音楽に満たされて(世界音楽紀行)

世界中の色々な時代の音楽を探索するブログです

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☆ピンク・ピクルス:フォーク・フレイヴァー☆




今日の音楽は、ピンク・ピクルスのCDです。



私は昔、フォークを軟弱で歌詞に頼りすぎの音楽のように思っていました。フォークと言えば、少なくとも私の認識では、主にアメリカの民謡またはそれから派生したアコースティック・ミュージックです。それが私の思う「日本人にとってのフォーク」です。それが70年代前半に日本で流行しました。日本に古くからある「フォーク」(民謡)や歌謡曲と融合して独特のフォークを生みました。全てのフォークがそうだったわけではありませんが、一部のものはそうだったと思われます。



「ソフトロック」や60年代後半〜70年代前半という「時代の味」というキーワードで色々なアルバムを探索していきますと、ようやくフォークの良さが分かってきました。フォークが日本のポップスに及ぼした影響は凄いなと少しずつ実感するようになりました。フォークがあったからこそニューミュージックやシティ・ポップが生まれたのだと感じるようになりました。まだ検証する予定と金銭の余裕はありませんが、GSも現在の音楽界または芸能界に大きな影響を維持しているので探索のしがいがありますね。




既に言いましたが、アメリカ由来のフォークが日本人によって歌われ演奏された時、日本の民謡や歌謡曲の要素も少なからず内包されていました。今は全くといっていいほど問題になりませんが、歌謡曲全盛の時代に日本語で欧米産のフォークやロックを日本語で歌う事は、どうしても歌謡曲くささ(辛気臭さ)が伴う事であったのだろうと思われます。はっぴいえんどや内田裕也さんたちは雑誌上で日本語ロック論争を繰り広げたそうですが、当時の音楽事情を思えば、それも当然なのかなという気がします。結局英語で歌うロックは日本で主流にならず、日本語で歌うかあるいは日本語と英語を織り交ぜたロックが当たり前になっていきました。



ピンク・ピクルスの音楽は、フォークファンだけでなくソフトロックファンにもお勧めの音楽です。今の時代では失われてしまった、透明でかすかに淡い色彩の声がハーモニーをきかせる美しいアコースティック・ミュージックです。日本語の歌詞も美しいですね。「島原地方の子守唄」は、まさに日本のフォークとアメリカのフォークが融合した例です。私が嫌いなタイプの曲に一応なるのですが、その曲を聴きますと、日本人が大昔から持っている音楽の情感、美意識とは何かを考えさせられます。赤い鳥が歌った「竹田の子守唄」もそうですね。前後の曲が爽やかな曲であるせいか、あまり嫌な気はしません。古い日本の庶民の音楽と当時新しかったアメリカの庶民の音楽が融合すると言うのは、今思うと非常に面白いですね。



「島原地方の子守唄」を除けば、本作には歌謡曲または民謡臭さはあまりありません。そういったものにアレルギー体質のある人でも大丈夫なのではないでしょうか。ピンク・ピクルスのメンバー茶木みやこさんと小林京子さんは今も現役でそれぞれ活動中です。茶木さんの作品を収集しようと思っています。

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☆ピート・ジョリー:シーズンズ☆
(Pete Jolly:Seasons)




今日の音楽はピート・ジョリーの多分異色作「シーズンズ」です。1970年の作品です。



最近はご無沙汰ですが、アメリカにはクラブ系のアイテムを取り扱っている「ダスティグルーヴ」(http://www.dustygroove.com/)というサイトがあります。そのサイトが今年5枚のアルバムを再発しました。本作はその中の1枚です。他にはドロシー・アシュビー、ジョルジ・ベン、ラ・クラーヴェ、チャカチャズのアルバムがあります。どれもレアグルーヴのアルバムとしておいしいものばかりです。



ピート・ジョリーといえば、彼のトリオのアルバム2枚を私の行きつけのお店に取り置きしてもらっています。まだ受け取りに行っていませんね・・・。その2枚は7月にPヴァインから紙ジャケで再発されたアルバムです。



このアルバムは非常に面白いです。ピート・ジョリーといえばジャズピアニストとして知られていますが、本作での彼はクロスオーヴァー系のアーティストです。本作の裏ジャケットの簡単な解説が指摘していますが、70年代初頭のCTIレーベルの作品と同時期のハービー・ハンコックの作品の中間にあるような音楽です。単なる70年代クロスオーヴァーではなく、抽象的で実験的な傾向があります。面白いです。リズム隊が非常に強力でグルーヴィーです。サンプリングネタには最適でしょうね。曲によってはキーボードよりリズム隊が主役になっているように感じられます。


何度聞いても非常に不思議な音空間です。

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☆グレン・グールド:ザ・リトル・バッハ・ブック☆
(Glenn Gould:Little Bach Book)



今日の音楽はグレン・グールドのアルバムです。



昔はバッハの音楽が今以上に堅苦しく思えました。形式が堅いということはもちろんですが、キリスト教臭い感じが苦手でした。今は慣れてしまいましたし、そういう堅さが魅力に思えるようになりました。それでもバッハのヨハネやマタイの受難曲やコラールなどは敬遠したくなりますね。モーツァルトでも「レクイエム」やミサ曲などを好んで頻繁に聴きたいとは思いません。



グールドの演奏によるバッハの音楽には、前述の堅さや宗教臭さがあまり感じられません。彼の演奏がスピーディーで「きつい」からでしょうか。普段バッハはおろかクラシックなんて全然聞かない人でも、グールドの演奏によるバッハならば気に入るかもしれません。


私の勝手な偏見では、グールドの演奏はバッハやモーツァルトやベートーヴェンなどを野獣のように食い尽くして自分の音楽にしてしまうような演奏に思えます。悪い意味ではありません。バッハの音楽を忠実に再現しようという演奏者ではなく、バッハに自分らしさを加えて新しいタイプのものに変えるような解釈者または創造者というほうがいいのかもしれません。まあどんなバッハ演奏家も多かれ少なかれ解釈者であると思いますけど。バッハ本人の生演奏はどうだったのか分からないわけですし、彼らはバッハではありません。グールドのバッハやモーツァルトは、極端に言えば、もはやバッハやモーツァルトではありません。グールドというアーティストが自己表現をする時に使うネタです。私は彼を、ジャック・ルーシェやオイゲン・キケロなどの(クラシックの素養がある)ジャズピアニストみたいな人として見ています。実際に有名なデビュー作「ゴルドベルグ変奏曲」はジャズ的だといわれたそうですね。



このアルバムは、グールドによるバッハの曲をグールド本人が選曲した、「子供向けの」編集盤です。子供向けという選曲ですが、本作はグールドのベストアルバムと見る事ができるでしょう。どの曲も見事なまでにグールド流の演奏です。20世紀型バッハです。


本作を聞いて子供が気に入るかどうかは分かりません。彼の演奏を聴くと、子供に対して大人の接し方で接しようとする大人の男性を思い浮かべてしまいます。子供相手だからといって甘い態度を決して見せずに敬語で話しかけるような男性です。



このアルバムは、子供向けと言いながら子供向けで無いような気がします。しかし、子供も大人も関係なくグールドの音楽への入門アルバムとしては最適ではないでしょうか。彼の全作品を聞いていないので断言はできませんが、多分そうなのでしょう。

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