そしたらぼくらを飛び越して大人が3〜4人入ってきたよね。
それだけ助かったわけ、中で。
鉄板が積んである外側では死に切れない人がヤケドして唸ってたから・・・
中に入れないから影で、半分ヤケドして・・・
食用ガエルが鳴くように唸ってた。死んじゃったと思うよ。

とにかくね、火がね。火の粉じゃないんだから、柱が燃えてすっ飛んでくるんだから。
風で・・・
火の粉と言っても考えられないほどの大きなものが降ってくる。人は頭の毛に火がつくと、キャー!と言ってバタンと倒れてそのままになってしまう。
(何しろ、周囲の空気の温度は数百度の高熱になっている)

また、我々が入った場所の東側にはさっき入ろうとした防空壕があった建物があったんだ。
それが、真っ赤になって風でゆらゆら揺れているんだよ。
そしたら、隣の大人が南無妙法蓮華経って拝んでたよ。

父:何が揺れてるって?

その、入り口にあった二階建ての家が。
僕が最初に入れてくれっていった防空壕があるところ。
奥へ逃げたつもりだったけど、暗いところ、暗いところと逃げ回って元の場所へ戻ってきてたらしい。

その家が真っ赤に燃えてね、揺れてるわけ。
どっちに倒れるか。
こっち倒れたらみんな死んじゃうわけよ。
そしたら、大人が南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経って。
子供だから何もわかんない、見てたけどさ。

そしたらね、向こうへ倒れた。
それで助かった。


私:それで、ここには夜通しいたんですか?

夜通し居たんだよ。

私:火が収まったっていうのは明け方だったんですか?

明け方。明け方だと思ったんだよ。
姉が持っていた時計は、2時15分を指したまま止まってたらしいんだけど、その頃が一番火が強かったのかもしれない。
そして収まってからから出てね、目が見えないんだよもう。結局灰とか目に入って。
ぼうっと見えるの。
で、僕ら子供3人で助かったのは奇跡だって言われたよ。
お前らどこで助かったんだって。

父:それ、誰に言われたの?
どっか知らない男の人が来てねその人に。
そしたらお前ら手を繋げと。
お前ら家どこだって言うから、大島2丁目だよっていったら連れて行ってやるって言って。
そこは左だって、左へ行くわけよ。こうやって手を繋いで、そこは右だっていうと右へ。
それでたまにうっかりするとつまずいて・・・・

全部死体。

道路に人の死体が累々とあって、真っ直ぐ歩けないんだから。
みんな丸焦げ。
男か女かわからないんだ。
口がカーッと開いて、歯だけ見えて、口の中は真っ黒。髪の毛はもちろん燃えて無い。
目も燃えちゃって無い。穴が開いてるだけ。焼いたサンマのようになっていて
ガイコツと同じよ。
それで、手や腕が半分くらい痩せてて。炭になっちゃってる。
それで男だか女だかわからないんだけど股底が少しでっぱってると男だろう、平らだから女だろうっていう程度しかわからない。

私:じゃあ明け方出てきて、家に帰るまではずっとそんな状態?

うん、ずっとそんな状態できて、やっとのことで、大島第一国民学校(第一大島小学校)っていう小学校まで戻ってきた。家に少しでも近い方がいいと思って、そこには20人くらいの人が集まってきていた。

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