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心のないやさしさは敗北に似ている―

旧帝国周遊記

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以前訪れたドイツ・オーストリアの旅行記です。
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 一カ月にわたる旅を終え、弥生も半ばに差し掛かった頃、私は故国の土を踏んだ。

 2003年、3月といえば世間では戦争が近づいた頃であった。

 それから、世間では何かと物騒な事件が多発した。戦争も起こり、貴重な歴史的財産が失われてしまうということもあった。
 
 無辜の民が大勢亡くなった。
 テレビから伝えられる学芸員の涙は子供を失った母の涙だった。

 それは大変悲しいことで、残念なことに違いないし、許されざることだろう。

 しかしながら、殺しあうことも、破壊することも、すべては人類の営みなのである。
 遠い未来にそれらの出来事は歴史の一つとして語られることだろう。

 それらの行為をどう評価するかは後世の歴史家の仕事である。
 ドイツの旧跡の多くは大戦中に破壊され、修復されたものがほとんどである。そこには、過去の行いを忘れまいとする人々の思いが感じられた。
 その行為も歴史の一つとして後世に伝えようとする思いが。

 歴史を積み重ねることも、歴史の証拠を破壊してしまうことも、すべて人類の行いなのだ。

 ―無論、それを修復することも。

 ドイツで見た旧跡はそれを物語っている。しかし、創造も破壊も人間の営みにとってコインの表裏ならば、そのいずれかを否定することも肯定することもできないと、私は思う。
 問題は、善か悪かの二項対立の次元にあるのではない。歴史上に現われてくるさまざまな事象をどう考えるかにあるのではないか。それこそが歴史を学ぶということであり、歴史を考えるということであると私は思っている。

 旧帝国の歴史を追いかけたこの旅は、時間が経つごとに私の心の底に深く深く滓として沈殿していくことだろう。

 人の記憶には限界がある。
 人の命にも限界がある。

 しかし、こうして記録にしておけば少なくとも想い出の褪色を鈍化させることはできるであろうし、もしかすると、何百年か後、歴史的史料となっていることもありえない話ではあるまい。
 そんなことを考えてこの記録の執筆に取り掛かった。それが、このような形で人の目に触れることなり、へたくそな文章に汗顔の思いである。

 この長い文章を最後まで読んでくださった諸兄には真に感謝の念を禁じえない。
 
 そして、私はこの旅で出会った多くの人々に何より感謝したい。
 困っている時に助けてくれた心優しきドイツの人たち。
 コインランドリーのおじさんやガイドのお姉さん、ホテルのフロントのお兄さんに、レストランのウェイターさん、DBの車掌さんにバスの運転手さん。偶然の手に引かれてウィーンの街角で再会したロンドンのご夫妻、列車で一緒になった日本人バックパッカー、カーニヴァルの子供達…どの人たちも忘れ得ぬ人々である。

 旅の面白さ。それは、自分が興味関心を持つところを観て回ることも勿論である。
 しかしながら、それ以上に人間とのふれあいもまた旅の大きな醍醐味の一つである、と、この旅を通じてその思いを新たにした。

 そんなあたりまえのことを改めて気付かせてくれた人々と、歴史の奥深さに感謝しながら、この駄文の筆を擱くこととしたい。

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 以上、芸術という点から筆を進めてきたが、他にもウィーンで訪れた処がいくつかある。

 その中でも、皇帝の居城たる王宮(ホーフブルク)とウィーン郊外のシェーンブルン宮殿はやはりこの旅の主旨を鑑みると外せない場所であった。

 その日、シェーンブルン宮殿にまず足を運んだ。
 ここは周知のとおり世界遺産にも指定されているハプスブルク家の夏離宮である。

 外観は所謂テレジアン・イエローと呼ばれる黄色一色に塗装された、お世辞にも上品とは言いがたい離宮だ。内装もバロックの典型であり、あまりに派手派手しすぎて正直、私は好きではない。
 ここよりもミュンヘンのニンフェンブルクのほうが遥かに趣味がいいように私には思われる。

 以前も勿論訪れているが、今回も一応内部を見学しようと思い、チケット売り場に向かった。

 が、しかし―。

 凄い人ごみである。どうやら、修学旅行か見学旅行らしく、学生らしき若者が犇いていたのだ。

 ここで内部を見ようという気は一気に失せた。

 内部は以前も見たし、並ぶ時間がもったいないから、思い切って内部は見ず庭を回ろうと思ったのである。この日は生憎空模様が悪く、久々に雪を見たが、それでも以前じっくり見られなかった庭を歩いた。
 
 しかし、庭をふらふらするだけではつまらない。
 そこで、私の足が赴いた先は「動物園」であった。
 この動物園、世界最古の動物園であり、勿論、シェーンブルン宮殿の庭園内に設置されたものである。大温室とのセットチケットで5ユーロという値段だったので、ま、多少の時間つぶしになるだろうと思って入ってみた。

 しかし、中は存外広い。動物の種類も非常に豊富である。数十分歩いてみても、まだ半分も見終わっていない。そこには、庭園内の動物園なんてたいしたことがないだろうと、また例のパターンにはまっていた私がいた。

 しかし、この動物園は大変面白い。動物園なんて十数年ぶりに訪れたが、象やライオン、虎、ニホンザル、果てはコアラに到るまで多くの哺乳類を初めとして鳥類や爬虫類、さらにちょっとした水族館まで併設されている。
 ここはもともとマリア・テレジアが世界中から集めたという動物を飼っておくためのものであったそうだが、その意志は現在にまで引き継がれているといえよう。

 こうして私はオーストラリアならぬオーストリアでコアラを見てきたのであった。

 ガラス張りの大温室も、その外観のデザインだけでなく、色とりどりの花が美しかった。
 やはり以前の私のように観光客はシェーンブルンの内部だけ見て帰ってしまうのが一般的であり、時間の都合上、それもやむを得ないところなのであろうが、ぜひともシェーンブルンの庭園と動物園、大温室の植物を見てもらいたいと思うのである。
 

 皇帝の居城たる王宮もウィーンの目玉である。

 ここは、皇帝の生活空間のみが公開されているのではなく、多くの建物がそれぞれ別の博物館などとして公開されている。その全てを見て回ることはかなり大変であるが、やはり初めて王宮を訪れたら、皇帝の部屋を見ることをお勧めする。
 私も以前訪れたときは皇帝の部屋を中心とした所謂観光スポットを見学した。

 そこで今回は、あえてそのスポットを外し、王宮の中でも珍しい博物館を見学してきた。

 それが、武器・狩猟部門と古楽器コレクションであり、もう一つが王宮宝物館である。

 前者は私が是非訪れたかった博物館である。ここには中近世を通じてほぼ全ての時代における甲冑や武器が展示されており、本の図版に使われることも多い甲冑などもコレクションされているのである。

 博物館自体は、王宮の中でも新王宮と呼ばれる場所にあり、非常に大きな博物館であった。そこには甲冑が時代別にずらりと並んでいる。何体あるのか想像もつかないほどだ。
 しかし、甲冑の様式の変遷が手にとるようにわかって実に楽しい。そして、芸術品としても甲冑や武器などは価値あるものである。

 人を殺すための道具がこれほどまでに美しい工芸品となることに皮肉な思いであった。

 古楽器のコレクションも見事なもので、やはり時代別に楽器の変遷を辿ることができる。音楽に関心のある方には面白く見学できる場所であろう。

 
 そして、この旅の最後に見学した博物館となったのが王宮宝物館である。

 その名の通り、ハプスブルク家の財宝の類を一同に展示している。中でも、神聖ローマ帝国の皇帝が持つ皇帝権票としての王冠・王笏・宝珠の三点セットは素晴らしかった。
 
 神聖ローマ帝国における「三種の神器」とでも言うべきか―。

 金銀財宝に彩られたこの「三種の神器」は、ルドルフ二世以後の歴代皇帝の肖像画を見ると必ず描かれているものであり、絵画でしか観たことのなかった帝冠を目の前にして感動を禁じえなかった。
 それはむろん、工芸的に美しいということもあったが、この「三種の神器」こそが皇帝を皇帝たらしめていたと言っても過言ではないのであり、まさに、皇帝権力の淵源の一つなのだから。

 それを目の当たりにすることができたことは、帝国の歴史を追うこの旅には相応しいエンディングであったように思う。

 

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 ウィーンといえばやはり音楽の都である。

 以前の旅では音楽に触れることはなかったが、今回はウィーンでコンサートを聴くことも大きな目的であった。

 幸い、チケットも購入することができ、ウィーンの夜をコンサートで楽しむことができた。

 最初に行ったのが楽友協会の大ホールで行われたウィーン交響楽団によるコンサートである。

 楽友協会大ホール―
 
 ここは、毎年ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートが行われることでも有名なホールだ。そんな音楽の殿堂で生のオーケストラの演奏を聴けるなど、生涯に一度あるかないかの機会である。
 もう楽しみでチケットをとってからワクワクしっぱなしであった。
 しかも、指揮は御年八十歳にならなんとする名匠ヴォルフガング・サヴァリッシュである。
 さらに席は最前列と来ている。

 これはワクワクしないほうが無理というものだ。

 七時の開場にあわせ食事をとり、いよいよホールに足を踏み入れた。
 周りは正装した紳士淑女の方々ばかりである。一応、ネクタイはしていったが、やはり周囲の雰囲気には気圧されてしまう。ヨーロッパの社交界というものを初めて目の当たりにしたためでもあろうか。
 チケットを見せ、クロークにコートを預け、いよいよコンサートの行われる大ホールに行く。

 ここは通称「ゴールデン・ザール(黄金のホール)」と呼ばれており、その名の通り、天上や壁面は金を基調とした内装となっている。
 
 しかし、最初に感じたことは非常に狭いということである。

 衛星中継で見るニューイヤーコンサートがこんなに狭い場所で行われているとは思わなかった。千人も入ったらいっぱいになるくらいの長方形のホールで、座席の幅も狭い。
 そして、最前列の私の席と、オケのいる舞台との間隔もものすごく狭い。十数センチというところではあるまいか。
 ここだと音のバランスはよくないので、音楽鑑賞にはあまりいい席ではないが、その分、微に入り細に穿つまでじっくりとオケの動きを見ることができるのである。

 開演時間になり、三々五々オケのメンバーが入場してくる。音合わせや練習をしていると、ヴァイオリンの男性が「ウェルカム」と微笑んでくれた。眼鏡の似合う実にダンディな紳士だ。

 そして、拍手とともにサヴァリッシュの入場である。

 指揮壇は私のすぐ上。サヴァリッシュの動きや表情、息遣いまでが手にとるようにわかった。
 サヴァリッシュは矍鑠とした恰幅のいい白髪の老人で―

 …見た目はまるでケンタッキーのカーネル・サンダースそっくりである(失礼)。

 しかし、指揮はエネルギッシュなものであった。若い指揮者のように派手に動くことはないものの、その動きには老練で円熟した美しさとエネルギーが感じられる。それはまるで、能の舞いのような静かな力強さを放っていた。

 曲目はウェーバーの『交響曲第一番』に始まり、シューマンのピアノコンチェルトなどを挟んで、最後はヒンデミットの『ウェーバーの主題による交響的メタモルフォーゼ』だった。
 曲目を考えるに、ドイツロマン主義の曲がテーマであったのであろうか。
 途中のピアノ曲のときは、ピアノが近くにありすぎて、オケとのバランスが悪く、さすがに閉口したが、それ以外の曲は素晴らしかった。

 場所に酔い、演奏に酔い、そしてその全ての雰囲気に酔ってしまった。
 
 この夜のコンサートは一生忘れることのできない想い出として私の胸にしっかりと刻み込まれている。
 
 翌日は、ウィーン国立オペラ座でのオペラ観劇である。

 私は、クラシックは大好きだが、オペラというものを観たことがない。関心はあるのだが、どうもよくわからないというイメージが先行し食わず嫌いだったのである。
 しかし今回、幸いにもチケットを取ることができた。しかも、場所は国立オペラ座である。初めての体験にやはり胸が躍った。
 ここも紳士淑女の社交場の様相を呈していたのは言うまでもない。それは、前日のコンサートとは比較にならないほどであった。

 オペラのチケットというのは実にピンキリである。私が観たときには、一番よい席は日本円で二万円近くした(演目や演者によってはもっとするときもある)が、一方、一番安い立見席などは日本円でだいたい400円ほどであろうか。
 オペラ座はヨーロッパ階級社会のまさに縮図である、と言っても過言ではあるまい。私が取れたチケットは千円ほどのものであり、非常に観づらい席であった。
 まあ、分相応の庶民の席である。

 座席に座り、馬蹄形のオペラ座の観客席を眺めながら、私はふと映画『アマデウス』のワンシーンを思い出した。あ、あの席は皇帝や貴族達の席だな。あ、あっちは庶民の中でも比較的裕福な人が座った席だな。そして、こっちは、「天上桟敷の人々」だな、と。
  皇帝や特権階級たる貴族は今は存在していない。しかし、表象としてのオペラ座の座席の持つ意味は今でもモーツァルトの時代となんら変わるところがないのではなかろうか。

 そんなことを考えているうちにピットにオケのメンバーが集まってきて、序曲が始まった。ついにオペラの始まりである。

 この日の曲目はロッシーニ作曲の『セヴィリアの理髪師』。

 ご存知の通り、モーツァルトの『フィガロの結婚』の姉妹作ともいえるコメディだ。初めてみるオペラがこの作品であったことは真に僥倖であったと言わねばなるまい。オペラ初心者の私にとっては、小難しい悲劇など理解できるはずもない。現代オペラなどを見せられた日には眼も当てられなかったであろう。

 しかし、この作品はドタバタのコメディである。登場人物の動きなどで話の粗筋も追えるし、何より面白い。歌詞の意味などわからなくても、動作や演出などで笑ってしまうのである。
 幸いに各座席に字幕が付いており、英語字幕やドイツ語字幕を見れば歌詞の内容もうっすらとわかった。

 歌手のアリアや立派な舞台装置、オーケストラ・ピットの動き、そして、観客の大歓声。

 全てがそろってこそのオペラなのだと思った。
 この感じはどんなに画質のいいテレビでオペラを観ても味わい得ぬものであろう。それではオペラの魅力は半減する。無論、粗筋や歌詞の意味を勉強するためなどにテレビで観ることはいいだろうし、それはそれで楽しめるのだが、やはり実際に生で観たときのあの雰囲気こそ、オペラの醍醐味なのだと肌で感じてきた。

 これからも、観劇する機会があれば是非とも劇場に足を運んでみたい。そのためには日ごろからオペラを勉強しておかねばならないだろう。

 食わず嫌いの私を一瞬でオペラの虜にしたこの夜の出来事もまた、忘れ得ぬ想い出である。
 
 さて、音楽についてはもう一つだけ書き留めておこう。

 それが「音楽の家」という博物館である。ここも先のミュージアム・クォーター同様去年オープンしたばかりの新しい博物館なのだが、音や音楽に関する体験型の博物館である。
 中は非常に近代的でアトラクションも最新のCGや技術を駆使したものばかりである。

 近代的というよりは、むしろ、近未来的とも言うべきか。ここで面白かったのは、「オーケストラを指揮してみようゲーム」である。プレステにも同様のゲームがあるが、こちらはウィーン・フィルの指揮者になったつもりで大画面の前に立ち、タクト型コントローラーを上下に動かしてウィーン・フィルを指揮するものである。
 
 映像は勿論本物のウィーン・フィルの皆様が出演しているので臨場感もたっぷりだ。

 曲目はヨハン・シュトラウスの『美しく青きドナウ』や『ラデツキー・マーチ』、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』などがプレイできる。
 コントローラーの上下の動きの速さで演奏スピードが変わる。

 あまり上手くできないと、オケのみなさんからブーイングを受けることになったりするのがまた楽しい。童心に返ってすっかり楽しんでしまった。

 ここもウィーンの新名所であるので、興味のある方は訪れてみてはいかがだろうか。

 
 そして、旅もいよいよ終わりを迎える時が来た。

(後編に続く)

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この旅のスタート地点にしてゴール地点。

―それが旧帝国帝都にして、ハプスブルク家の居城ウィーンである。

無論、ウィーン=ハプスブルク家として語るのはあまりに乱暴であろう。
 ウィーンはローマ帝国時代からある都市であり、ローマ名を「ウィンドボナ」と言った。それほどまでに古い歴史を誇る町なのだから(もちろん、ローマ時代からの都市は他にも幾つもあるのだが)。

 ウィーンがハプスブルク家の都となったのは、ハプスブルク家のルドルフ一世が皇帝になって以来のことである。
 1276年に彼はライヴァルであったベーメン王オットカルをマルヒフェルトの戦いで下し、以後、それまでバーベンベルク辺境伯家のもとにあった現在のオーストリア地方を支配下においたのである。
 この後、ウィーンはハプスブルク家のお膝元になるが、16世紀くらいまでは、ハプスブルク家はウィーンのほかにもベーメンのプラハや、カール五世のころにはスペインのマドリッドにも拠点を置いていたのである。
 しかし、カール五世の世界帝国の夢が潰え去り、ハプスブルク家の家系がスペイン系とオーストリア系に分裂した後、本格的にウィーンは「皇帝の都」となったと言ってもいいであろう。

 まさに、旧帝国を巡る旅の愁眉を飾るには相応しい都市である。

 
 ウィーンは歴史の都でもあるが、同時に芸術の都でもあることは周知のとおりであろう。
 
 ウィーンにおいて芸術を語る際、無論様々な視点からこれを眺めることが可能であろう。
 建築に関心のある方はフンダートヴァッサーやオットー・ヴァーグナーの名を挙げるであろうし、音楽に関心のある方はグスタフ・マーラーやヨハン・シュトラウスなど名だたる作曲家を挙げるかもしれない。
 
 しかし、いずれの芸術に関心があるにせよ、やはりウィーンを語る上で外せないのが「ウィーン美術史美術館」の存在であろう。

 パリのルーブル、マドリードのプラドと並んでヨーロッパのみならず世界の三大美術館の一つに数えられるこの美術館はまさにハプスブルク家が集めた人類の至宝の宝庫である。無論、以前の旅行の際もここは訪れたが、ウィーンに来たら必ず立ち寄るべき美術館ではなかろうか。
 
 美術史美術館は王宮の近くにある。この一角は、後述するがミュージアム・クォーターとしての再開発が行われ、美術史美術館はその美術館群の中心的存在となっている。
 美術史美術館のある広場に行くと、そこにはマリア・テレジアの像があり、その像をはさんで向かって右側に自然史博物館、左側に美術史美術館がある。この二つの博物館は双子の建物で、マリア・テレジアを挟んでお互いが鏡像のようになっているのである。
 
 前回、美術史美術館を訪れた時はブリューゲルやルーベンスなど、教科書に出てくる絵ばかりに目が言って、些かミーハー的な感動にのみ突き動かされていたが、今回はより落ち着いて絵画を味わうことができた。それは二度目ということもあるが、自分自身、前回に比べて絵画や歴史についての知識が増えたからかもしれない。

 無論、ブリューゲルの『バベルの塔』や『農民の婚礼』、『子供の遊び』など著名な絵画も素晴らしいが、今回は特に、デューラーやクラーナハ、ホルバイン、アルトドルファーなどの絵画を興味深く鑑賞した。また、様々な人物のポートレートも面白かった。
 とりわけ、「中世最後の騎士」と謳われた皇帝マクシミリアン一世の肖像画や、ハプスブルク家関係の本には大抵掲載されている同皇帝の一家の肖像など、芸術的関心というよりはむしろ歴史的関心に惹かれて非常に面白く見ることができた。

 美術史美術館は非常に広く、じっくり鑑賞するのは一日がかりである。そこで、今回は前回寄らなかった美術館内のカフェでお茶をしてみた。美術館正面の大階段を見下ろす場所にあるカフェはバロック式の壮麗なつくりで、天井画に描かれた歴代皇帝の肖像と名前にまでついつい目が行ってしまったものである。ここで頂いたメランジェとアップル・シュトリューデルも大変美味しかった。
 
 美術史美術館のほかに、今回は新しくできた美術館を見学した。
 それがウィーンの新名所ミュージアム・クォーターにある美術館であるレオポルト美術館だ。

 このミュージアム・クォーターは大小さまざまな美術館や展示館が集められた一角で2002年の秋頃にオープンしたばかりの場所である。ここにある美術館の中でも、今回訪れたレオポルト美術館とルートヴィヒ財団近代美術館の二つがメインとなっている。
 後者は時間がなくて行けなかったが、カンディンスキーなどもあるようなので次回は是非足を運んでみたいものである。

 レオポルト美術館は非常に開放感のある美術館であった。窓も巨大な一枚ガラスであり、上の階の窓からはウィーン市内が一望できる。
 生憎、この日は天気に恵まれなかったが、この巨大なガラス窓越しに見るウィーンの街自体も一枚の絵画の如くであった。

 この美術館には、これまで展示されることのなかったエゴン・シーレやココシュカ、そして、クリムトの絵画が展示されている。まさに、ウィーン世紀末絵画をじっくり堪能できる美術館なのだ。正直、ココシュカやシーレはあまり好きではないが、クリムトは好きである。特に、彼の描く女性の艶かしさと、デカダンな彩色に惹かれるのである。

 クリムトと言えば、彼の代表作『接吻』も忘れることはできない。

 余りにも有名なこの絵は、レオポルト美術館ではなく、ウィーン中心部から少し離れたところにあるヴェルベデーレ宮殿上宮のオーストリア・ギャラリーに所蔵されている。
 当然のことながら、ここにも足を運び『接吻』と再会してきた。

 また、クリムトの作品で前回見逃していた作品も今回は鑑賞してきた。それが『ベートーヴェン・フリーズ』である。これは一枚の絵画ではなく、ある建物内部の壁画として部屋の三面の壁に描かれた一続きの作品である。
 そのタイトルが示すように、ベートーヴェンの交響曲第9番にインスピレーションを得て作成された作品である。この部屋に入って壁画をじっくり見ていると、クリムトの世界に引き込まれるようであった。 幸い、双眼鏡を持っていたので、細部まで鑑賞することができた。
 
 ちなみに、この作品のある建物は「金色のキャベツ」とよばれている。かのオットー・ヴァーグナーの設計であり、クリムトらウィーン世紀末絵画を牽引した「分離派(ゼセッシオン)」が拠った建物なのだ。建物を見るだけでも楽しいので、建築に関心のある方も足を運んでみてはいかがろうか。

(中編に続く)

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 ツアー二日目。

 この日は午後から同じくパノラマツアー社のツアーでザルツカンマーグートに出かけた。

 「ザルツブルクに来てザルツカンマーグートに行かないのでは、その魅力の半分を見ていない」とよく言われるように、ザルツカンマーグートは非常に風光明媚な場所である。
 
 カンマーグートKammergutとは御料地、つまり領主たるザルツブルク大司教の直轄地だった地域を意味する言葉である。
 ここはスコットランドの湖水地方のように、点在する湖とそれを囲繞する山々が織り成す風景で有名なのだ。
 
 昨日と同じく、赤いワゴンが迎えにきてくれた。再びホテルで他の客をピックアップして、まずはミラベル庭園前にあるパノラマツアー社の事務所前に車は止まった。そこで、他のツアー客とも一緒になり、車を乗り換える。
 今回はイタリア系のガイドさんであった。
 同乗したのはロンドンから来たご夫妻。旦那様のほうは白髪で、すこし痩せて年をとったアンディ・ウォーホルといった雰囲気の紳士だ。奥様のほうは、痩せたジュディ・デンチといった感じの、これまた窈窕な淑女である。
 そのため、今回のツアーは英語でのガイドとなった。

 昨日はザルツブルクから南に向かったが、今回訪れるザルツカンマーグートは西側にある。

 車内では、ウォーホル氏が盛んにガイドさんや奥様と話をしていた。見た目の割にはよく喋る方である。

 車は湖水地方に向けて雄大な自然の中を走っていく。途中、牧草地に鹿の親子がいる様子なども見ることができ、幸運であった。

 車内ではウォーホル氏のトークが盛り上がる中、車窓には湖が見えてきた。それはフシュル湖という小さな湖である。
 森に囲まれた小さな湖は、この時期凍りつき白くなっている。聞けば、スケートなどもできるそうだ。 そして、フシュル湖を過ぎると、比較的大きな湖であるヴォルフガング湖が見えてきた。

 ヴォルフガング湖は大きな湖であるため、この時期には部分的には氷結していない箇所も多い。そこから覗く水の色は碧く、透明度が伝わってくる。

 そして、漣一つ立っていない紺碧の水面には、湖を静寂と共に取り囲む氷雪の甲冑を未だまとった山並みが映りこんでいる。それはまるで鏡に映し出されているかのようであった。

 湖はいままで日本でもたくさん見てきたが、これほどまでに美しく山並みを反射する湖は初めてであった。

 陶然と車窓を眺めているうちに、我々を乗せたワゴンはヴォルフガング湖畔の小さな町、ザンクト・ギルケンに滑り込んだ。
 ここはかつてモーツァルトの姉と母が住んだことのある町でもあり、市庁舎の前には幼いモーツァルト像もある。また、モーツァルトの姉の住んだ家も残されている。
 
 モーツァルトはどこにいっても貴重な観光資源であるらしい。

 20分ほどこの町に止まったので、湖畔を逍遥し、小さな町をくるりと回ってきた。ガイドさんの話によれば、このあたりは避暑地らしく、夏場になるとヴァカンスでドイツ中から人がきてものすごく混雑するそうだ。そういえば、町の近くにもたくさん別荘らしき建物があった。何でも、元首相アデナウアーもこの辺に別荘を持っているそうである。
 しかし街中の道幅は当然狭いので、自動車などで来るとかなり大変らしい。ヴォルフガング湖自体もウィンドサーフィンなどやフィッシングなどを楽しむ人でごった返すらしい。しかし、この時期のザンクト・ギルケンの静寂からはそんな夏の喧騒は想像できなかった。
 
 この小さな町を出てから、車は対岸にあるザンクト・ヴォルフガングという町に向かった。

 この町には以前にも訪れたこともあり、思い出に残っている場所でもあった。
 
 私が初めて海外旅行をしたときに訪れた町なのだ。
 
 このような小さな町にもう一度訪れることができ、非常に幸運である。

 以前に来た時は秋であったが、今回は冬のザンクト・ヴォルフガングだ。あたりまえのことであるが、やはり景観は全く異なる。この時期、湖を渡る風はまだ冷たいが、それは峻厳な冬の美しさを感じさせてくれる。それとともに、もうすぐそこまで春が来ているのだという跫も、氷の溶け始めた湖面に感じることができた。
 この町は教会が非常に美しい。田舎の町にある教会なのであるが、内部はバロック様式の装飾が施され、祭壇も大変美しかった。以前来た時は圧倒された思いであったが、今回はゆっくりとその美しさを堪能できたように思える。
 
 まだ冬将軍の後姿の残る街並みをゆっくりと1時間ほど散策した。

 この町の帰りにモントゼーの町に寄った。ここは大きな町でもなく、10分ほどしか見なかったのだが、ここには『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ大佐とマリアの結婚式のシーンで使われた教区教会があり、それが大きな名所となっている。
 黄色い外壁の教会は、やはりバロック様式のつくりで、内部も美しかった。これはやはり一度映画を観てみなければならないと思う。
 
 今回私が利用したパノラマツアー社でも「サウンド・オブ・ミュージックツアー」というのを企画しており、そのツアーでもここは見所の一つとなっているらしい。帰りの高速道路でそのツアーのバスを追い越したのを覚えている。そちらのツアーは大型観光バスによるものであった。ガイドさんによれば、やはりかなりの人気ツアーらしい。

 ザルツブルク市街は人の営みの美しさを、ザルツカンマーグートは自然の営みの美しさを私達に見せてくれる。やはりこの双方を見てこそ、ザルツブルクを語れるのではあるまいか。

 ここを訪れる機会に恵まれたなら、ぜひとも、ザルツブルクだけでなく、その郊外に広がる雄大な自然の懐に飛び込んでいただきたい。
 
 さて、長々書いてきたこの旅行記も、あとはウィーンでの日々を残すのみとなる。

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