古川勝三の「あさ風」航海記録

風と潮に乗って「あさ風」と気の向くままに

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海には母が居る

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 日本は海に囲まれている良い国だ。独特の気候があり、独特の文化を育んできた。しかし、そこに暮らす日本人は海洋民族にはならなかった。その証拠に、海は魚を捕るための生活の場であり、遊びの場とは考えなかった。日本の至る所に漁港は造ったが、安心して海で遊ぶための港は造らなかった。海という文字には母と言う文字があるように、海は人間にとっては必要不可欠な存在だ。生活の場としても遊びの場としても・・・・

 19世紀は海の時代だった。そして海は自由だった。誰にも開放されていた。20世紀になると車の時代がやってきた。車は便利だが、その車のために地球を削って道を造り、その上を化石燃料をまき散らして我が物顔で車が走る時代だった。そして、20世紀の海は法律という名の網がかけられ、自由でなくなった。誰もが自由に遊べる海ではなくなった。政治屋の金儲けと官僚の天下り先確保のための免許や許可や検査が横行し、自分が作った船に乗るにも検査に合格しなければ海に乗り出すことも出来なくなった。
 外洋に遊びで乗り出そうにもこれまた法律で縛り、免許や法定備品とかを積まないと航海することも出来なくなった。
 本来、海は自由である。それを海を知らない政治屋と官僚がよってたかって不自由な海にした。
 舟に乗るのに免許が必要な国なんて、日本と韓国くらいである。ましてやヨットで外国へ航海するのに、いや外国どころか日本の領土である小笠原や石垣島へ航海するのに50万円近いライフラフトやこれまた30万円はするイーパブ、それに30万円近い双方向無線機を搭載しないと出港さえもできないような規制している。
 客からお金を取って商売で連れて行くのでなく、自分独りでいや夫婦で遊びで行く事さえも認めていない。自己責任の感覚がが乏しい日本人は、こうして行政が作っている。
 国民の遊びにまでいちいち行政が口出しをして欲しくない。国民をこんなに子供扱いにしている国は他にない。
 役人にいちいち決めてもらわなくても、自己責任として国民一人一人の判断に任せたらよい。いらないお節介はしてほしくないと思う。もう一度、19世紀のような自由な海を取り戻し、子供達が自己責任で自由に航海できる国にしたいもの。

 


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