あづまもぐらのブログ

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売らない自販機 ケータイ投稿記事

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7日に奈良へ行った。
喉に渇きを覚えたので、500円玉を入れて140円の炭酸水を求める。
釣り銭を取ろうとすると、50円玉が転げ落ちた。
何かしらの啓示と思い、拾い上げて入れ直し、そのまま品の出ない釦を押した。


コメント(2)

顔アイコン桃実 (Momomi)
新種の詐欺? 対面販売でない点と、日本では自販機を無条件に信用しているところを狙って。
2019/5/9(木) 午後 8:19
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あづまもぐら
> 桃実 (Momomi)様

名のある飲料企業の自販機でしたので、一応信用しました。
ところで、上野東京ラインの一部車輌の乗客総入れ替えは如何でしょう?
2019/5/9(木) 午後 10:05

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近江塩津駅4番線で敦賀行きに接続の新快速姫路行き

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駅弁を喰うにも相応しい車内のJR西223系知的生命体輸送用車輌 近江塩津にて

5月5日は言わずと知れた子供の日である。
この日は童心に帰ってと云う訳ではない(万年童心である)が、加古川線に続いて、未踏破線区の湖西線を目指した。
加古川線と異なり、堂々の幹線ながら、均一周遊券旅行時は専ら急行自由席利用が主体で、当時特急線区であった関係から乗車機会がなく、且つ運行本数も多い事から「その内、その内」と思っている内にポッカリと抜けてしまっていた。
大阪駅で小さな甕状の陶器に入った"ひっぱりだこ飯"(能書きには明石海峡大橋開通記念とある)を買い、尼崎へ。
そこから9:07発の新快速敦賀行きに乗る。
何故尼崎からとは、恐らくの混雑を見越して、大挙下車するであろう大阪で程よい座席にありつこうとの魂胆からである。

東海道山陽の新快速も今や福井県をもその勢力圏に収めるに至るとは、昔日の田村〜長浜間交直流切り替えを知る身にとっては大層な変わり様ではある。勿論、今は敦賀まで直流電化区間となっている。

尼崎では、大阪で出来るだけ下車客が多そうな12輌編成中程の6号車に乗る。
想定通りそこそこの混み具合、大阪でも想定通りの大挙下車、目論見通り進行方向右側(すれ違う下り列車を眺められる)に陣取る事が出来た。
大阪駅では8番線での客扱いであるが、関西でもプラットフォーム柵の設置が進んでいて、4扉の緩行線専用プラットフォームには引戸式の、3扉4扉混用プラットフォームにはワイヤー上下式の旅客保護装置が設けられている。
ワイヤー上下式は、高槻駅で試用後に導入されたもので、引戸式より剛性で劣る為、極度に接近すると警報音を発するが、丁度ボクシングリングのロープを細くした様なものではあるが、ロープの間から転げ落ちる事はない。
大小のスパンで交互に設置され、小は一方の車端戸口用、大は3扉車の中戸口ともう一方の車端戸口用と4扉車の3箇所の戸口用の両用となっていて、3扉4扉問題を解決している。
開く場合は、ロープを束ねつつロープを固定する左右の棒が上へ揚がる様式で、ロープが束ねられる分、棒の引き上げが少なくて済むのである。
京浜急行もこれを採用すれば、800形を急いで代替する必要はなかったものをとは思うが、運行障害発生時やJR東からの振替受諾時のプラットフォーム溢れんばかりの旅客集中に対して、より強度の高い方を選んだのであろうか。

大阪を出て山科を過ぎれば愈々湖西線である。大津京迄は乗車歴はあるが、ほんのさわりにしかならない。
流石に関西〜北陸の短絡線だけあって、本線並みの高速走行である。
昔は江若鉄道が、雑多なディーゼルカーを連ねて走っていたのだなぁ、自由に旅行出来る歳に間に合わずに廃止(湖西線建設の為)となってしまったなぁ等と思いを馳せる中、近江舞子の手前で、12輌編成の内、敦賀へ行くのは前4輌との事で、急遽そちらへ他の客共々移動した。
移動するや否や直ぐに発車となって、「何だ、京浜急行の切り放しより早いぢゃないか!」と思いながらカーブで後方を眺めるとまだ繋がっているではないか。
それから18分走った近江今津で8分停車の内に切り放した。
真面目な性格(ホンマカイナ?)故に聞き間違いかと先ず我が耳を疑ったが、私達と一緒に多数の乗客が乗り換えたのは事実で、4輌目に車掌もいた筈である。
車掌が舞子と今津を勘違いしたか、繋がってはいるが8輌だけは回送扱いのどちらかと思われるが、未だ真実は不明だ。
昔から片仮名書きの由来を知りたいマキノも過ぎて、11:01近江塩津駅3番線へ到着した。
近江塩津から米原方面へは6分で接続している。
近江塩津は下りが1・2番線、上りが3・4番線であり、米原方面新快速姫路行きはやはり4輌編成で4番線で待っている。
本来、敦賀行きは1・2番線到着ながら、上り列車用プラットフォームへ入れ、6分の乗り換え時分にも拘わらず米原方面行き列車へ横付けして乗り換え客の利便を図っている。
3日前に福知山線の下滝駅での光景とも重なった。
姫路行きの新快速の車掌も立哨を兼ねてプラットフォームにいたが、おやおや別嬪さんではないか!
敷地内禁煙が増えた中、この駅は喫煙可能で、プラットフォーム端で一服済ませて再度車内の人となり、気持ちよく、ひっぱりだこ飯の紐を解いた。


コメント(6)

顔アイコン憲坊法師
JR東日本では近郊区間なら経路にかかわらず料金は変わりません。有楽町から乗って隣りの東京で降りても、有楽町から茅ケ崎、橋本、八王子、倉賀野を回って東京まで来ても140円です。
大津京から乗って近江塩津を回って京都で下車しても240円でしょうか?
2019/5/7(火) 午後 10:48
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

そうです。大都市近郊区間(東京、大阪、仙台、新潟、福岡にあります)では、途中下車せねば最短距離での運賃となります。逆に距離に関係なく、乗車券の通用日数は当日限りとの制約もあります。
網状路線の東京や大阪、名古屋の地下鉄もそうですし、路線網で環状ルートのある近鉄、阪急、東急もそうです。
2019/5/7(火) 午後 11:28
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顔アイコン憲坊法師
JR東日本では松本から篠ノ井線、中央本線、東北本線を利用して宇都宮まで行っても、途中下車ができなくて、切符の有効期間は当日のみです。無茶苦茶です。
2019/5/9(木) 午前 7:54
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

はい、仰せの通りですね。
東京近郊区間の最長は、松本〜いわきの450kmで、本来なら4日間、お話しの松本〜宇都宮でも3日間の有効期限がある筈が当日限りとなってしまいます。
運賃の遠距離逓減制は昔と異なり400km以下では殆んど無くなりはしましたが、松本〜いわき450kmの場合に東京で下車すると300円高くなり、踏んだり蹴ったりです。
私鉄競合区間では割引運賃を設定している訳ですから、近郊区間を拡大する時に救済策をすべきでした。
2019/5/9(木) 午前 10:03
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顔アイコン憲坊法師
なんといっても200km以上の乗車券には途中下車を認めてほしい。そうなればバスよりあずさの方が利便性が高まります。
2019/5/12(日) 午後 6:54
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

確かに一度の途中下車なら大差ありませんが、それ以上の回数だとかなり差がでますからね。
2019/5/12(日) 午後 7:15

JR東よ、面倒なのか?

前の投稿に対して、ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様からのコメントに対して、リコメした。
その中にJR東は御乗客の立場よりも己れの都合しか考えていないと書いたが、その一例とその解決策を示すものである。

東京電車環状線(東京電環)の西方を通る湘南新宿ラインに続いて、東方を通る上野東京ラインが開通して久しい。
尤もそれ以前の昭和55年には総武快速線が開通し、東海道線から分離された横須賀線との直通運転も開始されていた。
総武快速線は運行開始当初から横須賀線との直通で、横須賀線は大船迄は並行する湘南(東海道線)が東京を始点としていた為、着席への問題は起きなかった。
しかし、上野東京ライン開通によって、最早東京仕立ての列車は激減し、例外的に数本が残るだけとなった。
この為、従来東京から着席していた利用客からは不満が上がるのは当然であって、本来なら開業時にその策を打っていて当然ではあったがそれも無かった。
直通運行で田町の車庫は不要となって、今は再開発に新駅を造っているのはヘンテコな駅名でも周知の事となっている。
では、今からでも策は無いのか?となる。
実は極めて簡単で金も架からぬ策がある。明日からでも出来る策である。

上野東京ラインは15輌編成であり、神戸方から1号車として順に10号車まで4・5号車のグリーン車を挟んで基本編成となっていて、更に付属編成として11〜15号車が繋がっている(いない場合も閑散時にはあろう)。
東京から東海道線を下る列車で例を取ると、東京駅で6〜10号車の客を総入れ替えすればよいのである。
東京以北から東京以南へ直通する旅客には、1〜3、11〜15号車へ予め乗っておく様に案内すればよいのである。そして、6〜10号車は東京で待っていた旅客に空車で提供する、ただこれだけの事で済むのである。付属編成は平塚で切り落とされる事もあるから、全区間運行する基本編成で行うのが理想的である。
もし東京駅での停車時間増を危惧するなら、上野で空にすればよく、反対方向の列車に応用するなら新橋か品川で空にすればよいだけの事である。
この程度の知恵は、昭和の盆暮れ輸送を捌いて来た職員なら容易に発案出来るであろうものと思えるが、あれから30年の平成も過ぎたとあれば最早ノウハウは喪失したと考えなければならないのであろうか。

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世の10連休にわざわざ混雑する時にとは思ったものの、無事に令和の世を迎えたとあって、5月2日に未踏線区であった加古川線をと思い立った。
余りの地味さに、せめて車内での駅弁に無聊を癒さんと大阪駅で求めて、10:21発福知山線丹波路快速に乗るべく4番線プラットフォームに立った。
プラットフォーム床面には整列の為の案内が貼ってあるのだが、福知山線快速・普通の表示に黄色と煉瓦色の二種があって、どう見ても間隔的にどちらかが正しくもう一方は正しくないのは理解出来るのだが、ではどちらが正しいのかは不明であった。
先発の特急が3番線から発車すると数分して当該列車が入線して来た。
見ればどちらに合わせるでもない位置に停車したが、大阪仕立の列車故にどちらの列に並んでいても席にあぶれる事もなく、混乱なく発車となった。
車輌はJR西の中距離標準型の223系4輌編成で、20m車長に3扉で転換クロスシートを備えた関西では当たり前で関東では皆無のものである。
関東で此の手の座席の無料サービスは京浜急行2100形を除いて皆無、21世紀を迎えて暫く経つと云うのに、JR東の車輌は家畜運搬と大差無く見える。性能が、監視カメラがと謳った所で、乗客にとっては直接身体を委ねる座席が第一である。

列車は次の尼崎で立客が出て、それは35分後に着く三田迄続いた。大連休中であるから、6輌か8輌での運行に変更しなかった点には甘さを感じる。
三田からは各駅に停まりつつ終着篠山口には11:28に到着。ここからはローカル区間となって、到着プラットフォームの反対側の2輌編成のワンマンカーへ乗り換えとなった。
最も離れた車輌からの移動となって、今度は席からあぶれたので、最後尾から路線を眺める事とした。どうせ3駅でもある。

福知山線は、宝塚から三田にかけては長いトンネルをいくつか掘って川沿いに右左する旧路線を切り替えたと見える(西宮名塩はトンネル間の谷に駅を架けてあるし、武田尾はトンネルの中である)が、大阪から66kmの篠山口からは旧来のままで、右に左にカーブをしながら山裾沿いに進む様は、まだ非電化でディーゼル機関車が客車を牽いたり、ディーゼルカーがガガガーと唸りをあげて走っていた40年程昔を偲ばせるが、流石に電車は滑らかに走る。勿論、ディーゼルカーも性能向上は目覚ましく、今はドッドッドッドッと快走はする。
2つ目の下滝駅では電車が反対側の上り線に停まった。対向列車がある訳ではなく、そのまま2名の旅客を降ろすと発車した。
はて?と思って観察すると、対向式プラットフォームの上り線側が駅舎となっていて、旅客に跨線橋を昇り降りさせぬ為の心遣いである事が分かった。列車数の少ない路線ならではではあるが、この辺りはきめ細かさを垣間見た思いであった。

谷川駅へは11:48の到着となり、12:10発の加古川線西脇市行きに乗り換えとなる。
到着プラットフォームの先端反対側に列車が待っていた。
こちらは何と単行(1輌)であるが、125系と云う最新形である。
車体中央は扉を塞いだ様な感じではあるが、よく見れば今迄乗って来た車輌と共通である事が分かる。要するにこうしてコストダウンしているのである。車内は1列+2列の転換クロスシートで通路を広くして収用力に柔軟性を持たせている。運行本数の少ないローカル用故に便所も備えている。

時刻的にも丁度よいので、この車内で弁当を開く事とした。
そうこうしている内に発車となって、12:38西脇市到着となった。
この駅で客数が大きく異なると見え、運行本数も9本から倍増し、乗り継ぎ列車も2輌編成(勿論混雑時間帯は4輌)となる。
車輌はデザイン的には全く異なり、4扉の通勤型、大掛かりな更新修繕
で古さを感じないが、103系と云う半世紀前に山手線で冷房車が登場した時のあの車輌形式である。尤も多数製作されたから後期のものではあろうが、それでも40年程度経っていよう。
和歌山線にも走ってはいるが、そちらは手の入れ方が少ないせいか、新車で代替の途上であって、加古川線の103系は希少となりつつあろう。
12:45加古川へ向けて西脇市を発車となる。
走り出すと、うーむ懐かしや、レールの感触を伝えるコイルバネの乗り心地!
正に鉄の道を往くこの感触は何とも言えない。正に昭和の感触!
余分なフワフワ感のあるエアサスばかりとなった昨今の鉄道車輌であるが、私はこのレールの上を滑る感触の方が好きである。要は軌道が整備されていれば、コイルバネでも決して乗り心地で劣る事はない。それは30年程前に160km/hで走るヨーロッパの鉄道に乗った時に強く感じたものであったが、軌道保守機材も進歩した最近の日本にも当てはまる。
斯様な感慨に浸る内に、13:31加古川駅に到着した。


コメント(6)

顔アイコンnek*m*ya_*orao
>黄色と煉瓦色

東西線直通快速は、すべて4ドア通勤型ですが、大阪駅発
福知山方面快速も通勤時間帯に4ドア車があります。
恐らくそのためかと。
この大阪駅発快速、宝塚止まりなら4輌でも理解できますが、
篠山口以遠行きがガラガラの時間帯に8輌だったり
何だか頓珍漢な運用なのです。
2019/5/6(月) 午前 8:37
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顔アイコン憲坊法師
===
3扉で転換クロスシートを備えた関西では当たり前で関東では皆無のものである。
===
あの新快速で使われているものですね。
確かに関東にはないなぁ。
湘南新宿線や上野東京ラインで使えばいいものを。しかし15両編成でも立ち客が出るくらいの混雑だから、無理かも。
===
東の車輌は家畜運搬と大差無く見える。
===
御意。
そのうちに「毎度おなじみのJR東日本」と言うシリーズができると思います。
https://blogs.yahoo.co.jp/higashidake/66831073.html
ベンチシートでは弁当は食べられない。
2019/5/6(月) 午前 9:51
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あづまもぐら
> 猫宮トラオ様

あー、なるほど!
"丹波路快速"でない大阪仕立、大阪終着の快速ですね。
丹波路快速は篠山口66.1kmか福知山114.2kmとの間での運行に対して、快速は停車駅は同じながら宝塚25.5kmか新三田44.6kmとの運行ですから、長距離客にはそれに相応しい車輌を充てているのですね。
京浜急行が2000形を新造に当たり、当時の運転課長が「30分以上御乗車にはそれなりの車輌が当てられるべきと考えての事」との説明でしたが、同じ意識と云えます。
ただ、3扉とか4扉とかの表記は無かった様に思います。
尼崎の先の鉄橋付近ですれ違った上り丹波路快速は8輌編成でした。確かに平日昼間は4輌でも充分なのは何度も確認していますから、波動用の車輌まで確保出来ていないのでしょうか。休日ダイヤなら通勤用車輌には余裕がある筈ですから、それでの代用は可能ですが、"〇〇路快速"のブランドイメージの維持を優先したと察せられます。
総家畜車化のJR東とは明らかなポリシーの違いがあります。
2019/5/6(月) 午後 1:10
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

朝から晩まで一日中混雑している訳ではありません。
首都圏だけは人口増とは心得ていますが、そのピークは朝晩各2時間程の筈です。全ての車輌をピーク時に合わせた仕様で揃える愚は、運行側の工夫を省く為の施策であって、御乗客側の快適さを顧みる事の無さでもあります。
関西の敦賀・米原〜姫路は、関東の高崎・宇都宮〜熱海と距離的に匹敵し、200km超の走行となります。殆んどの乗客は大阪や東京を目的とはするものの、それでも1時間前後の乗車時間であり、最大は3時間を超えます。是非、JR東の経営陣には1ヶ月間毎日ご自分の会社の商品をお使い戴き、ご感想を求めるものです。グリーン車は"更に良い"サービスを有料で提供するものであって、"マシな"サービスを有料で提供するものではありません。
2019/5/6(月) 午後 4:28
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顔アイコン憲坊法師
===
グリーン車は"更に良い"サービスを有料で提供するものであって、"マシな"サービスを有料で提供するものではありません。
===
グリーン車はきれいなお姐さんが検札に来ます。
2019/5/6(月) 午後 5:23
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

京阪のプレミアムカー、南海の特急指定席も同じです。
多分、派遣社員だと思います。
昨日近江塩津から乗った列車の正規の車掌さんは別嬪さんでした。米原で交代しちゃいました。
2019/5/6(月) 午後 5:55

30年への鉄の尺度

あの半旗が掲げられた時から30年余を経て、平成もあと2時間余となった。
瞬く間であった。邦暦換算も昭和94年から何年前だとの計算か、自分の生年との差を年齢から引いての計算のままである。+18で西暦換算にしようか。
明治生まれが昭和となった時、さぞかし大正の15年間は更に短く思えたものと推察される。
あと10数年後、令和生まれがヒトとしての知性を有した時に、昭和生まれに対して、自分が明治生まれを見た感覚で見るのであろう。
世代とはこうしつつ重ねるものかと、今に至って悟る事が出来る。

戦からスッポンポンとなり、国民一丸となって回復を果たし、五輪、万博を経てバカ景気に迄登り詰めて受け継がれた平成は、不景気から徐々に成熟に至ると云う昭和とは対照的な刺激のない時世であって、記憶のランドマークは災禍ばかりではあった。

それでも鉄的な視点で顧みると、永く馴染んだ京浜急行を切り口にするなら、現有旅客車輌760輌の内、昭和製は僅かに58輌に迄減っていて、この内6輌は6月までに引退と決まっている。残り52輌の内、早々の代替対象は鋼製車体の20輌で、32輌は腐蝕に強いアルミ合金故に45年位は使用されるであろうから、令和前半はさしたる趣味的変化は期待出来そうもない。
それにしても、知らず知らずの内に昭和生まれは駆逐され、僅か7.6%とは驚きである。冷静に考えれば、鋼製車輌は30年程度での廃棄が標準であったから、昭和製が無くなっても不思議はないのではある。
これからは鉄道車輌もアルミ合金やステンレス化で高齢化とは何ともなぁ。


コメント(6)

顔アイコン憲坊法師
知らず知らずのうちに駆逐されていく昭和生まれです。
2019/4/30(火) 午後 11:31
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師様

64年あった昭和は前半をA群、後半をB群として、淘汰は優先的にA群から……ありゃ?摂政分も入れてA群ラインを下げて……ありゃ?
まずいなぁ。
2019/5/1(水) 午前 0:19
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顔アイコン五月のなすび
たかおじさんです

私も言うまでもなく昭和生まれです。現在はまだ昭和生まれが日本の中枢を占めているでしょうが、いずれ平成生まれに取って代わられます。あっという間でしょうね。令和生まれが中枢を占める時代はどうなっているやら。自分では見届けられるかどうか、まあ無理かなぁ・・・
2019/5/1(水) 午前 8:48
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あづまもぐら
> たかおじさん様

令和が中枢を占めるのは21世紀も後半となりますから、私も無理です。
まぁ、平成を知らずに逝った父、姉、令和を知らずに逝った兄、母を思えば、令和まで見届けられる私は、両親に感謝すべきでしょう。
昭和生まれが中枢を占めるのは左翼も同じで、鳥の刷り込みと同じく反証を示しても最早手遅れな高齢者が主体です。
インターネットで広範に情報を得る統べを知る平成以後の世代は、その面では総体的には結構まともではないかと私には思えます。
こうして考えると昭和A群や大正群は、起伏のある渦中にあっては大変ながら後に顧みれば面白い時代に生きたと思えます。平成、令和の方々は、私達とは違った楽しみを得るのでしょうが、それに対する感受性は、私達が持ち合わせぬものであって、それが世代差と云うものなのかとも思うものです。
2019/5/1(水) 午前 9:37
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顔アイコン憲坊法師
FIFO(先入れ先出し法)ですかね。そうはいかんぞっ!
2019/5/1(水) 午後 9:31
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400浮遊層こと憲坊法師

不動在庫、いや簿外ジジイとか。
2019/5/1(水) 午後 10:39

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