全体表示

[ リスト ]

 日曜日、唐八景(長崎市)への途中、田上の交差点。
視線はかってこの近くにあった『椎の実』というジャズ喫茶?のあったところに行く。
いまじゃ唐八景への道路が拡幅され、小さな店だった『椎の実』は完全に県道の下に埋没している。よく通って来たのは・・・・五十年も前(半世紀)のことだった。
 
 店が開店したのは1968年。ジャズ&ロックと書かれたドアが懐かしい。当時長崎市内にはジャズ喫茶の草分け『マイルス』と姉妹店『ブラック』(こちらはバーだった)、それに『椎の実』がオープンする少し前に営業を開始した『フラワーチャイルド』があり、ガンガンとジャズを鳴らしていた。『椎の実』以降、『コンボ』、『モンゴメリー』が相次いで開店し、東京よりやや遅れてジャズ喫茶隆盛期に入るのだが・・・・
 しかし、誰もが呆れ?たのは『椎の実』の立地条件だった。今では田上というところは立派な住宅地になっているが、当時はバス停を中心に雑貨と食品を扱う店、酒屋、化粧品屋、郵便局(三等。民家併用)、床屋、ラーメン屋、小さなスーパーぐらいしか店舗はなく(あ、ラブホがありました)、通勤通学(県立南高)の時間帯以外は昼間でも人通りはまばら。「だからこそ残っている主婦連においしいコーヒーを売りたかったのよ」とママが言っていたのを思い出す。確かに近所の主婦連も来たが、ジャズを鳴らしているということが広まると地元以外の若い人たちが顔を出すようになった。まだステレオを呼ばれていたレコード再生装置が普及しはじめた頃である。
『椎の実』の再生装置はトリオのアンプとスピ−カー(店相応の小さなハコだったが、のちに3wayのでかいハコに変わった)ターンテーブルはパイオニアだったと思う。この装置の相性云々はさておき、連日30㌢LPが回っていたのだ。所有していたレコードはモノラル、ステレオ両盤をあわせて300枚ほど。今じゃ珍な25㌢盤のデイブ・ブルーベック4(dsにジョー・モレロが入る前のアルバム)などがあった。開店以後、新譜も購入されてその枚数も増えたのだが、なんせ小さな店である。レコードの大部分は二階(中二階)に置かれていた。開店当日、最初にかけたレコードは、ジョー・ヘンダーソンのアルバム「ページ・ワン」(ブルーノート)だったと聞いたことがある。そういえばこのアルバムを大きく引き伸ばした写真パネルが鎮座していたっけ。
 
 早い時間帯のお客さんが帰ると、ひとときヒマになる。そうした時間に腰を据えてママとジャズの話。屈託ないガボール・ザボのアルバム「スペルバインダー」などを聴いていると夜半近くになり、キャバレーやクラブで演奏していた人たちがやってくる。思い出すのはベーシストの若者でほぼ毎日、バイクでやってきた。真面目の上に生(き)がつくほどの、当節珍しい青年だった。彼との出会いは彼が山中でトランペットを吹いているのを見に(聴きに?)いってから付き合いが始まった。店で同業とジャズ論を戦わせている彼の姿をいまでも思い出す。やがて彼は生活の場(ベースを弾く)を求めてこの街を離れた。やがて早世のニュースが届いたのだった。
 キャバレーやクラブで働く人たちの仕事終わりは真夜中。よって『椎の実』が賑わうのは翌日に入ってからだった。夏など夜明けが早い時期には外に出るとうっすらと次の日が始まっていて「朝帰りだね」と言って別れたものである。いまで言うフュージョン系のアルバムを聴いたのもこの店であった。想い出というのは連続ではなく、断続的に出てくりものだ。
 
 長崎という街は日本の西端、人口も50万人前後である。そうした小さな町で、これまた定員10人という小さなジャズ喫茶だった『椎の実』。この店で出会い結婚した若者もいたし、常連だった人たちにも出会うことがある。「みんな椎の実学園の卒業生だねぇ」などといって往時を懐かしむのだ。
 間もなく『椎の実』のママの命日が来る。
 
 
 
 
 
 

閉じる コメント(2)

顔アイコン

お邪魔しますm(__)m

椎の実は、伝説のジャズ喫茶と言えますね?
田上は、田上病院しか知りませんが、位置的には どの辺りに椎の実は在ったのでしょうか?

初代のママさんは、さだまさしさんの叔母さんでしたね? 従兄弟さんの事故は、当時の長崎新聞にも小さく載ったと聞いています。

築町のフラワーチャイルドは、市内のジャズ喫茶の最古参だったんですね!?(°Д°)
今は ザ.なが という店に替わりましたが。
隣のカヴオ には、何度かライヴを見に行きました。 10年に1回は火事に見舞われるという痛いジンクスを持つ店でした。

銅座ムーンシャインが閉店した時に、長崎の音楽事情もピリオドを打った気がします。

今は、ワインバー田舎、フォーク酒場、ティンパンアレイが 細々と頑張っている様子です。

大浦メイゾン蟻、たろう、家野キャプテンキッド...jazzにしろフォークにしろ、昔の長崎には音楽が溢れてました。
長崎大学からは浜田良美も出たし。
あんな時代は もう来ないでしょうし、今のライヴハウスや音楽喫茶は スタイリッシュでお洒落だしお行儀がいい。

2014/12/22(月) 午後 11:35 [ 本原のバス停ネコ ]

顔アイコン

本原のバス停ネコさん。
ジャズ喫茶という職業形態がなくなって、いまじゃジャズバー!テキトーにジャズを聴き、テキトーに飲むのがジャズファンとしてマカり通っていますね。ちょっと寂しいきがします。田上の椎の実は現在道路の下に埋没しています。拡幅工事によって・・・・お読み頂きありがとうございました。

2014/12/24(水) 午後 4:45 [ joe**aga* ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事