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日本では 20歳から成人と法律で定められております。つまり大人って事です。
ところが、コイツが成人か?ってのもたくさん居ますね?
逆に成人に達していなくてもその辺の大人よりもしっかりした未成年もいます。
そして、ゴルフでの成人とはこうであるって仰った方がいました。
実はウロ覚えの事なので、年代やら名前やらが思い出せず、何で読んだのかも
現時点では不明です。申し訳有りません。
○○卿というゴルフ好きの貴族の言葉ですが、
1ラウンドに 4〜5ヶ のParが取れること。
同伴者に対して思いやりが持てること。
最後まで諦めない強靭な精神力を持っていること。
って言葉だったと思います。
最後まで諦めない強靭な精神力…。
以前紹介した バンカーに愛された?バンカーを愛した?アレック・サザーランド
と同じ様に最後まで諦めない強靭な精神力を持った、これもバンカーに縁のある
御仁がいました。
エリー・ゲイルード 彼はスコットランド生まれだが、ゴルフを始めたのは遅くて
30歳頃であった。父親との異国暮らしが長かった為に縁が無かったようだ。
彼はスコットランドに戻って、当たり前のようにゴルフにのめり込んだ。
スコットランドの海港アバディーンから南東に63マイル、1896年に設立された
難コース 『ダフ ゴルフクラブ』 のメンバーになった彼は、時間の許す限り
コースに通った。まるで今迄の歳月を取り返すかのように…。
全長 5,308yd Par66 このコースの中で彼にとっての天敵とも言えるホール。
7番 165yd Par3 。グリーンの手前に横たわった
通称「地獄の鍋底」 と呼ばれるバンカーが有るホール。
(残念ながら改修により現在は平凡な窪みになっているそうです。)
よほど右に押出したり、極端なフックを打った場合は別として、いかなる宿命か、
このバンカーと無縁だった試しがない。
「あのバンカーは俺の為に悪魔が設置したとしか思えなかった。
何度プレーしても、時には大き目のクラブで打ってさえ、その時に限ってダフッた
ボールがバンカーに吸い込まれる。
いつしか私は意固地になって、7番だけが自分の対戦相手だと思い込んでいた」
「地獄の鍋底」 は高さが2m 以上ある壁としてそびえ立ち、容易に脱出を
許さなかった。バンカーに呑まれるたび、彼は3打、4打と叩き続けた。
ある時はそれでも脱出できず、反対方向に打ち出す屈辱まで味わった。
いつしか彼の心には1発では脱出できないという強迫観念が棲み付いていた。
そんな彼に転勤命令が届いてロンドンに移住する事となった。
もちろんゴルフはやめられず、コチラでも数多くのバンカーと対峙したが、
彼には1発で脱出できないバンカーなど無かった。
それから 5年後再び 『ダフ ゴルフクラブ』 に戻った彼は、因縁の7番に立って
ティーショットを放った。打球は旗竿と重なったかに見えたが、僅かに足りず、
またしても あのバンカーへと吸い込まれた。
以上の顛末は彼の筆によって 「ゴルフ イラストレイテッド」 に
『マイ・ディア・バンカー』 と題して発表されたが、彼は次のように結んだ。
「打球がバンカーに吸い込まれた時、名状し難い喜びと、一方では厳粛な
気持ちが込み上げて来た。ゴルフは試練の連続。
その象徴が7番のバンカーであり、私にゴルフの奥深さを教えてくれる
存在なのだ。もし、全てがうまくいったなら、私は鼻持ちならない
傲慢な人間になっていただろう。失敗は私に対する愛のムチであり、
あのバンカーは臨みようも無い最高の教師だと信じている」
ここ迄卓越した強靭な精神力を持ちたいものです。
彼も最後まで諦めない強靭な精神力を待っている様です。
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2011年05月13日
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