その名は不思議

「わたしの名は不思議です。どうしてあなたはそれをたずねるのですか。」(旧約・士師記13章18節)

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★今日のみ言葉★
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「キリストと共に」
 
今年も残り少なくなりました。
今までの話を、少し繰り返しながら、進めています。
聖霊によってマリヤが身重になったように、
主イエスを信じるあなたやわたしも聖霊によって新しいいのちが与えられました。
ただ問題は、そのいのちに生きているかどうかです。
そのいのちに生きることを妨げているものが、「アダムのいのち」です。
その問題の解決は十字架にあることが分かってこられたでしょうか。
このみ言葉は知っていても、それを信じて、自分のものとしている、
あるいは自分のものとしようとしているクリスチャンたちは意外と少ないようです。

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ローマ6:6
わたしたちは、この事を知っている。
わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。
それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。(口語訳)

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そうです。
わたしたちはこのことを知っているのです。
あなたも知っておられますよね。
十字架のことです。
主イエスが2000年余り前に十字架につけられたことは歴史的な事実でした。
しかし、それはまた、全宇宙的な出来事であり、霊的な出来事でした。
あなたやわたしの「古き人」もその十字架に一緒につけられて死んだのです。
死んだという実感がないのですか。
わたしもそういう実感はありません。
しかし、実感があってもなくても、十字架で「古き人」のあなたは死んだのです。
これも信仰によって受け取らなければならない霊的な事実です。
主イエスが十字架で流された血によって罪が赦されたことはどうして分かりましたか。
実感がありましたか。
実感はなくても、主イエスを信じ、み言葉を信じて受け取った後、平安が与えられ、少しづつ分かってきたのではありませんか。
古き人が十字架で死んだことも同じです。
何かある度に、絶えず、この古き人は頭をもたげてきます。
しかし、その都度、その古き人は十字架に死んでいることを認めるのです。
 
十字架の後に何がありますか。
そうです。復活です。
あなたやわたしの古い人が死ねば、復活のいのちの希望があります。
神の新しいいのちに生きることが可能になります。
ハレルヤです。

しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。
迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。
いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。
それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
(新約・コリント人への第2の手紙4章7〜12節)



※11月23日に行われました「ラブソナタ 大阪」をご紹介します。
  視聴していただければうれしいです。
 “わたしはだれ?あなたはだれですか?”

 

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