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ここは佐賀よりも韓国よりも都会で空もこんなに広くて、町もきれいなのに気持ちは晴れない。
たくさんの人といればいるほど孤独感だけが増してくる。
心の中でベソをかいている。
私はずっと長い間何かを勘違いしてたかもしれない..
ここは私が恋しがってたその場所ではないんだ。
私が恋しかったのは日本やきれいな町ではなかったのだ。
好きだったのは子供の頃のクラスメートや樂しかった思いでだっのだ。
ほんとは汚い校舎とか発展してない町とかどうでもよかった。
あの時私が泣いたのは周りに私をわかってくれる人のいない寂しさ感だったのだ。
思い出と日本との区別がついてなかったのだ。
私は自分も知らず知らずの内に中学、高校、大学と韓国での教育を受けながら、韓国の友達を一人一人作りながらちゃんと韓国人になっていたのだ。
今の私は佐賀に行ったときのようになんでもまっさらに受け入れてた子供の頃とは違う。
なのに私は子供の頃の物差しで見ながら全部知ってたつもりで日本や日本人をみて、そして同じ付き合いを求めるからこんなに違和感を感じるのだ。
私は国とか過去の歴史とか関係なく「私」という一個人でみてほしかった。
でも成長しながら学んだ事、考えた事、経験した事から私は知らず知らずの内に自らいろいろな事をみにつけてきたのだ。
子供の頃のように何もかも受け入れてたまっさらな付き合いではなく、今の私には私なりのつき相方があったはずだ。
私は成長しながらちゃんと韓国人として育ち、不平をいいながらもあの国があの人達が大好きになってたのだ。
私は今まで自分の考えを口に出すことで非難されることが怖くて逃げてた。
自分が長く疑問に思ってた事の答えがやっとでたようだ。
私は他の韓国人より日本に関して知ってて、長く日本に住んでいる。
他の人より少しだけ韓国と日本を客観的に見れるのではないかなと思う。
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