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怖かった・・・この日は私は夜勤の入りだった。
夜勤入りの時は大体14時過ぎにシャワーをして15時過ぎに家を出ます。
エリンを昼寝させてからこの日はちょっと遅くなっちゃって14時半過ぎから身支度をスタート。
ちょうど頭を洗ってる時にワンコ達が吠え出しました。
何だろうと思いながら頭洗っていたら、グラッとしてガタガタと音が大きくなり、
慌てて旦那さんを呼びました・・・。旦那さんはリビングでプレステをしていました。ヘッドホンを付けて
たから何度も呼びました・・。地震に気付いた旦那さんは2階で昼寝してるエリンを抱えて外へ・・。
私はびしょびしょのままバスローブを着ていつも持ってあるくバックを持って外へ。
大きく揺れる電線・・周りの物もなんか揺れてるように見えました。
エリンは泣く事もなくニコニコして・・・そのまだわからないエリンを見て恐怖心が・・。
どうしよう・・・と頭が慌て出すのを押さえ、自分はそのまま洋服を着て夜勤の支度と一緒に
地震に備えてエリンのオムツとお尻拭き、バナナ、パン、タオル、旦那さんのお財布に少し
現金を入れて一つのバックに仕舞い玄関先に・・。
そんな間にも余震は続きもう一度エリンと外に避難する事も。 何となく揺れる家を見て怖かった・・。
このまま何もかもなくなっていくかと考えたら悲しくなってきた。
家には6匹の犬と2匹の猫・・吼える犬達の声を外から聞いて『ごめんね』と祈った。
ホントはこのまま家に居たかったけど、夜勤なのでとり合えず旦那さんに家を任せて家を出た。
交通もなんとなく混雑してて周りの小学校やらは親が迎えて防災頭巾を被っての集団下校中・・。
工場も大勢のスタッフが広場へと非難してるのを横目に私は運転。
遅刻をするかもと思い課長へ連絡するも繋がらず・・。病院の受付へ電話してもダメ。
ふっと思い出し、旦那さんに電話したら繋がったので安堵。
家のガス栓を閉めておくようにお願いして電話を切りました。
病院へなんとか時間内に着き、着替えて病棟へ行くと院内は慌しく指示が飛び交ってました。
リハビリ室のリハ科のスタッフは全てのリハを中断して各病棟の手伝いへまわされ、
床頭台の上にあるTVを全て床に降ろし、落下防止に。各課長達が動いてました。
この日は新人ナースと一緒に夜勤。夜勤リーダーは私で災害時の行動の指示受けをしました。
ナースは呼吸器患者の安否、介護スタッフは他患者の転倒転落がないか巡回との事。
万が一の場合は夜間問わず課長へ連絡との事。
この日の当直医師は急遽非常勤から院長へと変更。 課長は夜の21時頃までいてくれました。
夜勤中も余震が頻繁でオムツ交換中に一度中断しての安否確認・・。 窓などがミシミシっとしたり
明らかにガタガタっと聞こえたり、点滴などが大きく揺れたり。 一度数時間おとなしかったのが
朝方にかけ警報が鳴ったり、TVでは沢山報道がされてました。
それプラス、隣の病棟では新人ナースの2回目の夜勤との事で、他急変などがあれば私に出動
して欲しいと言われていたので余慶に神経が疲れてしまいました。
朝を向かえ、患者さんのインスリンを打ち、経管栄養を流したところで日勤スタッフが出勤。
ホッと一息で夜間の状況を課長へ報告し申し送りを終え、足早に帰宅。
晴天の中外の被害はないように思え、家も静かでうとうとしてる旦那さんに声をかけて
2階にいるエリンの顔を見て安心しました。
今も余震は神奈川県でもあり、さっきは携帯の緊急警報のアラームが鳴ってました。
茨城で震度3・・直後に揺れを感じました。
沢山の方が亡くなり、行方不明の方も沢山まだいらっしゃる・・。きっともっともっと恐怖なので
あろう・・。子供を抱えて逃げた経験は忘れられない思いです。
明日は我が身です。ホント・・。命さえあればと思いつつもあれもこれもと選べない荷物の整理。
まだ危機感が足りないのかと嫌気がさします。
どうか・・早い復旧を願い、皆さんが安心して暮らせるようにお祈りいたします。
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