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最近手抜きの写真を無理矢理載せてマス。すみません<(_ _)>
ちょっとマシな写真撮れるまで更新控えようかとも思うのですが、
文章だけでも書いていきます。
昨日父が、浦部法穂さん(だったかな?)というどこかの教授の
憲法についての講演を聴きに行ったそうで、
その中で面白かった点を教えてくれました。
以下↓
現在、憲法改正が声高に叫ばれているが、
戦力保持・交戦権の容認などというのは憲法の根幹を変える行為であり、
最早「憲法改正」とは呼ぶことができず、「新憲法制定」と言うべきである。
(改憲勢力がいくら「新憲法制定」ではなく「憲法改正」と言おうとも。
実際「創憲」とか言っている党もあるしね。)
憲法の改正は国会議員の3分の2以上の賛成で発議され
国民投票での過半数の賛成により認められるが、
「新憲法の制定」は現行憲法においてその実施を想定されていない。
従って現行憲法を遵守する義務を負う国会議員が
新憲法制定の発議をすることはできないのである。
↑以上
「映画 日本国憲法」で、ダグラス・ラミスは
「現行憲法が押し付け憲法であるから変えるというが、
近代憲法はそもそも国家などの権力の暴走を抑止するために
国民が国家に押し付けたものである。」と言っている。
GHQが一方的に制定したと言うのも当たらず、当時の日本政府だけでなく、
他にも様々な日本の組織が新しい憲法の草案を作成しており、
GHQの草案の中には日本国民が考えた条文も大いに含まれてる。
つまり一時的に日本国民とアメリカとの間に同盟が結ばれた結果の草案であり、
政府の草案からはかけ離れていたので政府にとっては押し付けであったが、
当時から日本国民の中に押し付け憲法という認識はほとんどなかったのである。
また、その草案が国民の中から選出された議員により承認された事実も覆せない。
よって自主制定憲法ではないという改憲派の主張は論拠を持たない。
国家権力の中枢にいる人たちが率先して改憲を論じること自体根本的に間違っているのだ。
護憲派についても、国民が「護憲」「憲法を守る」という表現をするのも間違っており、
国家権力に「憲法を守らせる」というのが正しい表現である。ということも
その教授は言っておられたそうです。なるほど〜
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